第5回
喫煙が影響するさらなる疾患についての再評価
さて、愛し野塾も5回目となりました。
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どうぞ、ご覧下さいませ。
(あいにく、PDF配布及び郵送などはしておりません^^;;あしからず)。
今回は、喫煙の害について、ビッグデータを使った解析結果の考察です。
タバコは健康に悪いことは分かっていても、さて、実際のところ、喫煙がどれくらいカラダに悪いのか、その数字を目にすることはあまり多くないといえましょう。
今回、2月12日号のニューイングランドジャーナルオブメディシン(N Engl J Med 2015; 372:631-640February 12, 2015DOI: 10.1056/NEJMsa1407211)で報告された論文では、その詳細が示され、喫煙がどの程度、「カラダに悪いのか」を思い知らせてくれる、という点で特筆されます。
米国癌協会のカーター博士らは、42万人の男性と53万人の女性、いずれも55歳以上の被検者について、2000年から2011年と、11年間の縦断的に観察したデータをまとめました。これは大きなコホート研究を5個分、つまり、1)癌予防研究II栄養コホート、2)看護師健康研究Iコホート、3)医療関係者経過研究コホート、4)女性健康イニシャティブコホート、5)国立衛生研究所AARPダイエットと健康研究コホートをまとめました。第1に注目されたのは、男性での喫煙者が9%、女性でも9.5%とかなり少ないことでした。これは、研究対象が、白人が90%以上を占めたこと、また、教育歴の点でも、大卒以上が30%を優に超えており、参加者に偏りがあったことは、間違いありません。喫煙率が低かったのも、このためと考えられます。
さて実際のデータを見てみましょう。
死亡率が、非喫煙者に比べて喫煙者で、20倍以上も多い疾患が2つあります。肺がんとCOPDでした。男女ともに20倍以上ですから肺にはとても悪いことがわかります。全死亡数からみた割合も、これら2つのみで、30%以上を占めています。
さらに、虚血性心疾患と脳卒中も、喫煙者で2から3倍程度増えます。肺がん、COPD、虚血性心疾患、脳卒中、と死亡率は、50%を越えます。これら4つの病気は死亡者数の多い病気です。
一方で、案外数はそれほどでもないのですが、しかし、怖いのが、すい臓がんと大腸がんで、喫煙者の死亡リスクは1.6-1.9倍となります。
数としては少ないものの、かなりリスクが高くなるのが、膀胱癌、食道がん、口腔癌で、4-6倍です。糖尿病による死亡も1.5倍に増えます。肺炎、インフルエンザも増加し2倍程度です。そのほかにも、腹部大動脈瘤などがあり、これらは、いずれも、すでに良く知られた「喫煙による」死亡原因で、21種類の病気とされています。裏を返すと、喫煙による死亡といえば、これら21種類の病気のみから類推されておりましたので、そのほかの病気については、カウントされていなかったのでした。
今回のデータでは、実は、既知の21種類ではない、喫煙による死亡をもたらす別の病気が発見された、あるいは、確立されたというのも大きな成果です。
まずは、女性の乳がんです。これまでは、喫煙によってリスクが上がるとは知られていなかったのですが、今回顕著に示されました。また、男性では、前立腺がんが増加していました。こちらのほうは、すでにいくつかあった報告を確認した形です。死亡リスク増大は、1.3倍―1.4倍です。原発不明癌は、2.7倍となります。やはり、おしなべて「癌」発症リスクに、喫煙は相当影響するという結論がつけられそうです。
私が、最も興味を持った情報は、腎不全でした。喫煙による腎不全による死亡者数の増加率は、1.9倍です。これまで、腎不全による死亡に寄与する因子はあまり知られていませんでした。このデータから、今後は、腎臓が悪いかたには、厳しく喫煙を迫ることができるし、それに意味があることがわかったからです。分かっていただきたいのは、現状では、一旦腎機能が悪くなるとそれを治療する方法がなく、透析が増えている事実があるということです。
本態性高血圧、および高血圧性腎疾患による死亡リスクも、喫煙群で2.4倍増加しており、腎臓に及ぼす影響として、「喫煙が虚血をもたらす」ことから、理解しやすいところです。驚いたのは、腸の虚血性疾患が6倍に増加することです。これも、喫煙による虚血という点では理解はできますが、腸の血管と喫煙とは、なかなか結びつきませんでした。また、肝硬変は、大幅に増大するようで、2.6から3.6倍でした。どのような感染症においても、2倍以上も死亡リスクが増大することもわかりました。
今回の新しい研究から、いままで喫煙関連と分類されていなかった病態が、あらたに、14種類も明らかにされ、喫煙関連疾患は、全部で35個になる見通しです。
既知の21種類の病気で、喫煙による死亡の83%が説明可能で、新たに見つかった14種類の病気により、さらに、16%程度が説明がつくことになり、喫煙関連疾患のほぼ全容が分かったといえます。
95万人のデータから、これらの結論が導きだされた経緯を考えると、データは説得性があります。ただし、対象群にバイアスがかかっているので、一般のひとに敷衍するためには、今後、人種や、学歴について、標準的なコホートを選ぶことも今後は必要となるでしょう。なんといっても、日本人のデータが欲しいところですがどうなっているのでしょうか。
日本の研究は遡ること2002年に10年経過をみた4万人のデータがあり、死亡率増加は、男性で1.6倍、女性で1.9倍でした(Jpn J Cancer Res. 2002 Jan;93(1):6-14.)。「肺がん」及び「COPD」などについての記述はありますが、今回明らかになった腎不全、乳がん、前立腺がん、腸の虚血、感染症、肝硬変、感染症などの新たに発見された喫煙関連死亡疾患の記述はなく、なにより合点がいかないのは、日本のデータでは、喫煙をやめたひとは、喫煙をまったくしないひとと、リスクは同じとされていることでした。
今回の米国の新しいデータでは、禁煙後の年数に応じて死亡リスクが低下しており、私としては、米国のデータのほうが信憑性が高いように感じています。ただし、米国のデータでも、肝硬変は、喫煙をやめた場合と、非喫煙者は同じ死亡リスクだったとのことで疑問が残る結果となっています。考えるに、アルコール摂取が肝硬変の発症に関与しており、この影響を完全に解析結果から取り除けていないという可能性は残ると考えられ、肝硬変については、明白に喫煙との関連が明らかになったとは、いえないと考察されます。同じように、乳がんについても、アルコールとの関連が議論になっており、「喫煙による乳がんの死亡リスク上昇」が、確立するには、まだ時間を要すると考えます。1週間に3回以下しかアルコールを飲まない群を対象にした場合、喫煙は、乳がんによる死亡と無関係である、という論文もでているからです。アルコールの影響を明白に取り除くことができない病態である、「肝硬変」と「乳がん」については、より大きなデータが必要と考えます。
禁煙活動のために、よりよく大きな説得性を出すためにも、日本の信用できるデータを、患者さんも現場の医師も必要としているわけで、わが国でも、100万人規模のビッグデータを扱ったコホート研究を是非とも施行し、喫煙関連疾患の撲滅を目指して欲しいし、これまで知られていなかった病気の掘り起こしができるのであれば、是非ともそうしてほしいと思います。なにより喫煙により惹起される死亡をもたらす、「病気の予防学」の観点からは重要と考えます。