2015/07/18

愛し野塾 第17回 懸念される肺結核と新薬への期待

愛し野塾 第17回

肺結核の話題

 

 

 
肺結核というと、もはや過去の疾病と感じられるかたも多いでしょう。しかし、日常臨床では、まだまだ遭遇することも多いのが実情です。2013年だけでも、2万人以上の患者さんが登録されました。日本の結核の罹患率は、10万人あたり約16人で、これは、なんと米国の約4倍の罹患率です。新規登録者のうち、60歳以上が70%以上を占め、高齢化に伴った肺結核罹患者数は、事実、顕著に増えているのです。
 
加えて、医療者のうち、医師・看護師以外のコメディカルのかたの結核が増加していることが注目されています。また国外では、エイズ拡大に随伴するエイズ合併結核例数の増加及び、薬の利かない「多剤耐性結核」による犠牲者の増大は、重大な医療問題となっています。これに対し、新しい薬の開発が期待されていますが、患者の救済には至っていないという現状です。
 
結局、従来の治療法、すなわち4つの異なる薬を「最低6ヶ月」飲む治療法が中心となっているため、飲み忘れをする患者さんも多く、耐性菌を増殖させる温床となっています。より確実かつ早期に結核菌を退治する治療方法が確立されることが期待されています。
 
さて、「新薬開発の可能性」について、昨年のネイチャーに掲載された研究報告がひときわ目を引きましたのでご紹介したいと思います(Nature 2014:511:99-103)。この研究は、その後ニューイングランドジャーナルでも取り上げられ、インパクトの高さを物語っています(NEJM 2014:371:1354-6)。
 
結核菌は、体内で、発病もせず、人間の免疫システムと仲良くくらし続けることが可能です。これを医学用語で、「潜在性結核感染症」と呼びます。その免疫メカニズムとの均衡関係が破綻した結果、「結核が発病」することになります。いわゆる「活動性結核」です。しかし、このあたかも理解したような気になる上記の説明とは裏腹に、実は、その詳細について、物質レベルで説明することは大変難しいとされてきました。
 
今回のネイチャーの報告では、中国・インドの結核罹患者を対象とした研究の結果、ある種の「特別な物質」が、結核が発病せず、「免疫システムと共存する」のに、重要な役割を果たしていることが明らかになりました。この特別な物質が「プロスタグランディンE2(以下PGE2)」です。
 
PGE2生成と結核重症度の間に相関関係を認め、PGE2増加により程度は軽く、PGE2減少により重症結核となることがわかりました。動物実験では、結核菌による死亡率が高率である条件下でも、PGE2の付加により死亡率が有意に減少することがわかりました。つまり、この物質は、結核治療を革新的に進歩させる魔法の新薬となりうることがわかったのです。さらに、エキサイティングなことに(!)「この物質を増やすお薬が実はすでに存在」しているのです。
 
それは、欧米では喘息の治療薬として汎用されている、「ザイフォックス」という薬です。今回の研究でも、動物実験で、ザイフォックスが投与され、結核死亡率の顕著な減少を認めました。どうやら、ザイフォックスは、プロスタグランディンE2を増加させ、結核菌を封じ込めることができるようです。
 
この研究報告について私なりに考察すると、大きくふたつの疑問がわきます。この報告では動物実験でのみ、「PGE2の効果が確認された」というだけで、人間を対象とした研究は未だありませんので、本当にヒトの結核に効果があるのかどうか、これから確認を要するだろうということが、第一点として挙げられます。さらに、第二点としては、インドと中国の研究で、確かにPGE2濃度と活動結核の間には、容量依存性があり、相関性が認められる一方で、潜在性結核の場合のほうが、軽度の活動性結核よりも、PGE2濃度が低いことが<矛盾点>として挙げられます。つまり仮説通りならば、PGE2濃度は、軽度活動性結核よりも潜在性結核のほうが高いはず、です。
 
この点は、もう少し大規模な人の実験を通して、明らかにしていくしかないと考えられます。
 
こうした問題点があるにせよ、この薬を飲むだけで結核をコントロールできるならば、「4つの薬を忘れることなく6ヶ月服用する」という「忍耐のいる治療」から解放されますし、耐性菌リスクも少なく、結核撲滅も夢ではないかもしれません。また、すでに汎用されている薬ですから、安全性についての問題は少ないこともメリットでしょう。
 
このような理由からもこの薬が、結核菌の特効薬となることを切望しています。しかしそのための臨床研究の積み重ねにより安全・確実な、信頼にたる研究成果を出して、人類に福音をもたらしてくれることを望みます。