2015年1月25日にネイチャーメディシン(Nature Medicine) に発表になったカナダトロントの、病気の子供病院のイエン先生たちの画期的なASDの研究成果からです。
自閉症(ASD)という状態は、 他人とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、相手の感情を感じる力が低いことから、社会性が欠如していたり、また、言語能力が劣っていたり、知能が低下していたりといったことが特徴とされています。また、こだわりが強く、限られた範囲の興味あることを延々と繰り返したりすることも特徴とされます。
社会に出てからも、就職やら人間関係で、とても苦労する方が多いことから、その原因を明らかにすることで、症状を改善したい、という、ご本人、ご家族、また社会の要請が大きいのはいうまでもないことですね。
一方、ASDのなかでも、知能や言語能力は正常範囲にありながら、そのほかの症状は自閉症と似ているものとして、アスペルガー症候群があります。この病名はつとに有名になり、日本でもよく知られるようになりました。
興味のあることは、「どんな長い時間でも物事に集中し続けられるかたが多い」ということで、各界の有名人のなかにも、この症候群であろうという方が報告されています。マイクロソフトの創始者のビルゲーツ氏、音楽界の巨匠モーツアルト、発明王エジソン、アインシュタイン博士もこの症候群を持っていた(いる)のではないかと、上げられていますね。
なるほど、コンピューターのプログラムを書くにしても、作曲をするにしても、エンジニアの革新的発明をするにしても、宇宙理論を全く新しい角度から見出だすにしても、そこに集中して寝ずにやり遂げられる素質が、まず天才の要件として必要だという考え方も成り立つわけです。
いわゆる自閉症から、アスペルガー症候群などを包括した、自閉症スペクトラム(ASD)と呼ばれる病態について、大規模な双子研究や、家族発生した症例研究の結果から、遺伝的素因が大きいとされてきました。家族発生のリスクは高いとされ、ASDのお子さんができると次にそのようなお子さんができる可能性は、12−18%とされています。4人家族の場合を考えてみましょう。両親のもとにいる、二人のお子さんがともに、自閉症スペクトラムを患ったとしたら、その二人のお子さんには同じ遺伝子の異常が見つかるはすだという考えが成り立つのもよく理解できるところです。一般論ではありますが、親御さんにしてみれば、ASDの子供が出来た場合、遺伝子カウンセリングを受ければ、そのような説明がなされ、次のお子さんにも同じような症状を有する自閉症が出る可能性について悩むことになるのです。ASDのお子さんでも症状は実は、かなり異なります。社会性やコミュニケーション能力が両者とも極端に低下している症状を持つかたもいれば、これらの能力はやや低下している程度で、まずまず保たれており、反復行動が極端に強く認められたりする場合もあります。社会性やらコミュニケーション能力が極端に落ちているお子さんが最初に生まれた場合、第二子もそのような強い症状をもつお子さんが生まれる可能性があるかもしれませんね、と説明されるわけです。そうすると親御さんも次のお子さんを作るべきかどうか悩まれることも多いし、実際お子さんが出来た場合、そのような症状がでるのではないかと危惧されることもしばしばです。
ですから、同じ家系内には、「同様の遺伝子背景をもつ、同様の症状を持つASDの兄弟ができる」とする、いわば当たり前ともされている仮説を検証することは、とても大切で、イエン博士たちは、果敢に、WGSと呼ばれる方法を用いて、同じ家族で、2人の兄弟とも自閉症スペクトラムを持つ、2人のお子さんの全遺伝子について調査し、実際のところ、同じ遺伝子背景が同じ家系内でこのスペクトラムをきたす可能性があるのかどうかについて確認をしたのでした。
研究では、85の家族について、その両親と2人の子どもの全遺伝子を調査しました。つまり全部で360人分の遺伝子を調べたということになります。この85家系を詳しく見てくると、69%の家族が、二人とも子供は男子で、27%が男子と女子ひとりずつ、4%が女子のみということで、圧倒的に兄弟(つまり男子)が多かったのでした。都合170人の子供をみると、139人が男子、女子はわずか31人となり、ASDつまり自閉症スペクトラムのお子さんにいかに男子が多いかがわかります。
そして、肝心のデータですが、これまで何百という遺伝子が、スペクトラムと因果関係を持つとされてきましたが、実に69.4%の子供たちは、同じ遺伝子の異常を共有していなかったというのです。わずか3割程度のみしか、同じ遺伝子の異常を共有していなかったというのですから驚きです。実験というのは本当にやってみないとわかりません。そして、同じ遺伝子の異常を共有している兄弟にくらべて、共有していない場合には、社会性やら、コミュニケーション能力やらの症状にも、統計学的に、有意な違いがある、という結果が得られました。しかし、一方で、遺伝子背景が異なっていても、反復行動やIQのレベルには、違いがないという結果が得られたのです。
つまり、当然とされた、ASDを持つ2人の兄弟は、同じ遺伝子異常を持つという仮説は、実のところ間違いである可能性が高く、同じ家系内であっても、異なる遺伝子の異常が作用して、兄弟が、自閉症となっている、そうなると、一人目のお子さんが、自閉症だからといって、1人目で認められるような、同じ症状、特に、「社会性・コミュニケーション能力の低下」という重要な症状が、次のお子さんにも引きつがれるという可能性は、いままで考えられていたほどには、高くないということになります。7割程度、遺伝子背景が異なるので、第1子がASDと診断されても、2人目は、ASDである可能性が高くとも、その症状や社会生活への障害の程度は、異なる可能性があるといえましょう。
今後の研究の上で重要なことは、ASDの兄弟について、それぞれの遺伝子をすべて調べることが必要で、そうして収集したデータを解析することではじめて自閉症の原因が明らかとなり、早期介入、または、治療に役立てることができると、この論文の著者は結んでいます。
ここで採用されたWGSと呼ばれる世界最先端の遺伝子解析方法は、たった一日で、ひとりの人間の全遺伝子を解析できる力があり、その費用も10万円とされています。2000年、当時の米国大統領ビル・クリントンと、英国首相のトニー・ブレアが、高らかにヒトゲノムプロジェクト成功を宣言してから15年経ちました。最初のゲノム解析には、10年を要し、3000億円がかかっています。今では、解析速度は3600倍にも達し、そのコストは30万分の1にも低下しました。時間とコストが著しく低下したため、今回のような、ゲノム解析も可能となったのです。
しかしながら、著者たちの結論は正しいと認めるにしても、今後の方針として、ASDの原因検索の目的で全ゲノム解析をより多くの家系で、施行していくには、ASDの症状があまりにも多様のため、解析が困難であることを今回の研究も指し示したともいえます。ですから、私としては、遺伝子研究の側面からのみ、ASDの原因検索を行うには、無理があることを見せ付けられたようにも考えます。ここでは85家系が解析されていますが、この少ない家系調査では原因を特定するどころか、実は、遺伝子背景が異なるものの関与が浮き彫りになってしまったという皮肉も感じます。
現在、ロンドンを中心に、ASDに特徴的なエンドフェノタイプを発見し、そうした表現型を手がかりに原因を探ろう、とする研究一派が大きな流れを持っています。こうした研究のほうが、むしろ、より現実的な研究経路ではないか、といえるということを今回の研究は指し示したともいえるかもしれません。
ASD人口が増えているとも言われる現状、早急にその対応策を講じるためにも、その原因探索は急を要しているのですが、道のりは長いことが示された、ともいえます。ただし暗い話題ばかりではありません。5歳で、ASDと診断されても、IQが70以上ある場合、13歳時に、ASDの診断から外れる方は、一定数存在する、とされており、成長とともに、社会性やら、コミュニケーション能力を獲得する可塑性が期待出来るとされています。「早期」にASDと診断されれば、「早期」に治療・介入が開始され、社会性とコミュニケーション能力の向上について、ある一定の効果が上げられることも知られています。なかには、年齢相応の社会適応レベルにまで回復することも報告されています。この治療は、行動療法と呼ばれています。
また、さまざまな研究において、ASDのお子さんにとって、その成長をポジティブに見守る家庭環境があることで、予後がよいことも報告されています。一般に、強いこだわりのある、繰り返し行動については、治療が奏功しない場合が多いとされていますが、ASDの反復行動に着目した特別な行動療法によって、改善の路が探られています。他人の気持ちが汲み取れないとする、いわゆる、セオリーオブマインドの欠如、これが学童期に友人を作れない、社会とのつながりを失う原因ともされています。ところが、本当は、ASDのお子さんは、とても友達が欲しいのですね。大人になったASDのかたも、ロマンスを求めるかたが多いのです。これがうまくいかない、というのは、どんなにか、辛い事でしょう。
適切な社会性を獲得してゆくことで、生きていくうえで必須な人間関係形成に成功するASDの方も増えている、と2014年版カプランとサドックの精神科教科書では肯定的に記述しています。ASDのかたを社会のシステムの中で守ってあげることは、現状でも可能ではないかと、勇気付けられます。
大規模な遺伝子研究も重要かもしれませんが、むしろ、ASDの早期発見や行動療法に、社会資源がより多く向けられることのほうがよろしいように感じています。
また、ロンドン大学のASD研究室の専門家のもとで学んだ専門家との議論の中で、ASDの症状によって、そのひとりひとりのかたが持っている、かけがえのない個性が、すくすくとのばされることなく、「社会性の欠如」という制約の中で、抑圧・埋没されていることを認識すべきであるという意見をもらいました。ASDの方々の個性を見いだし、そして、才能を開花させることを目標として、社会性の欠如について、受け入れ側も含め、相互に是正していくという方向で「治療・介入」をとらえていくという、根本的な発想の転換が必要な時期に来ているように思われました。
皆さんは、いかがお考えでしょうか。