持久戦には、スタミナ維持のため、ペース配分がとても大切です。初志貫徹の闘志は、立派ではありますが、ご自身で作り上げてしまう過剰な責任感に潰されてはなりません。時には、問題を寝かせておくことで好転することもありますし、自分の力の及ばないトラブルというのは、思ったようにならないお天気のように、どこにでも転がっていることも頭の片隅に置いておいてください。
また、周辺とコミュニケーションを取る事を心がけ、「お互いさま」の精神のもと、早めに助けを求めましょう。時にはコミュニケーションはストレスの原因になるように思う事もあるでしょう。けれども、その煩わしさもこえてしまえば、もしかしたら、相互理解を深める可能性もあるのです。
そのうち自分が助ける側になることもあるでしょうし、そのときに悩める相手の気持ちを共感できることは、自身が苦悩の経験を重ねているからかもしれません。
「お互い様」は連鎖します。「お互い様」は、コミュニティを育てます。そんなステキな連鎖の一部になることで暖かいコミュニティができるものだと思う今日この頃です。
愛し野塾 第15回
女性とコレステロールの話題
女性は閉経すると、女性ホルモンの変化の影響を受け、コレステロールが上昇することが知られています。このような生理的現象で認められるコレステロールの上昇が、果たして、動脈硬化に影響を与えるのか、疑問があるところです。
NIPPON DATA80リサーチグループの報告した、10年間の冠動脈疾患死亡のリスク評価チャートでは、女性の場合、男性と異なり、冠動脈死亡率は、コレステロールの値に、ほとんど影響されないことがわかっています。喫煙歴のない、血糖も正常で、糖尿病もない、喫煙もしない59歳以下の女性の場合、10年間の冠動脈疾患死亡リスクは、総コレステロールが279でも、160でも、0.5%未満です。60-69歳でみても279の場合でも、160の場合でも、0.5-1.0%程度に上昇するだけで、70歳以上となっても、どちらのコレステロール値でも5%未満です。
つまり、日本の女性の研究からは、コレステロールの値を厳格に下げるても、冠動脈疾患を予防できない可能性があるのです。裏を返せば、コレステロールを下げる必要がないともいえましょう。
過去に脳卒中も心筋梗塞も狭心症も起こしたことがない女性は沢山いらっしゃいます。これまでに、これらの既往歴のないかたの、心血管病予防を「1次予防」といい、一方で、既往歴のあるかたの、心血管予防を「2次予防」といいますが、果たして、女性の場合、1次予防の戦略として、コレステロールを低下させる薬であるスタチンを服用すべきか、というのが、本日の課題です。
2次予防については、問題なくスタチンを使うべきでしょう。健康診断で悪玉コレステロール“だけ”が高い、ということを指摘されるかたはかなりの人数となります。こうしたかたの受診及び治療は、するべきなのかどうか、極めて迷うところです。
私の方針としては、頚動脈エコーと脈波による動脈硬化を調べて、問題が無いかたには、薬は極力ださない方針としています。
今回発表になったのは、医学誌ランセット(Efficacy and safety of LDL-lowering therapy among men and women: meta-analysis of individual data from 174 000 participants in 27 randomised trials Lancet 385, No. 9976, p1397–1405, 11 April 2015)に報告されたものです。17万人(うち女性は5万人で全被検者の27%)を対象とした、27の臨床研究のメタアナリシスです。これまで研究では、女性の登録患者が少なく、解析困難とされていましたが、今回の研究では、十分な女性の数があり、解析をする上では問題ないと評価されています。
論文の結論は、LDL-コレステロール(悪玉)を約40低下させると、男性で、主要な血管病で22%の発症低下を認め、女性でも、16%ほど低下することが確認され、性差なくLDL-CHOLの低下が血管病予防に効果があることを示唆しています。この結論で、一件落着、女性のコレステロールも、男性と同様、下げるのが正しいと思われるかたが多いでしょう。しかし、実はそうではないのです。
まず、第一に、心血管病の既往歴の無い女性の場合に焦点を当てると、スタチン治療には、血管病予防効果が無いことが分かっています。一方で、男性の場合は、予防効果が認められました。また、1次予防の効果にも、男女差があることが示されています(P=0.023)。
第二に、向こう5年間の血管病発症リスクが10%未満の低リスク女性では、スタチン投与群で、275人に主要な血管病変を認め、スタチン非投与群(コントロール群)で、351人が発症しましたが、発症例数そのものが少なく、そして、2グループの数の差(スタチン投与での発症数−非スタチン投与群での発症数=76人)が、わずかであることです。加えて、血管病による死亡数は、スタチン投与群と対照群で差を認めなかったという事実は、大きく受け止めるべきでしょう。死亡数を減らすということは、薬物療法の最大の目的ですから、それが達成できないスタチン治療には疑問符がつきます。
第三に、本研究では、副作用の性差について検討をしていないことが問題です。日常臨床で、スタチンを投与していると、副作用として筋肉痛の発症が大きな問題となり、スタチン投与を中断せざるを得ないかたが、少なからずいますが、その絶対数が女性です。したがって、この検討は必須であると思います。主要な血管病の予防効果が、このような大規模研究において、スタチンの効果に76人の差しかないということになると、筋肉痛などの副作用に何人の差があったのかを知ることは重要です。少なく見積もって1%のかたに筋肉痛が生じているとすれば、250人の差となります。重篤な筋障害ですら、0.08%のかたに生じるとする報告もあり、差は、20人となります。リスクがベネフィットと拮抗している可能性が高いといえましょう。また、スタチン投与で、糖尿病発症率が上昇することが知られており、今回の解析で、どの程度の糖尿病発症の数の差がでたのかも知る必要があります。
女性健康イニシアチブ研究では、50-79歳の閉経後の女性16万1808人のかたを対象として研究が進められ、糖尿病発症率は50%もスタチン使用で上昇することを示しています。別な解析では、9%上昇といった数値もあり、少なく見積もっても2250人、多く見積もれば12,500人の差で、スタチン投与の糖尿病発症数が多かったということになるのです。副作用が、血管病予防を有意に上回っている可能性が高いのです。
今後も引き続き、女性のスタチン投与をどうするのか、議論があるところでしょう。スタチン投与にともなうリスクとベネフィットを考慮することは当然のこととされ、単純に、LDL-コレステロールが高ければ、スタチンを処方するのは、誤りだと思います。
私は、混沌とした臨床状況の中では、安易な薬物療法に依存することなく、動脈硬化が実際におきているのかどうか、をまずは見極めることが重要、と考える次第です。端的にいえば、1次予防にはスタチンを使うな、ということになります。