2015/07/18

愛し野塾 第26回 新たな抗肥満薬として

第26回 愛し野塾

新たな抗肥満薬

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さて、いよいよ今年度の特定健診が開始され、メタボの予防に取り組んでいるかたも多いことと思います。メタボといえば、腹囲が男性で85cm以上、女性で90cm以上あり、かつ、高血糖、高脂血症、高血圧を伴うものです。内臓脂肪の量が大きく関与し、内臓脂肪から分泌される種々のサイトカインと呼ばれる液性因子が、膵臓から分泌されるインスリンの作用を落としてしまう(インスリン抵抗性と呼ばれます)ことが前述の三つの疾患の本質とされています。メタボは、心筋梗塞、脳卒中などの病気を誘発する、メジャーな危険因子ですから、メタボを解消することは健康生活を推進する上で不可欠であるといっても過言ではないでしょう
 
メタボでは、インスリンの効果が低下しそれを補充するようにインスリンが必要十分量を大幅に超え、過度分泌されるようになってしまいます。この大量のインスリン動脈硬化を誘発することが数々の研究から明らかになり、昨今では注射によるインスリン投与にも、心血管病のリスクを上昇させる危険性があるという懸念が報告されています。 
 
さて、生活習慣への介入によって体重減少を図ることが死亡率を低下させることや摂食量を制限し栄養吸収を抑える目的で胃や小腸に外科的処置を施すバリアトリック手術を受けることで、劇的に体重が減少し2型糖尿病が完治する例も報告されるようになりました。しかし、世界中にいる4億人の肥満患者さん全員に、この手術を施行するわけにもいかず、なにかいい方法がないものかと多くの研究者が汗を流して臨床研究を続けてきました。しかし残念なことに、抗肥満薬が開発され実用化されても、副作用が多く、一般の肥満のかたがたにまで浸透しなかったことも事実です。
 
今回、ご紹介するのはGLP-1と呼ばれるホルモンの誘導体(リラグリチドとよばれる注射薬です)で、すでに、2型糖尿病の治療薬として汎用されているくすりを用いた最新の研究報告です。従来投与量よりも多い、3mg(従来は、1.8mgが最高量)を、糖尿病でないかたを対象使われました。GLP-1は、胃の動きを停滞させ、満腹感を持続させる作用がありますし、食欲を抑制します。1.8mg使用でも肥満改善薬として使えることが分かっていましたが、5%以上の体重減少効果を効率的に達成する目的で、研究では3mgという大量療法施行されました。
 
平均年齢が45歳の3731人を対象として、56週間の期間を観察されました(A Randomized, Controlled Trial of 3.0 mg of Liraglutide in Weight ManagementEngl J Med 2015; 373:11-22 July 2, 2015。 対象者のBMIは30以上、もしくは、27-29.9で、かつ脂質異常かもしくは高血圧を伴うこととしました。すべての対象者は、生活改善プログラムに参加し、2487人が3mgのリラグリチド投与群、1244人がプラゼボ投与群でした。
 
対象者の平均体重は106kg、平均BMIは38.3で、78.5%が女性、61.2%が糖尿病予備軍でした。56週の段階で、リラグリチド投与群は、体重が平均8.4Kg減少し、プラゼボ投与群では、2.8Kgの減少を認めましたつまりリラグリチド投与によってプラセボ効果を5.6Kgも上回る著明な体重減少を達成しました(P<0.001)。少なくとも5%の体重減少達成したひとは、リラグリチド投与されたかたの63.2%で、これはプラセボの27.1%に比較しても有意な達成率でしたP<0.001)。さらに10%の体重減少達成率は、リラグリチドで、33.1%のかたで(プラセボで10.6%)リラグリチドによる効果的な体重減少達成率を得られたのです(P<0.001)
 
さてリラグリチドの副作用として、吐き気と下痢が認められましたが、重篤な副作用についての分析の結果、リラグリチド6.2%プラセボで5%認められました。最も懸念された心血管系イベント発症率は、両群間には差がなくリラグリチド3mgは安心して使える用量であると示されましたが今後期の観察が必要である考察が加えられています。
 
喜ばしいことに、新規糖尿病の発症率に注目すると、リラグリチド群で、プラゼボ群の発症率の8分の1に減少していたことで、糖尿病予防効果が有意に高かったことが判明しました。
 
重篤な副作用として、リラグリチド群で胆石、及び急性胆嚢炎の発症を認めましたが、急激な体重減少が直接の原因であろうと考えられました。また増加傾向を認めた乳がんについても体重減少によって発見効率があがった可能性が指摘されました。以前より懸念されていた急性膵炎については、リラグリチド投与群で増加は認められませんでした。 
 
では、リラグリチド投与量増大によって生じた主な問題点は、副作用を理由として試験の途中で離脱したかたが、リラグリチド群では全体の9%で、これはプラゼボ群の離脱率の3.8%を大幅に上回ってしまったということが指摘されています。事実、私の外来でも、リラグリチド投与胃の動きがくなり、食物が胃に停滞するようになるため、おいしくご飯が食べられないと訴えてこられる患者さんをしばしば経験します。この副作用はかなり辛いようすで与治療を断念したいというかたが少なくありません。この実態がこの臨床試験でも如実に現れたということでしょう。 
 
一方で、体重を5-10%減少できればメタボによって複雑化した動脈硬化を誘発するリスク因子の管理が、一転して容易になることは明白で、腹部の副作用出現しない、もしくは低頻度な患者さんには、リラグリチド投与」という、体重減少達成のため選択肢が増えたことは、好意的に受け止めてもいいのではないでしょうか。 
 
今後の問題点として、リラグリチドは注射による治療のため、痛みを伴うことと、そしてその費用(薬価及び在宅自己注射指導管理料が馬鹿にならないということで、長期に用いる上では、これらの点についても改善することも重要課題として挙げられるのではないでしょうか。 
 
できることなら、短期的にリラグリチドの助けを借りたとしても長期的視野にたって、運動と食事に関する適切な知識身につけ、かつ継続的に実行できる自己管理能力をつけて薬に頼らない体重減少を目指していきたいところです。