2015/07/18

愛し野塾 No1  プラセボ効果


 さて!最新の医療研究を集めて、愛し野内科クリニックの岡本卓院長が、クリティカルに考察をする「愛し野塾」を開始いたします。第一回はお薬にまつわる「効果」の評価についてのお話です。内容はFMオホーツクでもお話ししておりますのでぜひ、御拝聴いただければと存じます
 
<プラセボ効果>
 
ある病気の治療するとき、新しいお薬が出てくると、それと比較する目的で使われるのが、偽薬、偽のお薬(プラセボ)と呼ばれるものです。これは、お薬ではありませんから、乳糖だったり、生理食塩水だったりするわけです。偽薬に比べて、その病気に対して効果があると、新しいお薬にはお墨つきが与えられ、多くの患者さんに使われるようになるというわけです。
 
しかしながら、偽薬そのものにも効果がある場合が多々認められなかなか、この効果を新しいお薬が超えられないという理由で、新しいお薬が逆に、市場に出なくなることもあるのです。
 
偽薬にともなう効果がどうして出るのか、とても興味があるところですが、これまで研究では、その値段とか、ブランド名であるとか、そうした中身と無関係の、外から見えるものが、効果を表す要因として、挙げられています。なるほど、治療に対する期待というものが、病気を治療するという効果に与える影響はいかに大きいのかを考えさせてくれますね。
 
米国シンシナチ大学神経内科学の先生方は、偽薬の効果が、顕著な症状を認めるパーキンソン病の患者さんを対象にして、偽薬の効果があらわすメカニズムについて検討を加えたというのですから面白いではありませんか!
 
我々医師としても、患者さんの心理に与える影響の研究は日常診療に役立ちますし、この情報は患者さんにとってもとても意義深いものだと考え、取り上げました。この研究は、Neurology(ニューロロジー)と呼ばれる神経学の一流紙に今年1月に掲載されたばかりです。
 
パーキンソン病の患者さんといえば、最初の一歩を踏み出すことに躊躇があるのに、一旦踏み出してしまうと、突進するかのように歩き出し、しかし止らない、という現象が認められたり、腕や手が震えたり、体が鉛の管のように固まったり、ゆっくりしか動けない、などの症状がある事が特徴です。特定疾患に指定されており、日本でも、治療が確率していない難しい病気とされています。脳の変性疾患と呼ばれる病気の中では、アルツハイマー病についで多いとされており、世界を見渡すと500万人もいるとのこと、日本でも10万人を越えるかたがこの難病にかかっておられます。この病気では、脳の中の特殊な物質である、ドーパミンが足りないことが知られていますが、実際のところ、本当の原因というものがわかっているわけではなく、治療法も手探りであることが実情です。
 
そこで、シンシナチ大学の先生方は、こうした運動系の異常を改善する手立てとしては、使われるお薬の値段が、効果を表す指標となるのではないか、と大胆な仮説を立てたのでした。
 
実際には、中等症以上に進んだパーキンソン病患者さん12人を選びだしました。平均年齢は、62歳で、治療歴は11年のかたがたでした。そして、新規ドーパミン注射薬、と命名された、大変値段の安いものと、大変値段の高いものに、患者さんを無作為に振り分け、投与したのでした。この新規ドーパミン注射薬と命名されたお薬は、実は、なんらの有効とされる、お薬も入っていない、単なる生理食塩水でしたが、勿論そのことは患者さんには伏せられていました。
 
投与後4時間がたつと、高価な注射薬を最初に投与されていたかたには、安価なものを、最初に安価なものを注射されていたかたには、高価なものが注射されました。注射投与前後で、運動系の試験やら、脳の機能MRIを撮影したりして、その効果を確かめました。
 
高価なというのは、一回の注射が、なんと15万円で、安価なものは、1万円の値段がついていました。大胆な仮説をたてたこれら先生はこの研究を実際遂行されたのですから、たいしたものです。倫理的問題を克服するために、倫理委員会を通すのにも苦労されたことが読み取れる文章がありました。
 
最初に15万円の注射を打った場合は、最初に1万円の注射を打った場合に比べて、運動系の試験で2倍の改善効果があり、レボドーパと呼ばれるパーキンソン病薬と遜色ない治療効果を表しました。このレボドーパという薬は、50年以上も前から使われている、この病気の特効薬とされるもので、そのお薬と、15万円と勝手な値段をつけた生理食塩水が同じ効果だったなんて、私としては、信じられない思いです。シンチナチ大学の先生方の仮説はどうやら正しかったようですね。感服いたしました。
 
脳機能をMRIで確認すると、レボドーパを投与した場合と同じ脳の部位が、15万円の治療薬を投与した場合、活動性が落ち、1万円の治療薬ではむしろ活動性が上がることがわかりました。つまり薬理作用としても、高価とされる生理食塩水には、本物のお薬と同じ効果があったということになるのです。
 
これらのことを総合すると、高価な治療薬を受けた場合には、大いに治療に対する期待が高まることで、本当の治療薬と同様、脳の中のドーパミンの濃度を増加させる効果があり、薬効を発揮するというのです。つまり、患者さんの治療への期待というものが、薬剤の効果を決定させるひとつの大きな要因となることが証明されたというわけです。
 
2013年には、お薬のブランド品がいいのか、ジェネリック品がいいのかが、ニュージーランドの研究グループにより検討され、なんと、ジェネリック医薬品のほうが、ブランド品に比べて、効果も弱く、副作用が出やすいことが証明されています。62人の大学生相手に、試験前の不安を取るために、ベータブロッカーと呼ばれる薬を投与され、血圧やら不安を表す指標について検討を加えられた結果でした。
 
 
このように、最近の研究から、薬の効果や副作用がその値段とか、ブランド名に影響されることがはっきりしてきた以上、お薬の値段やら、ブランド名を、患者さんが良く知ることはとても大切だと感じています。
 
医師がこの薬はとても効果があります、という説明を、実際の論文を紐解いて、科学的に患者さんにお話することも大切なように感じました。
 
心理的な影響が薬効に与える期待感について、皆さんどうお考えでしょうか?
 
snow