第30回 愛し野塾
出産時の母親の年齢と子供のその後に与える影響
高所得国において妊婦を対象にした研究によって、若年出産とされる10-19歳での妊娠、及び高齢出産と定義される35歳以上での妊娠は、母親にも子供にも、望ましくない影響があることが報告されてきました。1990年代以降、とくに若年期の妊娠者数は、世界的に減少の一途をたどっているものの、いまだ全妊娠者数の11%を占めると報告されています。低・中所得の国々がその95%を占めています。2014年の統計によると、15-19歳での妊娠は、20人に1人の割合とされていますが、最小の1000人に1人の割合の国から、最大では、アフリカ•サブサハラ地方の1000人あたり299人という高い若年者の妊娠率というように、その内訳には、国レベルでの較差が大きいことも特長として明確でしょう。
妊娠の90%は婚姻を契機としており、結婚前に妊娠し、結婚後に出産というパターンが多く、文化的背景として、早期の結婚年齢が若年期の妊娠に大きく影響するといわれています。
こうした背景の中で、低・中所得国でみられる若年出産及び高齢出産が子供の成長に与える影響がどのようなものか、信頼度の高い研究成果が待ち望まれていました。
今回、ランセットグローバルヘルスから(Lancet Global Health, 2015:3:e366-77)、コホーツ•コラボレーションが、低・中所得国である、「ブラジル・グアテマラ・インド・フィリピン・南アフリカ」の5カ国、19,403人の出産を対象に遂行された研究が発表されました。
この研究から、母親の年齢が、19歳以下のケースでは、20-24歳の場合と比較すると、1)低体重出産の子の割合が18%多い、2)早産率は26%高い、3)2年目の発育阻害率は46%高い、4)セカンダリースクールの退学率が38%高い、5)成人期の低身長率が高い、ことが報告されました。同時に、若年出産にともない、子供が被る不利益の「因子の解析」を試みていますが、今回の報告からは、社会経済的な地位・母乳を与えた期間・母親の身長・出産数とは無関係で、因子の同定には至りませんでした。
35歳以上の母親では、20-24歳の母親と比較すると、1)早産率が33%高い という不利益を示す結果の一方で、2)2年目の発育阻害率は36%低い、3)セカンダリースクール退学率は41%低い、4)成人期の身長が高い、と、むしろ、ポジティブな結果も得られました。
さて「最初の1000日の命」というコンセプトの世界規模での広がりが大きなうねりを見せている昨今、この研究結果が報告されたことは、とてもタイムリーであると、前向きに受け止められています。このコンセプトは、「妊娠開始時期から、2歳の誕生日にいたるまでの、子供の1000日にわたる時期の栄養状態を良好に保ことが、生涯にわたる、身体的、精神的な健康を保つことになる」という考え方です。
若年出産によって生まれてくる赤ちゃんに関するリスクが、低・中所得国で同じように認められるという今回の報告は、こうした国々の若年出産が公衆衛生上看過できない問題であると認識されたという点で意義があることと思われます。
また、特記すべきは、生まれた子供の成人期における空腹時血糖値が、若年出産、かつ高齢出産の両者で、高値となっている事実です。一方、生まれたこどもの成人期での高血圧は、認めませんでした。この結果は、今般が初めての報告であり、母親の出産年齢によって糖尿病リスクの増大が示唆されたとすれば、発症を抑制するために、「最初の1000日」だけでなく、それ以降も大胆に、支援体制を強化する施策が求められるでしょう。
研究の特性上、制約が多いことも事実です。グアテマラやインドでは、1968年の出産年齢者を対象としていましたが、南アフリカでは、1990年のかたを対象としており、出産時の時代の違いは大きなバイアスになるかもしれません。国ごとの出産に伴う社会保障のサービスの違いも顕著で、栄養の与え方の違いや、社会経済状態の差、地理的な差も大きいものでした。結果として、コホート間で、アウトカムによっては、違いが有意に存在したのは、そういった理由から自然なことかもしれません。しかもアウトカムのデータが得られる参加者の数は、時間とともに劇的に減少し、致命的とも言える研究上の欠陥も認められました。
しかし、こうした数々の制約のある中でも、多くのアウトカムが、コホート間でほぼ同様の結果が得られたということは、驚嘆に値しますし、だからこそデータの信憑性が高く、受け入れられるものだったということはいうまでもありません。
さて今回の研究から、どのような介入が、こどもの正しい成長を補完できるのか、について具体的に改善可能な部分があったのか、を考えることは、フィールドにおいて有機的な連携をとってゆくために必須でしょう。しかし、残念ながら、社会経済状態の差だけでは説明しきれず、つまり経済的支援だけでは、解決に至らないことが考察されています。出産年齢を遅らせるという対策だけでは不十分であると示されました。
今回、解析された交絡因子以外のなんらかの知られていない因子が、こどもの正しい発育阻害因子として存在するわけで、対策を練るには、今後その因子解明に向けた努力が先んじて必要なのかもしれません。
さて、最近出版された網羅的レビューの中で、若年出産を減らす方策として、子供同士とコミュニケーションを良好にとること、同等の立場にある子供らと共に受ける公教育の重要性、子供について学校で教育的に介入すること、健康面でのカウンセリングをすることなど、総じて、学校教育を受ける機会を増やすことが重視されてきています。また、条件付けでの現金供与がきわめて有効ということも判明していますが、この施策は、実験段階で、国家レベルで施行されている国はありません。
さて、チリでは、学校登校日を増やしたことで、若年出産が5%減少する、という喜ばしいニュースがありました。心身ともに成長過程にある子供が結婚し出産することは、教育を受ける権利の喪失とも受け取れるでしょう。十分な教育を受け、自我が確立した時点で、結婚をすべきか否かという自分の意志決定の下で生まれた自分の子供へのより良い成長を促すことができる、とわかれば、おのずと若年出産が減少していくのではないでしょうか。人格もこどものままの結婚出産であれば、子供を育てる十分な能力がなく、結果として、生まれた子供の成長に及ぼす多様なリスクが生じることは明白でしょう。
若年出産を減らすために、社会全体が協力できるよう、ひとりひとりがこのような視点をもち、国際的共助の強化につなげることは大切なことではないでしょうか。