2015/07/18

愛し野塾 第9回 CDCによる報告から国内での肺炎検査の保険適応再検討を問う

第9回 愛し野塾

 
CDCによる報告から国内での肺炎検査の保険適応再検討を問う
 
 
小児の肺炎といわれると、重症化することが多く、治療に難渋することもしばしばで、その原因をすばやく特定し、その原因に対する特別な治療(特効薬の投与)をすぐさま開始することが重要です。
 
日常臨床の場では、簡易検査によって、15分程度で、マイコプラズマ、インフルエンザ、溶連菌感染症が分かるようになったのは患者さんにとっては、「喜ばしい検査技術の進化」といえましょう。
さらに、これらの病原菌では、それぞれ特効薬が存在しますので、有意な治療効果も得られるようになってきました。
 
それでは、その原因とされる肺炎を起こす病原菌の出現頻度とは、どうなっているのでしょうか。まず一番先に出てくるのが、マイコプラズマ肺炎だと思います。
 
外来診療で、咳や熱がでた子供が来院した場合、お母さんや保護者の方には、「これまで肺炎したことありますか」、と伺います。そうすると「はい、マイコプラズマがあります」というような答えをもらうことも少なくありません。
 
千葉県こども病院で1988年から14年かけて調査した結果、6歳以上では、マイコプラズマが肺炎の原因の62%を占めており、主要な肺炎の起縁菌(その感染症の原因となった病原菌)であることがわかりますし、15歳以下のすべての小児の肺炎の調査からも、その22%がマイコプラズマであり、高い比率を保っています。
 
さて、マイコプラズマ以外のものとしては、細菌性と呼ばれるものがあり、小児肺炎の中では、別のメジャープレーヤーとされます。小児全体でみると、この細菌性のものとマイコプラズマのもので、半数を占めるとされます。ですから、小児を見たときには、細菌性のものか、マイコプラズマを疑うというのは、常識だ、と考えられますし、なにより、日本のガイドライン2011年版でも、そのような勧告が出ており、治療はそちらが優先されます。
 
さて、3番目に考える肺炎の原因は?といいますと、インフルエンザウイルスなどの、いわゆるウイルスによるものです。これは、全体の17%と少なく、1歳から2歳未満に注目すると、27%とやや高い比率となり、年齢のいかない子供の肺炎の原因として、重要とされます。
 
2011年版のガイドラインでは、原因がよくわからない肺炎を見た場合、2ヶ月以上5歳以下なら、細菌性を疑い、その治療を開始することになっています。
 
ところが!
 
前述したようないわば日本の常識をもっていた私としては、今回の新しいNEJMのデータ(平成27年2月26日号)をみたとき、愕然としたのでした。なにしろ、海の向こう米国では、ウイルス性とされる肺炎が、全体の7割近くも占めるというのですから。
 
この研究は、米国疾病管理センター(CDC)が行ったもので、いわゆる市中肺炎の発生率を調べています。つまり、免疫が低下するような病態を持っているために、肺炎になったというのではなく、普段は健康なお子さんが、たまたま肺炎になったケースを対象にした調査による報告です。
 
前段の情報として記載しておきますと、肺炎球菌ワクチンとHIBワクチンが開始されてしばらく時間がたったため、「肺炎球菌とインフルエンザ桿菌による肺炎は減少している」と予測され、肺炎を起こす病原菌の種類がかなり変わった可能性があり、その調査を目的として研究を行ったものでした。「肺炎球菌とインフルエンザ桿菌」は、いずれも、細菌性と呼ばれる肺炎の原因とされるものです。欧米では、それらの病原菌を標的にしたワクチンは、30年程度前から開始されています。一方、日本では、2年前に定期接種となったばかりです。
 
さて実際の論文を見てみましょう。
 
2010年1月から2012年6月の間に、肺炎と診断された18歳以下の子どもらを対象としました。いずれも、メンフィスとナッシュビル、ソルトレークシティーの3都市の3つの病院で治療を受けた子どもらを選んでいます。対象者数は、2638人で、そのうち89%は胸部XPによって肺炎と診断されています。年齢の中央値は、2歳ですから、幼児の対象者が多かったことが伺えます。集中治療室で治療を受けた重症肺炎患者は、全体の21%、約5分の1でした。3人の患者さんが亡くなっています。胸部の写真で、肺炎の像があり、しかも、細菌や、ウイルスの検査に供する検体が採取できた患者さんは、2222人いましたが、このうち、はっきりと病原菌がわかったのは、81%で、ウイルスが見つかったかたが、66%、細菌は、8%で、ウイルスと細菌の両方とも検出された方は、7%でした。つまり、肺炎のほとんどの原因は、細菌性ではなく、ウイルス性であることが明らかになりました。
 
より細かい情報を精査すると、ウイルス性肺炎のうち、RSウイルスが5歳以下の患者さんの37%で検出されました。そして、日本で圧倒的に多いとされるマイコプラズマは、同じく5歳以下では、わずか3%でしたし、また、5歳以上で統計をとっても19%と少ないという結果でした。この結果からすれば、5歳以上ならば、勿論マイコプラズマも十分考慮していく必要があるものの、小児の肺炎を見たら、まずは、ウイルス性を考えたほうがいいということになります。特に肺炎になりやすい層は、5歳以下が多いわけですから、なおさら、ウイルス性に注目すべきであることは、明らかであると言えましょう。
 
日本では、まだ細菌性肺炎を起こす肺炎球菌とインフルエンザ桿菌のワクチンの使用が始まったばかり、であるから、前述の調査結果とは差異があり、低年齢でも細菌性肺炎の占める割合が多いと考える向きもあろうかと思いますが、私は、その考察は、間違っているように感じます。
 
まず、第一に、米国の肺炎の診断は、かなり高い精度で行っておりますから、その病原菌診断は間違いのないところだと考えられます。
第二に、肺炎の原因として、多いとされていたマイコプラズマですら、5-6歳以上の肺炎罹患者で、日本の62%と比較して米国では、わずか19%という比率しかない、ということになりますと、肺炎は、ウイルス性がもはやメインであるという、考え方を中心に取り入れていかねばならないと考えます。なにより日本のガイドラインが基にしているデータは、「1988年から2002年の間の報告によるものである」ということでは、今回のデータと比較検討しようもないというのが現状でしょう。
 
日本の保険診療では、外来で件のRSウイルスは、1歳未満のお子さんには、簡易検査で診断をつけることは可能ですが、ことさら重要な、1歳から5歳のお子さんには、「保険適応の検査ではない」というデメリットがあります。私は、今回の米国疾病管理センターの研究成果を受けて、「5歳以下の肺炎の病原菌の特定を日本でも調査する」という目的から、RSウイルスの簡易検査キットの使用を5歳までに保険適用を広げるべきだと考えております。
 
RSウイルス感染症は、冬の時期4-5ヶ月の間盛んになります。インフルエンザと流行の時期が重なるのも特徴です。日本の検査キットでは、そうしたこともあり、インフルエンザとRSウイルスの両方を簡便に検査できるものがあります。RSウイルス感染症で入院となった子供の100人に一人は命を落とすとされています。命を落とすケースでは、もともと心肺に異常があったり、免疫系に問題があるお子さんか、未熟児で低年齢の乳幼児に限るとされています。また、再感染するのは、アレルギーの素因がある子供が多い傾向があると報告されており、湿疹がある子供や、喘息の子供は、要注意とされています。
 
また、論文にも記載があるとおり、RSウイルスのワクチンを作成することが、なにより小児領域の肺炎予防につながることは間違いないと考えますので、早期のワクチン開発を期待したいと思います。