2015/07/18

愛し野塾 第12回 E型肝炎ワクチン開発への光 

愛し野塾 第12回 

E型肝炎ワクチン開発への光 


いよいよ土が見えてきました。晴れた日の土の匂いは格別ですね。院長もつい通勤の車を止めて窓を開けて眺めてしまう早朝です。来週からいよいよ畑に入るとか、出面さんで活躍してくるとか、外来を通してお話を伺います。入学式、入社式に続いて、大地にも目覚めがやってくる季節です。ついつい、喜びで飛ばしてしまいそうな季節ですが、こんなときは、スロースタートも大切です。カラダがあたたまり、動いてくるまでくれぐれも、無理をして動き回らないようになさってください。そして、水分補給をして、よく眠ることは、疲労蓄積の予防だけではなく、安全・正確な作業にもとても大切な事です。
 
さて、今回は、E型肝炎ワクチンの実現の可能性が示唆されるとても面白い論文とその考察を記しました。ぜひとも御拝読くださいませ。
 
第12回 愛し野塾 E型ワクチン開発への光明
 
 
私が、北見市にやってきて3年目のことでした。E型肝炎が劇症化し、60代男性死亡するというニュースが流れ、町中が震撼としました。E型肝炎という、稀少な疾患が自分の暮らす町で生じたという衝撃も加え、未だ当時のことを忘れることができません。
 
当時の新聞報道を読み返すと、焼肉店で、豚のレバーを食したことが原因ということでした。しかし、食事をしてから、発症に至るのに1ヶ月以上の潜伏期間があったことから、食べた食事そのものが残っておらず、直接感染した食事の同定ができず、感染源の確定にはいたらなかったということでした。ところが、一緒に食事をした親戚数人にE型肝炎に感染したという証拠が血液中の抗体検査から得られたのです。さらに、献血を介して別な方が、E型肝炎に罹患したことが判明し、複数の事象から推測ながらも、焼肉店に流通していた豚のレバーが感染源ではないか、とされたのです。患者さんのひとりからは、遺伝子そのものが取り出されており、遺伝子の型は、グループ4であることも判明しました。ことの詳細はともかくとして、E型肝炎という聞き慣れない肝炎で劇症化し、死亡例が出たということは、北見で働くプライマリーケア医の私としては、かなりのショックでした。臨床症状は、A型肝炎感染者と同じで、通常みられるものは、嘔吐、下痢、発熱ですから、ノロウイルスによる胃腸炎や、キャンピロバクターによる胃腸炎とは、外来受診されたところで、なかなか見分けがつきません。もちろん黄疸がでていれば別ですが。
 
このような経過があり、私は、この日以来、嘔吐、下痢、発熱のひとが来院されると、軽い症状の患者さんであっても、念のため採血検査を勧めるようになりました。
 
その結果、開業以来、6年間に3人のE型肝炎を比較的早期のうちに外来で発見することができました。いずれも軽症で、命に別状はありませんでした。ただし、肝機能を表すASTとALTは、正常の100倍以上に増加しているケースもあり、その数値をみたときは、びっくりしたものでした。豚の内蔵を食するという習慣は、新鮮な豚の内蔵や、鹿肉が手に入りやすいこの土地では特別な事ではないようです。しかし、内蔵には、E型肝炎ウイルスが残りやすいとされ、生後6ヶ月でほぼ死滅するはずのウイルスが精肉時にも残存している可能性が示されています。また、肉の内部まできちんと火を通せば、E型肝炎ウイルスは死滅するのですが、生焼けのほうが美味しいという方もいるし、お酒がはいった席では、きちんと焼いたかどうかも怪しく、感染がおきてしまうようです。
 
未だ特効薬のないE型肝炎ですから、早期診断し、脱水症に注意しながら、輸液を行い、肝庇護剤を使うことが必須とされます。入院し安静を保つことも必要です。劇症化した場合には、血漿交換が必要とされています。
 
 
さて、肝炎ウイルスによる肝炎の発症にかかわるものとしては、A、B、C、D,E型の5種類が知られていて、ワクチンがないのは、CとE型の2種類だけです。C型は、劇症肝炎となることはまれですし、昨今の治療法の革新的進歩で、撲滅できるウイルスとなってきています。残念な事に、E型は、劇症化し、死亡に至る可能性もあるにもかかわらず、ワクチンがなく、予防法が確立していません。
 
私が診た症例でも、豚肉も食べておらず、感染源が全く思い当たらないということでしたし、こうなるとE型肝炎から守るには、ワクチンしかないのでは?ということになります。
 
妊婦さんが、E型肝炎に罹患すると劇症化し易いとされている点も問題です。通常、E型肝炎の死亡率は、1-3%とされますが、妊婦さんの場合、5-25%に死亡率が跳ね上がるのです。
 
シカや、イノシシからもE型肝炎ウイルスは検出されており、こうした野生動物の肉を食する文化のある日本では、E型肝炎ウイルスのワクチンの需要は高いといえるのではないでしょうか。
 
最近では、南スーダンや、北ウガンダで、E型肝炎のアウトブレークが認められていることから、衛生状態の悪い、発展途上国においては、E型肝炎ウイルスの開発は火急の問題とされています。
 
 
今回ご紹介する論文内容は、2015年3月5日号のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンにでたもので、「E型肝炎ウイルスのワクチンの作成に成功」したことを伝えています。
 
中国アモイ大学のザング博士らが率いるグループが、研究成果を発表しました。2007年、年齢16-65歳の11万人を対象に研究が行われました。アモイ•イノバックス•バイオテック社が開発した、E型肝炎ウイルスワクチン(ゲノタイプ1に対するもの)「ヘコリン」が使用されました。コントロール群には、B型肝炎ウイルスワクチンが使われ、無作為に選別した5万6千人に、それぞれのワクチンを投与しました。投与スケジュールは、各0,1,6ヶ月の合計3回投与でした。そして、4.5年間、2重盲見法(患者及び医師にどちらのワクチンを摂取したのか(されたのか)は知らせない)を用い経過観察され、研究方法としては、一番厳格な手法であることから、研究結果の信憑性は高いものと考えられます。
 
 
研究結果では、この経過中にE型肝炎を発症したのは、60人で、内訳は、E型肝炎ワクチン投与グループに7人、コントロールグループに53人でした。このことからワクチンの有効率は86.8%と試算されています。3回ワクチン接種群では、87%にE型肝炎ウイルスに対する抗体が認められましたが、コントロール群では、9%に抗体を認めました。E型肝炎ウイルスワクチンを接種したものの、E型肝炎に罹患した7名の症状は比較的軽度でした。
 
このうち遺伝子調査によって分類された遺伝子型は、グループ1が1人、グループ4が3人でした。全被検者中の死亡数は、ワクチン群で513人で、コントロール群で476人で、2群間に統計学的有意差はなく、ワクチン接種による死亡例及びアナフィラキシー反応は、確認されませんでした。したがって安全性は問題ないと考察されております。
 
総合すると、開発されたE型肝炎ウイルスワクチンは「有効性」・「安全性」も高く、E型肝炎予防に十分使えるものと考えられました。
 
しかしながら、このワクチンを市場で使う許可を得るために、重要な解決されなけばれならない3つのポイントがあると考えられます。
 
第一に、年齢の問題です。研究では、対象とならなかった16歳以下のかたにも有効・安全なのかということは、世界中で使用することを踏まえて、確かめる必要があろうと思われます。
 
第二に、E型肝炎には、4つある遺伝子型のうち、グループ1に有効であることは確認されたが、ほかのグループの遺伝子型にも有効か否かについて再検討するべきだと考えます。ザング博士らの結果では、ワクチン接種によって予防出来なかった症例の遺伝子型は、グループ1よりもむしろグループ4でした。特段北見の症例が、グループ4だったことを考慮すれば、日本で使うには、この検討は重要と考えられます。
 
第三に、これは、もっとも重要なポイントかもしれません。「ヘコリン」は、妊婦さんのE型肝炎予防に有効なワクチンなのかどうかです。妊婦さんのE型肝炎に伴う死亡率を減らすことは必須なことと思われます。
 
今回、E型肝炎ウイルスのワクチンの有効性・安全性が確認される結果が得られたこと大きな進展である事は間違いないでしょう。今後国際的にこのワクチンが汎用されるために必要なことは、以上の3点を克服することだと思われますが、E型肝炎ウイルスの撲滅の可能性が見えてきたように思われます。私としては、日本でもこのワクチン使用の是非を決める具体的な研究を一刻も早く進めて頂きたいものです。