昨今は、職場内、ご近所や家族内でのコミュニケーションがとれず大きなトラブルにまで発展するような悲しいニュースが多いように思います。一方、コミュニケーションツールでもある携帯(ネット)依存症も若い世代から中年世代まで広がってきていますね。この依存は、誰しも、誰かと、または社会と、つながっていたいと思っているから生じる現象なのでしょうが、そのコミュニケーションは、どうも「自身の存在価値を自己暗示させる安易なツール」として使用されているケースが少なくないように思います。もちろん、その利益も否定出来ませんが、SNSコミュニケーションの不利益を知らない若い世代が、FACE TO FACEの複雑なコミュニケーションを味わわずに、画面に向かって一喜一憂する姿を見ると、違和感を感ぜずにいられません。
人の感情は、「行間」にもずいぶんあるものです。言葉でのコミュニケーションは、かなり制限されていることもよく知られている事実です。非言語的コミュニケーションによって相手を思い量るという人間らしい認知機能に今一度目を向けてみませんか?
先ずは、傍らにいる誰かの「存在」を認めてはどうでしょうか。『存在を肯定化すること』コミュニケーションはそこからはじまるのです。そして、それと同時に必要な事は、「自分自身の存在に重力を感じる事」です。「ここにいる自分」を頭の先から足先まで静かにスキャンしてみてください。
今日はちょっと重い前段になってしまいました。地下鉄で目の前に座る6人全員がしきりに携帯操作をし続け、弱者もいる周囲に一切目もくれずにいたのがなんだか残酷に感じたのでした.
さて、院長の愛し野塾は、認知機能に好影響を及ぼす地中海食についての新たな研究について考察を交えてのお話です.
第21回 愛し野塾
地中海食で認知機能改善
2013年にスペインのグループが、エクストラバージンオリーブオイルたっぷりの地中海食とナッツたっぷりの地中海食を接種する事で、心血管病のリスクが、30%低下することを発表して以来、「地中海食」に潜在する「予防的特性」について、目がはなせない状況です(N Engl J Med. 2013 Apr 4;368(14):1279-90)。
この研究では、7447人の糖尿病などを含む、心血管病の危険因子が高い方を対象として、無作為に「地中海食」と「低脂肪食」に割当て、4.8年の経過観察をしています。研究手法には、最も信頼性のおける方法論が採用され、加えて、得られた知見に抜群の新規性がありました。経口薬として採用されている「アスピリン」ですら、心血管病の1次予防効果は、「10%程度」とされていますので、地中海食の「30%リスク低下」という予防効果は絶大ともいえるものでした。世界中の研究者たちは、驚きと賞賛の声をあげました。論文が発表されてからわずか2年半で、引用回数は100回を既に超えていることからも、この研究が与えたインパクトの大きさがわかります。
この研究発表以来、炭水化物、脂質、タンパク質といった栄養素に注目した従来型のダイエットへの注目度は減少し、「食事のパターン」を工夫することで、健康の増進を図ることが世界的な流れとなってきています。
その後、この食事療法では、糖尿病発症予防効果もあることが報告され、ますます注目を集めていました(Ann Intern Med. 2014 Jul 15;161(2):157-8)。
今回発表になったのは、この食事療法が認知機能に与える影響を検討したものでした(JAMA Intern Med. 2015 May 11. doi: 10.1001)。
既存の研究からも、「認知面に良い影響を与える」地中海食の潜在性について、大規模な観察研究から示唆されてきました。実際、アルツハイマー型認知症に対しても予防効果があると示唆されてきました。しかし、観察研究という特性からくする様々な問題点があり、その結論は問題視されていました。
問題点を記述いたしますと、まず、食事内容のアセスメントが研究期間中、わずか1回しかなされていないため、食事内容が正確に評価されていない可能性があること。第二に、地中海食といっても統一されたものではなく、ばらつきがあること。第三に、認知機能判定の評価方法が統一されておらず、得られた結果の正当性・信頼性が十分に得られない点。第四に、地中海食を習慣的に摂取するひとは比較的健康的な生活(適切な運動習慣や食生活など)を送っているが多い、というバイアスが含まれること、があげられます。
こうした中、より正確で信憑性の高いデータが待ち望まれていました。
今回の研究(JAMA Intern Med. 2015 May 11. doi: 10.1001)は、無作為前向き試験の手法をとっており、結果の信頼性は格段に高く、それに加えて、得られた結果は、時代にマッチした妥当性の高いものでした。
研究に参加したのは、バルセロナの住人で、認知機能が正常な447人が選ばれました。52%が女性で、平均年齢は、66.9歳でした。糖尿病などの心血管系のリスク因子を持つ方で、研究観察期間は、2003年10月1日から2009年末までの約6年でした。
認知機能試験は、試験開始時と試験終了時の2回全員に行われました。
オリーブオイルを1週間に1リットル飲用する群と、ナッツを一日30グラム食する群、低脂肪食を摂食する3群に無作為に割り当てられました。
平均4.1年の観察期間を経て、334人の参加者の認知テストが得られています。短期記憶障害の試験である、レイRey15語 聴覚性言語学習検査で、地中海食で、有意に良好な結果(P=0.049)が得られました。同様にカラートレイル試験でも、有意な改善(P=0.04)を認めました。前頭葉に注目した試験を組み合わせた結果では、オリーブオイル入り地中海食で、ベースラインから0.23ポイントの有意な上昇があり(P=0.003)、ナッツ入りの場合、0.03ポイントの上昇で、一方、低脂肪食群では、0.33ポイント低下していました。
この結果は、教育レベル、性別、年齢、配偶者の有無、BMI,摂取カロリー、運動量、アポE4遺伝子型、2型糖尿病、脂質異常、スタチン治療、抗コリン剤服用の有無、観察期間で補正されていました。これらの結果から、いずれの地中海食も認知機能改善効果があることが示されたのでした。
現在日本では、予備軍を入れると800万人のかたが認知症と診断される時代です。ましてや、未だ特効薬もない認知症に対応するには、「予防」が一番とされています。動脈硬化が認知症の原因のひとつとして上げられ、メタボにならないようなライフスタイルが推奨されるようになりました。そうした中、オリーブオイルたっぷり、ナッツたっぷりの地中海食が認知面でよい効果をあげることが分かった意義は大きいと思います。
さて、それでは、どのような作用で、これらの食事療法は、認知機能を改善することができるのでしょうか。
研究エントリーの段階で、尿中ポリフェノールの排出量が、認知機能と相関していることが示されており、地中海食に豊富に含まれるポリフェノールが良好な認知機能をもたらす原因の一つと考えられています。また、地中海食は、心血管系に良好な効果があり、実際、脳卒中予防効果があることも報告されており、脳血管系に良い効果を表すことで、認知機能を改善することも十分に考えられます。
問題点は、いくつかあげられます。ひとつめは、今回紹介された試験は、大規模試験から抽出された小さなグループのポストホック解析であって、もともとは、認知機能に着目してデザインされた研究ではなかったという点です。また、サンプルサイズ(対象者数)がかなり小さい。ふたつめに、この観察期間において実際認知症を発症した率は、各群で変わらなかったということ、3つめに、脱落例が多かったという点です。4つめに、認知機能テストで、地中海食でも対照の食事と比較して、認知を良くする結果が得られないものがあったということです。
これら問題点の多くは、認知機能にのみ注目した、より大規模な研究を行うことで解決できると考えられます。今後の研究発展を期待したいところです。