2015/07/18

愛し野塾 第27回 ピロリ菌をワクチンで退治できるか!?

27回 愛し野塾 

ピロリ菌は、ワクチンで退治できる可能性 

 
 
 
ヘリコバクターピロリ菌は、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃ガン、胃リンホーマの原因菌として、1983年のオーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルの発見以来、大きな注目を集めています。世界的にみても、なんと約半数のかたが、この菌の感染症に罹患していることが知られています。 
 
1994年には、WHOで、クラス1のカテゴリーに属する発がん性物質とされるようになりました。日本でも、盛んにピロリ菌の早期発見がおこなわれるようになり、今やABC分類は、健診ではかかせない血液検査となりました。 
さて、中国では、6億人がピロリ菌に罹患しており、その対策は待ったなしとなっているところです。1990年代初頭より、ピロリ菌のワクチン開発は国家の重要課題のひとつとして取り組まれてきました。動物実験では、ピロリ菌ワクチンの有効性を証明することに成功しました。しかしながら、いざ人に応用する段階になると、安全かつ有効なワクチン開発の成功には至らず、研究者らを悩ませておりました。 
 
 
今回ご紹介するのは、中国産のワクチンで、ウレアーゼBサブユニットと熱不安定エンテロトキシンBサブユニットを合体させた経口のワクチンです。すでにフェーズ1と2の臨床試験をパスし、今回は、フェーズ3の有効性の試験の結果が考察されました。手法としては、前向きの無作為2重盲検法を採用しており、得られた結果は、信憑性の高いものでした(Lancet 2015, July 1
 
臨床試験前および試験時にピロリ菌に罹患していない、地元の12校の生徒4464人(平均年齢9.1歳、男性61%)が対象とされました。2004122日から、2005319日の間に、2232人にワクチンが投与され、同時に同数である2232人にプラセボ投与が行われました。全対象者の99%にあたる4403人が3回ワクチン接種(0日、14日、28日の3回)を完了させました。ワクチン接種後1年の間に、ピロリ菌に罹患したのは、14/2232人中、プラゼボ群で、50/2232人中で、ワクチンはピロリ菌予防効果に明らかに優れており(P0.0001)、有効率は、71.8%と高率でした。 
 
ワクチンの有効率は、2年目には55%に低下、3年目も、55.8%でした。 
ウレアーゼBに対する抗体は、ワクチン群では、摂取後1ヶ月で対象者の86.1%に認められ、プラゼボでは、4.6%の人に抗体が認められました。この抗体は、摂取後1年後までは、高タイターで認められました。しかし、2年目、3年目になると、抗体のタイターは、プラゼボ群に比較して、有意に高い値を維持はしていたものの顕著に減少していました。64人のピロリ菌感染者と、128人のピロリ菌非感染者を比較すると、後者で、ウレアーゼBに対する抗体は有意に高値を示しました。ウレアーゼBに対する抗体力値の低下は、ピロリ菌感染率上昇をもたらすことが回帰解析から明らかとなっています。これらの結果から、ワクチンに伴う抗体産生が、ピロリ菌感染を予防していることが示唆されました。 
 
ワクチンに伴う副作用は7%に認められ、プラゼボの7%と同数でした。最も顕著な副反応は、多い順に嘔吐・発熱・頭痛であり、ワクチン群では腹部膨満感が若干多い状況でした(P=0.0427)。また、重篤な副作用としてワクチン群で5例、プラセボ群で7例を認め、二群には有意差はありませんでした。ワクチン群の一人は溺死しましたが、これらのいずれの重篤な副反応も、ワクチンやプラゼボに伴うものとは評価されませんでした。 
 
この結果から、今回紹介されたワクチンは、6-15歳の小児に使用しても有効性を認め、かつ安全に効果をもたらすことがわかりました。ただし効果は2年以降はやや落ちますが、どうやら3年間は持続することもわかりました。ピロリ菌が胃ガンの主たる原因として考えれば、このワクチンの登場は朗報といえるのではないでしょうか。 
 
はじめに述しましたように、開発に困難を極めたピロリ菌のワクチン療法ですしたが、今回開発されたワクチンが安全性・有効性を得ることができた理由はなんだったのでしょう。 
 
第一に、ワクチンに使う抗原量が15mgと大量だったということが成功の鍵を握っていたようです。抗原量が多かったため、抗体ができやすかったと推測されています。第二に、熱不安定エンテロトキシンを粘膜のアジュバントとして使用したことで、抗体ができやすい環境を備えていたという可能性が考察されています。第三に、ウレアーゼBサブユニットと、熱不安定エンテロトキシンを1:1で、フュージョンさせたことも有効だったようです。さらに研究のプランニングは特記すべき点でしょう。ピロリ菌の非罹患者という条件にあった大人を対象にしていたこれまでの研究では、すでに対象者選定の時点で、ピロリ菌感染に対する防御機構が備わっている大人を選んでいた可能性があるというわけです。今回の臨床試験では、小児を対象としており、こうしたバイアスはかなり低かったと考えられます 
 
問題点は、何と言っても、2年目以降、抗体のタイターが低下してしまう点です。ピロリ菌感染予防の長期的方策には、一例としてあげれば抗体タイターが落ちないように2年目や3年目のワクチンの追加投与を考慮する必要があるかもしれません。ところで、使用されたワクチンの純度が80%しかなかったことには、わたしは疑問を感じています。より、精製したワクチンを使うことで、この問題がクリアできないかどうか、検討するべきでしょう。また実質的に胃ガンを予防できるのか否か、という命題の解を得るには、ピロリ菌感染から、50年以上の年月が必要となり現実的には困難と考えられます。ですから長期的な経過観察は重要ですが、現段階では、抗体のタイターの長期の維持が可能なワクチン投与法、及び更なるワクチンの改良に研究の焦点をしぼるべきでしょう。 
 
ピロリ菌感染を子供のころから予防し、将来にわたり胃ガンにおびえることがないような時代が早くくるといいですね。