2015/07/18

愛し野塾 第19回 母乳育児とIQそして年収との関係

いよいよ道東の気温も上がって参りました。今週末には20度を超える予想もでておりますね。
さて、暖かくなれば薄着になる.薄着になるとカラダも動きやすくなる。
動きやすくなれば!さあ、運動をしてみませんか?
 
いえいえ、体育館に行こう、とか、すぐさま、特別な計画をたてようなんて思わなくてもいいのですよ!わたしたちは、常日頃から運動をしています。カラダのどこかしら動かしています。わたしたちがそれぞれに行っている「動き」を少し、継続的なものにしたり、速度を変えたりするところから運動は始まります。
 
バスに乗って歩いてクリニックにいらっしゃる方も、「運動」を提案すると、いやいや、足が悪いとか、腰が痛いとか、その言葉によってむしろ躊躇してしまうこともあります。でも、運動は今あなたがなさっている生活から「自然に」延長するものである方が、長続きするもののように思うのです。
 
サンダルから運動靴に履き替えれば、引きずるように歩いていたものがなんだか颯爽としてくる。早起きして育つ植物や作物を見に行く前に、カラダを「自分が気持ちいいように」リラックスして、そして、伸ばしてみる。運動を実行するとき、どうか、「遊び」の要素を心のどこかに感じてください。「なんか気持ちいい」、とか「なんか、面白い感じがする」というような感覚です。
 
近い将来に登山やハイキング等を計画して、それに見合ったカラダ作りをしてみるのもいいでしょう。プラスアルファの体力作りは、それはそれは、老化防止にも、心肺機能維持にも、はたまた減量にもいいかもしれませんが、それぞれの日常生活を少し楽しくするために、とても大きな効果をもたらしてくれるのです。
 
ちなみに院長は、早朝の庭の水やり・犬の散歩が日課です。まさに植物や犬が運動をさせてくれている、そんな感じですね!
 
さて、本日は、母乳期間が赤ちゃんのその後の人生にどのような影響をもたらすのか、というテーマについて医学誌ランセットで掲載された研究報告の解説です。「ソーシャルパターニング」という専門用語が少し分かりづらいかもしれませんが、それぞれソシオエコノミックステートのことなる複数の国の比較検討も含め、「母乳」による授乳がもたらす、子どもの知能指数や将来の年収についてなかなか興味深い考察がなされております。
 
 
 

愛し野塾 第19回 

母乳育児とIQそして年収との関係

 
母乳には、子供の成長を支える様々な短期的かつ長期的な利点があることが知られています。
 
短期的には、母乳に含まれる免疫グロブリンは、赤ちゃんの感染症への罹患を防止し、乳児死亡率を低下させてくれます。長期的な効果としては、知能指数を良くすることが知られています。
 
さて、14本の観察研究のメタ解析から、幼児期から青春期のIQを3.5ポイントあげることが報告されました。
 
デンマークの研究では、27歳まで、英国の研究では、53歳までを対象としたもので、母乳による授乳期間が長いほど、知能指数が高いことが報告されました。しかし、こうした先進国主導の研究では、母乳のソーシャルパターニングの影響が問題視されているのも事実です。つまり、社会-経済的地位の高い母親のほうが、低い母親に比べて、母乳による授乳期間が有意に長く、母乳の知能指数に与える影響が過大評価されているのではないか、と批判を浴びているのです。
 
そこで、社会構造の異なる国を選んで、母乳が知能指数に及ぼす影響が研究されるようになりました。具体的には、ブラジルとイギリスのコホート研究です(Int J Epidemiol. 2011 Jun;40(3):670-80)。ブラジルのペロタス・コホートでは、「家庭の収入」と「母乳による授乳」とは正の相関はなく、イギリスのALSPACコホートでは、正の相関がありました。ペロタスは、ブラジル南部にある町で、人口34万人(2006年時点)で、大学は2つあり、桃の産地として知られています。農業中心の町といっていいでしょう。選ばれた町としては、適切だったと考えられます。社会経済的階層の異なる両方のコホートにおいても、母乳期間の長さが、高い知能指数と相関があるという結果が得られました.
 
特記すべきは、授乳期間と血圧・BMIレベルの関係について両研究間に差異があることです。ALSPACコホートでは、母乳期間の長さは、血圧・BMIの低下とも相関ありましたが、ブラジルのコホートでは、血圧・BMIとは相関がありませんでした。
 
上記の研究報告から、母乳の効果は、血圧やBMIに対してはソーシャルパターニングの影響を受けるが、知能指数に対しては、ソーシャルパターニングの影響を受けることなく、良くする効果があることが知られるようになったのです。
 
さて、一方で母乳の知能指数への効果は、実生活に好影響を与えているのかどうかは、いまだ議論のあるところですが、教育レベルと関係について検討が続行されております。
 
1946年のイギリスコホートで得られた、「7ヶ月以上母乳を与えられると、母乳を与えられなかった人に比較して、高等教育レベルに達したひとは、58%増加する」という結果の一方で、ペロタス研究を含む、低所得から中所得の国々の年を対象とした23年の経過を観察した研究では、「母乳と学歴には相関関係はない」とも報告されています。
 
議論のまっただ中、この疑問に答えるべく「母乳期間とIQ」,「母乳期間と教育レベル」、「母乳期間と30歳時の収入」との関係について解析を試みた研究(Lancet Glob Health. 2015 Apr;3(4):e199-205)が発表され、興味を引きましたので、ご紹介したいと思います。
 
この論文の内容は各種メディアでも大きく取り上げられました。
研究が開始された1982年、研究者らは、ブラジルのペロタスの5つの産科病院を毎日訪れ、すべての出産記録を精査し、都市に住む家族の子供、5914人の新生児の身体検査をし、母親と出産直後に面談による調査をしました。
面接拒否率は1%以下、その後も数回経過を観察され、1984年になり、母乳期間について問診調査されました。ウエクスラー成人知能検査は、30.2歳時に施行されています。教育レベルの調査は、最終学歴としました。2012年から2013年の面談によって、前月の収入について調査されています。(ブラジルでは、年収ではなく、月収が普段収入の指標として使われているとのことです)
 
知能・収入に影響を与えうる因子として、家族の月収、父母の学歴、妊娠中の喫煙、母の年齢、母の出産前のBMI、自然分娩か帝王切開かの違い、妊娠期間、出産時体重、持ち家かどうかなどの財産関係、遺伝的祖先の調査が解析されました。
 
母親の教育期間が、4年以下のかたが全体の32%も占めていたのは驚きです。2012-2013年に面接できたのは、3701人で、そのうち325人が死亡していました。経過を観察できたのは、初期に登録されたかたの68%でした。母乳期間は、20%が1ヶ月未満で、4ヶ月以上主に母乳をあげていたひとは、わずか、12%でした。30歳時点で、平均IQは、98で、平均教育期間は、11.4年でした。IQと教育期間には相関がありました(P<0.0001)。
 
月収は、平均30万円でした。収入と教育、収入とIQにも相関がありました(P<0.0001)。研究の解釈として重要なことになりますが、「家庭収入と母乳期間」との間には相関がないことでした。
 
また、母乳期間が、12ヶ月以上と1ヶ月以下と比較すると、30歳時点での収入に与える影響としては、月額で、7万円の差となっており、母乳期間が収入増加につながることがわかっています。
 
また、IQは、3.76増加、教育期間は0.9年延びることがわかりました。母乳が、収入に与える因子を解析すると、72%は、IQによる寄与であることもわかりました。
 
この論文のハイライトは、母親の学歴、家族の収入、財産などのほかの影響を及ぼしうる因子による影響を取り除くと、むしろ、母乳期間と30歳時点における収入との関係が、より一層明瞭となった点で、結論の信憑性を高めています。また、12ヶ月以上母乳を与えた母親の家庭は、貧しく、教育レベルも低く、アフリカ由来の先祖を持つ方が多かったと記載があり、ソーシャルパターニングとして、社会的地位の高い母親が、母乳を長期間与えていたわけではないことが良く分かります。
 
問題点は2点あるものと考えられます。
 
まず一点は、この論文では、母親の知能指数を測定しておらず、母乳の収入に対する解析が、母親の知能指数で、補正が行われなかった点です。これまでの論文では、母親の知能指数が、子供の認知面での成長に影響を与えることが示唆されてきました。
 
もう一点は、母乳授与期間が収入に与える影響に寄与した因子として、IQが挙げられていますが、教育がここに介入している可能性について考察されていないことです。教育レベルが職業を決め、結果として収入に影響を及ぼすことも予測され、この点での解析がなかったことは残念といえましょう。
 
いずれにせよ、30年の長きにわたり、整然と記録をつけ、研究開始時の5914人のうち、研究終了時には3493人を解析しえた結果は立派というほかありません。
 
この権威のある医学雑誌ランセットにおいて、母乳期間が延びることで、IQが上がり、教育レベルも上昇し、将来の収入も増加することを裏付けるような研究結果によって、母乳を赤ちゃんにあげないではいられない、ますますそうしたソーシャルパターンニングが進みそうです。