2015/07/18

愛し野塾 第28回 低容量放射線の健康への影響

 
 
第28回 愛し野塾 
 
低容量放射線の影響
 
 
 
 
福島第一原子力発電所の痛ましい事故以来、低容量放射線が健康に及ぼす影響は、世界中の関心事となっています。 
 
これまで、原子力発電所労働者の被爆量を測定する、という1970年代から進められてきた研究によって多くのデータが蓄積されてきましたが、単独の原発での研究、同一国の複数の原発での研究、多数の国の複数の原発の研究とそのバックグラウンドは多岐に渡り、研究手法に一貫性がなく、そのため得られた結果を比較検討するのには十分とはいえず、解決には程遠いという現状です。 
 
なかでも、15カ国が参加した大規模研究(15カ国研究)では、被爆量1Gyあたり、慢性リンパ急性白血病をのぞいた白血病の死亡率は、1.93倍に及ぶという結果が得られましたが、その死亡数は196人と少ないことから正確な評価には値しないとされてきました。つまり、1945年の広島と長崎の原子力爆弾の投下によって多量の被爆によって2-3年といった短期間に、骨髄性白血病が増えることがわかっていましたが、低容量かつ長期間の被爆で、同じような健康被害があるのか否かについては、長く疑問が残っていたのです。 
 
今回発表になった研究では、(Leuraud, K., Richardson, D. B., Cardis, E., Daniels, R. D., Gillies, M., O'Hagan, J. A., ... & Kesminiene, A. (2015). Ionising radiation and risk of death from leukaemia and lymphoma in radiation-monitored workers (INWORKS): an international cohort study. The Lancet Haematology2(7), e276-e281.) 内部被爆や、ニュートロン被爆者も含めて行われたため、過去の15カ国研究と異なり、対象者数を観察年数で乗じた値(人年)は、3倍へと、大幅に増加し、従って、死亡者の数も増え、死因の解析も正確にすることが可能になりました。 
 
国際原発労働者研究(INWORKS)と呼ばれるこの研究では、フランス、イギリス、米国の原発で少なくとも1年間勤続した労働者30万8297人に対外線量計を装着し、被爆量測定が行われました。平均観察期間は27年、最長で被爆後60年の観察期間を含め、822万人が対象となりました。研究終了時には22%のかたが亡くなられていました。 
 
分析の結果、1年あたりの平均被爆量は、1.1mGyでした。胃のバリウムの放射線被爆量が10Gyですから、この値がいかに小さいものかわかります。このような低容量の被爆においても、慢性リンパ球性白血病をのぞく白血病による死亡数は531人と十分な数があり、死亡率は、1Gyあたり、2.96倍と算出されました。
 
原爆被爆男性、20-60歳のかたを対象とした研究では、1Gyあたり、2.63倍に白血病による死亡率増加が報告されており、この値とほぼ合致するものでした。被爆量に比例し、直線的に白血病のリスクが増大することもわかりました。しかも、白血病のなかでも慢性骨髄性白血病の場合は、放射線被爆の影響が大きく、その死亡率は、1Gyあたり、10.45倍になることも明らかになりました。
 
白血病以外の血液の癌についての検討から、多発性骨髄腫、及び非ホジキンリンパ腫では、被爆による顕著な死亡率増加は認められず、一方で、ホジキンリンパ腫は1Gyあたり、2.94倍と死亡率増加を認めました。こういった検証から、低容量放射線の長期被曝により、血液系の癌が誘発されることは間違いないと考察されました。 
 
問題点としては、第一に、イギリス、フランス、米国のそれぞれの国のコホート単位で、慢性リンパ球性白血病を除く白血病の死亡率は影響を受けなかったものの、多発性骨髄腫の場合は、イギリスのデータを除外した場合にのみ、有意な死亡率の上昇を認めるなど、疾患によっては、国ごとのバイアスが存在する可能性があることです。第二に、推定被爆量を正確に算出ことは極めて難しいというバイアスの存在。第三に、死亡診断書の白血病のサブタイプ決定について疑問が残ること。特に、慢性リンパ球性白血病は、問題が多いことがすでに知られ、解析の際にこの白血病を除いた、ほかの白血病を対象としたことは賢明といえるでしょう。第四に、喫煙が骨髄性白血病の危険因子であることで、交絡因子となりうるということです。また、喫煙は、社会経済的地位の影響を受けるため、社会経済的地位の関与も否定できません。第五に、発ガン作用のあるベンゼンによる健康被害への影響が考慮されておらず、バイアスとなっている可能性があります。第六に、ウランとプルトニウムによる内部被爆量を測定していないこと。第七に、個々の医療被爆を考慮していない。事実、胃バリウム検査を一度すると、原発被爆の10年分に相当するのですから、バイアスになると言えるでしょう。 
 
このように問題の多い研究とはいえ、低容量放射線被爆によって骨髄性白血病の死亡率が増加するという結論へは、いずれのバイアスも大きく影響するとは言えないでしょう。ですから白血病の早期発見を目的に、原発労働者、及び医療関係者の定期的な血液検査は推奨されるべき重要な課題でしょう。
 
また、問題点に記した7項目に及ぶバイアスを考慮し、今後、より正確なデータが得られる研究デザインのもとに研究が組まれるべきであると考えます。