2015/07/18

愛し野塾 第25回 食事、運動、認知トレーニング、血管病リスク管理で認知症予防

第25回 愛し野塾

食事、運動、認知トレーニング、血管病リスク管理で認知症予防

 
 
 
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認知症の代表格「アルツハイマー病」には、疫学調査によって、病態を引き起こす「7つの危険因子」が知られています。7つの因子とは、1)教育レベルが低いこと、2)中年期の高血圧、3)肥満、4)糖尿病、5)運動をしないこと、6)喫煙、7)鬱病、とされています。いずれの因子も改善の可能性があることから、治療介入のよいきっかけになるといえるでしょう。
 
以前、愛し野塾でご紹介した「地中海食」は、糖尿病や高血圧に対する予防効果があることがわかっており、認知症予防に期待できるものでした。また、「運動や認知トレーニング」を組み合わせた小規模かつ短期の臨床研究等でも、「認知機能を維持させる」という良好な結果が示されています。
こうした過去の研究結果から、「7つの因子の是正」を包括的に試みれば、「認知症予防効果」が多いに期待され、「前向きの無作為臨床試験」が待ち望まれていました。今回、フィンランドのナガンド博士らが、7つの因子を多方面からのアプローチによって改善する事で、認知症予防に取り組んだ結果を報告し、注目されています(Lancet 2015:385:2255-63).
 
ナガンド博士らの報告によると、フィンランド国内のヘルシンキを含む6つの都市から、対象者は、60−70歳のかたがリクルートされました。年齢、性別、教育、血圧、体重、総コレステロール、運動量で、0-15点に振り分けられた認知症リスクスコアを用い、6点以上のかたが選抜されました。さらに認知レベルの検査であるCERADを用いて、10個の単語の記憶を3回試み、合計19単語以下か、75%以下の正答率だった場合、あるいは、MMSEが30点中26点以下だった条件に合致するかたに絞り込みました。すなわち、認知面では、「年齢に比して正常もしくはやや低下しているかた」を選ぶことになりました。すでに認知症を発症しているかたは、研究対象から除外されました。
 
さて、多方面からの改善プログラムによる治療介入対象者は、食事のカロリー分布としては、蛋白が10-20%、脂質は、25-35%、炭水化物は、45-55%、ファイバーが25-35グラム、を含有する食物を摂取し、食塩摂取は、1日に5グラム以下とし、アルコールからのカロリー摂取は、全体の5%以下とするように指導をうけました。
 
結果として、フルーツ、野菜の摂取が増え、穀物は無精白のものを食し、低脂肪牛乳を取り、魚を少なくとも週に2度食べることになりました。これらの食事は、脳機能に良好な作用を及ぼす不飽和脂肪酸の摂取を増やした献立となっています。いま巷で流行の「糖質制限食」や「高タンパク食」ではなく、「地中海食」に近いものでしたが、オリーブオイルやナッツ摂取が特段多く設定されたものではなく、純粋に地中海食といえるものではありませんでした。
 
運動は、週に1-3回、筋肉トレーニングを行い、週に2-5回、エアロビック・エクササイズをし、プログラムにはバランス運動も取り入れました。
 
認知トレーニングは、1)グループでするものと、2)個人で行うものに分けられました。1)のグループトレーニングでは、心理療法士が10回担当し、2)の個人トレーニングでは、個々のコンピュータ使用による、1日10-15分程度、週3回、合計72回行われました。これは、WEB上でできる個人レッスン用プログラムで、2008年の報告の研究によって、短期間で脳機能維持に有効であることが示されたプログラムでした(Science.  2008 Jun 13;320(5882):1510)。
 
さらに、血圧、体重、腹囲測定、診察が、看護師および医師によりそれぞれのグループにおいて3回ずつ行われました。
 
さて以下、研究結果です。
 
治療介入対象者は、591人、コントロール群は、599人でした。両群のプロフィールに差はなく、女性の割合は全体の45-47%で、平均年齢は、69.5―69.2歳でした。教育期間はいずれも10年で、全体の74-76%に配偶者がいました。高血圧がほぼ3分の2、糖尿病が8分の1、高コレステロール血症が7割ほどいました。MMSEは、おおよそ27点平均でした。88%のかたが24ヶ月の試験を終了することができました。
 
神経心理的検査(NTB)で認知機能を測定した結果、治療介入群で25%に有意な認知機能改善効果が認められました(P=0.03)。実行機能(思考や行動を規制したりコントロールする認知能力)は、83%有意な上昇(P=0.039)、認知処理のスピード(プロセッシング速度)は150%も有意な改善(P=0.03)効果を認めました。一方で記憶機能については、有意な改善を認めませんでした
 
BMI、食事習慣、運動量についても有意な改善を認めました。参加者の「治療遵守率」は、食事→100%、運動→90%、認知テスト→85%、さらに医療機関への計画的な受診が87%と高率であったことは、特筆されます。
 
これら4つのドメインすべての治療に取り組んだひとは72%、3つが21%、2つが6%で、1つは、わずか1%でした。治療にともなう有害事象は、運動により誘発された筋骨格系の痛みが5%に認められたのみでした。
 
以上の結果からは、食事、運動療法、認知トレーニング、血管病予防を多方面からアプローチすることで、有意に認知機能低下が予防できると結論付けられました。
 
さてこのFINGERと名づけられた試験、世界初の多方面アプローチが、長期にわたり、認知機能に良好に作用することが示された点、祝福されるべきものでしょう。また大規模かつ無作為前向き試験で行われ、信憑性が高い研究報告として受け入れられます。
 
この研究報告の疑問点を挙げるとすれば、プロセススピード、実行機能には改善が認められたものの、記憶試験については、改善が認められなかった点です。
 
ポストホック解析では、より高度な記憶試験では、良好な結果が得られたとしていますが、肝心な「記憶を良くする効果」が本試験で認められなかったのは残念といわざるをえません。
 
第2に、試験期間がこれまでの臨床試験に比べれば長期だったとはいえ、アルツハイマー病の発症抑制効果を検討するには、十分ではなかった点です。
 
ただし、本研究による多方面アプローチによる治療介入法が、認知症発症予防効果があるのかどうかについて引き続き、向こう7年間経過観察することになっており、結果が期待されるところです。
 
第3に、食事条件についてです。多くの研究報告によって地中海食の認知機能改善の効果が明らかになっているのですから、食事条件として、「地中海食」を採用するべきだったと考えられる点です。
 
こうした多くの疑問点もあり、本研究での介入方法が認知症予防に効果があるとは確定的にいえないにしても、「食事、運動療法、認知機能トレーニング、血管病予防」をすることで、認知機能維持に役立つ可能性が高いことは確かなようです。今後の研究結果を待つ一方で、普段からここで紹介された方法を実践していくことは大切ではないかと、感じられました。現代社会生活において、SNSに熱中するあまり、ひきこもりがちになります。また、ストレスに押しつぶされ、運動をおろそかにしたり、リアルなコミュニケーションが稀薄になることで独善的かつ偏った認知傾向になったり、ダイエットに関するバランスを欠いた情報収集から、流行の糖質制限にいそしんだりすることは、「脳の健康の観点からは、NG」と言えそうですね。
 
私たちの生活もこの7つのアプローチに注目して見直してみませんか?