2015/07/18

愛し野塾 第24回 心不全を回避しかつ血糖を適切にさげる治療介入方法とは

いよいよ梅雨本番.梅雨のない北海道とはいえ、雨降りが多くなり、それなりに湿気も増す道東です.気圧の変化や天候は、体調に影響するものだなあ、と年齢を重ねるにつれ、感じるところです.それでも、もしかしたら鈍感になってしまうよりもよいかもしれません。敏感に体の変化や、ものごとを感じることは、時に自身の不安を募らせてしまう原因にもなるかもしれませんが、まさに、「感受性の窓を開いている」証拠です.せっかくですから、閉ざしてしまわないで、その「豊かで細やかな感受性」で花を愛でたり、絵画を楽しんだり、自然の移り変わりにゆったりと目をやったりしてみるのはどうでしょう。
 
さて、今回の院長の愛し野塾は、糖尿病と向き合ってゆく、医師と患者とが知っていなければならない、適切な(安全な)治療介入法を探る研究の紹介です.(R)
 

 

第24回 愛し野塾 

心不全を回避しつつ、血糖を適切に下げる治療方法とは

 
 
血糖を下げる場合、「その方法次第では心臓に悪影響がある」ことが知られるようになり話題を集めています。糖尿病患者数が、増加の一途をたどり、1000万人に迫ろうとしている現状では、この件は、もはやトリビアルな問題として片付けるわけにはいきません。カラダに優しい適切な血糖降下を実現するためにも、医師は「適正な治療方法」を提供する必要があり、一刻も早く解決するべき問題とされています。
 
特に、「心不全」の治療については、医療費・生活の質・予後の点からも重要視されています。「高血糖」は、心不全誘発因子であることが知られており、種々の治療介入試験を用いて、心不全の治療法の模索がなされてきました。一方で、治療法によっては、心不全が逆に誘発されることが知られるようになり、治療介入方法による心不全誘発の実態解明が求められるようになりました。
 
こうした試験は、厳格な手法である「前向き無作為」の方法を用いられているものの、「登録患者さんの数」は治療法を比較するのには足りず、「種々の治療介入法と心不全誘発因子との関係」は、明確に示されずにきました。
そこで、トロント大学のウンデル(Undell)博士らは、メタ解析法を、14本の論文に適用し、その回答を求めたのです(Lancet Diabetes Endocrinol 2015:3:356-66)。
 
対象患者数は、95,502人で、そのうち3,907人4%に心不全が生じていました。十分な対象者数からも、本研究より得られた結果は、信憑性が高いものと考えられます。治療介入により、HbA1cは0.5%低下し、体重は、1.7Kg増加していました。さらに、心不全のリスクは、14%増加(p=0.041)していました。この「心不全のリスク」は治療法によって異なり(p=0.0021)、TZDでは、42%増加、DPP-IV阻害剤では、25%増加、インスリン(ランタス)では、10%低下で、強化療法では、変化なし、ライフスタイルに加入することで体重を低下させると20%低下していました。体重が1Kg増加すると、心不全リスクは7.1%も増大(p=0.022)することが判明したのです。この結果から、「体重増加を回避する治療戦略」が、心不全リスクを低下させる意味で重要と判明したのでした。
 
この研究にはいくつかの問題点があります。
 
第一に、DPP-IV阻害剤に関しては、わずか2つの論文からの解析結果によって分析されていること、またそのうちの一つの論文では、サキサグリプチン使用の治療介入によって生じた「心不全による入院」が有意に上昇することが報告されているにすぎません(N Engl J Med 2013; 369:1317-1326)。先頃、3つめの論文が報告されましたが、ここでも、心不全による入院は増えていませんでした(June 8, 2015DOI: 10.1056/NEJMoa1501352)。このことからも、DPP-IV阻害剤のクラス効果というよりは、むしろ「サキサグリプチン」単独の影響と考えるのが妥当でしょう。
 
第二に、TZDの中で使用された薬は2種類で、うち一つのロシグリタゾンは、日本では使用成績がないものの、欧米では、有意に心筋梗塞を誘発することが知られています。別のアクトスは、逆に、心血管イベントを減らす効果が報告されました。日本では、アクトスは、心不全の患者さんには禁忌となっており、心臓に問題がないことを確認してから使用することが原則のため、心不全を増やすことは考えにくく、むしろ心臓には良好な効果をもたらすと考えられています。
 
第三に、アウトカムとして、治療戦略決定に一番重要とされる「全死亡」に注目すると、治療介入によって、増加することなく、非介入群と、変わらないデータが得られていることです。
 
第四に、ウンデル博士らの研究の対象となった14本の論文は、治療介入方法として、[薬]の場合もあれば、[ライフスタイル]に対する介入の場合もあり、治療介入方法は様々で、メタ解析の対象として不適切である可能性がある点もあげられます。
 
第五に、インスリンによる評価にはわずか1本の論文しか採択されておらず、しかもランタスのみの解析となっていることはお粗末と言わざるを得ません。
 
実に問題が多い論文ですが、しかし、学ぶところも多いと考えます。
 
まず、治療介入の戦略として、「体重が増加した場合には、心不全のリスク増加を考慮することが必要となった」と判断されることです。
 
これまでは、体重増加は、患者さんの食事療法、運動療法の行き詰まりの結果ととらえられがちでした。
 
また、この論文の別な解析によって面白い結果が得られています。それは、「一年治療期間が伸びるごとに、心不全のリスクが13.7%減少する(p<0.0001)」というのです。
 
できるだけ、外来での経過観察を長期に、怠たることなく継続することが心不全のリスク管理として重要であることが判明したのは、大きな成果だと思います。
 
外来治療を中断される、あるいは、最初から来院すらなさらない糖尿病患者さんが後をたたず、最近の疫学調査でも、治療を要する糖尿病の患者さんの外来受診率は多く見積もってもせいぜい60%と言われています。
 
より多くの患者さんに外来に受診していただけるようなストラテジーを医療提供者側が、考案しなければならない時期にきています。
 
来院されたら即、服薬を勧める医療ではなく、長期的な治療介入を視野にいれ、患者さんの要望・ライフスタイルを伺って、個々のクオリティ・オブ・ライフを考慮した「選択肢のある治療計画」を共に立ててゆくこと、また生活環境の変化に合わせて、適宜見直しをはかることは、医療者側の責務だと思うところです.
 
患者さん中心主義がいわれて久しい糖尿病治療ですが、負の効用が大きい、インスリンをまず勧めるような治療戦略だけは避けたいものですね。