2015/07/18

愛し野塾 第11回 出生前診断技術の精度向上をどう捉えるのか

愛し野塾 第11回 

出生前診断技術の精度向上をどう捉えるのか



さて、本日4月12日、院長は、毎年恒例となりました「健康セミナー」を開催し、北見市の芸文館で講演をいたしております。患者さん一人一人と向き合ってお話を伺い、可能な限り相互理解のもと助言を差し上げるという「臨床の場」でお話差し上げる緊張感とは異なり、どうも、講演前は、違った緊張感があるようで、なんだか落ち着きなくなってしまう院長でした。
 
さて、これまで院長は、患者さんと「ともに」あるべき品質の高い医療とはなにか、という命題について、日常より臨床を通して、また、様々な医療分野のカンファレンスや医療関係誌を通して、考えております。それを、クリニックを通して、病気と奮闘している方だけではなく、健康な方にも、予防的見地から医療への興味をもっていただき、心身ともに「健康」であろうとすることとは、どういうことか、講演を通して伝えさせて頂いております。
昨今では、国内外で発表される最新情報を読み解く事だけではなく、それらをクリティカルに分析をして、院長の言葉で解説をさせていただいておりますゆえ、多様な質問も頂いております。多面的・多角的に考察し、今後さらに研鑽を重ねるためにも、講演等の機会を得られる事は感謝につきません。時間の都合や研鑽不足で十分にお答え出来ない場合もございますが、今後の医療提供に生かせるようご意見、ご質問は真摯に受け止め、参考にさせていただいております。毎年4月頃、北見でおこなっておりますので、次回一年後、ぜひともご参集ください。
 
さて、今回は生命倫理にもかかわる出生前診断の話題です。
 
 
愛し野塾 第11回 
 
出生前診断技術の精度向上をどう捉えるのか
 
 
高齢な母親による出産が増えていることに伴い、遺伝子異常のある胎児について、出生前にその診断をつけよう、とする動きが高まっています。35歳以上での出産は、日本では、ほぼ全出産の4分の1にあたるところまで増えてきています。母体が高齢化すると、胎児の遺伝子異常が増えることもわかっており、その診断に正確性を期する目的で導入されようとしているのが、母体血中cfDNAを用いた、検査です。
 
さて、現状では、超音波検査を受けることで、いわゆるNT(首の後ろの浮腫)を判別し、異常とされた場合は、羊水検査、絨毛検査をさらに施行することになります。これらの検査は、0.3%から1%の流産の可能性があるとされ、血液検査だけで、より簡便に正確に判断される検査の開発が期待されてきました。血液検査の場合、「流産の可能性がない」という点が最も大きな利点です。
 
いまから18年前に、妊娠したお母さんの血中に、胎児に由来するDNAが存在することが明らかとなりました。その後の遺伝子研究の進歩から、そのDNAを用いて、胎児の染色体の数の変化を読み取ることができるようになりました。そして、ダウン症(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーの3種類の染色体異常が米国では、コマーシャルベースで、同定できるようになりました。
 
今回紹介する論文は、この新しい診断方法(ここでは採血による方法とします)と従来の超音波を使った方法を、多数の症例を用いて、比較検討したもので、今後の「出生前診断の議論に大きな影響を与える」と考えられるものです。
 
これは、今月4月号の医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表になりました。カリフォルニア大学サンディエゴ校のノートン博士らが率いるグループが、15,841人の妊婦さんからのデータをもとに解析しています。米国だけの研究機関のほか、スエーデン、ベルギーなどのヨーロッパの国々もこの研究に参加し、データは全60カ国、35の国際機関から構成されています。
 
10-14週の妊婦さんの血液を採取し、検討しています。妊婦さんの平均年齢は、30.7歳でした。つまり高齢の妊婦さんに限定せず、リスクの低いかたも60%程度含まれていました。自然に生まれた、中絶により取り出された、流産の結果死産となった赤ちゃんから得られた情報で、21トリソミーのひとが38人いることがわかりました。採血法では、この38人全員が、出生前検査で、21トリソミーが同定されています。一方で、従来の標準法の場合は、30人のみがトリソミーを持っていることが確認されたに過ぎませんでした。つまり、採血法では100%のかたが同定されたが、従来法では、78%だったことになります。擬陽性は、採血法で9例あり、全体の0.06%、標準法で、854例あり、全体の5.4%でした。この結果、陽性的中率は、採血法で、80.9%、標準法で3.4%となりました。35歳以下の妊婦さんの場合、トリソミーが出る確率は、631妊娠に一回で、35歳以上では、202回に1回でしたから、35歳以上の高齢出産となると約3倍のリスク増加となっていました。18トリソミーは10例あり、採血法で9例同定され、標準法で8例でした。13トリソミーは2例あり、採血法で、2例、標準法で1例検出されました。
 
この結果から言えることは、採血法は、従来法に比べて格段の精度をもって診断が的中することです。しかし、私としては、18トリソミーの症例で、採血法で、1例発見できなかった点が大きな問題であると捉えています。検査が陰性であっても、染色体異常のある胎児がすべて検出できるわけではない、ということがわかったのですから。
 
日本でも、この方法を用いた臨床研究が開始されており、国立成育院病院が主たる研究機関となって指導しています。その患者さん用パンフレットのなかにも、「この検査で陰性でも、実は、生まれてきた赤ちゃんがトリソミーの場合もありうる」と明記されており、その内容はこの論文が出た段階でも正しいと言えましょう。また、採血法で、陽性であっても、少ないながらも擬陽性があるわけですから、確定診断のためには、羊水検査を受けなくてはならないという点も重要です。
 
 
また、新しい方法をもちいても、赤ちゃんのDNAが見出せなかった症例が、2%も存在したということもまた注目すべきでしょう。勿論こうした症例は、新しい方法では、診断ができないわけですが、こうしたケースでは、実は、染色体異常をともなっていることが、DNA検出ができた場合と比べて、6.5倍多いということがわかっています。
 
なにより議論を続けるべきは、ダウン症の場合、染色体異常に伴う特性はあるものの、生命予後が平均50-60歳あることや、支援学校/学級を利用しながら就学できている子供も多く、かつ、その可能性は拡大の方向にあること、ダウン症でない方と同様、それぞれに人格を持たれ、なかには、スポーツや芸術の分野で活躍している方すらいらっしゃる、そのようなポテンシャルのあるお子さんをこの方法で拾い上げ、中絶にもっていくことが果たして正しいのか、という点だと思うのです。
 
様々な不安要素をかかえる革新的技術をどのように扱うのか、これは社会的、政治的な議論が必要と思われます。国立成育院では、21万円でこの検査をしていますが、費用のことも議論のあるところです。今回の論文発表には、Ariosa社が技術提供していますが、国立成育院では、自前で研究しておらず、サンプルは海外の会社に送付しています。Ariosa社もその一つです。
 
今後、日本の研究が進むにつれ、その結果が今回報告されたような、「血液法は格段に従来法よりも精度も高いという結果が得られる」ことが予想される現状で、では、この技術をどのように扱っていくのか、日本国民は、大きな問題をつきつけられていると思います。