第18回 愛し野塾
高齢者の糖尿病治療の重点ポイント
高齢者、特に75歳以上の糖尿病のかたが増加しています。
こうした年代の方々の血糖コントロールをどのようにすればいいのでしょうか。
具体的には、1)より若い年代のかたと同じように厳格にしてよいものかという疑問 2)血糖管理以外に注意すべき点はあるのかという問いが日常診療の中で溢れてきます。
年齢相応の治療について考慮する事がどれほど重要であるのか、そのような臨床医の疑問について示唆にあふれたシンクレア博士らの解説がランセット4月号(Lancet Diabetes Endocrinol2015 Apr;3(4):275-85.)にお目見えしました。
今回の愛し野塾では、主にこの文献を参考にしながら、私自身の考えを述べさせていただきます。
糖尿病治療の研究の歴史を振り返るとき、高齢者をターゲットにした臨床データに乏しく、若い糖尿病の被検者のデータから類推するなりして、高齢者にも厳格な血糖管理を強いてきた、という経過があることに気がつきます。
実際、過去1-2ヶ月の血糖の平均値を反映する、「HbA1cの値」を正常値(6.2%以下)にしないといけないという指導を長年受けてきた高齢の糖尿病罹患者が、検査結果が7%以上となるとがっかり肩を落とされるのを日常診察の中で見受けることが少なくありません。
しかし高齢者は、複数の合併症をすでに抱えているケースが多い事、また腎機能、肝機能も加齢に伴って、衰えていることから、血糖管理も大切ですが、血糖にのみに一喜一憂することなく、むしろ全身状態を把握し生活機能レベルを落とすような身体障害をきたさないような治療をすることが求められます。
つまり、若年者とは異なる治療方針が必要になります。
加えて高齢者の場合、鬱病、認知症、転倒がリスクの高い新たな合併症として知られるようになったことも重要なポイントです。
さて、62歳から76歳のかたを対象にし、平均6年経過をみた、16本の臨床研究報告のメタ解析によると、鬱病の合併により、糖尿病患者の死亡率が46%上昇することが報告されています。
治療をきちんと続けることや、多剤服薬の場合、不要な薬を中止するなどの、服薬の見直しを定期的にすることはもちろん、昨今では、心理療法を導入すると、糖尿病と鬱病を併発しているかたの死亡リスクが1年で半分にまで減少することも分かっています。
認知面での研究では、糖尿病は、血管型の認知症リスクを2.5倍増加させ、アルツハイマー型認知症リスクを1.5倍増加させることが報告されました。またHbA1cを7%未満と厳格な血糖コントロールをすることが、転倒および股関節骨折のリスクを上昇させることも報告されています。
高齢者の場合、欧米では、2型糖尿病が90%以上を占め、75%の糖尿病患者に、「インスリン注射を用いた」糖尿病治療が施されています。糖尿病治療にかかるコストを調べると、主に「血管合併症」に関するコストが35−40%とかなりの比率を占めています。日常生活動作レベル(ADL)が落ち、日常生活に手助けが必要となるレベルにまで落ちると、医療コストは3倍に上昇し、さらに、ケアハウス等に入所するとなると、コストは9倍にまで増大するとされています。
個人的のみならず社会的な意味でも医療費負担が大きいのも高齢者の糖尿病の特徴のひとつといえましょう。国内の糖尿病の医療費は、1兆2000万円(2012年度)で、うち65歳以上がその3分の2を占めています。
糖尿病の原因は、高齢者も若年者と「同様に」、すい臓から分泌される血糖を下げるホルモン、「インスリン」の効きが悪くなるインスリン抵抗性と、インスリンの分泌が悪くなるインスリン分泌不全です。
若年者と「全く異なる点」は、高齢者の場合、肥満があまり病態に関与していないことです。むしろ、筋肉や肝臓に脂肪が蓄積することは重要とされています。
日本の研究では、若年者に比較して、高齢者では、肥満による糖尿病リスクの増大が有意に低いことが、示されています。この研究は、茨城健康プラザの佐々木先生らが行ったもの(Mayo Clin Proc. 2010 Jan;85(1):36-40. doi: 10.4065/mcp.2009.0230.)で、1993年に、糖尿病でない男女40−79歳のかた約6万人を集め、2006年まで毎年検査を施行し経過をみた前向きの大規模なものです。
BMIが30以上の肥満のかたと、BMIが25以下の肥満でないかたを比較検討した結果、男性の場合、40−59歳だと1.4倍のリスクで2型糖尿病を発症し、60−79歳だと、そのリスクは1.26倍であることが判明しました(有意差あり、P=0.002)。一方、女性の場合は、40−59歳で、2.5倍のリスク、60−79歳で、1.8倍のリスク(有意差あり、P=0.04)とやはり、有意に低い結果を認めました。
高齢者は、若年者に比較して肥満の影響を受けづらく、体重以外の点に注目することで、病態を理解することが必要とされるようになってきています。
また高齢者の場合、糖尿病を疑う最初の症状に、これといったはっきりしたものがなく、尿失禁、転倒、認知機能低下が発見のきっかけになることが多いものです。自覚できる顕著な症状がないことも高齢者糖尿病の特徴とされています。このため、受診の機会があるごとに血糖を測定することが推奨されています。
また、2013年には「60歳以上の糖尿病患者はすべて心血管病のハイリスク群としてとらえるべきだ」というガイドラインが、国際糖尿病協会から提言されました。これは、「高血圧・脂質異常・喫煙・肥満などの動脈硬化をきたす疾病を伴わなくとも、心血管病のスクリーニングをすべきである」という考え方で、私も同感です。
腎機能が健常かつ造影剤に対するアレルギーがない場合であれば、冠動脈CTによって虚血性心疾患を早期に見つけることは、高齢糖尿病患者の治療において、ADLを維持する上で、とても大切だと感じています。仮に腎機能障害があったり、造影剤アレルギーがあったとしても、24時間ホルター心電図・負荷心電図・負荷エコー、さらには核医学検査など、心血管病の早期発見を可能とする検査の選択肢もあるのです。
高齢の糖尿病患者さんの死亡リスク・入院リスク・施設入所リスクを決定する要因として、身体障害及び脆弱性(「フレイル」と日本老年学会によって提唱)の2つが重要視されています。フレイルとは、わずかなストレスに対応することができない脆弱な健康状態を意味し、身体障害・転倒・死亡との関連要因であるとされています。またフレイルは、糖尿病の合併症よりも、身体障害や死亡を予測する上でよりよい指標となることもわかりました。
糖尿病は、家事をしたり、お金の管理をしたり、買い物にいったりすることを指標とした「身体障害指数」を65%増しで悪くするのです。糖尿病の合併症は、その原因のうち、わずか16−38%程度しか寄与していないとされます。フレイルの本態は、筋肉量減少と筋肉機能の低下とされています。(体重が減少/歩行速度が低下/握力が低下/疲れやすい/身体の活動レベルが低下:Friedらの5つのクライテリアから日本老年学会による解説参照。Journal of Gerontology: MEDICAL SCIENCES.2001, Vol. 56A, No. 3, M146–M156)
日常生活活動レベルを細かく調べることで、患者さんの健康状態が改善され生活の質が向上すること、また、調査から日常生活を改善する上でなにが足りないかが明確になり、機能低下に歯止めがかかることでケアハウスへの入所率が低下し、死亡率が低下することが、「80歳以下のかたを対象としたメタ研究」で判明しています。
これは、日本の介護保険の認定審査にあたるもので、この意味で、ケアマネージャーと主治医による「日常生活アセスメント」は重要な役割を果たしていると私は考えています。服の着替え・トイレ・食事・歩行・入浴など日常生活の自立度を正確にアセスメントし、加えて認知力を調査することで、高齢糖尿病患者さんの容態が良くなるとしたら、これはやらないわけにはいきません。
この分野の世界的第一人者である東京大学老年科教授秋下先生は、介護保険でいう要支援状態は、「脆弱性(フレイル)状態」に相当し、血糖管理もHbA1c7−8%でよろしいと講演で述べており、これは欧米の基準とも合致し、日常臨床に直接汎用可能な提唱だと思うものです。HbA1cを6%以下とすると、死亡率があがることにも注意が必要です。
フレイルを回避するには、筋肉量を維持し、その機能を保つ必要があり、適度な蛋白摂取を守り、個々の身体状態・能力に見合った適切な運動をすることが必要となります。
また精神的側面からも、「鬱病」は、引きこもり、運動不足の原因ともなりフレイルを促進することになるので、積極的に運動療法をとりいれることは、より一層大切になると考えられています。
現在ヨーロッパで、1800人のフレイルをきたす2型糖尿病高齢者相手に、「運動療法と食事療法を組み合わせた処方が機能障害に与える影響」を解析する研究が行われています。「MID-FRAIL研究」と呼ばれ、2016年末に結果が判明する予定とのことです。非常に期待される臨床研究だと思います。
今後の高齢者の糖尿病治療が、数値を追うばかりの血糖の厳格な管理ではなく、「日常生活を営む上で必要な体の機能を維持すること」を目標にするように変わっていくことが求められている、そうした時代の流れを感じています。