愛し野塾6回目。
今回は、食物アレルギーについての大変興味深い研究が医学雑誌NEJMから発表されました。リスクの高いピーナッツアレルギーを対照とした報告について、分かりやすく解説し、院長なりの検討をくわえました。
アレルゲンの早期暴露によって、その症状を緩和することが出来るのか
平成25年に行われた文部科学省の調査から、公立小中高校総数1000万人に対して、その4.5%もの児童が、食物アレルギーを持っていることが分かっています。平成16年に行われた調査では、2.6%の児童が食物アレルギーに罹患していたことが報告されており、わずか11年の間に、60%も比率が増加したという結果は、驚くべきことです。
何ゆえにそのような増加が認められたのでしょうか。
また、蕁麻疹を伴い、呼吸困難や腹部症状を訴え、死にも直結するかもしれない危険な病態である「アナフィラキシー」をきたした生徒も、増加していることが報告されています。このアナフィラキシーに対処するために使用する自己注射薬のエピペンを持っている生徒は、2万7千人おり、5年間で使用された事例は、400回を超えたという報告がありました。
一方で、教育の現場では、常に死と向き合いながら給食を食する生徒がいることが、教師のストレスともなり、大きな問題となっています。事実、平成24年に、乳製品にアレルギーのある生徒が、本来なら食してはいけないチーズ入りのチヂミを、おかわりを要請したときに、教師のミスにより誤配食され、たいへん残念な事に死亡に至ってしまったという事例は記憶に新しいところです。
花粉のアレルギーにしても、春を迎える季節になると、大きな話題になります。しかし、どうしてこれだけのアレルギー疾患が増えてきたのでしょうか?
札幌医科大学耳鼻咽喉科教授の氷見先生の講演を伺ったときに、「小さいころの清潔すぎる環境に問題がある」との指摘があり、アレルギーにならないためには、とにかく顔を洗わないことだ、とおっしゃっていらっしゃいました。子供時代の環境が清潔になりすぎて、免疫が発達する時期に、さまざまなアレルゲンに暴露しておらず、結果として、アレルギー体質となりやすいという考えかたは、私自身、当を得ているように思われました。しかし、現実問題として、それを、きちんと学術的に証明することは、たやすいことではありません。「小さいころから、アレルギー源に子供を晒すとアレルギー体質になりにくい」という仮説のもとに研究を企画しても、アレルギー源に暴露したとたんにアナフィラキシーになる可能性もあるわけですから、リスクが大きすぎると考えられます。
加えて、米国小児学会からは、2000年、「3歳までは、アレルギー源から子供を遠ざけなさい」という勧告が出たほどで、アレルギー源に晒したほうがいいのか、それとも、それを避けたほうがいいのか、この問題は一筋縄ではいかない様相を呈していたのです。
このように、欧米でもアレルギーは大きな問題です。ダイソンが出てきたのも、ダニによるアレルギーを予防する目的で、革新的な掃除機が作られてきた、それがイギリス製であるというのもうなずけるところです。欧米では、一番問題になっているのは、ピーナッツのアレルギーですから、これを題材にした研究が盛んです。
米国の疫学調査では、1997年にピーナッツアレルギーは、わずか0.4%の有病率でしたが、2010年には、2%を超えて、わずか13年で、5倍以上に増えたことが報告されています。米国でのアナフィラキシーの最大の原因が、ピーナッツアレルギーで、実際、食物アレルギーによる死亡でも一番多いのもピーナッツによるものです。前出の2000年に米国小児学会からの3歳までのアレルギー源回避勧告の効果は見られず、むしろピーナッツアレルギーは増加の一方をたどり、この勧告はもはや信用に足るものではないという結論となり、2008年に取り消されたのでした。
ちょうどそのころです。イギリスのドゥトイ博士が、最初の誕生日を迎える前までにピーナッツを含んだ食品を食べる、という習慣のあるイスラエルの子供たちに比べて、渡英したイスラエルの子供たちは、10倍のピーナッツアレルギーがあることを報告しました。それは、イギリスにおいては、子供は、生まれて最初の1年の間にピーナッツを食することがないからではないか、という推論でした。
2010年には、卵、牛乳のアレルギーについても、乳幼児の食事に早くから卵や牛乳を加えるほうが、アレルギーが起きにくいという報告が相次ぎました。
しかし、これまでの報告は、“いわゆる観察研究”からの推測で、研究としての質としては “低く”、ひょっとしたら命にも差し支えがあるかもしれない、危険なピーナッツやら、卵やら、牛乳やらを、研究のためにとはいえ、早期から赤ちゃんに投与するというわけにはいかず、これまで、検証実験の遂行には至らなかったのです。
しかし、今回、英国キングスカレッジのドゥトイ博士がニューイングランドジャーナルオブメディシン(平成27年2月23日)に発表した内容をみると、科学的エビデンスを得るには最高の手法とされる、『無作為前向き試験』を用いて検討したもので、「早期のピーナッツ暴露がアレルギー発症に予防効果があること」を決定づけるものでした。つまり、アレルギー予防学の進展が着実に認められたのです。
研究の対象となる被検者は、重症の湿疹を有するか、卵アレルギーが認められるかのどちらか、あるいは、両者を持つ乳幼児640人でした。つまり、もともとアレルギー性素因をもち、ピーナッツアレルギーを発症する可能性が高い乳幼児らを相手にした研究でした。
研究方法としては、被検者となる乳児を生後4ヶ月から11ヶ月の間に、ピーナッツを食べさせるか、あるいは、食べさせないか、のどちらかに無作為に振り分け、その後のピーナッツアレルギー発症に与える影響いついて、5歳児の段階で判定したのでした。
また、ピーナッツの抽出液を使って、皮膚のアレルギー反応がまったく認められない群と、弱く反応が認められる群についても、ピーナッツを『食べるか』、『避けるか』により、ピーナッツアレルギー発症リスクに与える「ピーナッツ抽出液暴露」の影響について検討を加えました。
結果は、皮膚アレルギー反応が全くない530人の乳幼児について、5歳児におけるピーナッツアレルギーの有病率は、ピーナッツを食する群で1.9%、食さない群で、13.7%と有意な差(P<0.001)を認めました。
皮膚アレルギー反応が弱陽性群の98人は、食さない群で、ピーナツアレルギーの有病率は35.3%、食する群で、10.6%でした。これも有意な差を認めました(P<0.004)。アナフィラキシーについては、一例も認められませんでした。
ピーナッツ摂取グループでは、ピーナッツ特異的IgG4の血中濃度が上昇しており、一方、ピーナッツ回避グループでは、ピーナッツ特異的IgEの血中レベルが上昇していました。ピーナッツ特異的IgG4とIgEの比率が低いほど、ピーナッツアレルギー発症と関連していることもわかりました。
この実験の結果は、あまりにも素晴らしく、早期からピーナッツを投与することで、約7割から8割程度も、ピーナッツアレルギーを予防できることが明らかとなったのです。
さて、研究を私なりに検証してみますと、この実験の問題点は、プラセボを対照としていない点が上げられると思います。ピーナッツを回避するという群にプラセボを配していれば、より実験としては、確実なデータをもたらしたことでしょう。また、アレルギーリスクの高い子供のみを対象としていますが、リスクの低い子供にも同じことが言えるのかどうか、これは多いに検討の余地がありそうです。
実験では、投与されたピーナッツは、2グラム、つまり8個分ですが、これを週に3度摂取を5年続けさせました。実地臨床でこの方法を取り入れるとして、5年も必要なのか、また週3回も多いといえますので、より短い時間でもいいのか、より少ない投与方法でもいいのか、など今後検討しなくてはならないことが多いのも事実ですし、なにより、この現象が、他のアレルギー食品、例えば、乳製品についても適用できるのかどうか、ということも検討することは、日本人のアレルギー予防の観点からはことさらに重要でしょう。
また、当研究では、5歳までの投与のみでしたが、6歳、7歳と年齢が高じても、ピーナッツアレルギー発症から、子供は守られるのか、という疑問について、縦断的な検討を要することでしょう。
いずれにせよ、出生後、1年未満という早期から、アレルギー源となるものに暴露したほうが、アレルギーを発症しにくいという仮説は、まずは、「ピーナッツ」に関しては、正しいといえそうです。
この研究がブレークスルーとなり、今後、乳製品等他の食品についても、確実に検討が加えられることを祈るばかりです。そしてチヂミ事件のようなことが二度と起きないことを願います。また、学校給食における問題が、先生たちの責任問題に発展しないことを期待します。