2015/07/18

愛し野塾 第13回 狭心症の画像診断の有効性

第13回 愛し野塾
 
狭心症の画像診断について
 
 
日常臨床において心筋梗塞ほど見逃してはならない病気はないでしょう。その死亡率は、短期的にみても8%前後と高率です。
 
私が日々の臨床のなかで最も重点を置くポイントは、目の前にいらっしゃる患者さんの心筋梗塞を絶対に見逃さないこと、そして心筋梗塞を起こさせない、ということです。
 
私は、多くの糖尿病、高血圧症、脂質異常症のかたに向き合って、仕事をさせていただいております。これらの疾患は、動脈硬化を起こし、心筋梗塞の引き金になるリスクが高いことが知られていますので、ことさらに心筋梗塞は警戒すべき要注意の病気となるからです。
 
心筋梗塞は、心臓を取り巻く血管である冠動脈の動脈硬化が原因とされます。その血管が詰まらないうちに治療をするように誘導することが医師の務めとなります。冠動脈が狭窄している、すなわち細くなっている状態では、心筋での血液の流れが悪くなっているため、少し体を動かしたりするだけで、痛みが生じ、これが、胸痛発作として患者さんに感じられるのです。
 
さて、胸痛発作で患者さんが来院した場合、どのような検査によって胸痛の原因が発見できるのかを検討することは、迅速に鑑別診断し、正しく処方する上で大変重要なことです。
 
昔ながらの方法として、心電計の電極を装着し、トレッドミル上を歩き運動負荷をかけながら、心電図の波形変化を見ることで、狭心症を検出する方法(トレッドミル運動負荷心電図)があります。また、心臓超音波検査により評価する方法(運動負荷心エコー)や、ラジオアイソトープを用いる方法があります。これらの方法は、生理学的手法を用いていることから、「生理学的検査」と呼ばれます。
 
最近では、冠動脈CT検査がありますが、これは直接的に冠動脈を画層描写するので、「解剖学的検査」と呼ばれます。冠動脈CT法によって心臓は3次元で立体的に描写され、この検査で冠動脈に問題が検出されない場合には、極めて高い割合で冠動脈に狭窄がないこと、またこの結果の信頼度は従来の検査よりも高いことが証明されてきました。
 
2012年にニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表になった臨床研究では、胸痛発作を起こし、救急外来に来院した908人を対象に冠動脈CTを施行し検証しました。908人のうち640人が異常なしとされましたが、実際、異常なしとされた640人には死亡例がなく、検査後30日以内の心筋梗塞の発症もなかったという、「冠動脈CTによるスクリーニングの高い信頼性」について明確な結果が報告されています。退院率も、冠動脈CT検査をした患者さんのほうが、しない患者さんよりも約2倍も上昇し、在院期間も有意に短縮されました。こうして胸痛患者さんの原因診断に貢献する冠動脈CT検査の信頼性向上に対する期待が高まってきました。
 
ただし冠動脈CT検査は値段も高く(日本では、4万6千円くらい)、放射線照射による医療被爆への懸念もあることから、従来法よりも「有意に優れているかどうか」を実証する必要があると議論が巻き起こっていました。
 
具体的には、前向きの無作為試験で、アウトカムを、死亡などを組み入れたものを施行し、従来法と比較して、冠動脈CT検査は、良好な結果を示すべきだ、そのエビデンスがない限り、胸痛発作を起こした患者さんの診断法として、冠動脈CT検査を「優先して」施行することは避けたほうがいい、とされてきました。
 
いずれにせよ、胸痛発作訴えている患者さんの冠動脈の狭窄の有無を検査するために、従来法がいいのか、それとも冠動脈CT法がいいのか、どちらの検査法が有効な結果を得られるのかを検討することは、患者さんにとって、大きな利益となるでしょう。
 
今回ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表になった報告(平成27年4月2日号)は、米国デューク大学のダグラス博士が主催し、「プロミス」と命名され、この命題に取り組んでいます。
 
対象は、冠動脈の狭窄病変が疑われる慢性胸痛患者10,003人で、無作為に、冠動脈CT検査(4,996人に施行)群と負荷検査(5,007人に施行)群の二つのグループに分かれました。死亡、心筋梗塞、不安定狭心症による入院、検査に伴う合併症をアウトカムとして、試験が行われました。
 
対象者の平均年齢は、60歳で、BMI30と肥満の方が多く含まれ、高血圧、脂質異常症の方は、60%を超えていました。糖尿病は、5人に1人の割合で罹患していました。
 
結果は、冠動脈CT検査群は、3.3%、生理検査群は、3.0%と、アウトカムに有意差はありませんでした。報告では、2年の経過が観察されましたが、これが短かったとする意見もあることは確かで、最低5年の経過を観察・分析して欲しいところです。
 
私なりに、その理由を検討してみました。まず、冠動脈CT検査群のうち、カテーテルによる治療もしくは手術(バイパス手術)を受けた方は、383人で、生理検査では、これら治療・手術を受けたかたは、わずか、196人と圧倒的に少ない(有意差あり)という事実が背景にあり、この点は、着目すべき重要な点だと思います。
 
つまり、冠動脈CT群では、冠動脈の治療を要する狭窄状態が生理検査の2倍の精度で発見されていることから、生理検査群では、今後の経過観察下で心筋梗塞リスク・死亡リスクが高くなることは、容易に想像がつきます。
 
もう一点重要なのは、検査時に狭窄を検出されたがカテーテル施行時に、狭窄が認められなかった割合は、冠動脈CTで3.4%、生理検査では、4.3%だったという事実です。これは統計学的に有意差が認められました。
 
つまり、生理検査は、冠動脈CTに比較して、狭窄の拾い上げの精度が格段に低いばかりでなく、正常なケースでも異常と診断する確率が格段に高いということです。
 
過去の研究、及び今回報告された研究論文から、胸痛発作の患者さんを迅速に治療するために、冠動脈CTを最初の検査として選ぶのは、正解であると私は思います。
 
胸痛がなくとも、冠動脈が狭窄を起こしているかたは、実際少なくありません。
 
平成24年、天皇陛下が冠動脈3本のうち2本に狭窄があり、手術をお受けになったことは未だ記憶に新しいと思います。当時の新聞記事より、陛下は、テニスもされるくらい元気だが、カテーテル検査で、明らかな狭窄があり、バイパス手術を受けられたとありました。
 
また、糖尿病を患うかたは、「無痛性心筋梗塞」という言葉があるくらい、無痛・無症状で、冠動脈の狭窄が進むとされています。これは、神経も同時に侵されるので、痛みをあまり感じないためと考えられています。
 
これらを踏まえますと、たとえ胸痛発作を起こさない場合でも、冠動脈の狭窄リスクが高い症例では、積極的に検査を進めるべきではないかと考えています。
 
特段、糖尿病があり、喫煙をされている、高血圧、脂質異常症の合併がある、あるいは、心筋梗塞の家族歴があるかた、あるいは、頚動脈エコー検査をして、動脈硬化の塊(プラーク)が認められた症例では、冠動脈CT検査を引き続き施行していくことが必要ではないか、と考えている次第です。
 
糖尿病は、1000人に3人は、1年のうちに心筋梗塞を起こすといわれる怖い病気です。ひとりでも早く、冠動脈の狭窄を見つけ、心筋梗塞予防に適切に取り組むことは、大変重要な事だと考えています。