2015/07/31

愛し野塾 第32回 飽和脂肪酸摂取の是非

飽和脂肪酸摂取の是非
  糖尿病発症リスクの観点から
 
緋牛内のひまわり

 黒岳石室のいわぎきょう

 桂月岳のコマクサ
院長の机の上の手作り作品
(ありがとうございます)
 
 
飽和脂肪酸ときけば、「健康にわるい脂」の代名詞という感じではないでしょうか。ところが、飽和脂肪酸には、多くの種類があり、病気発症の側面からみていくとそれぞれ異なる作用があることがわかってきました。
 
最初に、これまで知られている飽和脂肪酸の作用をまとめてみますと、(1)ほかの脂質の代謝や、糖分とインスリンの反応に影響を与える、(2)飽和脂肪酸には、6から22あるいはもっと多くの炭素原子を含むものがあり、炭素の含有量によってそれぞれ作用が異なる、(3)飽和脂肪酸の作用時には、ほかの栄養素の影響を受ける、(4)食事性の飽和脂肪酸は、赤み肉、鶏肉、加工肉、ヨーグルト、ミルク、チーズ、バター、ナッツ、ベジタブルオイルなどが主な含有食物となりますが、こうした食物には、飽和脂肪酸以外の多数の成分も含有していることから、健康に与える影響は一様ではない、(5)飽和脂肪酸は、食事から摂取される他、肝臓で合成されるものがある。急速、かつ大量に体内に摂取された炭水化物あるいは、総カロリーそのものが、特に、ステアトリル酸やパルミトイル酸といった、炭素含有量が偶数の、(主には、2種類の偶数飽和脂肪酸で、ステアリン酸は、18個とパルミチン酸は16個の炭素原子を持つ)飽和脂肪酸の合成を高めてしまう、等があげられます。
 
これまで、飽和脂肪酸とひとくくりにして研究されていたため、その進捗状況は思わしくなく、抽象的、かつ成果の上がらない停滞していた時期が長く続きましたが、多数ある飽和脂肪酸の個々の特性や、内因性、外因性の飽和脂肪酸の作用の違いに注目することで、最近では、冠動脈疾患に与える影響や、2型糖尿病の発症に関する新たな成果があがり、医学分野では話題となってきていました。
 
今回ご紹介するのは、昨年2014年10月に医学誌ランセットに発表になったものです(Lancet Diabetes Endocrinol. 2014 Oct;2(10):810-8. doi: 10.1016/S2213-8587(14)70146-9. Epub 2014 Aug 5.)。
 
ケンブリッジ大学のフォローヒ博士らによって、血中の飽和脂肪酸と2型糖尿病の新規発症の関係について検討され、非常に興味深いデータが報告され世界の注目を集めました。この研究は、EPIC研究の一環として行われました。EPIC研究は、ヨーロッパの10カ国から521000人を登録し、各種健康関連項目について、15年以上、経過観察するという、世界最大級の疫学研究です。既に数々の新規研究成果を上げ、信頼の高いコホート研究が展開されてきました。今回の研究では、登録者から340,234人(平均年齢52.3歳)を抽出し、12,403人の2型糖尿病のかたを対象に分析が行われました。9種類の血液中の飽和脂肪酸の濃度が測定され、他の危険因子で補正しました。驚くべきことに、炭素を奇数個もつ飽和脂肪酸は、2型糖尿病の発症リスクを有意に低下させるという分析結果を得たのです。C15のペンタデカノイック酸は、糖尿病発症リスクが、21%低下、C17のヘプタデカノイック酸は、33%のリスク低下というポジティブな効果がありました。さらに、超長鎖飽和脂肪酸にも、2型糖尿病発症抑制作用があり、リスクが30%低下すると見積もられました。一方、偶数の炭素骨格を持つ飽和脂肪酸では、2型糖尿病の発症リスクを上昇させるという結果を得ました。パルミチン酸で26%、ステアリン酸で、6%、糖尿病発症を顕著に上昇させる作用が認められました。
 
さて、食事性(食事摂取による影響)の糖尿病発症リスクを精査してみると、発症リスクを低下させる結果を得た「奇数飽和脂肪酸の血中濃度」と最も高い相関を得たのは、乳製品摂取によるものでした。一方、発症リスクを上昇させる結果を得た「偶数脂肪酸の血中濃度」は、アルコール、ソフトドリンク、ポテトの摂取と相関があり、主に肝臓で合成されるものに影響されることがわかりました。実に、肉やバター、チーズなどの偶数脂肪酸含有性食物摂取と発症リスクの相関指数は低かったのです。超長鎖飽和脂肪酸は、ナッツ、豆の摂取量と相関がありましたが、食事性のものは弱い相関のみで、主に代謝性の影響を受けている要素が強いと判断されました。
 
この研究は、前向き研究で、かつ、多くの国々で(フランス、イタリア、スペイン、イギリス、オランダ、ドイツ、スエーデン、デンマーク)行われました。得られた結果は、個々の国内分析でも同傾向を認め、高い信憑性を有すると評価されています。偶数飽和脂肪酸が2型糖尿病発症を増加させるリスクは、最も低い結果のフランスで22%上昇、最も高い結果のイタリアで88%上昇でした。偶数飽和脂肪酸が2型糖尿病発症抑止する効果は、最も高いのがフランスとオランダで、39%の抑止効果の上昇を得、最も低い発症抑止の上昇という結果であったドイツで、21%と、国同士の間には統計学的な差がありませんでした(P<0.001)。
 
このフォローヒ博士らの研究結果から、「飽和脂肪酸は似たような作用を持つ物質の集まり」と評価すべきではなく、2型糖尿病発症に関しては、発症「促進」効果と発症「抑止」効果を有し、「相反する作用を持つ物質の総体としてみなすべき」だと明確に示されました。
 
ここで新たに示されたことは、チーズとヨーグルトといった乳製品は、インスリン抵抗性を改善し、2型糖尿病にも優しい食品であるという強い可能性です。これまで飽和脂肪酸は何が何でも悪いという学説に基づいて、カルシウム摂取を増やすという目的のために、「低脂肪」の乳製品が栄養のガイドラインで推奨されてきました。しかし、飽和脂肪酸が健康に悪影響を及ぼすのは、食事性に摂取されたものではなく、アルコールなどの摂取により誘発され、代謝のプロセスで体内で産生されるもので、むしろ、食事性に摂取される飽和脂肪酸は、2型糖尿病発症抑制に効果があり、健康にポジティブな効果を表すのですから、「低脂肪にしないそのままの」乳製品の摂取を推奨するように、ガイドラインが再検討される必要があるのではないでしょうか。
 
また、アルコールは、様々な食事(26品目の食品を精査しています)のなかで、最も血中偶数飽和脂肪酸を増やしてしまうだけではなく(!)()、最も奇数飽和脂肪酸を減らしてしまう負の代謝効果があることも判明しました。アルコール摂取は、ほどほどにしたほうがよいことが、今回の研究からも示唆されました。逆にオリーブオイル、ベジタブルオイルには、偶数飽和脂肪酸を最も減らす効果があることもわかりました。この正の効果は魚、フルーツ、野菜、鶏肉と続きます。地中海食の食事内容がカラダにいいことが飽和脂肪酸に対する影響の検討からも、裏付けられているように思いました。
 
それにしても嬉しいのはチーズとヨーグルトが、2型糖尿病予防に効果があるとすれば、北海道の大地の恵みがますます注目されることとなるでしょう。
 
科学的な論拠に基づく栄養ガイドラインの再検討をしてもらいたいものです。日本国内の研究でもこの方面で進捗があるよう期待されるところです。
 

2015/07/22

愛し野塾 第31回 大うつ病の原因遺伝子の発見


ノースカロライナ大学、サリバン博士に、「すべての複雑なヒトの病気の中で、大うつ病がおそらく最も理解しづらいものだ」と言わしめた、難解極まる大うつ病の原因遺伝子発見に一歩近づいた世紀の瞬間がやってきました。コンバージコンソーシアムが、2回以上の再発を繰り返す、重症の大うつ病の漢民族女性の全ゲノム解析により、2つの遺伝子座が大うつ病と関連していることを発見したのです。このレポートは、Nature 14659(2015)に出版されたばかりです。
これまで何十年もの歳月をかけて、大うつ病の遺伝子は探し求められてきましたが、サリバン博士を含むどのグループも成功にいたらず、大うつ病をもたらす生物学的基盤の詳細については、暗中模索が続いていたのです。大うつ病は、日常臨床でよく見られる病気で、罹患してしまうと日常生活がままならなくなるため、本人そして家族、及び周囲方々の苦悩と同時に、生活保障などの社会経済的負担も増大の傾向をたどり、公衆衛生上の大きな問題とされています。なにより、「自殺」の最大の原因疾患であることはもはや周知の事実です。大鬱病の研究を混乱させてしまう要因は、鑑別診断に際しての「気持ちの落ち込み」という表現の多様性にあるでしょう。どの程度の気持ちの落ち込みが異常で、どの程度だったら異常でないのか、専門家の治療行為を要するのかどうかという境界線がわかりづらく、鑑別診断には相当の経験・技術を要する現状です。糖尿病であれば、空腹時血糖が126mgdl以上だったら異常値として見なされ「要治療」と区分されますから、この基準を満たすひとを沢山集めて遺伝子研究をすることが可能で、原因研究はたやすくなりますし、事実、多くの研究成果をあげてきました。つまり「気持ちの落ち込み」の程度を数値化し、それがどの値で大鬱病となるのかが分かれば、治療介入か否かの鑑別に苦労はないのですが、そうしたバロメーターは存在しません。

今回の研究では、大うつ病研究の難しさに真っ向から挑むべく、コンバージコンソーシアムの研究者たちは、これまでにない特別な仮説を立てました。「大うつ病に罹患している患者さんを構成するのは、不均一な集団である、この不均一さが、研究を妨げている主要な原因だ」と仮定したのです。遺伝子の異常が原因で大うつ病になったかたもいれば、貧困、性的暴力、肉体的な暴力などの環境因子によってこの病気にかかったかたもいますし、アルコール依存症が原因で大うつ病になったかたもいます。また母親のうつ病が赤ちゃんに影響し、こどもの青春期の大うつ病発症要因となることも報告されてきました。これまでは、こうした患者さんを押並べてひとつの集団として「包括的」に研究対象としてきました。これまでにも9000人以上を対象にした精力的な研究が行われましたが、結果として有意な原因遺伝子の探索には至らず、遺伝子解明研究から注目が逸れていく風潮すら見られるようになりました。そこで、コンソーシアムは、「包括的」な手法を捨て、「限定的」な手法を採用したのです。大胆にも、欧米に比べて、大うつ病の発症頻度が低い「中国」を研究の場として選びました。米国での大うつ病の頻度は、16%ですが、中国では、3.6%とされます。しかし、その頻度の大きな差は、中国では、うつ病と診断されるのを嫌う社会風潮によるものだという意見もあります。裏を返せば、中国では、うつ病の診断を受け、治療されている人は、重症の可能性が高いとされ、患者の限定には有利とされました。そして、これまでの研究から、大うつ病発症原因には、男女差があることが示唆されていることから、「女性」のみを対象にしました。そして、臨床的に、より重症患者を標的とするために、「2度以上の再発を繰り返している」ことを条件にしました。研究では、中国の58の病院の協力を得て、11670人の漢民族女性が対象となり、条件に見合う患者が選別されました。結果として、「限定」法はものの見事に成功します。
最終的に選別された5303人の全ゲノム解析によって、大うつ病に関連した遺伝子として、第10染色体にある2つの遺伝子、SIRT1」(P=1.92X10-8)と「LHPP」(p=1.27x10-10に変異が発見されたのです。メランコリーを呈するさらに重症の4509人のかたに絞ると、SIRT1と大うつ病の関連がp=2.95x10(-10乗)と判明し、重症度があがると、SIRT1との関連は、約100倍程度高まることがわかりました。これらのデータから、SIRT1は、大うつ病の原因遺伝子として一躍脚光を浴びることになりました。さて、このSIRT1は、ミトコンドリアと呼ばれる細胞内のエネルギー産生センターに関与することから、大うつ病が、ミトコンドリア機能異常の結果として生じる可能性が出てきたのです。これまでの研究でも、大うつ病では、ミトコンドリアのDNA増加する傾向があることが報告されています。こうしてミトコンドリア原因説はにわかに信憑性が高まってきました。

さて、今後の課題について考えてみたいと思います。今回の研究報告から、うつと関連性があると指摘された2つの遺伝子は、過去の大規模研究結果から類推すると、果たしてヨーロッパの大鬱病患者の原因遺伝子としても治療の標的とすべき遺伝子なのかどうかということです。つまり、この2つの遺伝子は、「中国の重症大うつ病の女性」にのみ認められる可能性があるのです。コンソーシアムは、この2つの遺伝子が、ヨーロッパの大うつ病の原因遺伝子となりうる可能性を提示していますが、その根拠は弱く、証明するにはより精度の高い方法で解析を試みることが必要とされるでしょう。

この研究の強みは、別の3231人の患者集団でも同じ結果を得て、すでに再現性が裏付けられていることです。少なくとも漢民族女性に限定した場合、結果の信憑性は疑う余地はないようです。これまでのヨーロッパの大規模研究では、この2つの遺伝子との因果関係は認められていませんが、それは「包括的」な研究方法に起因するものかもしれません。人種間の差異だと結論をするのは早計でしょう。むしろ、ミトコンドリア機能に異常をきたす潜在性のある遺伝子群を、ヨーロッパのコホート上で追求することも必要ではないでしょうか。

これまでミトコンドリアの機能異常が大うつ病原因として標的となったことはなく、この異常こそが根源的な治療の鍵となるのであれば、大うつ病治療への戦略は大きく変わることになるでしょう。明確な原因の解明により、患者さんに対応したより効果的な治療の選択肢も増えることが期待されます。今後、この研究の発展から目が離せない状況となりました。

2015/07/18

愛し野塾 第30回 出産時の母親の年齢と子供のその後に与える影響

 
 
 

第30回 愛し野塾

出産時の母親の年齢と子供のその後に与える影響

 
  
高所得国において妊婦を対象にした研究によって、若年出産とされる10-19歳での妊娠、及び高齢出産と定義される35歳以上での妊娠は、母親にも子供にも、望ましくない影響があることが報告されてきました。1990年代以降、とくに若年期の妊娠者数は、世界的に減少の一途をたどっているものの、いまだ全妊娠者数の11%を占めると報告されています。低・中所得の国々がその95%を占めています。2014年の統計によると、15-19歳での妊娠は、20人に1人の割合とされていますが、最小の1000人に1人の割合の国から、最大では、アフリカ•サブサハラ地方の1000人あたり299人という高い若年者の妊娠率というように、その内訳には、国レベルでの較差が大きいことも特長として明確でしょう。 
 
妊娠の90%は婚姻を契機としており、結婚前に妊娠し、結婚後に出産というパターンが多く、文化的背景として、早期の結婚年齢が若年期の妊娠に大きく影響するといわれています。
 
こうした背景の中で、低・中所得国でみられる若年出産及び高齢出産が子供の成長に与える影響がどのようなものか、信頼度の高い研究成果が待ち望まれていました。 
 
今回、ランセットグローバルヘルスから(Lancet Global Health, 2015:3:e366-77)、コホーツ•コラボレーションが、低・中所得国である、「ブラジル・グアテマラ・インド・フィリピン・南アフリカ」の5カ国、19,403人の出産を対象に遂行された研究が発表されました。 
 
この研究から、母親の年齢が、19歳以下のケースでは、20-24歳の場合と比較すると、1)低体重出産の子の割合が18%多い、2)早産率は26%高い、3)2年目の発育阻害率は46%高い、4)セカンダリースクールの退学率が38%高い、5)成人期の低身長率が高い、ことが報告されました。同時に、若年出産にともない、子供が被る不利益の「因子の解析」を試みていますが、今回の報告からは、社会経済的な地位・母乳を与えた期間・母親の身長・出産数とは無関係で、因子の同定には至りませんでした。 
 
35歳以上の母親では、20-24歳の母親と比較すると、1)早産率が33%高い という不利益を示す結果の一方で、2)2年目の発育阻害率は36%低い、3)セカンダリースクール退学率は41%低い、4)成人期の身長が高い、と、むしろ、ポジティブな結果も得られました。 
 
さて「最初の1000日の命」というコンセプトの世界規模での広がりが大きなうねりを見せている昨今、この研究結果が報告されたことは、とてもタイムリーであると、前向きに受け止められています。このコンセプトは、「妊娠開始時期から、2歳の誕生日にいたるまでの、子供の1000日にわたる時期の栄養状態を良好に保ことが、生涯にわたる、身体的、精神的な健康を保つことになる」という考え方です。
 
若年出産によって生まれてくる赤ちゃんに関するリスクが、低・中所得国で同じように認められるという今回の報告は、こうした国々の若年出産が公衆衛生上看過できない問題であると認識されたという点で意義があることと思われます。 
 
また、特記すべきは、生まれた子供の成人期における空腹時血糖値が、若年出産、かつ高齢出産の両者で、高値となっている事実です。一方、生まれたこどもの成人期での高血圧は、認めませんでした。この結果は、今般が初めての報告であり、母親の出産年齢によって糖尿病リスクの増大が示唆されたとすれば、発症を抑制するために、「最初の1000日」だけでなく、それ以降も大胆に、支援体制を強化する施策が求められるでしょう。 
 
研究の特性上、制約が多いことも事実です。グアテマラやインドでは、1968年の出産年齢者を対象としていましたが、南アフリカでは、1990年のかたを対象としており、出産時の時代の違いは大きなバイアスになるかもしれません。国ごとの出産に伴う社会保障のサービスの違いも顕著で、栄養の与え方の違いや、社会経済状態の差、地理的な差も大きいものでした。結果として、コホート間で、アウトカムによっては、違いが有意に存在したのは、そういった理由から自然なことかもしれません。しかもアウトカムのデータが得られる参加者の数は、時間とともに劇的に減少し、致命的とも言える研究上の欠陥も認められました。
 
しかし、こうした数々の制約のある中でも、多くのアウトカムが、コホート間でほぼ同様の結果が得られたということは、驚嘆に値しますし、だからこそデータの信憑性が高く、受け入れられるものだったということはいうまでもありません。
 
さて今回の研究から、どのような介入が、こどもの正しい成長を補完できるのか、について具体的に改善可能な部分があったのか、を考えることは、フィールドにおいて有機的な連携をとってゆくために必須でしょう。しかし、残念ながら、社会経済状態の差だけでは説明しきれず、つまり経済的支援だけでは、解決に至らないことが考察されています。出産年齢を遅らせるという対策だけでは不十分であると示されました。
 
今回、解析された交絡因子以外のなんらかの知られていない因子が、こどもの正しい発育阻害因子として存在するわけで、対策を練るには、今後その因子解明に向けた努力が先んじて必要なのかもしれません。 
 
さて、最近出版された網羅的レビューの中で、若年出産を減らす方策として、子供同士とコミュニケーションを良好にとること、同等の立場にある子供らと共に受ける公教育の重要性、子供について学校で教育的に介入すること、健康面でのカウンセリングをすることなど、総じて、学校教育を受ける機会を増やすことが重視されてきていますまた、条件付けでの現金供与がきわめて有効ということも判明していますが、この施策は、実験段階で、国家レベルで施行されている国はありません。
 
さて、チリでは、学校登校日を増やしたことで、若年出産が5%減少する、という喜ばしいニュースがありました。心身ともに成長過程にある子供が結婚し出産することは、教育を受ける権利の喪失とも受け取れるでしょう。十分な教育を受け、自我が確立した時点で、結婚をすべきか否かという自分の意志決定の下で生まれた自分の子供へのより良い成長を促すことができる、とわかれば、おのずと若年出産が減少していくのではないでしょうか。人格もこどものままの結婚出産であれば、子供を育てる十分な能力がなく、結果として、生まれた子供の成長に及ぼす多様なリスクが生じることは明白でしょう。 
  
若年出産を減らすために、社会全体が協力できるよう、ひとりひとりがこのような視点をもち、国際的共助の強化につなげることは大切なことではないでしょうか。 

愛し野塾 第29回 握力と健康の話題

 
 

第29回 愛し野塾

握力と健康


 
握力測定は、簡易な検査であるだけでなく、様々な病気発症リスク・死亡リスク・身体不自由になるリスクを予測してくれる有力な武器とされています。これまで、高齢者・中年、加えて比較的若いかたも含め、握力が死亡リスクを予測する因子であることが示されてきました。 
 
しかしながら、国境を越えて、社会経済環境のことなる状況でも、握力が死亡リスク予測因子となるかどうかには疑問が残り、また、握力がどのような死亡リスクを下げるのかについては不明のままでした。 
 
今回、カナダ・マックマスター大学のレオン(Leong)博士らは、高・中・低所得国17カ国の35歳から70歳の139691人を対象に、4年間の経過を観察した、前向きコホート研究で興味深い研究結果を発表しました(Lancet May14 2015)。 
 
対象者は、2003年から2009年の間に、リクルートされました。年齢と身長で補正した握力は、男性の場合、高所得国で、38.1Kg、中所得国で、37.3Kg、低所得国で、30.2Kgでした。女性では、高所得国で、26.62Kg、中所得国で、27.9Kg、低所得国で、24.3Kgで、男女ともに平均所得が低い国で、握力の低い傾向にありました。期間中、死亡したのは、3379人で全体の2%を占めていました。5kgの握力が低下するごとに、16%の死亡率上昇(P<0.0001)が求められました。さらに握力低下で、心血管病での死亡率は、17%上昇(P<0.0001)、心血管病以外での死亡率も17%増加(P<0.0001)、心血管病の発症率は、心筋梗塞(P=0.002)及び脳卒中(P<0.0001)と、ともに7%上がることがわかりました。この傾向は、国の違いや収入の程度にかかわらず同じように認められました。 
 
一方で、握力低下と、糖尿病、癌、肺炎の発症および、呼吸器病にともなう入院、転倒による障害、骨折との相関は認められないということもわかりました。 
 
総合すると、握力低下による心血管病発症との関係はかなり選択的であり、握力の変化ではなく、絶対値そのものが低いと、心血管病のリスクが増大することもわかりました。特に、高血圧、冠動脈疾患、心不全、脳卒中、COPDとの関連が著明で、さらに興味深いのは、心血管病死亡の予測因子として、収縮期血圧よりもむしろ握力のほうが、有意に信頼性が高いことがわかったことです(P<0.0001)。
 
このように、握力が、心血管イベント予測因子として重要な役割を果たすことがわかったことは特筆され、今後、握力測定を日常臨床で施行することで、血圧測定や体重測定と同様、有用な検査値として捉えられ、患者さんのより良いケアにつながる可能が大きくなりました。
 
握力が低下してきた方は、日常の生活のなかでも改善できる場面が多々あります。買い物時にはカートではなくかごにいれて手で持ち運ぶ、また運動方法にも歩行やランニングの他、鉄棒を用いた運動を取り入れるのもよいでしょう。また、家庭で積極的に握力を測定するなどして、握力に対する注意を喚起することが、ひいては、心血管病の予防につながるかもしれません(もちろん握力維持増進の心血管系の疾患発症リスク軽減への可能性については今後更なる詳細の研究が必要でしょう)。
 
さらに、握力が心血管イベントに及ぼす影響のメカニズムが将来的に解明されることで、新たな治療のターゲットが見つかる可能性も出てきました。
 
さて、この研究の問題点は、有病率のデータにバイアスが存在する可能性が高いことでしょう。死亡については、死亡診断書をもとにしているため、有病率ほどの問題はないものと判断されますが、有病率算定に必須の病気の診断は、病院へのアクセスの難易度に影響されるからです。所得が低い国では、病院へのアクセスが悪い傾向があり、十分な診断技術を備えていない医療機関が多い傾向が推測され、有病率推定の正確性には疑問が残ります。特に、転倒、及び関連骨折の診断は、心血管イベントのデータと比較すると、あいまいな点が多いと考えられ、握力と転倒・骨折の間には相関がなかった可能性が否定できません。また、上肢の筋力が、必ずしも、下肢の筋力やバランスが強く関与する転倒とは相関しない可能性もあります。今後は一定の医療環境下で対象をしぼることも必要でしょう。 
 
また、握力が弱いほど、癌の発症が少ない(0.916倍,p<0.0001)という予想外の結果は、高所得国でのみ認められ、低所得国では認められませんでした。この事実はこれまでには報告がなく、今後再確認されることが必要でしょう。 
 
今回得られた結果は、10万人を超える大規模で、しかも5大陸17カ国の所得も全く異なる人々から得られたもので、信憑性はきわめて高いものと考えられます。
 
発癌に関しては問題が残るにしても、死亡率低下という最も重要な結果が得られている以上、今後は、医療機関でも、またセルフチェックにも、 医療負担の少ない握力測定をとりいれてゆくことは、健康意識向上にも役立つのではないかと期待したいところです。 
 

愛し野塾 第28回 低容量放射線の健康への影響

 
 
第28回 愛し野塾 
 
低容量放射線の影響
 
 
 
 
福島第一原子力発電所の痛ましい事故以来、低容量放射線が健康に及ぼす影響は、世界中の関心事となっています。 
 
これまで、原子力発電所労働者の被爆量を測定する、という1970年代から進められてきた研究によって多くのデータが蓄積されてきましたが、単独の原発での研究、同一国の複数の原発での研究、多数の国の複数の原発の研究とそのバックグラウンドは多岐に渡り、研究手法に一貫性がなく、そのため得られた結果を比較検討するのには十分とはいえず、解決には程遠いという現状です。 
 
なかでも、15カ国が参加した大規模研究(15カ国研究)では、被爆量1Gyあたり、慢性リンパ急性白血病をのぞいた白血病の死亡率は、1.93倍に及ぶという結果が得られましたが、その死亡数は196人と少ないことから正確な評価には値しないとされてきました。つまり、1945年の広島と長崎の原子力爆弾の投下によって多量の被爆によって2-3年といった短期間に、骨髄性白血病が増えることがわかっていましたが、低容量かつ長期間の被爆で、同じような健康被害があるのか否かについては、長く疑問が残っていたのです。 
 
今回発表になった研究では、(Leuraud, K., Richardson, D. B., Cardis, E., Daniels, R. D., Gillies, M., O'Hagan, J. A., ... & Kesminiene, A. (2015). Ionising radiation and risk of death from leukaemia and lymphoma in radiation-monitored workers (INWORKS): an international cohort study. The Lancet Haematology2(7), e276-e281.) 内部被爆や、ニュートロン被爆者も含めて行われたため、過去の15カ国研究と異なり、対象者数を観察年数で乗じた値(人年)は、3倍へと、大幅に増加し、従って、死亡者の数も増え、死因の解析も正確にすることが可能になりました。 
 
国際原発労働者研究(INWORKS)と呼ばれるこの研究では、フランス、イギリス、米国の原発で少なくとも1年間勤続した労働者30万8297人に対外線量計を装着し、被爆量測定が行われました。平均観察期間は27年、最長で被爆後60年の観察期間を含め、822万人が対象となりました。研究終了時には22%のかたが亡くなられていました。 
 
分析の結果、1年あたりの平均被爆量は、1.1mGyでした。胃のバリウムの放射線被爆量が10Gyですから、この値がいかに小さいものかわかります。このような低容量の被爆においても、慢性リンパ球性白血病をのぞく白血病による死亡数は531人と十分な数があり、死亡率は、1Gyあたり、2.96倍と算出されました。
 
原爆被爆男性、20-60歳のかたを対象とした研究では、1Gyあたり、2.63倍に白血病による死亡率増加が報告されており、この値とほぼ合致するものでした。被爆量に比例し、直線的に白血病のリスクが増大することもわかりました。しかも、白血病のなかでも慢性骨髄性白血病の場合は、放射線被爆の影響が大きく、その死亡率は、1Gyあたり、10.45倍になることも明らかになりました。
 
白血病以外の血液の癌についての検討から、多発性骨髄腫、及び非ホジキンリンパ腫では、被爆による顕著な死亡率増加は認められず、一方で、ホジキンリンパ腫は1Gyあたり、2.94倍と死亡率増加を認めました。こういった検証から、低容量放射線の長期被曝により、血液系の癌が誘発されることは間違いないと考察されました。 
 
問題点としては、第一に、イギリス、フランス、米国のそれぞれの国のコホート単位で、慢性リンパ球性白血病を除く白血病の死亡率は影響を受けなかったものの、多発性骨髄腫の場合は、イギリスのデータを除外した場合にのみ、有意な死亡率の上昇を認めるなど、疾患によっては、国ごとのバイアスが存在する可能性があることです。第二に、推定被爆量を正確に算出ことは極めて難しいというバイアスの存在。第三に、死亡診断書の白血病のサブタイプ決定について疑問が残ること。特に、慢性リンパ球性白血病は、問題が多いことがすでに知られ、解析の際にこの白血病を除いた、ほかの白血病を対象としたことは賢明といえるでしょう。第四に、喫煙が骨髄性白血病の危険因子であることで、交絡因子となりうるということです。また、喫煙は、社会経済的地位の影響を受けるため、社会経済的地位の関与も否定できません。第五に、発ガン作用のあるベンゼンによる健康被害への影響が考慮されておらず、バイアスとなっている可能性があります。第六に、ウランとプルトニウムによる内部被爆量を測定していないこと。第七に、個々の医療被爆を考慮していない。事実、胃バリウム検査を一度すると、原発被爆の10年分に相当するのですから、バイアスになると言えるでしょう。 
 
このように問題の多い研究とはいえ、低容量放射線被爆によって骨髄性白血病の死亡率が増加するという結論へは、いずれのバイアスも大きく影響するとは言えないでしょう。ですから白血病の早期発見を目的に、原発労働者、及び医療関係者の定期的な血液検査は推奨されるべき重要な課題でしょう。
 
また、問題点に記した7項目に及ぶバイアスを考慮し、今後、より正確なデータが得られる研究デザインのもとに研究が組まれるべきであると考えます。 
 

愛し野塾 第27回 ピロリ菌をワクチンで退治できるか!?

27回 愛し野塾 

ピロリ菌は、ワクチンで退治できる可能性 

 
 
 
ヘリコバクターピロリ菌は、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃ガン、胃リンホーマの原因菌として、1983年のオーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルの発見以来、大きな注目を集めています。世界的にみても、なんと約半数のかたが、この菌の感染症に罹患していることが知られています。 
 
1994年には、WHOで、クラス1のカテゴリーに属する発がん性物質とされるようになりました。日本でも、盛んにピロリ菌の早期発見がおこなわれるようになり、今やABC分類は、健診ではかかせない血液検査となりました。 
さて、中国では、6億人がピロリ菌に罹患しており、その対策は待ったなしとなっているところです。1990年代初頭より、ピロリ菌のワクチン開発は国家の重要課題のひとつとして取り組まれてきました。動物実験では、ピロリ菌ワクチンの有効性を証明することに成功しました。しかしながら、いざ人に応用する段階になると、安全かつ有効なワクチン開発の成功には至らず、研究者らを悩ませておりました。 
 
 
今回ご紹介するのは、中国産のワクチンで、ウレアーゼBサブユニットと熱不安定エンテロトキシンBサブユニットを合体させた経口のワクチンです。すでにフェーズ1と2の臨床試験をパスし、今回は、フェーズ3の有効性の試験の結果が考察されました。手法としては、前向きの無作為2重盲検法を採用しており、得られた結果は、信憑性の高いものでした(Lancet 2015, July 1
 
臨床試験前および試験時にピロリ菌に罹患していない、地元の12校の生徒4464人(平均年齢9.1歳、男性61%)が対象とされました。2004122日から、2005319日の間に、2232人にワクチンが投与され、同時に同数である2232人にプラセボ投与が行われました。全対象者の99%にあたる4403人が3回ワクチン接種(0日、14日、28日の3回)を完了させました。ワクチン接種後1年の間に、ピロリ菌に罹患したのは、14/2232人中、プラゼボ群で、50/2232人中で、ワクチンはピロリ菌予防効果に明らかに優れており(P0.0001)、有効率は、71.8%と高率でした。 
 
ワクチンの有効率は、2年目には55%に低下、3年目も、55.8%でした。 
ウレアーゼBに対する抗体は、ワクチン群では、摂取後1ヶ月で対象者の86.1%に認められ、プラゼボでは、4.6%の人に抗体が認められました。この抗体は、摂取後1年後までは、高タイターで認められました。しかし、2年目、3年目になると、抗体のタイターは、プラゼボ群に比較して、有意に高い値を維持はしていたものの顕著に減少していました。64人のピロリ菌感染者と、128人のピロリ菌非感染者を比較すると、後者で、ウレアーゼBに対する抗体は有意に高値を示しました。ウレアーゼBに対する抗体力値の低下は、ピロリ菌感染率上昇をもたらすことが回帰解析から明らかとなっています。これらの結果から、ワクチンに伴う抗体産生が、ピロリ菌感染を予防していることが示唆されました。 
 
ワクチンに伴う副作用は7%に認められ、プラゼボの7%と同数でした。最も顕著な副反応は、多い順に嘔吐・発熱・頭痛であり、ワクチン群では腹部膨満感が若干多い状況でした(P=0.0427)。また、重篤な副作用としてワクチン群で5例、プラセボ群で7例を認め、二群には有意差はありませんでした。ワクチン群の一人は溺死しましたが、これらのいずれの重篤な副反応も、ワクチンやプラゼボに伴うものとは評価されませんでした。 
 
この結果から、今回紹介されたワクチンは、6-15歳の小児に使用しても有効性を認め、かつ安全に効果をもたらすことがわかりました。ただし効果は2年以降はやや落ちますが、どうやら3年間は持続することもわかりました。ピロリ菌が胃ガンの主たる原因として考えれば、このワクチンの登場は朗報といえるのではないでしょうか。 
 
はじめに述しましたように、開発に困難を極めたピロリ菌のワクチン療法ですしたが、今回開発されたワクチンが安全性・有効性を得ることができた理由はなんだったのでしょう。 
 
第一に、ワクチンに使う抗原量が15mgと大量だったということが成功の鍵を握っていたようです。抗原量が多かったため、抗体ができやすかったと推測されています。第二に、熱不安定エンテロトキシンを粘膜のアジュバントとして使用したことで、抗体ができやすい環境を備えていたという可能性が考察されています。第三に、ウレアーゼBサブユニットと、熱不安定エンテロトキシンを1:1で、フュージョンさせたことも有効だったようです。さらに研究のプランニングは特記すべき点でしょう。ピロリ菌の非罹患者という条件にあった大人を対象にしていたこれまでの研究では、すでに対象者選定の時点で、ピロリ菌感染に対する防御機構が備わっている大人を選んでいた可能性があるというわけです。今回の臨床試験では、小児を対象としており、こうしたバイアスはかなり低かったと考えられます 
 
問題点は、何と言っても、2年目以降、抗体のタイターが低下してしまう点です。ピロリ菌感染予防の長期的方策には、一例としてあげれば抗体タイターが落ちないように2年目や3年目のワクチンの追加投与を考慮する必要があるかもしれません。ところで、使用されたワクチンの純度が80%しかなかったことには、わたしは疑問を感じています。より、精製したワクチンを使うことで、この問題がクリアできないかどうか、検討するべきでしょう。また実質的に胃ガンを予防できるのか否か、という命題の解を得るには、ピロリ菌感染から、50年以上の年月が必要となり現実的には困難と考えられます。ですから長期的な経過観察は重要ですが、現段階では、抗体のタイターの長期の維持が可能なワクチン投与法、及び更なるワクチンの改良に研究の焦点をしぼるべきでしょう。 
 
ピロリ菌感染を子供のころから予防し、将来にわたり胃ガンにおびえることがないような時代が早くくるといいですね。 
 
 
 

愛し野塾 第26回 新たな抗肥満薬として

第26回 愛し野塾

新たな抗肥満薬

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さて、いよいよ今年度の特定健診が開始され、メタボの予防に取り組んでいるかたも多いことと思います。メタボといえば、腹囲が男性で85cm以上、女性で90cm以上あり、かつ、高血糖、高脂血症、高血圧を伴うものです。内臓脂肪の量が大きく関与し、内臓脂肪から分泌される種々のサイトカインと呼ばれる液性因子が、膵臓から分泌されるインスリンの作用を落としてしまう(インスリン抵抗性と呼ばれます)ことが前述の三つの疾患の本質とされています。メタボは、心筋梗塞、脳卒中などの病気を誘発する、メジャーな危険因子ですから、メタボを解消することは健康生活を推進する上で不可欠であるといっても過言ではないでしょう
 
メタボでは、インスリンの効果が低下しそれを補充するようにインスリンが必要十分量を大幅に超え、過度分泌されるようになってしまいます。この大量のインスリン動脈硬化を誘発することが数々の研究から明らかになり、昨今では注射によるインスリン投与にも、心血管病のリスクを上昇させる危険性があるという懸念が報告されています。 
 
さて、生活習慣への介入によって体重減少を図ることが死亡率を低下させることや摂食量を制限し栄養吸収を抑える目的で胃や小腸に外科的処置を施すバリアトリック手術を受けることで、劇的に体重が減少し2型糖尿病が完治する例も報告されるようになりました。しかし、世界中にいる4億人の肥満患者さん全員に、この手術を施行するわけにもいかず、なにかいい方法がないものかと多くの研究者が汗を流して臨床研究を続けてきました。しかし残念なことに、抗肥満薬が開発され実用化されても、副作用が多く、一般の肥満のかたがたにまで浸透しなかったことも事実です。
 
今回、ご紹介するのはGLP-1と呼ばれるホルモンの誘導体(リラグリチドとよばれる注射薬です)で、すでに、2型糖尿病の治療薬として汎用されているくすりを用いた最新の研究報告です。従来投与量よりも多い、3mg(従来は、1.8mgが最高量)を、糖尿病でないかたを対象使われました。GLP-1は、胃の動きを停滞させ、満腹感を持続させる作用がありますし、食欲を抑制します。1.8mg使用でも肥満改善薬として使えることが分かっていましたが、5%以上の体重減少効果を効率的に達成する目的で、研究では3mgという大量療法施行されました。
 
平均年齢が45歳の3731人を対象として、56週間の期間を観察されました(A Randomized, Controlled Trial of 3.0 mg of Liraglutide in Weight ManagementEngl J Med 2015; 373:11-22 July 2, 2015。 対象者のBMIは30以上、もしくは、27-29.9で、かつ脂質異常かもしくは高血圧を伴うこととしました。すべての対象者は、生活改善プログラムに参加し、2487人が3mgのリラグリチド投与群、1244人がプラゼボ投与群でした。
 
対象者の平均体重は106kg、平均BMIは38.3で、78.5%が女性、61.2%が糖尿病予備軍でした。56週の段階で、リラグリチド投与群は、体重が平均8.4Kg減少し、プラゼボ投与群では、2.8Kgの減少を認めましたつまりリラグリチド投与によってプラセボ効果を5.6Kgも上回る著明な体重減少を達成しました(P<0.001)。少なくとも5%の体重減少達成したひとは、リラグリチド投与されたかたの63.2%で、これはプラセボの27.1%に比較しても有意な達成率でしたP<0.001)。さらに10%の体重減少達成率は、リラグリチドで、33.1%のかたで(プラセボで10.6%)リラグリチドによる効果的な体重減少達成率を得られたのです(P<0.001)
 
さてリラグリチドの副作用として、吐き気と下痢が認められましたが、重篤な副作用についての分析の結果、リラグリチド6.2%プラセボで5%認められました。最も懸念された心血管系イベント発症率は、両群間には差がなくリラグリチド3mgは安心して使える用量であると示されましたが今後期の観察が必要である考察が加えられています。
 
喜ばしいことに、新規糖尿病の発症率に注目すると、リラグリチド群で、プラゼボ群の発症率の8分の1に減少していたことで、糖尿病予防効果が有意に高かったことが判明しました。
 
重篤な副作用として、リラグリチド群で胆石、及び急性胆嚢炎の発症を認めましたが、急激な体重減少が直接の原因であろうと考えられました。また増加傾向を認めた乳がんについても体重減少によって発見効率があがった可能性が指摘されました。以前より懸念されていた急性膵炎については、リラグリチド投与群で増加は認められませんでした。 
 
では、リラグリチド投与量増大によって生じた主な問題点は、副作用を理由として試験の途中で離脱したかたが、リラグリチド群では全体の9%で、これはプラゼボ群の離脱率の3.8%を大幅に上回ってしまったということが指摘されています。事実、私の外来でも、リラグリチド投与胃の動きがくなり、食物が胃に停滞するようになるため、おいしくご飯が食べられないと訴えてこられる患者さんをしばしば経験します。この副作用はかなり辛いようすで与治療を断念したいというかたが少なくありません。この実態がこの臨床試験でも如実に現れたということでしょう。 
 
一方で、体重を5-10%減少できればメタボによって複雑化した動脈硬化を誘発するリスク因子の管理が、一転して容易になることは明白で、腹部の副作用出現しない、もしくは低頻度な患者さんには、リラグリチド投与」という、体重減少達成のため選択肢が増えたことは、好意的に受け止めてもいいのではないでしょうか。 
 
今後の問題点として、リラグリチドは注射による治療のため、痛みを伴うことと、そしてその費用(薬価及び在宅自己注射指導管理料が馬鹿にならないということで、長期に用いる上では、これらの点についても改善することも重要課題として挙げられるのではないでしょうか。 
 
できることなら、短期的にリラグリチドの助けを借りたとしても長期的視野にたって、運動と食事に関する適切な知識身につけ、かつ継続的に実行できる自己管理能力をつけて薬に頼らない体重減少を目指していきたいところです。