飽和脂肪酸摂取の是非
糖尿病発症リスクの観点から
緋牛内のひまわり
黒岳石室のいわぎきょう
桂月岳のコマクサ
院長の机の上の手作り作品
(ありがとうございます)
飽和脂肪酸ときけば、「健康にわるい脂」の代名詞という感じではないでしょうか。ところが、飽和脂肪酸には、多くの種類があり、病気発症の側面からみていくとそれぞれ異なる作用があることがわかってきました。
最初に、これまで知られている飽和脂肪酸の作用をまとめてみますと、(1)ほかの脂質の代謝や、糖分とインスリンの反応に影響を与える、(2)飽和脂肪酸には、6から22あるいはもっと多くの炭素原子を含むものがあり、炭素の含有量によってそれぞれ作用が異なる、(3)飽和脂肪酸の作用時には、ほかの栄養素の影響を受ける、(4)食事性の飽和脂肪酸は、赤み肉、鶏肉、加工肉、ヨーグルト、ミルク、チーズ、バター、ナッツ、ベジタブルオイルなどが主な含有食物となりますが、こうした食物には、飽和脂肪酸以外の多数の成分も含有していることから、健康に与える影響は一様ではない、(5)飽和脂肪酸は、食事から摂取される他、肝臓で合成されるものがある。急速、かつ大量に体内に摂取された炭水化物あるいは、総カロリーそのものが、特に、ステアトリル酸やパルミトイル酸といった、炭素含有量が偶数の、(主には、2種類の偶数飽和脂肪酸で、ステアリン酸は、18個とパルミチン酸は16個の炭素原子を持つ)飽和脂肪酸の合成を高めてしまう、等があげられます。
これまで、飽和脂肪酸とひとくくりにして研究されていたため、その進捗状況は思わしくなく、抽象的、かつ成果の上がらない停滞していた時期が長く続きましたが、多数ある飽和脂肪酸の個々の特性や、内因性、外因性の飽和脂肪酸の作用の違いに注目することで、最近では、冠動脈疾患に与える影響や、2型糖尿病の発症に関する新たな成果があがり、医学分野では話題となってきていました。
今回ご紹介するのは、昨年2014年10月に医学誌ランセットに発表になったものです(Lancet Diabetes Endocrinol. 2014 Oct;2(10):810-8. doi: 10.1016/S2213-8587(14)70146-9. Epub 2014 Aug 5.)。
ケンブリッジ大学のフォローヒ博士らによって、血中の飽和脂肪酸と2型糖尿病の新規発症の関係について検討され、非常に興味深いデータが報告され世界の注目を集めました。この研究は、EPIC研究の一環として行われました。EPIC研究は、ヨーロッパの10カ国から521000人を登録し、各種健康関連項目について、15年以上、経過観察するという、世界最大級の疫学研究です。既に数々の新規研究成果を上げ、信頼の高いコホート研究が展開されてきました。今回の研究では、登録者から340,234人(平均年齢52.3歳)を抽出し、12,403人の2型糖尿病のかたを対象に分析が行われました。9種類の血液中の飽和脂肪酸の濃度が測定され、他の危険因子で補正しました。驚くべきことに、炭素を奇数個もつ飽和脂肪酸は、2型糖尿病の発症リスクを有意に低下させるという分析結果を得たのです。C15のペンタデカノイック酸は、糖尿病発症リスクが、21%低下、C17のヘプタデカノイック酸は、33%のリスク低下というポジティブな効果がありました。さらに、超長鎖飽和脂肪酸にも、2型糖尿病発症抑制作用があり、リスクが30%低下すると見積もられました。一方、偶数の炭素骨格を持つ飽和脂肪酸では、2型糖尿病の発症リスクを上昇させるという結果を得ました。パルミチン酸で26%、ステアリン酸で、6%、糖尿病発症を顕著に上昇させる作用が認められました。
さて、食事性(食事摂取による影響)の糖尿病発症リスクを精査してみると、発症リスクを低下させる結果を得た「奇数飽和脂肪酸の血中濃度」と最も高い相関を得たのは、乳製品摂取によるものでした。一方、発症リスクを上昇させる結果を得た「偶数脂肪酸の血中濃度」は、アルコール、ソフトドリンク、ポテトの摂取と相関があり、主に肝臓で合成されるものに影響されることがわかりました。実に、肉やバター、チーズなどの偶数脂肪酸含有性食物摂取と発症リスクの相関指数は低かったのです。超長鎖飽和脂肪酸は、ナッツ、豆の摂取量と相関がありましたが、食事性のものは弱い相関のみで、主に代謝性の影響を受けている要素が強いと判断されました。
この研究は、前向き研究で、かつ、多くの国々で(フランス、イタリア、スペイン、イギリス、オランダ、ドイツ、スエーデン、デンマーク)行われました。得られた結果は、個々の国内分析でも同傾向を認め、高い信憑性を有すると評価されています。偶数飽和脂肪酸が2型糖尿病発症を増加させるリスクは、最も低い結果のフランスで22%上昇、最も高い結果のイタリアで88%上昇でした。偶数飽和脂肪酸が2型糖尿病発症抑止する効果は、最も高いのがフランスとオランダで、39%の抑止効果の上昇を得、最も低い発症抑止の上昇という結果であったドイツで、21%と、国同士の間には統計学的な差がありませんでした(P<0.001)。
このフォローヒ博士らの研究結果から、「飽和脂肪酸は似たような作用を持つ物質の集まり」と評価すべきではなく、2型糖尿病発症に関しては、発症「促進」効果と発症「抑止」効果を有し、「相反する作用を持つ物質の総体としてみなすべき」だと明確に示されました。
ここで新たに示されたことは、チーズとヨーグルトといった乳製品は、インスリン抵抗性を改善し、2型糖尿病にも優しい食品であるという強い可能性です。これまで飽和脂肪酸は何が何でも悪いという学説に基づいて、カルシウム摂取を増やすという目的のために、「低脂肪」の乳製品が栄養のガイドラインで推奨されてきました。しかし、飽和脂肪酸が健康に悪影響を及ぼすのは、食事性に摂取されたものではなく、アルコールなどの摂取により誘発され、代謝のプロセスで体内で産生されるもので、むしろ、食事性に摂取される飽和脂肪酸は、2型糖尿病発症抑制に効果があり、健康にポジティブな効果を表すのですから、「低脂肪にしないそのままの」乳製品の摂取を推奨するように、ガイドラインが再検討される必要があるのではないでしょうか。
また、アルコールは、様々な食事(26品目の食品を精査しています)のなかで、最も血中偶数飽和脂肪酸を増やしてしまうだけではなく(!)、最も奇数飽和脂肪酸を減らしてしまう負の代謝効果があることも判明しました。アルコール摂取は、ほどほどにしたほうがよいことが、今回の研究からも示唆されました。逆にオリーブオイル、ベジタブルオイルには、偶数飽和脂肪酸を最も減らす効果があることもわかりました。この正の効果は魚、フルーツ、野菜、鶏肉と続きます。地中海食の食事内容がカラダにいいことが飽和脂肪酸に対する影響の検討からも、裏付けられているように思いました。
それにしても嬉しいのはチーズとヨーグルトが、2型糖尿病予防に効果があるとすれば、北海道の大地の恵みがますます注目されることとなるでしょう。
科学的な論拠に基づく栄養ガイドラインの再検討をしてもらいたいものです。日本国内の研究でもこの方面で進捗があるよう期待されるところです。