2019/05/07

愛し野塾 第215回 「笑い」は、心血管病を予防するか




笑いの健康効果が、あらゆる分野で注目され、医学分野においても例外ではなく、臨床研究を中心に議論されるようになりました。特に、うつ症状の改善や、認知症の予防効果、また眠りの質を上げる作用などが報告されています。最近では、免疫力を賦活する効果や適正な血糖降下作用も知られるようになりました。また笑いの体操と、ヨガの呼吸法を組み合わせるラフターヨガは、世界中に受け入れられ、現在も広がりを見せています。

笑いの基礎研究について渉猟すると、コメディー映画鑑賞によって笑いを誘発すると、動脈の硬さが改善されること、スリラー映画とコメディー映画の両方を別々に鑑賞することで、笑いは、血管内皮機能を改善させることがわかりました。2012年米国の研究からは、センテナリアン(100歳以上の長寿の方)を対象に、遺伝に基づいた個性について分析をしたところ、生活に対する前向きな態度として、楽観主義、おおらかさ、社交性にならんで、「笑い気質」をもつことがわかりました(文献1)。

2016年には、東京大学の研究から、20934人(男性10206人、女性10728人)を対象に、封書で、笑いの頻度、体重、ライフスタイル、心血管病、高脂血症、高血圧、うつ病について調査をしたところ、交絡因子で補正後も、笑いの少ない群は、笑いの多い群に比較して、1.21倍の心臓病の有病率があることが分かりました。脳卒中にいたっては、1.60倍多いことがわかりました(文献2)。この研究は、インパクトの大きいものでしたが、横断研究だったため、その結論については、前向き研究での検証を要していました。今回、前向きの大規模コホート研究で、笑いと死亡率、心血管病イベントとの関係について、さらに詳細が調査され、報告されました(文献3)。今回はこの論文について解説をしてみようと思います。

<方法>

山形研究は、前向きコホート研究で、21世紀センターオブエクセレンスプログラムの一環として行われました。山形市、酒田市、上山市、寒河江市、米沢市、天童市、東根市の7都市から、40歳以上のすべての人を対象として、除外項目を設けずに、年次健康診断時点で、研究参加を勧奨しました。2009年から2015年の期間中、20969人が参加に応諾しました。参加可能最大数は、28528人と見積もられ、高い参加率が得られました。経過観察年数は、平均5.4年、66人が転居により追跡不可能となり、3817人がデータ不足で除外、最終的に、17152人(7003人の男性、10149人の女性)が対象となりました。

試験登録時に、参加者に、病歴、投薬状況、症状、血圧、笑いの頻度、アルコール、喫煙、運動、教育レベル、婚姻、精神的ストレス、社会活動、について、郵送された質問表に記入してもらいました。

  ・笑いの定義を「大声を出して笑う」こととした。
  ・笑いレベルは
「ほぼ毎日笑う」「週に1-5回笑う」「一ヶ月に1-3回笑う」「一ヶ月に1回も笑わない」
   の4カテゴリーにわけました。
  ・飲酒レベル、「現在飲酒している」「過去に飲酒していた」「飲酒なし」
  ・喫煙、「現在喫煙している」「過去に喫煙していた」「喫煙なし」
  ・社会活動参加、「週に1回以上」「月に1回以上」「月に1回未満」
  ・精神的ストレス、「この1年で、精神的ストレスがありましたか?」の質問に対して、
   「重度」「高度」「中程度」「低度」の4カテゴリーに分けた。


<結果>

平均年齢は62.8歳でした。
笑いの頻度は、週に1回以上が82.2%、月に1回以上が14.5%、月に一回以下が3.3%でした。

 笑い低頻度グループは、笑いの頻度の多い集団と比較して
  1)男性が多い(笑いの少ない集団と多い集団を比較すると、64%対37%)
  2)喫煙が多い(現在喫煙しているかたの比率が、同じ比較で18.8%対11.6%)
  3)アルコール摂取が多い(現在飲酒しているかたの比率が、同じ比較で59%対54.3%)、
    糖尿病が多い(糖尿病の比率が同じ比較で10.5%対8.4%)
  4)運動少ない(運動をしている比率が同じ比較で59.5%対71.6%)
  5)婚姻が少ない(婚姻している比率が同じ比較で83.6%対93.7%)
  6)精神的ストレスを多く感じている
   (精神的ストレスを高度以上に感じている比率が同じ比較で71.3%対70.3%)
  7)社会活動が少ない
   (社会活動が1ヶ月に1回未満の比率が、同じ比較で75.5%対72.8%)
    ことがわかりました。

5.4年の経過観察期間中、257人(1.5%)の死亡、及び、138(0.8%)の心血管病イベントを確認しました。「死亡率と笑いの頻度の関係」について、カプランマイヤー法を用いて計算した結果、笑い低頻度グループは、笑い高頻度グループに比べて、有意に死亡率が高く(P<0.003)、心血管イベントも有意に多いことがわかりました(P<0.001)。

<交絡因子の影響>

笑いの頻度と、死亡率、及び、心血管病イベントとの関係について、交絡因子の関与を考慮するために、コックス比例ハザード解析を行いました。補正前のハザード比は、笑い低頻度グループで、笑い高頻度グループに比較して、死亡率は2.38倍有意に高い結果が得られました(P=0.002)。年齢、性別、高血圧、糖尿病、喫煙、アルコール摂取の項目で補正した結果、「死亡率と笑いの頻度の関係」は、笑い低頻度グループは、笑い高頻度グループに比較して、ハザード比は1.95倍と補正によって、やや低下を認めましたが、有意差を維持していました(P=0.014)。「心血管病イベントと笑いの頻度」は、補正前は、2.06倍のハザード比(P<0.001)で、笑い低頻度グループにおける有意に高い心血管病イベントのリスクを認め、このリスクは補正後も1.62倍で有意差を維持していました(P=0.023)。

<サブグループ解析>

「年齢、高血圧、糖尿病、アルコール摂取、喫煙」で補正後、笑い低頻度グループの「全死亡のリスク」は、女性、非糖尿病、非高血圧、メンタルストレスを中程度に感じている、大学以上の学歴があるかたで、笑い高頻度グループよりも有意に高いことが分かりました。メンタルストレスの比率は、もっとも低い笑い頻度グループで7.8%、高い笑い頻度グループで、4.2%から4.7%と低い値を示しました。重症のストレス、高いストレスを感じているひとの比率は、両グループほぼ同じでした。このことから笑いの頻度は、メンタルストレスの程度をあらわすものではないという結論が得られました。

<コメント>

今回の前向き大規模コホート研究から、既知のリスク因子に並んで、「笑い」が、死亡率と心血管病イベントを抑止する新たな因子と判明したことは、日常臨床にとって意義があるように感じます。ただし、この研究では、「大声で笑うこと」を笑いと定義しているため、声を出さない笑い、微笑みは含まれておらず、バイアスとなった可能性があります。また、笑いの調査は、試験開始時だけで、試験期間中の笑いの頻度の変化についての詳細はなく、バイアスの可能性があります。また、笑いの頻度は、自己申告であることから、その精度について曖昧な部分は否定できません。対象者について、年次健康診断の受診者であることから、健康意識の比較的高い方が選別対象となった可能性もあると考えられます。今後、こうしたバイアスを除去したより精度の高い前向きの盲検試験を期待するところです。

笑いの方法には、インドの医師マダン・カタリア氏が考案した「笑いヨガ」による介入試験は、場所を選ばず、また高齢者から子どもまでの多くの方の協力が得やすいことから適切ではないかと思います。現在愛し野内科クリニックでも、少しずつスタッフと共に実践し始めている笑いヨガ。この効果はどうやら、想像以上のような気がしています。日常生活に取り入れていくことで、心身の健康促進が図られる可能性が高いように思われます。 


文献1
Kato, K., Zweig, R., Barzilai, N., & Atzmon, G. (2012). Positive attitude towards life and emotional expression as personality phenotypes for centenarians. Aging (Albany NY), 4(5), 359.

文献2
Hayashi, K., Kawachi, I., Ohira, T., Kondo, K., Shirai, K., & Kondo, N. (2016). Laughter is the best medicine? A cross-sectional study of cardiovascular disease among older Japanese adults. Journal of epidemiology, 26(10), 546-552.

文献3
Sakurada, K., Konta, T., Watanabe, M., Ishizawa, K., Ueno, Y., Yamashita, H., & Kayama, T. (2019). Associations of frequency of laughter with risk of all-cause mortality and cardiovascular disease incidence in a general population: findings from the Yamagata study. Journal of epidemiology, JE20180249.