2017/04/29

愛し野塾 第119回 ダイエット飲料の脳卒中・認知症発症リスク




ソフトドリンクの過剰摂取は、子供や青少年の肥満、そして中年層ではメタボリック症候群に悪影響を及ぼすことはご存知の通りです。2007年、フラミンガム心臓研究で(文献1)、6,039人(女性3,470人、平均年齢52.9歳)を対象に、メタボリック症候群のないかたが、性別、年齢、運動量、喫煙、飽和脂肪酸摂取量、ファイバー摂取量、トランス脂肪酸摂取量、マグネシウム摂取量、グリセミックインデックス、摂取カロリーの項目について厳密に補正した上で、1日あたり、ソフトドリンクを 「1回以上の摂取」と「1回未満の摂取」の両者を比較した結果、48%ものメタボリック症候群の発症率の上昇を認めました(発症率21.6%対17.8%)。ソフトドリンク、つまり、人工甘味料入りの飲み物や、砂糖で甘み付けした飲料は、心臓血管病リスク因子を悪化させ、結果的に、脳卒中や認知症発症を促進させうることが実証された研究となりました。その後、300万人以上を対象とし、脳卒中を発症した4,000人以上の集団を分析した結果、ソフトドリンクを「11回以上摂取する集団」は、「一回未満摂取の集団」に比較して、16%も有意に脳卒中発症を認めたと発表されました(文献2)。しかし、一方で、ダイエットソフトドリンクでは、脳卒中発症率は43%上がるものの、レギュラーソフトドリンクでは、脳卒中リスクは上がらない(文献3)との見解もあり、この議論は混乱してました。また、認知症発症との関連性は未だ不明なところです。今回、フラミンガム心臓研究を用いて、ダイエット用とレギュラー用のソフトドリンクの摂取と、脳卒中及び認知症発症の10年リスクを試算した結果が発表され、注目されています(文献4)。 
 
フラミンガム心臓研究は、米国マサチューセッツ州のフラミンガムで始まった、コホート研究の草分けとされます。1971年に開始され、当初、5,124人のかたが登録されました。約4年サイクルを1期として、新たな研究がなされており、すでに9期にわたる研究が遂行されてきました 。最新のものは、2014年に終了しています。第7期(1998年から2001年)から、脳卒中と認知症の10年リスク試算の検討が開始され、脳卒中研究の対象者の条件から、脳卒中の人、神経疾患を持つ人、45歳未満のひとは除外され、認知症研究の対象者の条件から、すでに認知症を患っている人、軽度認知障害の人(MCI)、その他神経疾患の罹患者、60歳未満のかたが除外されました。脳卒中研究には、2,888人、認知症研究には、1,484人の登録がありました。 
 
方法 
ソフトドリンク摂取の定量化は、ハーバード半定量食物摂取頻度調査票(FFQ)が用いられました。FFQの「方法の妥当性」を明らかにするために、実際の食事記録との整合性を求めたところ、コカコーラやペプシ摂取の相関係数は0.81となり、良好な相関を認めました。また、継時的な摂取の違いを知る目的で、12ヶ月後に試行されたFFQとの相関も調べられましたが、コカコーラとペプシ摂取の相関係数は0.85で良好な相関を認めました。この結果からFFQは、実際のソフトドリンク摂取量を正確に反映することが確認されました。 

結果 
A)甘味飲料全体の摂取量と(B)人工甘味料入りソフトドリンク摂取量のそれぞれに検討が加えられました。(A)では、摂取量が増えるに従い、カロリー摂取も増加しました。しかし、糖尿病と心血管病の比率は逆に減少しました。(B)では、摂取量が増えるに従いカロリー摂取は変わりませんでしたが、糖尿病と心血管病の比率は、増加する傾向がありました。 

<脳卒中について> 
A)摂取量の増加にともない、脳卒中の発症比率に違いは認めませんでした。 
B)飲まない人と、一日一回以上飲む人を比べると、年齢、性別、カロリー摂取、食事の内容、運動量、喫煙で補正後、1.87倍(P=0.10)の発症リスク増大傾向を認めましたが、統計的な有意差はありませんでした。しかし、虚血性脳卒中は、2.96倍(P=0.01)と、有意に発症リスクの上昇を認めました。
 
<認知症について> 
A)摂取量の増加にともない、認知症の発症比率は変わりありませんでした。 
B)飲まない人と、一日一回以上飲む人を比べると、年齢、性別、カロリー摂取、教育レベル、食事の内容、運動量、喫煙で補正後、2.89倍(P=0.02)の発症リスク増大を認めました。 

さて、砂糖で甘み付けされたソフトドリンクは、飲んだ直後に血糖が上昇し、インスリン分泌も促されやすいことから、「糖尿病の発症リスクが高く、したがって脳卒中、認知症へのリスクも高い」と予測されたものの、 実際の結果は、「糖尿病は少ない、脳卒中、認知症発症を増やさない」ことが明らかとなり、今後、この理由については検討が必要でしょう。 

一方、「人工甘味料入りソフトドリンク摂取が認知症リスクを上昇させる」というメカニズムについては、「インターラクション解析」の結果から、「糖尿病の関与が疑われる」と著者らは主張している一方で、糖尿病のひとが、血糖値の上昇を避けようと、人工甘味料入りソフトドリンクを飲む頻度が上がる可能性も否定できないと示唆しています。また人工甘味料は、マウスの実験から、腸内フローラを変化させ 耐糖能を低下させることがすでに報告されている点も見逃せません(文献5)。ヒトでも、マウス実験結果と同様に人工甘味料摂取が腸内フローラの変化に影響するのかについて今後の検討が待たれます。また、メタアナリシスから、人工甘味料は糖尿病の発症リスク要因となりうるという結果も得られています。 

人工甘味料入りソフトドリンクが、「脳卒中だけでなく、認知症発症要因にもなりうる可能性」を示唆した今回の結果は、安易に手の届く「ダイエット 」と冠されたソフトドリンクの暗部を照らし、「保護されるべき健康な認知機能」という市民の利益を損なうことのないよう、警鐘として捉えるべきだ、と感じるところです。 

文献1)Dhingra, R., Sullivan, L., Jacques, P. F., Wang, T. J., Fox, C. S., Meigs, J. B., ... & Vasan, R. S. (2007). Soft drink consumption and risk of developing cardiometabolic risk factors and the metabolic syndrome in middle-aged adults in the community.Circulation,116(5), 480-488. 

文献2Bernstein, A. M., de Koning, L., Flint, A. J., Rexrode, K. M., & Willett, W. C. (2012). Soda consumption and the risk of stroke in men and women.The American journal of clinical nutrition, ajcn-030205. 

文献3Gardener, H., Rundek, T., Markert, M., Wright, C. B., Elkind, M. S., & Sacco, R. L. (2012). Diet soft drink consumption is associated with an increased risk of vascular events in the Northern Manhattan Study.Journal of general internal medicine,27(9), 1120-1126. 

文献4Pase MP1, Himali JJ2, Beiser AS2, Aparicio HJ2, Satizabal CL2, Vasan RS2, Seshadri S2, Jacques PF2. Sugar- and Artificially Sweetened Beverages and the Risks of Incident Stroke and Dementia: A Prospective Cohort Study. Stroke. 2017 May;48(5):1139-1146. doi: 10.1161/STROKEAHA.116.016027. 


文献5Suez, J., Korem, T., Zeevi, D., Zilberman-Schapira, G., Thaiss, C. A., Maza, O., ... & Kuperman, Y. (2014). Artificial sweeteners induce glucose intolerance by altering the gut microbiota.Nature,514(7521), 181-186.

2017/04/25

愛し野塾 第118回 網膜症発症のリスク管理スケジュール(I型糖尿病)



「網膜症」は、糖尿病の合併症の中でも、失明に至る可能性が危惧される疾患です。わが国では、後天性視覚障害原因の19%を「網膜症」が占め、成人における視覚障害原因の第二位となっています(文献1)。また米国では「糖尿病性網膜症」は、失明に至る最大のリスク疾患としてあげられています。一方、網膜症進行を抑えるには、丁寧な血糖管理が効果的であること、糖尿病罹病期間が網膜症進行に寄与していることが、疫学調査から明らかになっています。わが国の統計から、1型糖尿病の場合、罹病期間5年未満で、網膜症の発症率は17%、15-19年になると81%と極めて高率になり、罹病期間の長期化に伴い 、網膜症の発症頻度は格段に高くなります。

ガイドラインでは、「5年以上経過した1型糖尿病患者の場合、少なくとも1年に1度は、眼科を受診し、網膜病変のスクリーニングを受けること」が求められて来ました。網膜病変である「増殖性網膜症」と「黄斑浮腫」は、いずれも失明に至る病態ですが、早期にこれらの病態が判明すれば、治療の可能性があります。「増殖性網膜症」に対しては、レーザー治療、「黄斑浮腫」に対しては、VEGF療法があり、失明に至る確率を顕著に低下させることができます。

眼症スクリーニングは、「失明予防の要」であることはいうまでもありません。しかし、「1年おき」という検査頻度は、古い疫学調査のデータに基づいたガイドラインであることや、現在までに開発された治療法も踏まえて、「スクリーニングの最適頻度」について、再評価が求められてきました。

30年に及ぶ長期研究である、DCCT研究(糖尿病管理と合併症研究)(1983年に開始、1993年に終了)とDCCT研究を引き継いだ長期観察研究(EDIC)研究(1994年から継続中)は、1型糖尿病患者の網膜検査を6ヶ月から4年おきに試行し、長期的な網膜症の経過について詳しく調査して来ました。この調査に基づいて、「1型糖尿病患者を対象とした網膜症進行の経時的変化」について、NEJM420日号で報告されました(文献2)。この論文では「網膜症進行のリスク因子」が明らかにされ、どのリスクを持つ人が、どのくらいの頻度で網膜症のスクリーニングを受けるのが妥当なのか、新たなガイドラインに結びつく重要な知見が得られたのです。

DCCT研究は、1983年から1989年の間に、13歳から39歳まで1,441人の1型糖尿病患者がリクルートされ、施行されました。第一介入コホートは、726人で、糖尿病罹病期間が1-5年、網膜症は認めませんでした。第二介入コホートは、715人で、糖尿病罹病期間が1-15年、軽症から中等症の非増殖性網膜症がありました。1993年にDCCT研究が終了し、その後の観察研究であるEDIC研究が開始され、1,375人(95%のDCCTコホート)が参加しました。

網膜の写真撮影は、1983年から2012年まで記録され、平均23.5年の経過観察期間を得ました。DCCT研究期間中は、1)711人が強化療法を受け、血糖をできるだけ正常に保たれるように厳格な治療が施され、2)730人が標準治療を受け、血糖目標値の設定は行わず、高血糖及び低血糖に至らないように注意して治療されました。平均6.5年の試験期間後は、全員、強化療法を受けるように指導を受け、近医に紹介されました。EDIC研究では、1年おきに評価をしました。

7方向立体眼底撮影法 によって、DCCT研究期間中は6ヶ月おきに、EDIC期間中は、4年おきに、網膜画像が撮影されました。重症度の判定は、画像解析によってETDRS分類を用いて評価されました。 グレード1は、網膜症なし、グレード2は、軽症網膜症、グレード3は、中等症、グレード4は重症(グレード1-4は、非増殖性網膜症)、グレード5は、増殖性網膜症あるいは、臨床的に明白な黄斑浮腫です。24,000枚の網膜写真のデータを元に、グレード1-4から、グレード5に悪化する確率が5%となる、眼症スクリーニング期間をマルコフモデルで算出しました。

結果

網膜症がない患者の場合、4年おきのスクリーニングで、グレード5の網膜症の発症が5%に至ることが明らかになりました。軽症の網膜症がある場合には、3年おきのスクリーニングで同様の発症リスクがあることが明らかになりました。中等症の網膜病変がある場合は、6ヶ月おきのスクリーニングで、重症の場合は、3ヶ月おきのスクリーニングで、グレード5に至る確率が5%に達することがわかりました。

また網膜病変の進行は、血糖管理値ともよく相関していることがわかりました。HbA1c6%の症例では、5年で眼症が出現する頻度は1%、HbA1c10%の症例では、3年で4.3%でした。過去20年間のデータを基にコスト算出を試みたところ、ガイドライン通りの一年おきのスクリーングではなく、この研究で得られた方法(網膜症のない場合(グレード14年のインターバル、軽症網膜症(グレード2)の場合3年、中等症網膜症(グレード3)の場合6ヶ月、重症(グレード4)の場合3ヶ月)を用いると、58%チェック頻度を減らすことができ、コスト削減が実現可能であるとの結論が得られました。つまり、眼底検査に要する費用が2万円(200ドル)することから、米国では、20年間では、1000億円のコスト削減になると推算されます。

しかし、こうした「エビデンスに基づいた検診スケジュール管理」を汎用すれば、「複雑化するスケジュール間隔によって、個々のかかりつけ医の受診勧奨意欲の低下を招く」といった懸念は看過できない、とエディトリアルのモンテフィオーレ医学センターのローゼンバーグ博士が述べています (文献3)。すなわち患者の最新の網膜症のグレードやHbA1c値に基づいて設定される、それぞれの眼科受診の間隔が異なれば、たとえWEBでアルゴリズムが入手可能としても、煩雑になることは間違いないため、実地臨床で患者を見ている医師が眼科受診勧奨を忘れがちになるというリスクがあると言うのです。実際、現在汎用されている、 1年おきの眼科受診といったシンプルなガイドラインですら 、全体の3分の1が受診していない、といった報告も、こうした懸念材料になっているのでしょう。

しかし、そう一刀両断すべきではないでしょう。私は、ローゼンバーグ博士の意見とは異なります。網膜症のレベルに応じて、次の眼科受診が1年おきではなく、4年おきや3年おきに伸びる人が半数以上に至るという事実は、むしろ患者の受診意欲向上に結びつくと思います。必ずしも、煩雑になるデメリットばかりではないと思います。実地臨床を生業とする一医師としては、患者に寄り添うダイナミックな臨床意欲を掻き立てる今回の結果は、歓迎です。

さて、実は、ローゼンバーグ博士は、解決しておかなければならない、もう一つの重要な課題を提起しています。 それは、VEGF療法を用いれば、糖尿病性網膜症の進行を止めるだけでなく、改善させる可能性、すなわち網膜の血流を増加させる可能性すらある、という医療技術に基づくものです。網膜症の治療方針が、グレード5への移行を阻止することよりもむしろ、「網膜の虚血部分をより高度なイメージング技術によって発見し、還流の悪い部位の積極的治療を施す」というスタンダードが採用されれば、眼底カメラの写真撮影以外の眼症精査が必要になり、その場合、今回の報告に基づいた受診スケジュールとは全く異なったものになる可能性が指摘されています。

こうした医療技術の開発を踏まえ、将来を見据えた議論をした上で、不要な受診勧奨を減らし、治療水準も上がるシステムへの移行が行われることが期待されるところです。また、この研究で示された1型糖尿病患者のデータをもとに、2型糖尿病患者の眼症スクリーニングにも、同様の修正が必要になるでしょう。早期に専門家によって詳細な検討、慎重な議論が行われることを願います 。

文献1
科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013 南江堂 pp85

文献2
DCCT/EDIC Research Group. (2017). Frequency of Evidence-Based Screening for Retinopathy in Type 1 Diabetes. N Engl J Med, 2017(376), 1507-1516.

文献3

Rosenberg, J. B., & Tsui, I. (2017). Screening for Diabetic Retinopathy. N Engl J Med, 2017(376), 1587-1588