2017/10/29

第141回 愛し野塾 新規糖尿病薬の知見(SGLT2特異的阻害の重要性)


 「糖尿病の合併症」といえば、「腎症・神経症・眼症」の3大合併症をまず頭に思い浮かべるかもしれません。しかし、生命リスクの観点から、細心の注意を払わなければならないのは、むしろ脳卒中・心筋梗塞に代表される「心血管病」の合併症である、と言っても過言ではないでしょう。死に至らずとも、日常生活自立度を低下させ、介護が必要になるなど、「心血管病」は、自立した生活の営みに甚大な影響を及ぼす「糖尿病合併症」です。
このため、この合併症の発症、及び進展の抑制を目的として、様々なトライアルが行われてきました。かつて「血糖正常化が合併症抑止の最善策である」という仮説のもと、大規模試験が行われました。しかし、残念ながら、「血糖を正常化する過程で生じる低血糖頻度の増加がもたらしたと考えられる死亡率の上昇」を認め、「糖尿病薬による心血管病抑止の可能性」という課題は一時保留されていたかのようでした。しかし、新規薬剤「SGLT2阻害剤」の開発によって、血糖をそれほど下げなくても、合併症が抑止できることが発表されたのです。
この薬は、尿中への糖の排泄を促進することで、血糖を下げるだけでなく、血圧低下、及び体重低下などの代謝改善作用を促します。2015年に発表された「EMPA-REG試験」の結果、SGLT2阻害剤の一つである「エンパグリフロジン」が、心血管死を38%低下させる効果がある、ということがわかりました(1)。2017年夏には、「CANVAS試験」の結果が発表され、別種のSGLT2阻害剤である「カナグリフロジン」にも、心血管病死の抑止効果が13%あることがわかりました(2)。加えて、北欧3カ国で行われた実臨床の観察研究(CVD-REAL NORDIC)では、約9万人の糖尿病患者を対象に、初期にSGLT2阻害剤(ダパグリフロジンが94%を占めるが、その他、エンパグリフロジン、カナグリフロジンを含む3種)を投与した場合と、そのほかの血糖降下剤(経口剤、注射剤)を投与した場合で比較検討され、その結果、SGLT2阻害剤は、他の血糖降下剤に比較して、心血管病死亡を47%も低下させたことが発表されました(3)。
こうしてSGLT2阻害剤の優れた心血管合併症の抑止効果は、確立されてきました。日本で使用出来るSGLT2阻害剤は、欧米で販売されている3種だけでなく、さらに3種類加えて、総計6種類となっています。SLGT2阻害剤全般が優れた心血管病抑止効果を有する可能性は高く、今後は使用頻度が高くなることが予想されます。
一方で、SGLT2阻害剤の利点を、安全性を確保しながら最大限活用するためには、「薬剤の副作用」の検証は欠かせません。実は、CANVAS研究で用いられた「カナグリフロジン」が四肢切断リスクを上昇させることが明らかとなり、SGLT2阻害剤全般に、四肢切断リスクがあるのか否かは、大きな関心事となっていました。
先ごろ、医学雑誌ランセットで、「まったく異なるデータソースに基づいた検証によって、カナグリフロジンの下肢切断のリスク上昇作用を確認したが、このリスクは他のSGLT2阻害剤使用では認められなかった」と報告されました(4)。CANVAS試験において、「カナグリフロジン」投与症例の四肢切断のリスクは、プラセボの2倍にも達しましたが、「エンパグリフロジン・ダパグリフロジン」投与症例では、同様のリスクは認められませんでした。そのため、この有害事象が、SGLT2阻害剤全般にわたる副作用なのかどうか、の検証が求められていました。
研究は、イタリアのパドア大学のファディニ博士らによって行われました。すべてのSGLT2阻害剤と、四肢切断術を施行された症例について、米国FDAの有害事象報告システムを用いて検討されました。2017年3月31日までの有害事象報告数は、921万7,555件でした。SGLT2阻害剤関連の四肢切断事例は、66例で、そのうちの57例(86%)が、カナグリフロジンの関与が疑われました。事例の平均年齢は約60歳、男性が大半を占めました。データ詳細検討が困難であった2例を除いた64例を調査をした結果、57例は、SGLT2阻害剤がもっとも疑われる原因薬剤として評価されました。
薬剤の平均使用期間は約1.5年で、対象となった症例のうち11%がもともと糖尿病性足病変を有していました。
有害事象の詳細については、外傷・壊疽・壊死・虚血が14例、骨髄炎や感染症が15例でした。最も多くみられましたのが、足の指の切断で、13例が足首よりも上のレベルでの切断、2例が複数個所の切断で、1人が手の切断が報告されており、3人の死亡例も認めらました。
カナグリフロジンによる、四肢切断の発症率は、1,000例あたり3.4例でした。これは非SGLT阻害剤による四肢切断発症率の5.33倍(P<0.0001)でした。ダパグリフロジンによる四肢切断発症率は、非SGLT2阻害剤による四肢切断発症率の0.25倍(P=0.163)、エンパグリフロジンの場合は2.37倍(P=0.054)でした。これらの結果から、カナグリフロジンによる四肢切断発症率の上昇は、SGLT2阻害剤によるクラス効果ではなく、カナグリフロジンに特異的に認められることが明らかにされました。
では、なぜ、カナグリフロジンは、ダパグリフロジンや、エンパグリフロジンと異なる有害事象を発症させてしまったのでしょうか?
著者らは、次のように考察しています。末梢動脈の病変や神経病変を有する糖尿病患者は、脱水をきっかけとした組織への還流の悪化が生じやすいことから組織の壊疽に発展する可能性が高く、SGLT2阻害剤の使用によって脱水が誘発され、結果として四肢切断を招いたのではないか、という短絡的な考えに陥りやすいだろう。しかし、実際に脱水症状を呈していたのは、四肢切断をした症例64例のうちのわずか3例でありこの推察は見当違いではないか、と述べています。
また、SGLT2阻害剤使用前には、糖尿病性足病変をきたしていた患者が少なかった(40%未満)という事実から、認められた四肢病変は、新たに生じた可能性が高いと考えられます。ダパグリフロジンやエンパグリフロジンにはない特徴で、カナグリフロジンに特異的な作用を解明することが必要です。
カナグリフロジンは、SGLT2阻害だけでなく、SGLT1も阻害する作用を比較的高く有し、SGLT1阻害作用と比べて、SLGT2阻害への特異性は、ダパグリフロジンに比べて7.4倍低く、エンパグリフロジンの17倍低いことが報告されています。こういった作用機序における低い特異性によって、腸管でのSGLT1阻害作用から、腸管での糖の取り込みが阻害され、腸内細菌叢に影響し、腸管pHは酸性化し、結果として、腸管からのカルシウムの吸収が促進すると考えられます。事実、動物実験だけでなく、患者症例でも、カナグリフロジン投与による血中カルシウムの増加を認めています。
血中カルシウム代謝異常が誘発した末梢動脈病変によって、血管抵抗は増大、また微小循環の障害が生じ、動脈閉塞を起こしやすくなります。これがカナグリフロジンの使用による四肢切断増加のメカニズムとして考えられるのです。
こうした考察から、本研究の筆者同様、現段階では、SGLT2阻害剤を処方する際には、期待する「心血管病変抑止効果」を最大限発揮させるために、SGLT1阻害効果を抑えたSGLT2を特異的に阻害する薬の処方を検討する方が、望ましいのではないか、考えるところです。


(1)Zinman, B., Wanner, C., Lachin, J. M., Fitchett, D., Bluhmki, E., Hantel, S., ... & Broedl, U. C. (2015). Empagliflozin, cardiovascular outcomes, and mortality in type 2 diabetes. New England Journal of Medicine, 373(22), 2117-2128.

(2)Neal, B., Perkovic, V., Mahaffey, K. W., de Zeeuw, D., Fulcher, G., Erondu, N., ... & Matthews, D. R. (2017). Canagliflozin and Cardiovascular and Renal Events in Type 2 Diabetes. N Engl J Med 2017; 377:644-657August 17, 2017DOI: 10.1056/NEJMoa1611925

(3)Birkeland, K. I., Jørgensen, M. E., Carstensen, B., Persson, F., Gulseth, H. L., Thuresson, M., ... & Bodegård, J. (2017). Cardiovascular mortality and morbidity in patients with type 2 diabetes following initiation of sodium-glucose co-transporter-2 inhibitors versus other glucose-lowering drugs (CVD-REAL Nordic): a multinational observational analysis. The Lancet Diabetes & Endocrinology, 5(9), 709-717.

 (4)Fadini, G. P., & Avogaro, A. (2017). SGTL2 inhibitors and amputations in the US FDA adverse event reporting system. The Lancet Diabetes & Endocrinology, 5(9), 680-681.

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2017/10/22

第140回 愛し野塾「オメガ6脂肪酸」の2型糖尿病の発症抑制作用




健康維持・増進の観点から、DHA・EPAに代表されるオメガ3系の不飽和脂肪酸が注目されています。一方で、オメガ6系不飽和脂肪酸である「リノール酸」の健康の是非については、議論の分かれるところです。DHA・EPAは青魚に多く含まれ、食事ガイドラインで、イワシやサンマの摂取を積極的に勧められています。かたや、リノール酸は、植物油に多く含まれており、例えばひまわり油の摂取などは、体に良いイメージがあります。
この概念を支持している米国心臓学会のガイドラインでは、摂取エネルギーのうち5-10%は、リノール酸から摂ることを推奨しています。一方で、オメガ6系不飽和脂肪酸は、オメガ3系不飽和脂肪酸とその作用が競合すること、また、代謝産物として炎症性のアラキドン酸を増やしてしまうことから、取りすぎには健康上問題がある、という考え方もあり、実際、フランスでは、全エネルギーの4%以下の摂取に抑えたほうがいいとしています。
我が国では、日本独自の研究成果が乏しく、推奨する摂取量が算出不可能といった厚労省の見解があるようです。こうした「各国での取り扱いの違い」から、オメガ6系不飽和脂肪酸摂取量については、信頼にたる科学的エビデンスに基づいた結論には未だ至っていない、と認識されています。
今回、オメガ6系脂肪酸摂取による2型糖尿病の発症抑制効果について、厳密な手法で大規模に精査した結果が発表されました(文献1)。今回はこの論文を見てみようと思います。
【方法】
オンライン検索エンジン「MEDLINE」を用いて、「前向き研究で、リノール酸、アラキドン酸の濃度(リン脂質、血清、コレステロールエステル、脂肪組織といった異なるソースを用いて測定していることは問題とせず、全脂肪酸の割合として表示されていることとした)を調べており、糖尿病の発症率を調査」していることを条件にしてピックアップした26個の研究のうち、20個の研究で本調査の参加許可が得られました。
参加国は、米国、アイスランド、オランダ、ドイツ、フィンランド、イギリス、スエーデン、オーストラリア、台湾、の10カ国、20本のコホート研究から構成された39,740人が対象となる、大規模研究となりました。研究開始時には、糖尿病の方がいないことが条件とされました。リノール酸、アラキドン酸などのバイオマーカーは、研究開始時に測定されているものとしました。
主たる評価項目は、オメガ6系不飽和脂肪酸摂取量と、2型糖尿病の発症率の関係でした。それぞれのコホートで試算後、データは統合的に解析されました
【結果】
年齢は、49歳から76歳、BMIは23.3から28.4でした。ほとんどの参加者は、ヨーロッパ系で、一部、アフリカ系、アジア系、ヒスパニック系も含まれる研究が認められました。36万6,073年・人の解析対象の中、2型糖尿病の発症は、4,347例ありました。多変量調整統合解析では、濃度を5分割した場合、濃度が高くなるにしたがって、2型糖尿病の発症リスクが有意に低くなることが明らかになりました(p<0.0001)。リノール酸の最大濃度と最低濃度の群を比較すると、43%もの、2型糖尿病発症リスクの有意な低下を認めました(P<0.0001)。リノール酸の測定を、リン脂質(14本のコホート研究で使用)、血清(6本のコホート研究)、コレステロールエステル(4本のコホート研究)、脂肪組織(1本のコホート研究)といった、異なるソースをもとに比較した結果、リノール酸が2型糖尿病を抑制する程度は、それぞれ、リン脂質で43%、血清で53%、コレステロールエステルで46%、脂肪組織で24%でした。リン脂質、血清、コレステロールエステルから得られたリノール酸値を用いた場合は、有意差を認めましたが、脂肪組織のリノール酸測定では、有意差を認めませんでした。脂肪組織のリノール酸測定をした研究は、1本のコホート研究であることが結果に影響していると考えられました。アラキドン酸濃度と2型糖尿病発症リスクとの間に相関は認められませんでした(濃度を5分割した場合のリスク比は、0.96、P=0.38)。
これら「リノール酸による2型糖尿病発症リスク減少」、「アラキドン酸と2型糖尿病発症リスクの関係」は、それぞれ、年齢、BMI,性別、アスピリン使用、オメガ3系不飽和脂肪酸濃度、FADS遺伝子変異によっても影響を受けませんでした。
【考察】
オメガ6系不飽和脂肪酸摂取が2型糖尿病の発症抑制を促すことが調査によって明確に示されました。植物油の摂取を増やせば、糖尿病発症リスクが43%も抑制可能である、という結果は圧倒的なインパクトのあるものです。かつて世界の食事療法の根幹を変えた「前向き・大規模研究であるPREDIMED研究」による「地中海食が2型糖尿病の発症リスクを52%抑制する(文献2)」という調査結果に続き、ほぼ同等の効果を表す結果といえるものでしょう。
この研究が高く評価された理由には、調査対象を、前向きのコホート研究に絞ったことで、研究のバイアスを抑えられたこと、また脂肪酸の摂取量推定値として、これまでの研究のような記憶に基づく食事質問表による算出ではなく、実際のバイオサンプルの測定値を採用したことから結果の信憑性が高いこと、20本のコホート研究との共同研究により、バイオサンプルをさまざまなソースから得られたことが挙げられます。また26本のコホート研究のうち20本の研究主催者が研究に参加協力し、パブリケーションバイアスを低減できたことも重要なポイントでしょう。
この研究の弱点は、脂肪組織から得られたリノール酸のデータが少なく統計的有意差が得られなかったこと、対象がヨーロッパ人種がほとんどであることから人種を超えた普遍性がある結果というには不十分であること、血中のリノール酸の濃度が、必ずしも食事摂取によるものだけを表しているものではない可能性があること、研究当初の濃度測定データ採用のみであり、経過観察をしていないことから、摂取量変化のバイアスについて考慮されていない点です。
しかし、さまざまなコンパートメントから得られた「リノール酸の総脂肪酸に占める割合」を、高い順番に5分割させると、最高レベル群で2型糖尿病発症リスクが43%低下、2番目のグループで33%低下、3番目のグループで、28%低下、4番目グループで26%低下と、容量依存性を認めていることから、得られた結果が正しい可能性は極めて高いと私は考えています。
基礎研究では、飽和脂肪酸であるパルミチル酸はインスリン抵抗性を上げ、オメガ6系不飽和脂肪酸は、インスリン抵抗性を改善する効果があることがすでに報告されており、今回の結果を支持するものとなっています。アラキドン酸は、炎症性のメディエーターとしてよく知られていますが、今回、「2型糖尿病発症促進効果がないこと」が示された意義は大きいと判断されます。
さて、この論文で得られた知見から、私たちの生活レベルでできることはどんなことでしょう。
2型糖尿病発症を40%以上も予防につながる、一日あたり、28個のピーナッツ、あるいは、ひまわり油やコーン油など植物油のさじ一杯分の増量は、ならば、なんだか出来そうですね!

 文献1
Lancet Diabetes Endocrinol. doi: 10.1016/S2213-8587(17)30307-8. [Epub ahead of print]
Omega-6 fatty acid biomarkers and incident type 2 diabetes: pooled analysis of individual-level data for 39 740 adults from 20 prospective cohort studies.
Wu JHY

文献2
Diabetes Care. 2011 Jan;34(1):14-9. doi: 10.2337/dc10-1288. Epub 2010 Oct 7.
Reduction in the incidence of type 2 diabetes with the Mediterranean diet: results of the PREDIMED-Reus nutrition intervention randomized trial.

2017/10/11

第139回 愛し野塾 持続血糖モニターの威力





持続血糖モニターの威力

糖尿病の患者さんが、健康な生活を送る上で最も重要なことは、合併症の発症を予防することでしょう。そのためにまず注意することは、血糖値が高くなりすぎたり、低くなりすぎたり、ということなく、正常範囲内での血糖管理を継続することです。しかし、気をつけなければならないことは、血糖が高すぎる(高血糖)、また低すぎる(低血糖)といった状態でも、ほとんどの場合で自覚症状がなく、生命リスクに至るまで気がつかないことが、あるということです。
したがって、糖尿病の患者さんの健康生活を維持するためには、血糖管理の精度を上げる必要があります。つまり、血糖値の動態をどう客観的に捉え、いかに対処するか、が鍵になるのです。インスリン注射をしている方は、特にこの問題に直面する頻度が高くなるため、自己血糖測定をすることで、ある程度の対処をしているのが現状です。しかし、最大でも一日4-5回程度の血糖測定の頻度では、激しい運動や宴会での大食後、また就寝中など、日常のあらゆる活動状況に伴った血糖値の大きな変化をリアルタイムで捉えるには限界があります。24時間持続血糖モニターの装着が可能になれば理想的ですが、その保険適応は、インスリンポンプをしている方に限られており、多くの糖尿病患者さんには高嶺の花でした。
こうしたなか、2017年7月、フラッシュ グルコース モニタリングシステム(FGM)、フリースタイル「リブレ」(アボット社製)に関する、日本糖尿病学会理事長 門脇先生の声明が発表されました(文献1)。9月1日より、保険適応となった「リブレ」は、皮下間質液中のグルコール濃度を、15分おきに14日間測定可能な画期的なデバイスです。データは、直径3.5cm、厚み⒌mmのデバイスに蓄積され、データを数秒でダウンロードできます。また、随時、携帯リーダーを用いて、リアルタイムのデータも確認することができます。このデバイスを用いることで血糖コントロールの改善が可能であることが、1型、及び2型の糖尿病患者を対象とした調査によって報告されました(文献2)。例えば、「インパクト研究」では、23ヶ所のヨーロッパの医療機関で、241人の1型糖尿病(血糖コントロール良好な方で平均HbA1c 6.7%)の方を対象に、リブレ使用群と自己血糖測定群の2群に無作為に割付け、その結果、6ヶ月後に、HbA1c値を維持しながら、リブレ使用群は、自己血糖測定群に比較して、低血糖状態と判定される時間が、1日あたり1.25時間(38%)も有意に減少していました(P<0.001)。また「リプレイス研究」では、22ヶ所のヨーロッパの医療機関が参加し、一日複数回のインスリン投与をしている患者さん224人を、リブレ使用群と自己血糖測定群の2群に無作為に割付け、6ヶ月後にその効果を比較した結果、リブレ使用の65歳以下のグループのHbA1c値は、0.3%もの有意な低下を認めました(P<0.05)。また低血糖の頻度は、リブレ使用群で43%有意な低下を認めました(P<0.001)。
こうした結果から、今後、日常臨床にリブレを採用すれば、血糖コントロールが困難な症例でも、よりよい血糖管理が期待され、危険な低血糖の頻度も抑えられる可能性が高まるでしょう。この装置では、これまで不可欠であったキャリブレーションが不要で、手間がかなり簡便化され、使用者に不評だった異常値を知らせるアラームが除去されており、使い勝手の良さが売りとなっています。
さて、持続血糖モニター「リブレ」の話題はさておき、1型糖尿病を患う妊婦の方に、持続血糖モニターを適用することで、血糖コントロールが改善するだけでなく、そのうえ新生児のアウトカムも有意に改善することが報告ました(文献2)。論文は、カナダのファイグ博士らが、9月15日号のランセットに発表したばかりです。
妊娠時、母親が1型糖尿病に罹患している場合、妊婦の子癇(妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こし、てんかんや二次性痙攣が否定されるもの)発症や帝王切開の頻度の上昇が報告されています。さらに新生児についても、奇形率、早産率、巨大児発症率、また新生児集中治療室への入室率などのリスクの増大があることも報告されています。「適正な血糖管理こそが、母と生まれてくる子の様々な健康リスクを回避できることは明確である」、にもかかわらず、1型糖尿病の血糖コントロールは極めて難しく、事実、ガイドラインで提唱された厳しい血糖管理値を実現できている方は、わずか15%程度、また新生児の2人に1人は、母体の高血糖に伴う何らかの合併症を発症することが報告されています。しかし妊娠初期の厳格な血糖管理が、低血糖リスクを上昇させ、何と妊婦では非妊婦に比較すると低血糖の頻度は、5倍にも増えるといった報告もあるのです。
持続血糖モニター装置によって、リアルタイムで血糖値を認知できれば、簡便に、妊婦の安全、かつ適切な血糖管理を可能とし、結果として、生まれてくる子の合併症の発現を回避できるようになるだろう、という期待のもとで、今回の調査研究が行われました。すでに行われた研究では、規模が小さく結論を得ることができなかったといった反省も踏まえ、適切な統計処理可能な規模での調査が綿密なプランのもと設定されました。
【対象】
1型糖尿病を12ヶ月以上患っている18-40歳の女性のうち、強化インスリン療法を、1日に多数回の自己注射あるいはインスリンポンプで行なっている妊婦、あるいは計画妊娠による妊婦を対象としました。
妊婦は、エコー検査によって、1)胎児が1人、2)13週と6日以下の月齢、3)HbA1cが6.5-10%、であれば、登録可能としました。また計画妊娠による妊婦においては、HbA1cが7.0-10%であれば登録可能としました。
妊婦を対象に、無作為に持続血糖モニター装着群(以下、持続血糖モニター群)と自己血糖測定群に割り付けられました。持続血糖モニター群(iPro2プロフェショナルCGM、メドトロニック社製)の条件は、1)ラン・イン期間は6日間、2)24時間連続使用時間を含む、3)少なくとも96時間の装着があること、4)最低4回以上(1日あたり)の自己血糖測定をしている、とされました。本試験では、ガーディアン・リアルタイム、あるいはミニリンクシステム持続血糖モニター装置が装着されました。
それぞれの項目の目標管理値は、血糖値は63mg/dlから140mg/dl、HbA1cは、妊婦で6.5%、計画妊娠による妊婦で7.0%と設定されました。インスリン量はアルゴリズム法を用いて調節されました。自己血糖測定は、少なくとも1日に7回(毎食前後と夜間就寝前)行われました。
【結果】
2013年から2016年までの期間、325人(妊婦215人、計画妊娠110人)が試験登録されました。妊婦215人は、持続血糖モニター群108人、及びコントロール群が107人に割り付けられ、それぞれ107人ずつが最終的に試験対象となりました。計画妊娠による妊婦は、持続血糖モニター群53人、コントロール群57人となりました。被験者の大半は、ヨーロッパあるいは地中海出身で、大学卒業と学歴が高く、非喫煙者で、長期にわたり1型糖尿病罹患歴がある妊婦でした。インスリン使用量は、妊婦で体重Kgあたり、0.69-0.76単位で、計画妊娠による妊婦で、体重Kgあたり0.61単位でした。HbA1c値は、妊婦で6.83%-6.95%、計画妊娠による妊婦で7.57%でした。1週間あたりの持続血糖モニターの使用時間は、妊婦で6.1日、計画妊娠による妊婦で6.2日使用と変わりありませんでした。
【血糖コントロール】
妊婦・持続血糖モニター群は、ベースラインから妊娠34週までの比較で、HbA1cは、コントロール群に比較して0.19%程度と少ないながらも有意な低下を示しました(P=0.0207)。血糖管理が改善した要因として、血糖変動の有意な減少が見られたこと(血糖値の標準偏差は、持続血糖モニター群:2.2、コントロール群:2.4、P=0.0359)、目標血糖値の範囲内に維持されている時間が有意に長かったこと(持続血糖モニター群:68%、コントロール群:61%、P=0.0034)が指摘されました。
さて、血糖改善には多くの場合、インスリン量の増加、低血糖頻度の上昇、体重増加などの有害事象が付きまといますが、そういった現象は認められませんでした。妊婦の高血圧発症、子癇発症、帝王切開、早産発症の頻度については、持続血糖モニター群とコントロール群間に差を認めませんでした。
【新生児のアウトカム】
在胎不当過大児の頻度は、持続血糖モニター群で、コントロール群に比べて有意な低下(49%低下、P=0.021)を認めました。また、出産後24時間以内の新生児集中治療室への入院率は、持続血糖モニター群でコントロール群に比較して55%もの低下(P=0.0157)を認めた上に、入院した新生児症例においても、デキストロース静脈注射の頻度の有意な低下(55%の低下、P=0.025)、及び入院期間の有意な低下(P=0.0091)を認めました。計画妊娠による妊婦については、34人と症例数が少なく、有意差を求める統計処理に不適と判断されました。
【有害事象】
有害事象数は、持続血糖モニター群で、コントロール群に比較して、多く見られました。最も多く見られた有害事象は、「皮膚反応」で、妊婦では、持続血糖モニター群:48%、コントロール群:8%、計画妊娠による妊婦では、前者:44%、後者:9%でした。重篤な有害事象数は少なく、吐き気と嘔吐を7例に認めました。
【議論】
妊婦に持続血糖モニターを装着することによって、新生児のアウトカムの改善が明らかになりました。妊婦のHbA1c値の低下はわずかとはいえ、持続血糖モニターに用いることによって、目標血糖を達成した時間は、1日あたり1.7時間増え、一方で高血糖暴露時間は、1日あたり1時間も少なくなりました。この妊婦の高血糖暴露時間の減少が、新生児の健康状態を改善したと示唆されています。
今回の試験によって幾つかの問題点も浮き彫りになりました。高いモチベーションを持っていた被験者である一方で、実際、持続血糖モニターの稼働時間の目標である「75%以上の使用率」を達成した方は、わずか70%でした。持続血糖モニターのキャリブレーション、アラームなど、デバイス操作の煩雑さが理由とされ、実際、予定外に医療機関へコンタクトする回数が増えたようです。
冒頭で述べた、先月国内で承認された「リブレ」は、キャリブレーション不要、かつアラーム装置も付いていないことから、煩雑さが軽減されました。今後「リブレ」を用いた同様の研究結果が期待されます。
日常臨床においても、血糖が設定値を超えるとすぐにアラームが鳴るのは、便利なようで、その頻度が高いと、心身ともに疲れるという声が聞かれます。また、持続血糖モニター装置とインスリンポンプが自動で連結されているデバイスが望ましいという指摘もあります。血糖値の変動に合わせて、即インスリン供給量を自動調節できることは大きな魅力です。
本研究の調査報告によって、今後、新生児の健康を守る観点から、妊娠1型糖尿病患者の持続血糖モニターの利用は検討されるべきで、ガイドラインに記載されることは間違いないと思うところです。
デバイス機能についても患者の声に耳を澄まし、解決していくことが期待されます。

文献1
文献2
Ramzi A. Ajjan, FRCP, MMedSci, PhD, Diabetes Technol Ther. 2017 May 1; 19(Suppl 2): S-27–S-36. Published online 2017 May 1. doi:  10.1089/dia.2017.0021 PMCID: PMC5444484

文献3
10.1016/S0140-6736(17)32400-5. [Epub ahead of print]
Feig DSら、Continuous glucose monitoring in pregnant women with type 1 diabetes(CONCEPTT):  a multicentre international randomised controlled trial.

2017/10/02

第138回 愛し野塾 胃バイパス術の有効性と課題


胃バイパス術の有効性

「肥満」は、今や欧米に限らずアジア圏でも重点課題であることは言うまでもありません。肥満治療のための食事療法や運動療法に関しては、研究技術の発展によって最新のアプローチが次々検証されています。しかし、未だ適正体重に及ばない、また適正体重を維持することが非常に困難であると苦悩する肥満患者が取り残されているのが現状です。肥満によって、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった合併症が悪化すれば、生命に関わる心血管病リスクが高まります。そのため重度肥満者の減量のために外科的な手段が取られるようになりました。胃を小さくしてすぐに満腹に感じさせるようにする、あるいは、食物が胃を通過しないように直接腸に至るようにするバイパス手術が、一定の効果を上げることがわかり、注目されるようになりました。
さて、腹腔鏡下スリーブ状胃切除術は、胃のサイズを小さくする手術で、2016年4月から、保険適応となり、多くの肥満者に門戸が開かれました。対象となるのは、1つ目に、6ヶ月以上、内科的治療が行われているにも関わらずBMIが35以上であること、二つ目に高血圧、糖尿病、脂質異常症のいずれか一つ以上を有していること、が手術適用の条件となっています。これにより、かつて自費で約200万円という高額な治療が、現在、保険適用によって16万円程度で受けられるようになりました。
国内での当分野でのフロントランナーは、四谷メディカルキューブの笠間先生のグループです。最新の論文で、東北大学などとの共同研究で、298人に手術を行い、術後12ヶ月後の糖尿病の寛解率が80%を越えたことを発表しています(文献1)。日本国内の当外科術の対象となる肥満患者数は少なくとも推定60万人ともされ、それぞれの症例に適した治療の選択肢を拡大することは火急の問題です。
さて、日本では、せいぜい1年程度のアウトカムのデータしかありませんが、欧米では、バリアトリック術の経験は長く、今回、米国ユタ大学アダムス博士らによって12年の経過を観察した結果が医学誌NEJMに報告されました。長期にわたって経過観察が施行され、リスクも含めた解析結果の詳細が明らかになったのははじめてです(文献2)。
【対象】
前向きの観察研究として、2000年に開始されました。1,156人が、ソルトレークにある、バリアトリック外科センター、ロッキーマウンテンアソシエイティッドフィジシャンに、ルーワイ手術を希望し受診、そのうちの418人がルーワイ術(胃全摘後、食道と小腸をつなぎ十二指腸を閉じる手術)を受けました(外科術群)。手術を受けなかった残り417人(非外科術群1)は、保険適用がないことが受けなかった主たる理由でした。同時に一般市民の中から、重度の肥満症例である321人(非外科術群2)を選択し試験登録しました。登録対象条件は、18から72歳、アルコールや麻薬依存症がなく、これまでバリアトリック術を受けたことがないこと、胃・十二指腸潰瘍がなく、過去6ヶ月に心筋梗塞の既往がない、過去5年の間に癌の罹患がないこと、とされました。
一次評価項目は、「体重減少、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症の発症率、寛解率」でした。「寛解した2型糖尿病」は、空腹時血糖が126mg/dl未満、HbA1cが6.5%未満、糖尿病薬を使っていないこと、と定義されました。
【結果】
亡くなった患者を除いて、12年後の時点で評価できたのは、外科術群で99%(392人中388人)、非外科術群1は96%(378人中364人)、非外科術群2は99%(303人中301人)と極めて高率でした。また12年間に、非外科術群1の417人のうち147人(35%)が、非外科術群2の321人のうち39人(12%)がバリアトリック術を受けました。
【体重】
外科術群では、術後2年で46.8Kgの低下、6年で37.3kg低下、12年で、35.5Kgの低下を認めました。非外科術群1は12年で、体重2.9Kg低下、非外科術群2では、1.0Kgの低下を認めました。「外科術群」の減量に対する効果は顕著でした。外科術群の体重減少率は、術後2年、6年、12年を通して、全症例のうち93%の方が少なくとも10%の体重減少、70%の方が少なくとも20%の体重減少を認め、387例中4例(1%)のみ、体重増加を認めました。
【糖尿病発症率、寛解率、死亡率】
糖尿病発症率は、外科術群で3%と低く、非外科術群1及び2ともに、26%と高い値を示しました。つまり外科術を受けた場合の糖尿病発症率は、受けなかった場合に比較すると、わずか8-9%にまで抑えられることがわかりました(P<0.001)。
高血圧の発症率、脂質異常症(高LDL―C血症、高中性脂肪血症、低HDL―C血症)の発症率も同様に外科術群で有意に低いことがわかりました(高血圧は23%、高LDL―C血症は12%、高中性脂肪血症は15%、低HDL-C血症は17%で、いずれもP<0.001、中性脂肪のみP<0.05)。
糖尿病の寛解率は、外科術12年後には51%に達しました。非外科術群1と比較すると8.9倍、非外科術群2と比較すると14.8倍も有意に高いことがわかりました(いずれもP<0.001)。術前に治療薬を用いていなかった症例では、73%の極めて高い寛解率を認め、術前に経口剤のみでの治療経験のある症例では56%、術前にインスリン治療を行っていた症例でも16%の寛解率を認め、糖尿病の重症化に伴う寛解率の低下が示唆されました。
高血圧の寛解率は、外科術で高く、非外科術群1と比較し有意差を認めましたが、非外科術群2との間に有意差を認めませんでした。脂質異常症の寛解率は、すべての因子(LDL-C,TG,HDL-CI)で、外科術群で有意に高く、3.3倍から18.6倍の差を認めました。
死亡率は、外科術群は、非外科術群1に比較して有意に低く、非外科術群2との比較では有意差を認めず、さらに非外科術群全体との比較でも有意差を認めませんでした。「外科術後に自殺者が多いという論文報告がある」という査読者の指摘により、自殺率を精査したところ、外科術群後の5例、非外科術群1で、2例の自殺症例を認めました。また非外科術群の自殺2症例は、外科術後の出来事であることも確認されました。非外科術群2では自殺を認めず、結果として外科術を受けたもののみに、7人もの自殺者がいることが明らかになりました。
【議論】
今回の研究の成果から、ルーワイ法を用いたバリアトリック術により、12年で26.9%もの体重減少を認め、肥満治療に劇的な効果があることが明らかとなりました。2013年のスウェーデンの報告(SOS研究)でも、ルーワイ法バリアトリック術では、術後10年で体重25%低下と報告され、これとほぼ同様の結果となりました。これらの調査からルーワイ法は、減量について長期的効果があることが証明されたと言っても過言ではないでしょう。SOS研究で用いられたルーワイ法は、術式として採用された対象者は非常に少なく、主にガストリックバンディング法が用いられて、その差異から生じたと推測される糖尿病の寛解率の差が認められました。SOS研究では術後10年で糖尿病寛解率は36%にとどまりましたが、本研究では、術後12年で糖尿病寛解率51%と良好な値を示しています。現在ガストリックバンディング法は行われておらず、ルーワイ法が主流となっています。この流れは正しいものと考えられます。
本研究では、術後12年の段階で、91-92%も抑制されることが明らかとなった「糖尿病の発症率」も朗報となりました。SOS研究では、バリアトリック術後10年で発症率の抑制は83%でした。インスリン抵抗性の改善、及びインスリン分泌促進効果がバリアトリック術によって促進されると基礎研究から示唆されてきました。今回の調査で認められた外科術による高い糖尿病寛解率や糖尿病発症予防効果はこれらの説を強く支持する結果だと考えられます。
さて最大の問題は、バリアトリック術後の自殺者の増加です。すでに同様の報告を認め、議論されてきました。リスク因子として(1)35歳以下の若年層、(2)ホルモンの変化、(3)合併症が術後も引き続きみられること、(4)術前にうつ病あるいは気分変調をきたす疾患があること、(5)術後もQOLが良くならないこと、(6)社会生活、人間関係、性生活の問題、(7)幼少時の低栄養の問題、などが挙げられています。術後1ヶ月は、SSRIが腸管からの吸収低下により効果が限定されると推測され、すでに摂食障害治療を目的に精神科領域で処方されている向精神薬がある場合、薬効の変化がリスク因子となりうるのではないか、と推測しています。しかし調査中に自殺した7症例の詳細は不明であり、リスク因子も含め今後、詳細な解析と報告は必須でしょう。現状では、ハイリスクの肥満症例については、精神科領域に関わる病態及びその治療法を精査し、また術後のモニタリングを条件に、手術を適用することが求められると思います。