2016/06/28

第76回 愛し野塾 2型糖尿病に伴う合併症治療の真髄に迫る?

 

 WHOの報告では、糖尿病患者数は、世界の18歳以上の8.5%を占め、現在も増加の一途をたどっています。国民栄養調査によりますと、日本人男性の16%、女性の10%が糖尿病に罹患しているとされ、もはや国民病と言っても過言ではないでしょう。

 糖尿病の主たる症状である高血糖は合併症を引き起こします。高いグルコース濃度に暴露されることによって、大血管や細小血管は、障害を生じます。大血管障害は、心筋梗塞・脳卒中・下肢動脈閉塞を誘発し、生命予後に重大な影響を及ぼします。一方、細小血管障害は、眼症・腎症・神経症を誘発し、結果として失明したり、透析治療が必要になったりと、日常生活に支障をきたすおそれがあります。2012年だけで、糖尿病に関連する死亡数は、世界で150万人と推定されました。

 さて、糖尿病に因る関連死を減少させることを目的に、多数の薬剤開発がなされ、糖尿病治療は進化しているようにみえます。しかし、実際、大血管障害や細小血管障害を防ぐのに十分な効果があるのかどうか、いまだ明確な答えはでていません。現状では、ガイドラインに即した、食事管理、運動療法、また旧来型の血糖降下剤の服薬やインスリン注射を施行したとしても、合併症の予防は難しく、判然としない段階にあるのです。

 この10年の間に新薬として認可されたものは、GLP-1アナログ、DPP-IV阻害剤、SGLT2阻害剤の3つの種類があり、これら薬剤による合併症予防効果が期待されてきました。最初の2種類(GLP-1アナログ、DPP-IV阻害剤)の薬は、インスリン分泌を促進させることによって血糖降下作用を惹起することが知られています。3つ目のSGLT2阻害剤は、尿中への糖の排出を促進させて血糖を安定化させ、体重減少・脂質低下・尿酸低下・酸化ストレスの低下を促します。残念ながら、最近の大規模臨床試験の結果によって、DPP-IV阻害剤は、合併症予防効果については否定的な見解が得られています。しかし、今回、GLP-1アナログとSGLT2阻害剤の糖尿病合併症予防効果を肯定する結果が相次いでNEJMに報告されました。

Empagliflozin and Progression of Kidney Disease in Type 2 Diabetes.
Wanner C, Inzucchi SE, Lachin JM, Fitchett D, von Eynatten M, Mattheus M, Johansen OE, Woerle HJ, Broedl UC, Zinman B; EMPA-REG OUTCOME Investigators. N Engl J Med. 2016 Jun 14

Liraglutide and Cardiovascular Outcomes in Type 2 Diabetes.
Marso SP, Daniels GH, Brown-Frandsen K, Kristensen P, Mann JF, Nauck MA, Nissen SE, Pocock S, Poulter NR, Ravn LS, Steinberg WM, Stockner M, Zinman B, Bergenstal RM, Buse JB; LEADER Steering Committee on behalf of the LEADER Trial Investigators. N Engl J Med. 2016 Jun 13

 まず、SGLT2阻害剤のひとつ「エンパグリフロジン」についてお話ししましょう。大規模臨床試験「EMPA-REGトライアル」では、心血管病既往あり、腎機能は良好(eGFRが少なくとも30以上)な患者を対象に、2015年には「大血管障害への効果」について報告されています。その結果、同薬を既存の治療に追加投与すると、「心血管病による死亡が、プラセボ投与群に比較して38%有意に低下している」ことがわかり、注目を集めました。大血管障害による死亡が有意に減少していたという事実は大きなインパクトを医学界に与えました(詳細は、愛し野だより第362号をご覧ください)。しかし、心筋梗塞と脳卒中の発症率の低下を認めず、不安定狭心症による入院数の減少も認められませんでした。最新の発表では、この報告に加え、同薬「エンパグリフロジン」による細小血管障害の予防効果について報告がありました。試験のアウトカムは、尿中のアルブミン排泄量の増加(尿中アルブミンが300mg・Cr gram以上となる)、腎機能の悪化(クレアチニンが2倍になる比率)、腎移植、及び透析への移行率、腎疾患での死亡率の分析調査によって行われました。

 42カ国590カ所の7,020人を対象に試験が行われました。エンパグリフロジン投与治療によって、腎臓疾患の発症、悪化したケースは、12.7%で、プラゼボ投与群に比較して、39%の減少を認めました(p<0.001)。クレアチンの値が倍増したケースは、同薬投与群で、1.5%、プラセボ投与群に比較して44%のリスク低下作用を認めました(p<0.001)。透析術・腎移植を受けたひとは、0.3%で、プラセボ群に比較して50%のリスク低下を認めました(p=0.04)。

 プラセボ投与群に比較して有意に高い率で生じた「エンパグリフロジン」の副作用として、陰部感染症を認めました。さらに、頻度としては低かったとはいえ、「尿路感染に伴う敗血症」がプラセボ投与群より約2倍多かったことは臨床上懸念される副作用であり、泌尿器系の感染症には特段の注意を払う必要がありそうです。尿量を常に多めに保つこと、排尿障害を認めたときには、即座に感染症を疑って、検査体制を整えることが必須であると指摘されています。
 副作用への注意喚起が必須であるとはいえ、今般の「エンパグリフロジン」の腎機能障害の進行を食い止める作用は、昨年の心血管病死のリスクを減少させるという報告と相乗して、「糖尿病の合併症予防に効果的である」ことは明白で、糖尿病治療を刷新させたといえるインパクトのあるもののようです。
 
 LEADER研究では、GLP1アナログである、1.8mgの「リラグリチド」を、皮下注射し、有効性について、9,340人の患者(4,668人がリラグリチド、4,672人がプラセボ)を対象に、42ヶ月から60ヶ月経過観察が行われました。糖尿病の罹病期間は12年で、試験開始時の平均HbA1cは8.7%でした。プラセボに比較してリラグリチド投与群では、血糖の低下(36ヶ月で、0.4%の低下)、体重の減少(36ヶ月で2kg)、収縮期血圧の低下(36ヶ月で1.2mmHg)を認めました。心血管病による死亡率、非致死性の心筋梗塞、脳卒中発症率を混合したものをアウトカムに設定したところ、リラグリチド投与群で有意に低下を認め(リラグリチド投与群で13%、プラセボ投与群で14.9%、(p<0.001))ました。心血管病死は、リラグリチド投与群で22%有意に低下(p<0.007)、全死亡率も15%有意に低下(p=0.02)していました。腎疾患の発症は、22%有意に低下(p=0.02)、網膜症は15%上昇(有意差なし)という結果を認めました。大血管障害予防への優れた効果は臨床上非常に興味深いものです。心筋梗塞、脳卒中、心不全の入院数に差を認めませんでしたが、胆嚢結石症は、リラグリチド投与群で有意に多く(リラグリチド投与群で143例とプラセボ群で90例 P<0.001)、膵臓癌は、リラグリチド投与群で13例とプラセボ群で5例と、2群間に有意差はありませんでした(P=0.06)。リラグリチド投与群では、消化器系の副作用が多く、プラセボ投与群に比較して、30%も増加しており、副作用を理由に治療を中断するかたも多く認められました(P<0.001)。副作用の症状として、吐き気、嘔吐、下痢が有意に多く認められました。今後は、治療継続を可能とする副作用への取り組みが必須でしょう。

 上述の研究報告から、エンパグリフロジン、リラグリチドといった、SGLT2阻害剤、GLP1アナログに属する薬剤が、糖尿病合併症予防をもたらす新規薬剤として中心的役割を果たしていくものと考えられます。両剤とも、血糖降下作用以外の、体重減少作用、及び血圧低下作用が、合併症予防に好影響を及ぼしたものだと考えられます。副作用の観点から、エンパグリフロジンについては、尿路感染症の既往患者には使用しない、リラグリチドについては、消化器系疾患の既往患者には、特段の注意をするなど、臨床上注意も怠らず今後検討されるべき課題だと思います。

第75回 愛し野塾 地中海式ダイエットの体重・腹囲に及ぼす影響は?!



オリーブオイルやナッツを豊富に含む食事である「地中海式ダイエット」は、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管病に対する予防効果があるという観点から注目を集めてきました。スペイン・バルセロナ大学のエストラック博士によって主導された「プリディメド」と呼称される大規模研究が、2013年にNEJMに発表されたときの衝撃は記憶に新しいところです。この食事療法を守ることによって、30%もの心血管病予防効果があること、加えて、30-40%の糖尿病発症予防効果もあることが報告されたのです。これ以前は、運動療法や薬物療法でもこれだけ顕著な効果をもたらすものは知られておらず、疾病予防に及ぼす地中海式ダイエットの優れた有効性が広く知れ渡ったのです。
 
 さて、この食事療法では、オリーブオイルやナッツが多く使われることから、その含有脂質として摂取されるカロリーが増えることになり、結果として体重増加が懸念されるのではないかと指摘されてきました。体重増加によって肥満度が上がれば、心血管病の有病率、死亡率を上昇させ、2型糖尿病、癌、骨格筋の病気を誘発すると考えられています。
 
 今回、ランセット誌に、地中海式ダイエットが体重と腹囲に与える影響について検討した結果が、エストラック博士らにより発表されましたので、解説したいと思います
 
Estruch, R., Martínez-González, M. A., Corella, D., Salas-Salvadó, J., Fitó, M., Chiva-Blanch, G., ... & Serra-Majem, L. (2016). Effect of a high-fat Mediterranean diet on bodyweight and waist circumference: a prespecified secondary outcomes analysis of the PREDIMED randomised controlled trial. The Lancet Diabetes & Endocrinology.
 
 研究では、7447人の2型糖尿病、あるいは、高血圧などの血管病リスク因子を複数有する方を対象とされました。自覚症状のない男性(55歳から80歳)及び女性(60歳から80歳)、平均年齢は67歳でした。97%はヨーロッパ系白人でした。対照ダイエットとして「脂質摂取を減らすようにとアドバイスをうけた群」(2450人)と、「エクストラバージンオイル(2543人)あるいはナッツ(2454人)を豊富に含む地中海式ダイエットを施行するそれぞれの群」に無作為に割り付けられました。90%以上が肥満と診断され、平均BMIは29.7から30.2でした。研究からの脱落者は、対照食摂取群が277人、エクストラバージンオリーブオイル摂取群が155人、ナッツ摂取群が91人でした。
 
 試験期間中、地中海式ダイエットによって摂取量が増加したのは、野菜・穀物・フルーツ・魚でした。一方、減少したのは、肉・スイーツ・乳製品でした。総カロリー摂取量は、いずれの群でも減少しましたが、コントロール食の摂取群が、地中海式ダイエットに比較して有意な減少がありました(P<0.0001)。脂質が全体の摂取カロリーに占める割合は、5年経過で、コントロール食摂取群では40%→37.4%と減少しましたが、オリーブオイル摂取群では、40%→42%と上昇、ナッツ摂取群でも、40%→42.2%と増加していました。つまり、地中海式ダイエットのグループでは、低脂肪食グループに比較して、全カロリーに占める脂質の割合は、有意に高いことが認められました。
 
<体重> 4.8年の観察期間で、3つのダイエット群のいずれにおいても、わずかな体重減少が認められました。コントロール食摂取群に比較して、エクストラバージンオリーブオイル摂取群は、0.43Kgの体重減少、ナッツ摂取群は、0.08Kgの減少がありました。
 
<腹囲> 体重減少の一方で、腹囲はいずれの群も増加を認めました。グループ間の比較では、コントロール食摂取群に比較して、エクストラバージンオリーブオイル摂取群で、0.55cm少なく、ナッツ摂取群は、0.94cm減少していました。
 
食事療法のガイドラインでは、一般に低脂肪食が推奨されてきました。飽和脂肪酸摂取量を抑制することによって、血中コレステロールが低下し、その結果、心血管イベントが低下すると考えられていたからです。しかし、現在多くの批判によって見直されてきました。第一に、炭水化物と比較して、飽和脂肪酸は、LDLのサイズを増加させ、アポBの濃度には影響を与えず、HDLの濃度を上げ、VLDLに含まれるTG濃度を下げること。第二に、食事性の脂肪や蛋白摂取を減らす代償としてでんぷん質や、糖分摂取が増えること。第三に、従来の食事療法のガイドラインでは、健康によいはずの不飽和脂肪酸を多く含む植物性オイル・ナッツ類・魚の摂取までもが制限されてしまうからです。
 
未だ欧米では、全カロリーに占める脂肪の割合を35%未満にすることを推奨しており、WHOにいたっては、さらに低く、30%を推奨しています。世界的な肥満パンデミックの状況下、この「カロリー摂取恐怖症」というべき事態はよく理解できます。持続的な過剰なカロリー摂取の結果、肥満となる、だから、カロリーを減らすべきだ、脂質摂取は単純に総カロリー量を上昇させやすのだから脂質制限がカロリーカットに有効であるというロジックです。短期的には体重を減少させるためにカロリー制限は有効な方法でしょう。しかし、長期的視野から、カロリー制限が有効であるかは定かではなく、過去10年に出版された論文を精査してみても、むしろ、高脂肪食のほうが、低脂肪食よりも、体重減少が認められたと結論付けられるのです。
 
今回、発表になったエストラフ博士らの論文によって、この考え方の正当性が確認されたといえましょう。ナッツや、オリーブオイルの摂取量を増やすのは勿論のこと、加えて、ヨーグルトやチーズの摂取制限も見直すべきである、との結論がえられました。低脂肪、低カロリー食が体重を減らすというこれまでの「ドグマ」を見直すべきときがきたと考えてもいいのではないでしょうか。心血管病予防の観点からも、体重コントロールの観点からも、「フルーツ、ナッツ、野菜、豆、魚、ヨーグルト、オリーブオイル、加工されていない穀物の摂取を増やし、でんぷん、砂糖、トランス脂肪酸を多く含む加工食品を減らす」ことが今後の食事摂取を考える上での重要ポイントとなるのではないでしょうか。

2016/06/14

第74回 愛し野塾 大気汚染と動脈硬化の関係


粒子状物質、及び排気ガスに因る「大気汚染」が、心血管病の有病率・死亡率を上昇させること、また、「大気汚染物質の長期間暴露」が、心筋梗塞や脳卒中の発症率を上昇させることなどが、多くの研究から示されてきました。しかし、大気汚染に伴う病態について、その機序を解明するには、これまでの研究では手法上の問題点があるとされ、結果が得られても、「今後より精彩な検証が必要である」とされてきました。検証すべき問題点として、一つ目に、研究の対象となった「都市の内部での大気の汚染程度の違い」を考慮にいれておらず、都市間の平均汚染量の違いで、心血管病リスクを検討していたこと、二つ目に、研究のほとんどが比較的短期間であり長期間の検証を必要すること、三つ目に、研究の多くは、別の目的に対する仮説の立証のために行われた2次解析だったことが、挙げられています。加えて、「大気汚染が、心血管病を惹起するメカニズムについての解析」についても不十分であったことは否めません。こうした事態を受け、米国環境保護局は、PM2.5(微小粒子状物質)NOx(窒素酸化物の総称)の動脈硬化への影響を検討する研究を支援することになり、2016年5月、「大気汚染物質が、冠動脈カルシウム沈着、総頚動脈の内膜中膜厚に与える影響」について「長期的に検証された研究」が報告されました。今回は、この米国ワシントン大学のカウフマン博士らが、ランセットに報告した内容について、説明しようと思います。


研究は、10年にわたるコホート研究で、MESA AIRthe Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis and Air Pollution)研究とよばれています。米国6箇所の都市(ニューヨーク、バルティモア、シカゴ、ロサンジェルス、セントポール、ウイストンーザーレム)在住の、6795人(4584歳、平均年齢62歳、53%女性、39%白人、12%中国人、27%黒人、22%ヒスパニック系)が参加し、冠動脈カルシウム量をCTで、試験当初と試験期間中に2度測定・定量化され分析されました。対象となった参加者の人種比率は、都市間で大きく異なり、教育レベル・喫煙率・血圧・体重・糖尿病の有病率について、違いを意図的に持たせることで、これらの因子によるバイアスの影響を取り除けるよう計画されました。総頚動脈の内膜中膜厚は、超音波法で測定されました。居住区域特異的汚染状況監視モデルを使い、1999年から2012年の間のPM2.5NOx濃度を推定しました。期間中の測定値は、PM2.5は、9.2-22.6μg/m3NOxは、7.2-139.2ppb(parts per billion)でした。PM2.5は、ロサンジェルスが一番濃度が高く、セントポールが最低でした。NOxは、ニューヨークが最高で、ウイストンーザーレムが最低でした。平均の冠動脈石灰化の進行は、年単位で、24アガトストンでした。

PM2.55μg上昇するごとに、冠動脈の石灰化は、年単位で4.1agatston(石灰化スコア上昇することが判明し、PM2.5が、動脈硬化を経時的に促進する因子であることがわかりました。また、40ppbNOxの上昇ごとに、冠動脈のカルシウム沈着は、年4.8 agatston上昇することも判明し、NOxも又、動脈硬化の促進因子であることがわかりました。

ブラックカーボンには、動脈効果を促進する作用は、認められませんでした。得られた結果は、血圧値や糖尿病の有病率を考慮しても変わりませんでした。PM2.5NOXもブラックカーボンも、総頚動脈の内膜中膜厚には、影響を与えないことがわかりました。

加齢・男性・内臓脂肪・収縮期血圧・糖尿病は、冠動脈のカルシウム沈着の促進因子であることが知られています。今回、これらの因子によるバイアスを取り除いた場合でも、「PM2.5NOxは、独立して、冠動脈の石灰化を進める」ことがわかったことは重要と考えられます。冠動脈の石灰化は、すでに進行した動脈硬化の程度と相関することから、狭心症や心筋梗塞などの心血管病発症を予測するスクリーニングの指標として汎用されています。また、「高血圧罹患かつ高齢である場合、PM2.5暴露によって、冠動脈石灰化を顕著に促進」させてしまうことがわかりましたが、一方で、糖尿病や高コレステロール血症の既往者のPM2.5暴露に伴った石灰化促進効果はないことが判明しました。

これまでの研究から、「冠動脈石灰化スコア測定」は、その後の心血管病発症リスクの予測に役立つことがわかっていますが、総頚動脈の内膜中膜厚は、心血管病予測に貢献できないことがわかっており、PM2.5NOxが冠動脈石灰化を促進する一方で、総頚動脈の内膜中膜厚の増加を認めない、という結果と一致しています。実際、MESAコホートにおいて、将来の心血管病発症リスクの予測因子として、冠動脈の石灰化は、総頚動脈の内膜中膜厚よりも有意に有効な因子となることがわかっています。総頚動脈の中膜内皮肥厚は、その進行程度が小さく、測定バイアスが大きく、今回のような微細な動脈硬化の評価には適さないと考えるのが妥当でしょう。

この論文の問題点は、「外気の」PM2.5NOxの濃度が解析に使われていることです。対象者は、ほとんどの時間、室内で過ごしていることから、外気の暴露量で計算するよりも、PM2.5NOxの暴露量は、実際は測定値より低いものと考えられ、本結論が過小評価されている可能性が多いにあると判断されます。今後は、室内のPM2.5NOxも同時に測定し、詳細を評価する必要があるでしょう。

いずれにせよ、今回の研究で、PM2.5NOxが「独立した動脈硬化促進因子」と科学的に裏付けられたことは明確で、今後は、クリーンエナジー使用をより強力に推し進めて行く必要があります。風力発電などへの期待がますます高まることでしょうし、その発電を利用した電気自動車の利用が望まれます。動脈硬化予防には、メタボを改善するべく、食事運動に気をつけることも大切ですが、予報でPM2.5NOxの大気量が多い際には、マスク装着をする、外出を控える、などの具体的対策も早急に検討されるべきではないでしょうか。

2016/06/10

第73回 愛し野塾 ジカウイルスの退治のために



ジカウイルスの地理的な分布は、さらに拡大の一途をたどっています。世界カ国で、妊娠中のジカウイルス感染によって胎児に小頭症が生じる可能性が指摘され、周産期の大きな問題としてクローズアップされています。流行は、ブラジルを初めとする中南米圏や北米圏にとどまらず、アジア圏にも拡大しています。既にフィリピンとベトナムが妊婦の渡航自粛勧奨国となり、日本国内でもジカ熱の脅威が現実のものとなっています。
もうご存知の方も多いでしょう。「ネッタイシマカ」が、このウイルスの伝播を担います。したがってネッタイシマカを駆除すれば、ジカウイルスも同時に絶滅させられる、というアイデアのもと、その方法論の確立が模索されています。人間の介入によって自然環境を破壊することなく、ネッタイシマカを駆除するには、ネッタイシマカ以外の生命体に悪影響があってはなりません。従来の駆除剤を用いた方法では、ネッタイシマカ以外の生命体の多くも同時に死滅し、環境破壊がもたらされるため、ネッタイシマカのみを効率よく駆除する方法が待ち望まれてきました。昨今、ネッタイシマカを宿主とする細菌(内部共生菌)を用いた、モスキトメイト社のネッタイシマカ駆除法が注目を集めています。
米国環境保護庁は、モスキトメイト社が開発した駆除法の認可について検討し始めました。この駆除法は、「ボルバキア」と呼ばれる細菌を用います。ボルバキアを感染させたオスのネッタイシマカを、フィールドに放ち、メスの野生ネッタイシマカと交配する際、感染されたボルビキアにより、オスの染色体が正しく形成されず、受精卵は、ふ化することができません。理論的には大変エレガントな方法です。
このアイデアに基づいた研究の成果として、ヒトスジシマカの駆除を目的として、既にその結果が得られています。ヒトスジシマカは、黄熱病ウイルス感染の人への媒介能を有しています。米国では、過去3年に3州で、ヒトスジシマカにボルビキアを感染させ、ヒトスジシマカが70%減少したという成果が得られています。現在、同じ方法によって、フロリダ州とカリフォルニア州で、ネッタイシマカの駆除トライアルが行われています。中国広州市でも同法を用いて、ヒトスジシマカ駆除トライアルが開始されています。この3月には、1週間に、ボルビキア感染済みの150万のオスのヒトスジシマをフィールドに放出しましたが、8月末までには、500万匹まで増やす予定です。問題は、大量のボルビキア感染のオスの蚊を作成するためのコストです。そこで、非営利団体でもある国際協力機構の、「エリミネイトデング」は、特殊なボルビキアを感染させた少量の蚊を用いることで、すべての野生蚊にボルビキアを感染させる方法を開発しています。この方法では、ボルビキア感染が、ネッタイシマカの孵化を阻害せず、ボルビキア感染させたネッタイシマカの数が、徐々に増えていきます。ボルビキア感染によって、ネッタイシマカの免疫反応を促進させ、ジカウイルスが、ネッタイシマカの中で、繁殖できなくなる特徴を利用しています。この方法を用いて、インドネシア、ベトナム、オーストラリア、ブラジル、コロンビアで、ジカウイルスに感染抵抗性のネッタイシマカを増やすことで、ジカウイルス感染が減らせるかどうかを調べるトライアルが始まっています。この方法が採用されれば、コストも下がり、いずれは1人あたり1ドル程度の費用ですむと推算されています。
オス蚊へのボルビキア感染法の研究報告が、ブラジルのドトラ博士らによって発表されました。被ボルビキア感染の多数の細胞株の解析から、wMelと呼ばれる特殊な株が選択され、wMel株ボルビキアを感染させたネッタイシマカは、ジカウイルスに対して感染抵抗性を示し、感染効率が「野生のネッタイシマカの10%にまで低下」しました。驚いたことに、「wMel株ボルビキア感染ネッタイシマカ」は、ジカウイルスに感染しても、「その唾液には、感染力のあるジカウイルスが検出されない」という結果を得たのです。つまり、実験室条件下では、同法を用いれば、100%ジカウイルスの感染を食い止められることが証明されたのです。wMel株を感染させたネッタイシマカをフィールドに放てば、「感染性のあるジカウイルスを持たない」ネッタイシマカが徐々に増加し、最終的には、すべてのネッタイシマカが、ジカウイルスの感染能力を失うという仮説が立つのです。
Dutra, H. L. C., Rocha, M. N., Dias, F. B. S., Mansur, S. B., Caragata, E. P., & Moreira, L. A. (2016). Wolbachia Blocks Currently Circulating Zika Virus Isolates in Brazilian Aedes aegypti Mosquitoes. Cell host & microbe.
「ボルビキア」をネッタイシマカ駆除剤として用いる方法について、FDAのウエブサイトでは、たった一件の反対投稿があったのみで大衆受けも悪くなさそうです。一方で、「オキシテック社」の提案している「遺伝子改変した蚊」を用いる方法は、環境破壊を心配する声が2000投稿を超えており、多数のかたが懸念をいただいているようです。大衆の懸念を惹起しないwMel株ボルビキアを用いた方法が、当局から早々に認可を受け、大規模にフィールド研究が進むことが、ジカウイルス退治法として、好ましいといった印象です。一刻も早く承認されジカウイルス感染の対策をとって頂きたいと思う反面、生態系へ影響が及ばないよう注意深く観察しながら研究を進めることは、このプロジェクトに携わる全ての研究者の使命と考えます。

2016/06/05

第72回 愛し野塾 糖尿病治療を根本的に変貌させる新しいアプローチ



最近、Nature Newsに、国際糖尿病学会が2型糖尿病の治療のオプションとして、「バリアトリック術(高度肥満者を対象に胃・小腸に外科的処置を施し、摂食量及び栄養吸収を制御する手術)」と呼ばれる外科治療を標準治療としてガイドラインにとりいれた、という面白い記事が掲載されました。「バリアトリック術」は、識者らによって、糖尿病治療の100年の歴史を塗り替える劇的な治療法である、と評価され、同時に、日本糖尿病学会を含む45カ国の主要学会が支持を得、近く、わが国でも適用されうると予想される治療法です。このガイドラインは、バリアトリック術の開祖とされるロンドン・キングスカレッジのルビノ博士らによって、20166月号のDiabetes Careに発表されました。

Rubino, F., Nathan, D. M., Eckel, R. H., Schauer, P. R., Alberti, K. G. M., Zimmet, P. Z., ... & Amiel, S. A. (2016). Metabolic surgery in the treatment algorithm for type 2 diabetes: a joint statement by international diabetes organizations. Diabetes Care, 39(6), 861-877.

11本の2重盲見試験の解析から、これまでのライフスタイルへの治療介入や薬物療法と比較して、本外科術に優れた治療効果を認めました。減量だけではなく、血糖や心血管病リスク因子等の改善が認められました。術後1-5年の比較的短い観察期間内に、HbA1cは、2%低下し、これは、標準治療で認めたHbA1c値の0.5%低下に比較しても有意な低下を認めました(P<0.001)。特筆すべき点として、術前のHbA1c値の高低にかかわらず、術後は、6%前後に収まる症例を多く認め、HbA1c6%未満で糖尿病の治療薬が1年以上不要となる、いわゆる「完全寛解状態」となるかたが、3550%もいるというのです。さらにこの寛解状態は、平均8.3年継続し、術前と比較して著明な血糖低下を5年から15年持続することも確認されました。

血糖が低下するメカニズムについて、基礎研究の成果として、1)体重 2)腸管ホルモン 3)胆汁酸の代謝 4)腸内細菌、腸の糖代謝 5)栄養センシングなどの改善が総じて血糖制御に効果を及ぼすことが明らかとなりました。20年に及ぶ観察研究から、持続的な血糖コントロールも可能であることが明らかになってきました。一方で、これらの効果は時間経過に伴って減弱することが臨床医学上の課題として議論されてきました。

さて、本治療法が適用される患者は、1)BMI40以上の2型糖尿病の患者、2)BMI35から39.8で、ライフスタイルへの介入や、薬物療法の介入では、高血糖が是正できない患者に対して「推奨」すると提示しています。また、3)BMI3034.9と重症肥満に至らない症例については、薬物療法が有効でないことを条件に、「考慮」すると提示しています。またアジア人の場合は、さらに、BMI2.5減じた基準を適用するとしています。論文の著者には、日本人研究者は含まれていませんでしたが、インド人及び、中国人研究者が含まれており、アジア人の基準が低めに設定されたことは説得性を感じます。アジア人の患者では、BMI27.5から外科術の適応になるとすれば、かなり多くのかたが、当該療法の適応患者となります。

この術式は、「メタボリック外科術」とか、「糖尿病外科術」と呼称されて、費用対効果の面からも良好な結果が得られると試算されています。手術の費用は高額ではあるものの、術後の医療費を大幅に減らせることが推測され、術後2年経過すると、これまでの標準治療費を下回ることが予測されています。

ただし、「手術」ですから、そのリスクへの懸念が残ります。現在までの症例検討では、死亡率は、0.1%から0.5%と比較的低いと報告され、このリスクは胆嚢摘出術と同程度とされます。術後の再手術を要する症例が、少なくはない点が気になります。もっとも良く行われている術式であるRYGB術(胃の噴門側を小さく残し、小腸とつなげる手術)の場合、3年の経過の中で、5.1%の再手術が試行されています。また、栄養面での合併症として、貧血・骨粗しょう症・低蛋白血症が挙げられ、ビタミン等のサプリ補給は欠かせないということです。鉄欠乏性貧血については、手術を受けた青年の症例のうち50%程度に認められたという報告もあります。ただし、成人の研究で、術前においても貧血が44%に認められた、との研究報告もあることから、術前、術後の貧血状態を精査する必要があるでしょう。今後の研究の報告が待たれます。骨折リスクについては、「変わらない」とする報告の一方で「1.2倍増える」とする報告もあり、さらなる精査が求められます。またRYGB術では食後低血糖は11%という高い頻度で発生することも報告されています。また、同手術法では、術後、幽門側の残胃の内部を胃カメラで観察することができなくなることから、胃がんの見落としという懸念も指摘されています。

以上の情報から総じて、この手術適応となっても、リスクとベネフィットを良く勘案し、手術を受けるのか、既存の標準治療でいくのか、個々のコンディションに適した納得のいくインフォームドコンセントを要するのは、言うまでもありません。ただし、命に関わるような肥満の場合には、手術が、優先候補として考慮されることは明白でしょう。「小錦」は体重300Kgでしたが、現在手術を受けて153Kgとなっており、「命が救われた」、と考えるのは、正しいと思います。術後、標準体重よりも増加している分の体重が50%以上低下することで、手術が成功したと見なされることから、小錦の場合、成功例であるといえるでしょう。

いずれにせよ、バリアトリック術が標準治療となり治療の選択の幅が広がったことは、一定の糖尿病患者にとって、喜ばしいことです。血糖が正常化する寛解者が多数出るほどの劇的かつ長期的な効果をもたらす「治癒メカニズム解明」に役立った点でも大きなインパクトがあったと考えられます。糖尿病の成因を明確にし、それらをターゲットした上で処方される「糖尿病の根治治療法の創生」に強い期待がかかります。これまで、糖尿病の主な原因は、内臓脂肪から放出される「液性因子が、インスリンの効果を減弱する」こととされてきました。したがって、いわゆる「インスリン抵抗性」の関与を主たる病因と捉え、各種薬剤が開発され一定の効果を上げてきました。しかし、ほとんどの患者で、血糖が正常化する寛解状態に至らないことは明白で、長い間、別な因子の関与が探索され議論されてきました。ルビオ博士は、「腸管が糖尿病の成因に大きな役割を果たしていることが分かってきた」、と主張しています。基礎研究の結果、「腸管のホルモン分泌量を制御し、そのタイミングをずらすことができるようになったため、インスリン分泌との関連において良好な効果がある。」ことがわかりました。また、胆汁酸に含まれる特殊な成分をもつ物質の合成が増えることで、インスリン抵抗性が改善され、腸管細胞での糖の取り込みが増える、という機序も判明しました。同時に生じた腸内細菌の種類の変化によって、栄養素の感受システム(栄養センシング)が効率よく機能することも示されました。こうして積み上げてきた基礎研究の成果を前提に、「十二指腸や小腸を起点に惹起されるシグナルをブロックすることが糖尿病治療に役立つ」という発想が生まれました。この発想に基づき開発された治療として、チューブを腸にいれ、栄養素と腸細胞の接触を最小化させる治療法が、現在、ヨーロッパとオーストラリアで認可されています。経鼻的にバルーンを腸までいれて、熱いお湯で、腸細胞を焼き殺す方法も現在開発中だといいます。糖尿病が治せる(根治できる)時代が来るかもしれない、そんな予感がしてきました。医療が疾患の根治へ向けて厳格な精査に基づいて進化してゆくこと。患者さんとともに、しっかりとフォローしてゆきたいと思います。