2016/11/28

第100回 愛し野塾 メニエール病治療の進歩とその選択


「難聴、耳鳴、耳閉感などの聴覚症状を伴うめまい発作を反復する」そういった不快な、時には生活すら脅かす症状を呈する病気のひとつ、それがメニエール病です。予期することができない「めまい発作」は、時に座っていることすらできなくなるほどで、症例によっては、数時間も続き、週に数回と高頻度に発症することもあります。

厚生労働省調査研究班の疫学調査では、平均発症年齢が男性48.5歳、女性51.4歳で、特に60歳以上の発症率が、男性20%、女性30%と、近年、高齢者の発症率が高くなる傾向にあることが明らかになっています。性別では、女性が発症者の3分の2を占め、有病率は、人口10万人あたり、40人とされます。

原因は不明ながら、患者の内耳の有毛細胞がダメージを受け、内リンパ水腫が認められます。難聴は治療抵抗性を示すものの、めまい発作は、「標準治療」によく反応し、十分な睡眠、適度な運動、塩分制限、水分制限、また利尿剤との組み合わせで、患者の90%は、標準治療下でコントロール可能であることが報告されています。しかし、残りの5-10%のかたは、「標準治療」では、めまい症状はとれません。こうした患者さんには、内耳にゲンタマイシンを注入する治療が行われてきました。内耳に毒性のあるゲンタマイシンの特性を生かし、ダメージを受けた有毛細胞を廃絶させるのです。一方、ゲンタマイシンは、めまいの症状改善には有効ですが、副反応として、前庭機能(平衡機能)が侵される可能性があります。また、この治療法を用いると、約20%に「難聴の悪化」という副反応が認められると報告されています。このため、より安全な治療法の確立が求められてきました。そうした中で、ステロイドホルモンを内耳に注入する方法が注目されています。ステロイドホルモンの処方は、内耳の炎症を抑えることで効用を表すとの理論に基づいています。この治療法は、1)難聴を助長しない、2)前庭機能を廃絶させない、と治療によって生じる可能性のある後遺症が抑えられることが特徴です。

これまでおこなわれた議論の中で、「めまい治療」の観点から、ゲンタマイシン注入のほうが、ステロイド注入よりも優れている、という評価が支配的でした。しかし、過去の研究では、患者に注入薬剤情報のマスキングが不十分である、などといった手法上の問題点等が指摘されており、信頼性・妥当性の高い結論を導くには、より厳密な条件下での臨床研究を要するとその勝敗は保留されてきました。

さて、ロンドン・インペリアルカレッジのパテル博士らが、治療抵抗性のメニエール病患者を対象に、厳密な無作為2重盲検法を用いて、2つの薬物の鼓膜内注入法による比較検討を行った結果が、今月号(201611月)の医学誌ランセットに発表されました。

対象者の条件は、1)18-70歳までの患者、2)過去6ヶ月に20分以上にわたる回転性のめまい発作が2回以上確認されている、3)「標準治療」に反応が見られない片側性のメニエール病、4)米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会聴覚・平衡感覚部会の診断基準を満たしている、とされました。
患者は無作為に2グループに分けられ、外来治療によって、2週間をあけて2度の鼓膜内注入が行われました。「治療前6ヶ月間に生じためまい発作の回数」と、「治療後18ヶ月から24ヶ月の間に生じためまい発作の回数」が比較されました。

結果

2009年から2013年の間に治療はおこなわれました。スクリーニングによって256人のうち条件を満たした60人を抽出し、無作為に30人をゲンタマイシン注入(内男性15人)、30人をステロイド注入群(ステロイドとしてメチルプレドニゾロンを使用)(内男性20人)に割り付けました。平均年齢は、52.5歳で、平均罹病期間は、4.5年でした。

ゲンタマイシン注入群:治療前6ヶ月間の平均めまい発作回数19.9回が、治療後18ヶ月から24ヶ月間で2.5回となり、87%の有意な低下を認めました。そのうち18ヶ月から24ヶ月の間に一度もめまい発作を認めなかった患者は、全体の63%にのぼりました。

メチルプレドニゾロン注入群:治療前6ヶ月間の平均めまい発作回数16.4回が、治療後18ヶ月から24ヶ月間で1.6回となり、90%の有意な低下を認めました。そのうち18ヶ月から24ヶ月の間に一度もめまい発作を認めなかった患者は、全体の67%にのぼりました。

2つの処方の効果には、有意差を認めませんでした(P=0.27)。

各種臨床検査による検討の結果、めまい症状スケールの点数(ゲンタマイシン注入群90%改善、メチルプレドニゾロン注入群91%改善、有意差なし、p=0.47)、めまい問診票スケール(前者67%改善、後者76%改善、有意差なし、p=0.74)、機能スケール(前者59%改善、後者68%改善、有意差なし、p=0.99)、めまいインベントリースケール(前者45%改善、後者46%改善、有意差なし、p=0.98)、耳閉塞感スケール(前者47%改善、後者45%改善、有意差なし、p=0.50)、平均純音(前者4%改善、後者12%改善、有意差なし、p=0.18)でした。つまり、ゲンタマイシン注入、及びメチルプレドニゾロン注入のいずれの検査でも、めまい症状改善の程度に有意差を認めませんでした。唯一、語音弁別検査のみ、統計的有意差はない(P=0.13)ものの、ゲンタマイシン注入で悪化(9%)、メチルプレドニゾロン注入で改善(15%)の傾向を認めるという真逆の傾向を認めました。

聴力レベルの評価:両群共に注入後にやや改善傾向を認めましたが(前者で4%、後者で12%)有意差はありませんでした(p=0.07)。ただし、2回目の注射後に、顕著な聴力レベルの低下を、ゲンタマイシン注入で9例(30%)、メチルプレドニゾロン注入で5例(17%)に認めました(P=0.22)。

薬物の注入回数:2回では効果がなく、追加注入を余儀なくされた症例が、ゲンタマイシンで8例、メチルプレドニゾロンで15例生じ、その結果、それぞれの平均注入回数は、ゲンタマイシンで2.7回、メチルプレドニゾロンで3.7回でした。二つの薬物の注入回数に差はありませんでした(p=0.09)。

副反応:二つの治療法で、共に副反応が3例ずつありましたが、いずれも重篤に至らず、感染症が、ゲンタマイシン注入群で1例、メチルプレドニゾロンで2例に発症、また、最初の治療で発現した強い痛みによって2回目の注入が出来なかった症例を、それぞれ1例ずつ認めました。

1回目の注入による痛みの程度は、01010が最大)のスケールで測定され、痛みレベルは、ゲンタマイシン注入群で平均4.6、メチルプレドニゾロン注入群平均6.0と高い傾向を認めました(p=0.053)。2回目の注入後はそれぞれ、平均4.65.0と両群間に差は認められませんでした。
注入後、3-7日後に重篤なめまいと嘔吐が認められた症例は、ゲンタマイシン注入群で8(27%)、メチルプレドニゾロン注入群で1(3%)、とゲンタマイシン注入で高い頻度での副反応を認めました(P=0.01
前庭機能は半規官麻痺検査で測定され、その結果、ゲンタマイシン注入群で、メチルプレドニゾロン注入群に比べて有意な悪化を認めました(P<0.001)。

過去の論文では、どちらの薬剤が注入されているのか、患者に十分にマスキングができていなかったことが結果に影響していたのではないかと、疑問が示されてきました。「症状発現に及ぼす心理的影響を受けやすい」、というメニエール病の特徴がその所以であり、受けた治療がわかってしまうと、治療効果にバイアスがかかる可能性が否めないのです。今回の試験でも、メチルプレドニゾロン注入群の痛みの強さ、ゲンタマイシン注入群での処置後のめまい、消化器症状の発現で、患者自身、どちらの治療を受けているのかが気づいたのではないか?という懸念がありました。しかし、実際の調査では、副反応から選択された薬剤に気づいた患者はいませんでした。注入時に「針をさしますからちくりと痛みますよ」「めまいを感じたらいままでどおりリハビリ体操をしてくださいね。しばらくするとおさまりますから」と説明していたことが薬剤への思い込みを軽減したのかもしれません。患者同様、注入する研究者にも薬剤情報は隠され、患者と研究者の間では副反応についての会話は一切されませんでした。

一方、鼓膜内注入治療の開始から、2年間の治療効果が観察されましたが、メニエール病の症状は、かなりの長期にわたりよくなったり悪くなったりを繰り返すため、より長い期間での経過観察を経なければ、治療の優劣が結論付けられないという点も指摘されています。

私自身、対象者数が十分ではないと印象を受けました。痛みの程度と注入回数について、両薬剤で統計的な有意差を認めませんでしたが、対象患者数の増大によってメチルプレドニゾロン注入群で有意に高くなる可能性が高いと考えます。今後この点を考慮した臨床試験の遂行を期待しています。

副反応として生じた「聴力の低下」を無視すれば、痛みの強さが少なく、注入回数が少ない、ゲンタマイシンに軍配があがるでしょう。痛みに耐え、注入回数が増えることをいとわず、何より聴力を維持したい場合は、メチルプレドニゾロンを選択したほうがいいという結論となります。本研究から、めまいに対する効果は両者ともに優れていることがわかったにせよ、一長一短のある結果となり、どちらを選択するのか、悩ましいところです。

しかし、聴力低下は、患者さんの不安や恐怖を煽るだけではなく、社会性を低下させ、認知機能を低下させるリスク因子であるということを鑑みれば、メチルプレドニゾロンによる鼓膜内注入法が第一に選択されるべき治療ではないかと私自身、考えるところです。

2016/11/22

第99回 愛し野塾 冠動脈疾患発症リスクという遺伝的宿命は、生活習慣の改善で乗り越えられる?!





心臓をとりまく「冠動脈」は、心臓に酸素や栄養素を含んだ血液を供給する重要な血管です。しかし、「動脈硬化」によって変性し内腔が狭まると、十分な血液供給がおこなわれなくなることによって「冠動脈疾患」を発症します。「冠動脈疾患」は、先進国では死因の第一位で、日本でも生活習慣の欧米化に伴い、発症の顕著な増加が認められ、現在、有効な予防対策を要するリスクの高い疾患です。特に致死率が高い「心筋梗塞」の発症を避けるために特段の注意が必要とされます。
遡ること78年前の1938年に「冠動脈疾患の発症患者の血縁者には、同疾患が多い」ことが発表され、「先天的要因が発症の原因となる」ことが示唆されました。その後行なわれた双子研究や前向き研究で、「遺伝因子が発症の引き金となる」ことがほぼ決定づけられました。2007年から始まったゲノム研究で、50個を超える疾患特異的な遺伝子座が同定され、冠動脈疾患発症の予測を可能とするリスクスコアの開発が飛躍的進歩を遂げました。遺伝的リスクスコアが高いひとは、低いひとに比較して1.92倍の高い発症リスクを認め、さらに若年者に絞ると、このリスクは 2.4倍にまで上昇することがわかりました。
一方で、禁煙、肥満予防、定期的な運動習慣、健康的な食事パターンなど「生活習慣の改善」によって、冠動脈疾患発症リスクを下げられる可能性が示唆されてきました。
今回の研究では、遺伝的に冠動脈疾患のハイリスクとされるかたに、健康的な生活パターンを遂行させ、遺伝的な弱点を補償する事が出来るのか否か、が検討されました。結果は、20161113日付けのNEJMに発表になりました。

調査対象となる患者は、3つの前向きコホート研究(ARIC研究、WGHS研究、MDCS研究)と1つの横断的研究(BIOIMAGE研究)から選出されました。「前向きコホート研究」では、「冠動脈疾患発症に対する影響」を検討し、「横断研究」では、「冠動脈の石灰化(冠動脈疾患が顕在化する前段階と考えられています)に対する影響」が解析されました。
「健康的なライフスタイル」の調査項目は、4つの要素から形成され、1)現在喫煙をしていない、2)肥満ではない(BMI30未満)、3)少なくとも週に1度運動をしている、4)健康的な食事パターンをとっている(フルーツ、ナッツ、野菜、全粒穀物、魚、乳製品が多い、製粉穀物、加工肉、赤肉、砂糖入りのみもの、トランスファット、塩分が少ない、のうち半分をみたすもの)、としました。

結果
ARIC研究からは、7,814人、WGHS研究からは、21,222人、MDCS研究からは、22,389人、BIOIMAGE研究からは、4,260人分のゲノタイプデータが得られました。冠動脈疾患の発症者数の内訳は、ARIC研究は、18.8年のフォローアップで、1,230人、WGHS研究では、20.5年で971人、MDCS研究では19.4年で2,902人でした。
遺伝的リスクの高いひとは、低いひとに比べて91%冠動脈疾患の発症率が高いことがわかり、この結果はこれまでの研究成果と一致するものでした。本調査で用いられた「遺伝子リスク」と、「血中LDLコレステロール濃度」及び「冠動脈疾患の家族歴」の間に、冠動脈疾患発症に関して相関する傾向がありました。しかし、いわゆる冠動脈疾患のリスクとされる古典的な因子(高血圧や糖尿病など)は、いずれもその相関に有意差は認められませんでした。つまり、「遺伝子リスク」は、これまでに知られている危険因子とは独立して冠動脈疾患発症リスク増大に貢献している因子であることが明らかになりました。
健康的なライフスタイル(4つのカテゴリーのうち少なくとも3つを満たすことを条件とする)を送っているかたは、遺伝子リスクの大小に関わらず、冠動脈疾患発症リスクが46%有意に減少していることがわかりました。さらに「遺伝的リスクの高いひとほど、健康的なライフスタイルによる発症リスク低下への影響は顕著」でした。冠動脈疾患10年発症リスクは、いずれのコホート研究でも、約半減していることがわかりました。
一方、遺伝子リスクが低くても健康的なライフスタイルを送っていない場合には、遺伝子リスクの低減効果は消失してしまうことがわかりました。
ライフスタイル項目別の発症リスク低下への寄与率は、それぞれ、禁煙が44%、非肥満が34%、運動が12%、健康的な食事が9%でした。特に「喫煙や肥満は、冠動脈疾患発症リスク増大に及ぼす影響が顕著である」ということが明確に示されました。
また、横断研究BIOIMAGEの分析によって、遺伝的要因によって冠動脈の石灰化は促進されるものの、健康なライフスタイルによって石灰化が低減されることも明らかになりました。つまり冠動脈疾患が顕在化する前段階についても、ライフスタイル因子が寄与している事がわかったのです。
遺伝的要因と健康的な生活因子との間には、相関関係はなく、それぞれ独立して、冠動脈疾患発症に対して相反する効果を表す事がわかりました。

本研究の第一の問題点は、健康的なライフスタイルが及ぼす発症抑制効果は統計上ランダム化されておらず、冠動脈疾患発症リスクとの関係について因果関係がないといった可能性が否めない点です。二つ目に、3つのコホート研究で取り上げたライフスタイル項目がまったく同じではないことが挙げられます。また、ベースラインでの解析結果であることから、例えば、喫煙をしていたかたが、研究期間中に喫煙を再開したなど行動の変化によるバイアスの可能性が否定できません。さらに、運動項目について、「週に1度の運動」というのでは、「健康的なライフスタイル因子」とするには、不十分である可能性も考えられます。運動による冠動脈疾患発症低減効果が、わずか12%しか見られなかった原因と考えられます。各種学会から、「中等度の運動レベルで、週に150分すること」と推奨されており、そのエビデンスも信頼にたることから、この「中等度の運動レベルで、週に150分」という条件を満たした対象者のサブ解析も行なうべきだったでしょう。3つ目に、この解析では50個の遺伝子座が用いられました。しかし、昨今、より多くの遺伝子座が冠動脈疾患発症リスク因子として明らかになってきました。発症メカニズムと遺伝子及びライフスタイルとの関係について明確にするために、今後は、これら新規の遺伝子座も加えての解析が必要と考えられます。4つ目に、健康的な食事として「乳製品」が含まれていましたが、これは相応しくないものとしてカテゴライズするべきでしょう。また地中海式ダイエットが心血管病予防に有効であることは近年多くの研究からエビデンスをもとに確立してきました。地中海式ダイエットと遺伝的リスク低減効果については非常に興味深いテーマです。食事の寄与度がわずか9%であったのは、条件に不明瞭さがあったからではないかと考えています。最後に、この解析では、白人だけではなく黒人についても同様の結論が得られていますが、アジア人、また他の人種は対象に含まれておらず、普遍化できるデータとするには不十分だということは留意しなければなりません。
いずれにせよ、高い遺伝的リスク下では、日常生活でそれぞれが対策としてできることは限られ、冠動脈疾患発症を避けることは困難であると専門家は考えていましたから、本研究は、「遺伝的に冠動脈疾患のリスクが高くても、禁煙、適正体重の維持、適切な運動、健康的な食事をすることで、冠動脈疾患の発症を避けることができること」が示された心強い論文である事に異論はありません。

臨床の場では、検査技術の進歩で、頸動脈のエコーや、血管年齢を測定することは、ごく簡単にできるようになりました。健康診断や一般検査によって、いったん動脈硬化があることがわかると、多くの方は、ご自身のライフスタイルを見直し、健康的なライフスタイルの実現に向けて改善を試みるものです。医療の手を借りる前にできることは、まだまだたくさんありそうですね。

2016/11/19

第98回 愛し野塾 死亡リスクを下げ得る最適な運動量とは


あらゆる調査から、適度な運動習慣が、総死亡率の低下を促すことがわかってきました。「虚血性心疾患」「高血圧」「糖尿病」「肥満」「骨粗鬆症」「結腸がん」などの疾病罹患率、それによる死亡率を低下させ、加えて、メンタルヘルスや生活の質の改善も実現可能であることなどが、これまでの調査研究から示されてきました。「運動」といっても、「健康年齢の延長」という観点から、適切な「強度」「時間」「頻度」については、いまだ議論のあるところです。現在、厚生労働省は、具体的に次のように推奨しています。
(1)日頃から「散歩」、「早く歩く」、「乗り物やエレベータを使わずに歩くようにする」など意識的に身体を動かす
(2)1日平均1万歩以上歩くことを目標とする
(3)週2回以上、130分以上の息が少しはずむ程度の運動を習慣にする
(4)最初の運動としては、まずウォーキングからする
目標10,000歩とすると、消費カロリーにして約300kcal相当、仮に時速4kmの速度で歩けば、1時間30分必要となります。さらにプラス60分の運動を加算する必要がある、と掲げていますが、それだけの時間を「運動」に費せる人は、多くはないでしょう。世界中で、「最適な運動量とは?」という疑問に答えるべく、あらゆる観点から研究が盛んに行われているのは、多くのひとが実行可能な「最適」かつ、「最短」で効果を上げられる「運動量」を求めているからでしょう。米国では、「中等度の運動」(時速約5km程度のウオーキング)を「1週間に150分行う」ことを推奨しています。これなら平均1日20分程度を運動のために当てればいいわけで、多くの市民に受け入れられる可能性が高いのではないでしょうか。しかし、推奨される運動量が日米でこれだけ差があるのは不思議です。信頼に値するエビデンスに根ざしたデータによって算定された数値目標なのか、疑問を持たざるをえません。これまで、「目標運動量」の設定・作成にあたっては、自己申告制のアンケートから得られたデータを使用しており、客観性が低く、調査の信頼性及び妥当性が高いとはいえません。今回、客観的指標となる、米国フロリダのアクチグラフ社製のアクセロメーター(加速度センサー)を用いた運動量測定と、自己申告による運動量測定を比較した、「運動量が死亡率に与える影響」が発表になり、話題を呼んでいます。米国ノースカロライナ大学のエベンソン博士らが報告しました。
客観的指標として使用された「加速度センサー」は、物体の速度の変化率である「加速度」を測定することで、「走行開始」かつ「走行中断」といった身体活動の識別が可能です。連続的な記録をもとに、運動量を客観的に予測可能であることが評価され、米国では、1990年代から使われています。時計と同じように体に装着可能で、アプリを使ってPCにデータをトランスファーできる簡便な装置です。

対象者は、NHANESコホートに登録された40歳以上の6,355人でした。NHANSNational Death Indexとをマッチングできなかった症例7例は除外されました。狭心症、心筋梗塞、脳卒中、心不全、冠動脈疾患の既往のある1,214人、登録開始後2年以内に死亡した128人も対象から除外されました。加えて、加速時センサーを装着しなかった600人、返却時に加速時計がキャリブレーションされていなかった208人、誤操作の86人、加速時計を1日8時間以上、週に3日以上装着していなかった225人、自己申告による運動量の記載がなかった方など78人が除外され、その結果、最終的に3,809人のデータが分析に供されました。
最終的に被験者のプロフィールは、平均年齢55.3歳、女性54.6%、ヒスパニック 8.3%、ヒスパニックではない黒人 9.9%、ヒスパニックではない白人 77.4%でした。平均BMI28.8で、34.7%は、BMI30を超えました。喫煙者は、20.76%、アルコール摂取者は71.8%、被雇用者は、64.1%、既婚者は、67.2%、教育歴・高卒以上は58.3%でした。高血圧患者は48.4%、糖尿病は、10.8%が罹患しており、担癌患者は8.1%でした。
すでに、これまでの研究結果から、加速度センサーでの1分あたりのカウントが「2,0205,998」が、すなわちトレッドミル走で算定される3METs~5METsの運動に相当すると類推され、「中等度」の運動量と定義されています。また「5,999~」は、6METs以上の「高い強度の運動」と判定され,2,019以下」は、「軽度な運動」と定義されています(文献1)。水泳、睡眠時は、加速度センサーは外されました。

(文献1)Troiano, R. P., Berrigan, D., Dodd, K. W., Masse, L. C., Tilert, T., & McDowell, M. (2008). Physical activity in the United States measured by accelerometer. Medicine and science in sports and exercise, 40(1), 181.

結果
平均観察期間の6.7年間に337人の死亡がありました。107人(31.8%)の死因は、心血管病でした。すべての対象者は、40歳以上で、平均年齢は、55.3歳でした(54.6%は、女性)。
加速度センサーによる計測の結果、1分あたり平均295.3カウントであり、「中等度の運動」は、1日あたり平均19.4分行われていました。「強度な運動」はわずか0.7分でした。すなわち「中等度以上の運動を行っていた時間の合計は、20.1分でした。「軽度の運動」は、平均332.9分で、「運動をしていない時間」は、平均505.9分と算出されました。
次に、自己申告の結果です。「中等度以上の運動」をしたかたは、全体の64.2%で、平均時間は、1週間あたり、2.9時間(24/日)でした。「日常の活動」の詳細は、52.6%のかたが、「ものを運んだり持ち上げたりすることのない、立位あるいは、歩行」、24.5%が「より加重負荷のある仕事」、22.9%が「座位での活動」でした。
「運動量と死亡率との関係」を解析する上で、バイアスについて詳細な検討が行われました。まず、加速度センサーの装着時間は解析に影響しないことが確認されました。その他、年齢、性別、人種、教育レベル、婚姻状況、喫煙の有無、雇用状態、歩行時に杖などの使用を要するかどうか、関節炎、癌の有無、BMI、糖尿病、高血圧がバイアスの是非の検討が行われ、家庭の総収入、CRP、総コレステロール値、アルコール摂取量は、死亡率への関連性への影響が10%未満であることが確認され、バイアスとして考慮されませんでした。
加速度センサーでの解析から、「軽度の運動」の群に、有意な全死亡率の低下はありませんでした。「中等度の運動」群では、1日あたり3.7分以下を基準値とした場合、 3.811/日の運動で、44%の死亡率の低下、11.124.4分の運動で58%の低下、24.5分以上の運動で54%の低下を認め、死亡率は、運動時間の増加に伴って低下していました(p0.0001)。「心血管病による死亡率」も、「中等度の運動」によって有意な低下を認め、運動時間3.7/日以下を基準値とすると、3.8分から11分で51%の低下、11.1分から24.4分で81%の低下、24.5分以上で42%の低下が認められました(p0.002)。運動をしない時間と死亡率と間に相関関係を認めませんでした。
自己申告法による運動量と死亡リスクの解析から、中等度の運動量が0時間/週の群を基準値とすると、0.1時間から2.2時間の中等度の運動をした群は、死亡率が45%有意に低下し、2.3時間以上の中等度運動群では、35%も有意に低下することがわかりました(p0.0002)。「心血管病による死亡リスク」は、中等度運動量が0時間/週だった群を基準値とすると、0.1時間から2.2時間の運動をしたかたは、死亡率が36%低下、2.3時間以上で49%の有意な低下が認められました(p0.03)。
「加速度センサーにより計測された運動量」と「自己申告された運動量」は、概ね同じような傾向を認め、死亡リスクについて、「13.8分から11分程度の短時間の中等度運動が、40%以上の死亡率低下を促す」という結果は、運動への意識を広め、またモチベーションが維持されやすい所以となるのではないでしょうか 。
今後の課題として、加速度センサーでは、自転車、ウエイトリフティングなど運動種目によっては負荷がかかっているにもかかわらずカウント数が少なくなること、立位でも不動の場合では計測されないこと、水中でのセンサー使用は難しいこと、測定時間が短くなるとデータの信頼度が低下する、など解決すべき問題点が挙げられます。また、加速度センサーで定義された「軽度」「中等度」「強度」といった運動量の閾線の是非について確認することが必要でしょう。
さて、課題は残されていますが、本研究で得られた「客観的手法での運動量測定調査」によっても、「 1週間あたり150分の中等度の運動は、死亡リスクを低下させ、なかでも心血管病関連性の死亡リスクを低下させる」ことが明らかになりました。毎日20分、1.6km程度を、早歩きで息をはずませながら、歩いてみましょう。ただし、運動習慣のない方は、短時間、ゆっくりのペースから始め、安全に、少しずつ体を適応させて、運動を習慣化させましょう。