2016/02/24

愛し野塾 第61回 ペースメーカー2016年注目の議論


 
 
心臓の調律不調を救う「ペースメーカー」は、国内では、年間6万件の埋め込み術が行われているといいます。世界的には、100万件という膨大な数の手術が施されているようです。この「ペースメーカー業界」、昨今熱い議論が繰り広げられております。

 

長い間、ペースメーカーを埋め込んだ患者さんには、絶対禁忌とされていたMRI検査も、201210月には、MRI検査可能(条件付き)なペースメーカーが登場し、驚かされました。今回はさらに、従来品の10分の1のサイズという極小のワイヤレスペースメーカー『マイクラ』が、業界最王手のメドトロニクス社製から発表されました。従来品は、皮膚を切開したうえで、電気信号を制御するコンピューターと電池を内蔵する「ジェネレーター」を胸部に埋め込む必要があり、血腫や感染、肺気腫などの合併症が危惧されておりましたが、ワイヤレスとなると、胸部に切開を施す必要がなくなり、合併症リスクがかなり軽減されるでしょう。また、ペースメーカーとジェネレーターを鎖骨下静脈を通してつなげられるリード線が不要となるので、リード線が外れる心配もなければリード線による感染リスクも抑えられるわけです。

 

さて、合併症の頻度については、8回のペースメーカー装着あたり1度はあるといわれ、頻度は比較的高いことが知られています。これまでペースメーカーのジェネレーターを植え込むと、胸壁のあたりに、硬いでっぱりが生じていましたが、リードがなくなることで、コズメティックの観点からも負担が軽減され、患者さんに受け入れられることはいうまでもありません。また鼠径部から心臓へのアプローチとなり、術式の点においても、カテーテル操作のみにてペースメーカーの埋め込み可能となり、患者さんの負担は大きく軽減されます。

 

A Leadless Intracardiac Transcatheter Pacing System, February 11, 2016 Reynolds D., Duray G.Z., Omar R., et al. N Engl J Med 2016; 374:533-541

 

2016211日にNEJMに発表された論文では、リードレスのペースメーカー(Micra Transcatheter Pacing System)の埋め込みについて検証が行われ、興味深いデータを得ております。本研究の対象患者は心房性頻脈性不整脈、洞不全、房室結節機能不全などに伴う、徐脈患者で、かつ、心室ペーシングが必要なかたについて検証が行われました。マイクラのサイズは、長さ25.9mm、重さ2gで、幅は、わずか6.9mmです。この小さなディバイスは、電池及びジェネレーターも内蔵され、末端にニチノール製のフックを4個有し、カテーテル操作によって心室に容易に装着可能となるよう設計されています。右心室に装着後、ペーシング機能が正常に行われることを確認した後に、「マイクラ」を、カテーテルから遠隔操作で切り離します。本研究では、19カ国の56の医療機関で登録された744人のうち、登録後に同意書を撤回した11人と登録条件に見合わない8人を除いた725人に、「マイクラ」の埋め込みが行われました。ペースメーカーが埋め込まれた対象者の平均年齢は、75歳、男性59%、高血圧の診断を受けた方が78%、心房細動は、72%でした。94人の医師が参加し、719人の患者に「マイクラ」が埋め込まれました(成功率99.2%)。マイクラ埋め込み失敗6例のうち4例に、重篤な合併症を認めました(3人が心筋穿孔、1人が心のう液貯留)。

 

マイクラ埋め込み術後、平均4ヶ月間の経過観察が行われました。経過中28例に重篤な合併症が生じ、11例に心筋障害を認めました。研究のデザインは、従来品のペースメーカー装着によって過去に検証された2667人の成績と比較する手法を採用し、重篤な合併症の発現頻度を比較すると、マイクラ装着の合併症頻度が、有意に少ないことが明らかとなりました(マイクラ装着が4%で、従来品装着が7.4%p=0.001)。さらに、マイクラ研究の対象者が、従来品研究の対象者に比較して、年齢層が高く、こうした年齢バイアス等の対象者の特性について補正を加え、合併症発生率を分析した結果についても、マイクラ装着によって合併症が54%も抑制されるといった好ましい結果が得られました。マイクラ装着6ヶ月後のバッテリーの容量の減り方をもとに、バッテリー寿命を推算した結果、12.5年と判明し、これは従来品と同様と認められました。

 

本研究は、前向きの2重盲見試験ではありませんでしたが、すでに報告されている、もう一つのワイアレスペースメーカー「ナノスティム」(セントジュードメディカル社)の成績と比較して遜色も認めず、今回得られた結果は妥当なものとして捉えてよいと考えています。ナノスティムの埋め込み術成功率は、95.8%(マイクラは、99.2%)、重篤な合併症の割合は6.5%(マイクラは4%)、穿孔あるいは心のう水貯留は1.5%(マイクラは1.6%)、装置がはずれたのは1.1%(マイクラは0%)、6ヶ月後にペーシングが適切に働いていたのは、90%(マイクラは98.3%)であった(Reddy, V. Y., Exner, D. V., Cantillon, D. J., Doshi, R., Bunch, T. J., Tomassoni, G. F., ... & Plunkitt, K. (2015). Percutaneous implantation of an entirely intracardiac leadless pacemaker. New England Journal of Medicine, 373(12), 1125-1135.)

 

今後は、長期的視野に立ち、ペースメーカーが心筋からはずれたり、正常にペーシング機能が働かなくなったり、また電池の消耗が激しいというようなリスクについて注意深く長期観察を要するといった点については、意見の一致するところでしょう。専門家になかには、感染症のリスクが高まる可能性についての懸念もないわけではありません(Achilles’ Lead: Will Pacemakers Break Free? Mark S. Link, M.D.N Engl J Med 2016; 374:585-586February 11, 2016DOI: 10.1056/NEJMe1513625)。

 

今後もペースメーカー業界の動向及びその検証には細心の注意を払っていきたいと思うところです。

愛し野塾 第60回 認知症発症率の統計的有意な減少


 
 
本国の認知症の患者数は、軽症のかたも含めると800万人といわれています。事実、特別養護老人ホーム(いわゆる特養)では、認知症患者さんであふれかえっており、待機登録すれども自分の順番まで待たされたり、緊急性の高いひとが出てくれば、後にまわされたり、悲惨な状況です。致し方ないことでしょう、平成274月から、症状の重い要介護度が高い人しか、特養には入れないシステムとなりました。こうした背景から、団塊世代が、後期高齢の年齢を迎えるようになると、介護施設、さらに介護者が足りなくなるのではないか、といった懸念を、メディアは連日報じ、我々の不安は増すばかりです。

さて、欧米では、1960年代、心血管病を発症する患者数がますます増大するという底知れぬ不安が蔓延していました。その後、疫学調査により、心血管病の発病率は減少している、という事実が明らかにされましたが、こうしたデータに基づいた事実を専門家が受け入れるのに10年もかかったといいます。集団で、かつ、命を脅かされるようなネガティブな思い込みは、トラウマのごとく深層心理に棲みつき、なかなかその思考パタンから逃れられないものです。現在では、心血管病はコントロールしうる疾患である、という合理的な考え方が全世界に広がっています。


今回ご紹介する論文は、認知症の発症率は、いまや、10年単位でみると20%と、劇的に減少傾向にあることを示している、という嬉しい驚きをもたらす内容です。実は、認知症発症率は2005年にすでに減少傾向にあることが報告されており、心血管病のリスク要因と、認知症のそれがクロスオーバーすることから、認知症の発症率低下は10年前から予見できていたはずだと歴史家は述べています。

 
Jones, David S., and Jeremy A. Greene. "Is Dementia in Decline? Historical Trends and Future Trajectories." New England Journal of Medicine 374.6 (2016): 507-509.

論文は、ニューイングランドジャーナルオブメディシンの211日号に報告されました。

Satizabal, C. L., Beiser, A. S., Chouraki, V., Chêne, G., Dufouil, C., & Seshadri, S. (2016). Incidence of Dementia over Three Decades in the Framingham Heart Study. New England Journal of Medicine, 374(6), 523-532.


対象となった被検者は、1948年に開始されたフラミンガム心臓研究コホートで、米国マサチューセッツ州フラミングハムの住民5209人です。「初期コホート」として登録されました。登録開始から、2年おきに、医師の診察、採血検査など、様々な検査が施行され、データが蓄積されました。1971年には、初期コホートの子孫とされるかたがた5214人が、「子孫コホート」として登録されました。子孫コホートは4年に1度検査を受け、トータル36年間経過を観察されました。初期コホートは、1975年から、認知機能検査を受け、1981年からは、MMSE検査を受けています。子孫コホートは、1979年から認知機能についての質問を受け、1999年からMMSE検査を受けました。


認知症は、DSM-IVの基準に基づき、鑑別診断され、アルツハイマー病と血管性認知症の診断には、それぞれ、NINCDS-ADRDANINDS-AIRENが用いられました。

教育レベルについて、初期コホートと、子孫コホートを比較すると、30年の経過の中で明らかな上昇が認められました。高校卒業の資格を持たない割合が、36%から5%へと劇的に減少していました。

また、糖尿病と肥満を除く血管病リスク因子も減少していました。収縮期血圧は、137mmHgから131mmHgに低下、拡張期血圧は、76mmHgから72mmHgに低下し、血圧の低下を認めました。喫煙率は20%から6%に低下していました。脳卒中や、そのほかの心血管病の発症頻度も低下が認められました。逆に、糖尿病は、10%から17%に増加、BMIは、26から28へ増加していました。

観察期間中、371名のかたが、認知症と診断されました。認知症として診断される年齢は、より高齢化するといった傾向がありました(P<0.001)1977年からの認知症発症率を比較検討すると、10年ごとの認知症発症率は、22%も有意に減少していることが分かりました(P<0.001)。アルツハイマー病の発症率の減少は、P=0.052と統計的有意差は認められませんでしたが、血管性認知症の発症については有意な減少を認めました(P=0.004)。認知症発症の低下に最も関連しているのが教育レベルの上昇であることが明らかになりました(P=0.03)。年齢、性別、APOE4遺伝子多型は、認知症発症との関連は認められませんでした(P>0.10)。高卒者のみ、認知症発症が10年ごとに23%と、減少率の有意な低下を認めました。血管病リスク因子、脳卒中の既往も、認知症発症リスク低下に関連性を認めませんでした。

対象者数が比較的、少ない研究であったことも理由の一つかもしれませんが、この研究では、認知症発症率低下に明らかに影響する因子として、「教育レベルの向上」のみの検出でしたが、今後、食事、運動、環境などの因子との関連について検証が必要でしょう。また、本研究では、コホートに含まれる人種に偏りがあります。被検者のほとんどがヨーロッパ系であり、他の人種にもこの結果が適用されうるのか、疑問が残ります。これは今後の研究の成果を待つほかありません。1961年から始まった日本の長期前向きコホート研究である、「久山町研究」に是非とも期待したいところです。

今回の研究で、明確となった認知症発症の減少と教育レベルの上昇との関係について着目して、直接的要因となる因子を分析すれば、認知症発症をさらに抑制しうる重点項目を見いだすことが出来るかもしれません。具体的には15歳から18歳といった思春期世代への教育の重要性をしっかり認識し、全国民が高校教育を義務教育として受けられるようにすることが重要だと考えます。

本研究では、血管病リスク因子のコントロールが血管性認知症予防に効果的であることを認め、動脈硬化予防の重要性が再認識されました。引き続き、血圧、血糖、脂質コントロールを継続し、禁煙率を上げ、適度な運動を促進し、バランスのとれた栄養摂取、を心がけることは忘れてはなりません。そして、糖尿病と肥満の蔓延を食い止める手だてを考えていくことは、国家レベルの施策として優先されるべきでしょう。

フラミンガム心臓研究コホートを用いた本研究から、認知症発症率は、「実は」、かなり大きく減少している可能性あるのだ、という認識がもてたことは、重要なことだ、と思います。国民ひとりひとりが普段の生活で努力していることが報われているといえるのではないでしょうか。自分も認知症にいずれなるのだろうか、と無意味に強迫観念にかられる必要はないでしょう。

ただし、この超高齢社会、発症率は減っても、認知症患者数そのものは増え続ける可能性は否めせん。介護保険によるサービスの充実が必要であることは論をまちません。

 

2016/02/05

愛し野塾 第59回 うつ病治療・薬剤と認知行動療法の併用療法の長期的効果


鬱病の症状には波があり、よくなったり、わるくなったりを繰り返すといった回復までに「慢性の経過」をたどる、時には、症状の深刻化によって命さえも危ぶまれる、つらい心の病です。患者さんも、回復に至るまで長期間、定期的に医療施設に通い続けることが必要なケースが多く、負担を強いられます。一方で、外来で行われている治療の実態は、「抗うつ剤をただ漫然とのみ続ける」単純な治療が主たるものです(その時々の症状の変化に合わせて対症療法をくわえながら)。

残念ながら、ほとんどの抗うつ剤には、「1年以上の長期にわたる治療効果」については、経時的検討がなされておらず、処方の科学的根拠について疑問をもたざるを得ません。その上、抗うつ剤には「副作用や離脱症状」の不安がつきまとう、という事実と相まって、抗うつ剤の長期処方に対する不信は大きくなるばかりです。医師としても、患者さんとともに、このまるで一本調子の心もとない治療を、より意味のある根治治療へと改善したい、あるいは、安心感を伴った効果的な処方を医師から提供されたい、と願っているのです。

うつ病では、薬物療法に並んで有効な治療法として、「認知行動療法」があります。一例を挙げれば、過剰な仕事を与えられ、どの人がやってもその仕事をこなすことができなった状況であったとしても、「自分の力がたりないから、この仕事をこなせなかった」という自分の思い込みに感情が支配され(これを「認知のゆがみ」といいます)、次第に「自己否定」、「自己無力感」などといった負のスパイラルが生じ、「抑うつ気分」が心身を冒してゆくのです。こういった歪んだ認知パターンを、心理療法のなかで「気づき」、「是正していく」方法が認知行動療法です。具体的には、仕事の量を減らしてもらうように、上司にかけあう、仕事を休んで休暇をとる、などの行動を起こしてもらうのです。標準的な認知行動療法では、一回の治療時間は約50分、週に1度、12-18回程度おこなわれます。治療効果は抗うつ剤に匹敵するとされています。

さて、2013年発表された「コバルト研究」がまさに認知療法をくわえることがうつ病治療に効果的であること世に知らしめた著明な研究です。この研究では、抗うつ剤を用いても、鬱病のコントロールが困難な、中程度以上の重症患者を対象に、認知行動療法を追加して、その効果を、6ヶ月と12ヶ月の短期間で評価した報告です。469人の患者さん(18歳から75歳)を対象として、前向きの無作為試験が行われ、薬剤投与を続けながら、認知行動療法を12回ないし18回施行する群と、通常ケアのみを継続する群に分け比較検討を行いました。対象となった患者さんは、慢性の経過をたどり、「重症」と診断されるかたがほとんどで、「不安障害」を伴っていました。少なくとも抗うつ剤を6週間投薬されていたかたで、かつ、BDI14以上(BECKのうつ病評価尺度)のかたを対象としました。

Wiles, N., Thomas, L., Abel, A., Ridgway, N., Turner, N., Campbell, J., ... & Kuyken, W. (2013). Cognitive behavioural therapy as an adjunct to pharmacotherapy for primary care based patients with treatment resistant depression: results of the CoBalT randomised controlled trial. The Lancet, 381(9864), 375-384.

この結果、認知行動療法を併用された患者さんは、6ヶ月経過ごも、12ヶ月経過後においても、鬱病の有意な回復を認めた方が、通常ケアの継続のみに比較して約2倍も増えていることが判明しました(P0.001)。つまり、認知行動療法は、薬剤治療に追加することで、1年という比較的短期の間であれば、有効な治療であることが証明されたのでした。

さて、2016年1月、ランセットに掲載された論文では、このコバルト研究に参加した方々を、その後の3.5年という長期間、継続観察し、その結果が発表され、大変、注目されています。当初参加したひと(469人)のうち248人が、長期にわたっておこなわれた「治療に関する質問表」に答えることができました。136人が認知行動療法を追加した群、112人が通常ケアを継続した群でした。前者のBDI19.2で後者は23.4で、有意に、認知行動療法追加群で、鬱病の程度は安定的に改善していることが分かりました(P0.001)。認知行動療法後、3年余りの経過後に及んでも、この治療が、約2倍、鬱病改善に役立っていたことが分かったことは有意義と考えられます。

一年あたりの認知行動療法にかかる費用は、343ポンドで、費用対効果は、質調整生存率QALYあたり、5347ポンドと試算され、英国政府の定める2万ポンド以下を示しました。認知行動療法を追加する治療は、医学的に有効であるばかりでなく、費用対効果の立場からも推奨されることが明確に示されたのです。

Wiles, N. J., Thomas, L., Turner, N., Garfield, K., Kounali, D., Campbell, J., ... & Williams, C. (2016). Long-term effectiveness and cost-effectiveness of cognitive behavioural therapy as an adjunct to pharmacotherapy for treatment-resistant depression in primary care: follow-up of the CoBalT randomised controlled trial. The Lancet Psychiatry.

抗うつ薬が有効な患者さんは、全体の3分の1程度と少なく、服薬している間にはその効果があっても、服薬をやめると、効果がなくなる症例が多いのが現実です。しかし、今回の研究から認知行動療法は、治療を終了しても、少なくとも3年に渡って治療効果が持続することがわかりました。認知行動療法の専門家の指導のもと、認知のゆがみを是正し、行動につなげていくトレーニングを行うことは、その後の患者さんの生活において、トレーニングを生かし続けることができるからと考えられています。その効果の程度は、抗うつ剤の投与を続けた場合と同レベルであると期待されます。そして、抗うつ剤による治療の有効性を認めないうつ患者のかた、慢性的に重症化しているうつ病のかたにも、「認知行動療法が有効」と示された点も特筆されるでしょう。そのほか現在数ある心理療法のなかでも、唯一、抗うつ剤に匹敵する効果を認めているものは、認知行動療法であると指摘されている点も重要です。

さて、この論文では、結論からも明確ですが、抗うつ剤と認知行動療法の併用をしても、なおかつ、BDI19点という結果を示しました。これは決して、鬱病が治ったとはいえない数値であり、「治療に有効」と諸手を挙げて喜べるレベルではないのです(臨床的なうつ状態との境界であり継続的ならば、専門家の治療を要する)。BDI19点では、うつに由来する日常生活への悪影響は有意とされ、仕事に就けているのかどうか、といった詳細の指標についても再検討して欲しいものです。

今後も、抗うつ剤と認知行動療法の併用治療をしつつ、将来的には、よりうつ病に有効な治療手段を開発していく必要がありそうです。「マインドフルネス法」はそうした心理療法のひとつとなる可能性は秘めていると考えられています。

2016/02/01

愛し野塾 第58回 ソフトドリンクの砂糖含量を減らすという肥満対策の効果

肥満対策にソフトドリンクの砂糖含量をへらしてみたら

ソフトドリンクの売り上げは年々伸びる一方です。日本の炭酸飲料の消費量は、過去20年で20%の伸びを示しています(全国清涼飲料工業界のHP http://www.j-sda.or.jp/statistically-information/stati04.php)。さて、コカコーラ100ccに含まれている糖質が11グラムですから、350ccの缶を1本のむと、40グラム(160Kcal)近い糖質を取ることになります。肥満増加の原因のひとつに、ソフトドリンクがあげられる理由もよく理解出来るところでしょう。ロンドン大学のマー博士らは、<ソフトドリンクに含まれる砂糖の含量を徐々に減らしていくと、肥満、2型糖尿病予防効果があるのか>という問いに、数学モデルを用いることで挑戦し、そのレポートがランセットに発表され注目を集めています。
Ma, Yuan, et al. "Gradual reduction of sugar in soft drinks without substitution as a strategy to reduce overweight, obesity, and type 2 diabetes: a modelling study." The Lancet Diabetes & Endocrinology (2016).

肥満が原因となって死亡に至るケースは、世界中で年に300万人と推算されています。イギリスでは、成人の3人に2人、子供の4人に1人が、肥満とされ(2013年)、日本でも、子供の10%近くが肥満であると報告されています(2013年学校保健報告書)。最近では、日本の肥満児童数がやや減少傾向にあるとはいえ、こどもの肥満が、将来の2型糖尿病発症リスクとされている以上、現実的な対策をとらねばなりません。ソフトドリンクに添加されている砂糖は、子供が消費する全添加砂糖の30%を占めるとされます。どうやらソフトドリンクに含まれている砂糖は、ノンデモノンデモ満足感が得られず、結果として消費量が増えているようです。砂糖添加の清涼飲料水の消費による全世界の死亡者は、18万人いる、という推計もあるほどです。

 さて、英国では国をあげて減塩政策をしていることは、全世界の模範例としてよく知られているところです。政府主導で、80以上の主に食塩を含む食品を対象に徐々に食塩を減らしました。その結果、2003年の統計では、1日あたり9.5グラムもあった平均食塩摂取量は、2011年には、8.1グラムにまで減少させることに成功しました。事実、これに伴い、国民全体の平均血圧は、有意に低下し、脳卒中、虚血性心疾患の死亡率が有意に減ったのです。

同様の政策をとることで、砂糖摂取を減らし、結果的に、肥満と2型糖尿病発症率を減じることができるのか、これは重要かつ難しい課題です。固形食品のボリュームを減らすことなく、砂糖の含有量を、減じることは難しいといわれています。しかし、清涼飲料水ならば、ボリュームを同じにしながら、砂糖の含有量を減らすのは簡単でしょう。紹介する研究では、5年の対象期間で、清涼飲料水から、40%の砂糖含有量を、年あたり9.7%ずつ、徐々に減らした場合の肥満抑制効果を検討しています。
方法としては、英国版国民栄養調査と、ソフトドリンク協会のデータを用い、砂糖添加清涼飲料水の消費量を計算し、フリーシュガー(単糖類と2糖類)の摂取量とBMIとの関連を調査しました。

数学モデルによる試算によって、40%のフリーシュガーの添加削減は、1日あたりのカロリー摂取量のうち38.4Kcalの減少を実現することがわかりました。成人1人当たり、体重にすると1.2Kg(5年間)の減少となり、肥満者は、2.1%減ることが推測されました。20年後には、肥満に伴う2型糖尿病患者数は、27万人から30万人も減少することも推算されました。さらにこの効果は、高い砂糖添加清涼飲料水消費量の傾向がある青少年や、若年者、低収入層の方ほど、顕著であることが示されました。

国民栄養調査の結果から、正確なソフトドリンクの摂取量の試算は難しく、国民栄養調査のデータの不備については、専門家らによってたびたび批判されてきました。しかし今回の研究では、ソフトドリンク協会の協力を得て、データを集積し、ソフトドリンクの消費量についてより高い精度で推定しているところが、優れている点でしょう。一方で砂糖添加を減らした結果、ソフトドリンクの味が変わったとしても、そのほかの食品の摂取量は変わらない(つまり嗜好に変化が生じない)という仮定のもと行われた試算であり、数学モデルの前提条件について疑問が残ります。つまり、ソフトドリンクの甘みが減少していった場合、ケーキ等各種スイーツの甘味食品によって補償的に多く摂取するようになるといった行動変容が生じれば、この試算の妥当性・信頼性は落ちることになります。ソフトドリンク生産者側も、味覚的な変化を伴わない技術で、徐々に砂糖含有量を減らすことができるのかもしれません、が、実際には、この方法を適用するまでは、この辺りの是非を問うのは難しいのかもしれません。

「この研究報告を見れば、すぐにでも、肥満・糖尿病対策のために、国をあげて清涼飲料水の砂糖含有量減量政策をとらざるを得ないだろう」、というロブシュタイン博士の論評(同誌、同号)にも目がとまります。


我が国でもソフトドリンクについて、健康栄養教育の立場からの提言や、また特別課税をする案など早急な政策の実現化によって、次世代の肥満・糖尿病人口増加に歯止めをかけていただきたいものです。

愛し野塾 第57回 ジカウイルス感染の蔓延

ジカウイルス感染の蔓延

蚊が媒体となって伝染させる「蚊媒介感染症」のウイルスの一種であるジカウイルスが猛威を振るっています。ジカウイルスは、1952年にタンザニアとウガンダで人への感染が初めて確認されていましたが、現在、大流行が危惧されるブラジルでは、20154月まで一例の報告もありませんでした。20154月から同年11月までの間に、ブラジル27州のうち18州からジカウイルス感染に関する症例が報告され、ジカウイルス感染症の出現とともにブラジルにおける小頭症の頻度が、20倍にも上昇したのです。2015年度は、1248例の小頭症の疑診例があり、これは10万人の新生児あたり99.7件の頻度と算出されました。ブラジルの厚生省は、「ジカウイルスと小頭症の関連は確実である」とし、WHOは、ジカウイルスと先天奇形について注意勧告をする事態となっています。

さて、症例報告では、母親からジカウイルスの垂直感染を受けた新生児3人が、小頭症だけでなく、眼底に斑状萎縮があることが示されました(Lancet VOL387、pp228,2016,January 16,Zika virus in Brazil and macular atrophy in a child with microcephaly)。今後は、小頭症、眼症を含め、より広範に先天奇形がある可能性が指摘されており、大規模な疫学研究の結果が待たれます。

しかし一方で、ジカウイルスが小頭症を起こすことが科学的に証明されたわけではなく、「この流行が過ぎ去るまで妊娠を遅らせるべきである」と勧告を出した国があることを暗に批判している論説が、NIHの所長ファウチ博士から出されました。感染が世界的に拡大することが危惧されるなか、今後の対応に関して、慎重な対応を期待する専門家の意見もあることに注意を要します(NEJM Zika Virus in the Americas Yet Another Arbovirus ThreatAnthony S. Fauci, M.D., and David M. Morens, M.D.January 13, 2016DOI: 10.1056/NEJMp1600297)。
 
感染源として、すでにジカウイルスに罹患しているが、症状のないひと(不顕性感染)が問題となっている点も重要です。ジカウイルスに罹患しても80%のひとは無症状であるからです。つまり、こうした不顕性感染者が蚊にかまれると、蚊にジカウイルスが逆に伝播し、その蚊が別の健康な人にジカウイルス感染を広げる構図が判明しているからです。このため、罹患者は急速に増えていると見積もられ、すでに、44万人から130万人もいると推定されています(Lancet VOL387 pp335-336, Anticipating the international spread of Zika virus from Brazil)。1月28日には、「感染者は年末までには400万人にも及ぶ」可能性についてWHOは言及しています。ジカウイルス伝播予防策としては、まず、日中蚊に咬まれないようにすることと警告しています。また、ブラジルは観光、ビジネス関係者等、国内外、多くの人が出入りします。ブラジルでは、ジカウイルスが発見された地域から50km以内にある空港から2014年9月から2015年8月の1年間に国外に出た人は、990万人、行き先は米国だけで276万人と推定されています。アジア方面には、5%が出かけている計算となります。グローバリゼーション化によって生じた渡航者の自由な往来によって世界にむけて急速にジカウイルスが伝播される可能性があるということはいうまでもありません。事実、米国ではすでに多数のジカウイルスの感染者が特定されています。ブラジルは、夏のオリンピックをひかえています。蚊には絶対に咬まれないように行動する、そうした注意喚起が必要だ、とカナダトロント大学のボコッホ博士らは力説しています。

ジカウイルス感染症の症状は比較的軽いもので(発熱、筋肉痛、結膜炎に伴う目の痛み、倦怠感、斑点状丘疹が2-7日続く)、感染しても症状がない方が多く、かつ、検査キットがいきわたっておらず(PCR検査が唯一の診断法で、血清検査は、デング熱、西ナイル病、黄熱病と交差反応があり確定診断できない)そのため迅速な診断が難しく、現在までに特効薬もなく、ただちに治療することもできず(治療は十分に休養を取り、水分を補給し、痛みや熱にたいして解熱剤を使う程度)、ワクチンもなく予防すらできない、というバックグラウンドゆえに現在のところパンデミックな流行を止めるすべがないのです。一刻も早い、ワクチン開発を含めたこの感染症対策が、WHO主導で行われることが必要であると考えられています。エボラ感染を水際で食い止められず、爆発的な流行を許してしまった、WHOの不手際で、同機関の信用は大きく落ちました。今回はその轍を踏まないよう、迅速な対応が望まれます。

1月29日現在のWHOHPでは、(1)感染症監視の強化、(2)蚊の駆除を各国と強力して推進、(3)ウイルス同定を可能にする検査室の設置、(4)ジカウイルス感染症者の治療とモニタリングのガイドライン策定、(5)ジカウイルス感染症研究の早急に推進するべき分野の特定、を対応策としてあげています。
米国疾病局(CDC)のガイドラインでは、2週間以内に、ジカウイルス蔓延国訪問歴がある場合、妊婦は、症状があるかたにのみジカウイルスの検査を勧めるとしています。


問題はPCR検査の結果で陰性であってもこれは確定的であるとはいえない点です。なぜならジカウイルス感染後1週間以内の検査でなければ有効でないからです。おそらく一番確実なのは超音波をすることですが、小頭症は、妊娠中期末にしか、画像診断ができないというジレンマも抱えています。妊娠の可能性を考えれば、ジカウイルス感染症に行かない、のが良策といえるとしています(NYT Short Answers to Hard Questions About Zika Virus By DONALD G. McNEIL Jr. )。ジカウイルスの報道から目が離せない状況となっています。ブラジル渡航の可能性があるかたはくれぐれも蚊に用心していただきたいと感じました。