2017/11/25

第146回 愛し野塾 急性虚血性脳卒中治療の進歩


脳梗塞の後遺症は、軽い症状から重い症状まで様々ですが、中でも、片麻痺、言語障害は、多く認められる後遺症です。その結果として、歩行などの動作やコミュニケーションの困難が生じ、日常生活の不自由さを強いられます。超高齢化が進む私たちの社会では、脳梗塞を原因とした後遺症による日常生活動作能力の低下から、介護の現場でも要介護者が急増しています。
我が国の脳梗塞の主な原因は、アテローム血栓、ラクナ梗塞、心原性血栓によるもので、その比率はほぼ等分といわれています(1)。脳梗塞発症後4.5時間以内であれば、血栓溶解療法(アルテプラーゼ(rt-PA)による静脈注射)によって治療(いわゆる内科治療)が可能です。しかし、内頚動脈と中大脳動脈起始部といった脳主幹動脈に大きな血栓が生じた症例では、rt-PAで血栓を溶解することは難しく、後遺症を残してしまう症例が後を絶ちませんでした。しかし、2年前、大きな転機がおとずれました。「脳血栓除去療法」とよばれる、血管内にカテーテルを通し、特殊なデバイスを用いて機械的に血栓を除去する治療方法が試みた結果、脳梗塞発症後6時間以内であれば、大きな血栓ですら綺麗に除去可能であること、また、劇的な症状の改善をもたらすこと、が明らかにされたのです(2)。この「脳血栓除去療法」の問題点は、発症時間の定義です。そもそも脳梗塞は、発症時間の推定が難しく、例えば、起床時に脳梗塞となった場合、発症時刻は、発見時ではなく、最後に普通通りに生活していた時間と定義されていることから、「発症後6時間以内の治療が可能であること」という条件に合わない、といった症例が多数存在するのです。実際、rt-APによる治療可能な4.5時間以内、あるいは脳血栓除去療法が施行可能な6時間以内で、治療のできる脳卒中専門施設へ円滑に救急搬送できる体制が、すべての自治体で必ずしも十分に整備されているわけではなく、未だ理想的な治療を施せる症例実績が増えているとはいえません。
過去のデータを元に、前述の二つの治療を受けることができなかった、発症後6時間から24時間の極めて限定された時間に病院に搬送された症例は、全脳主幹動脈の閉塞症例の33%、すなわち約3分の1であるということがわかりました。現場の医師、患者、そして患者家族からすれば、最善の治療をしたい、最適の治療を受けさせたい、という切実な思いがあり、発症から、6時間以上の経過によって、一律に治療はできない、適用対象にすらなれない、というのは、受け入れ難い現実です。
今回、米国ピッツバーグ大学のノグエイラ博士らは、脳主幹動脈が閉塞した脳卒中患者で、発症後6時間から24時間経過しているものの、「症状が重症であるにも関わらず、画像診断では脳梗塞の大きさが小さい、つまり、脳梗塞になりかかっている危機的な病変が、脳梗塞病変の周りに広がっており、血管の再還流によるベネフィットがある可能性が高い」、と考えられる患者に脳血栓除去療法を試み、成功を収めましたので解説します。データは、NEJMに発表になりました(3)。
[対象]
調査対象は脳主幹動脈(脳内内頚動脈か中大脳動脈起始部、あるいは、両方)に閉塞があることが、造影CTあるいは、MRIで確認された方としました。臨床症状は重症である一方で、脳梗塞部位が小さく、症状と画像診断にミスマッチがある症例が対象となりました。条件の詳細は、
(1)80歳以上の場合、NIHSSスコア(0-42点の範囲;点数が上がると重症、前方循環の場合、8点以下で予後良好、後方循環では、5点以下で予後良好とされており、10点以上は症状重いとされる) 10以上、梗塞体積 21cc以下
(2)80歳以下で、NIHSSスコア 10以上、梗塞体積 31cc以下
(3)80歳以下で、NIHSSスコア 20以上の重症、梗塞体積 31ccから51cc
としました。梗塞体積は、DW-MRIあるいは、造影CTを用いて、RAPIDソフトを用いて自動的に算出しました。また発症後の経過時間は「最後に健康であった」と明確な時間から6時間から24時間経過までを対象としました。発症後の時間の問題で、rtPAが受けられなかった患者、あるいは、rtPAを受けた後でも、血栓が溶解できなかった患者、も登録可能としました。
[治療]
対象患者は、通常ケア(コントロール群)と、通常ケアに血栓除去術を加える治療をする群に無作為に割り付けられました。血栓除去施術には、少なくとも年間40例以上の症例経験のある、米国、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアなど、26の医療センターで行われました。ストライカー社製の「トレボ」と呼ばれるデバイスが使用されました。
[評価項目]
術後90日のモディファイド・ランキンスケール(0から6まで、0:全く障害がない、6:死亡 の6段階評価で、数字が上がるごとに状態が悪い)をもとに、効用値で重み付けし、0-6点に対して、それぞれ、10、7.6、6.5、3.3、0、0を課しました(10点が障害なし、0点が死亡)。
[結果]
2017年2月までの3年間で登録された206人のうち、107人が血栓除去群、99人がコントロール群として無作為に割り付けられました。NIHSSスコアの中央値は17、梗塞体積の中央値は、血栓除去群:7.6cc、コントロール群:8.9ccでした。健康状態が確認されてからの経過時間の中央値は、血栓除去群:12.2時間、コントロール群:13.3時間でした。年齢は、血栓除去群:69.4歳、コントロール群:70.7歳、高血圧は血栓除去群:78%、コントロール群:76%、中大脳動脈の起始部の閉塞は両群ともに78%、主なプロフィールに差を認めませんでした。一方、心房細動は、血栓除去群:40%、に対しコントロール群:24%で、血栓除去群に多く、rtPA治療を受けた方は、血栓除去群:5%に比較してコントロール群:13%で多く、起床時の発症は、血栓除去群:63%でコントロール群:47%よりも多い傾向を認めました。血栓除去群107人のうち105人が血栓除去術を受け、102人はトレボデバイスのみで治療を受けました。トレボデバイスでエラーとなった3人は、プロトコルでは認められていない別のデバイスで治療を受けました。
「効用値による重み付けされたモディファイド・ランキンスケール値」は、術後90日で、血栓除去群:5.5、コントロール群:3.3で、血栓除去群が有意に優れている(P=0.999以上)と推算されました。
術後90日のモディファイド・ランキンスケールで0,1,2点と評価された、「機能的自立」と判定された患者は、血栓除去療法群が49%で、コントロール群の13%に比較し、有意に優れている可能性(P=0.999以上)があると推算されました。両群は、ベースラインの特徴が異なっていると判断された因子による補正されましたが、血栓除去療法の優位性は揺るぎませんでした。24時間後の血流の再疎通率は、 血栓除去療法群が77%で、コントロール群の36%に対し優れた成績でした。
90日後の脳卒中に関連する死亡、および全死亡について、血栓除去術群とコントロール群で「有害事象」に有意差を認めませんでした。神経学的な悪化率は、血栓除去術群:14%で、コントロール群の26%に比較して有意に低くなることが明らかになりました(P=0.04)。
[議論]
脳卒中発症後6時間以内の治療成績を対象とした、過去5論文のメタ解析では、「血栓除去術をしない通常治療のコントロール群の機能的自立」と評価されたのは、26%でした。本研究では、コントロール群について、機能的自立症例は、13%で、成績には、2倍の開きがあることになりました。しかし、過去の調査と比較すると、今回は、発症からの経過時間などの厳格な条件によって、rt-PA療法は、6分の1の方にしか施行されていなかったこと、また対象者がより高齢でNHISSスコアが高かったことが、コントロール群の成績が悪かった原因ではないか、と推定されています。しかし、そうしたネガティブな条件にもかかわらず、血栓除去術群における機能的自立が術後90日の時点で、49%に認められたことは高く評価されました。この成績は、脳卒中発症後6時間以内で施行された血栓除去術の成績に匹敵するものです(46%)。治療対象を適切に限定することで、発症後6時間以上経過している脳卒中でも、脳血栓除去術は十分に有効であると考えていいでしょう。
課題は、何よりもこうした症例に適切に迅速に対処できる各自治体における医療機関の整備でしょう。発症後できるだけ早く、極力4.5時間以内に、できれば6時間以内に、さらに24時間以内までは条件次第で可能性がある、という認識のもと、専門病院へ搬送できるように、政府が主導者となって、地域の機関病院を中心としたきめ細やかな医療連携の整備に尽力を注いでいただきたいと望むところです。

(1)脳卒中の治療UPDATE2017 大槻俊輔 近畿大医誌
(2)Berkhemer OA, Fransen PSS, Beumer D, et al. A randomized trial of intraarterial treatment for acute ischemic stroke. N Engl J Med 2015;372:11-20
(3)Nogueira RG, Jadhav AP, Haussen DC, et al. Thrombectomy 6 to 24 hours after stroke with a mismatch between deficit and infarct. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1706442

2017/11/18

第145回 愛し野塾 臓器移植の技術革新と生命倫理とのあいだ


日本臓器ネットワークのHPによると、臓器移植を待っている「待機患者」は1万1,900人、移植を受けられるのは、毎年わずか300人ということです。米国では、待機患者が11万6000人と日本の10倍以上で、2017年の最初の8ヶ月で、2万3,092件の臓器移植が行われています。臓器移植の盛んな米国ですら、移植待機中に4分の1の方が亡くなってしまいます。ドナーの減少が著しいドイツなどでは、臓器移植の手法の抜本的な見直しや臓器提供の体制を整える新案を国会に提出すべき時期だと専門家らによって主張されています。しかし臓器提供を促す施策には限界があるでしょうし、期待が高まるiPS細胞を用いた移植術も臨床応用に至るには課題が山積し、もう少し時間が必要でしょう。一刻を争う患者さんを救い出す打開策はないものでしょうか。
より現実的な手法として「ブタ」を用いた異種臓器移植が注目されています。ブタの体の作りは、生理学的に人間の仕組みと似ていること、期待通りのクローン作成や遺伝子改変が容易で、多産、かつ妊娠サイクルが短いという利点があります。しかし、ブタからヒトへの臓器移植には未解決な問題点は多く、特にブタ保有のウィルスのヒトへの感染は重大な問題です。ヒトからヒトへの臓器移植ですら、HIV、サイトメガロウイルス、狂犬病ウイルスの感染などの問題には最大の注意が必要とされています。ブタ固有の感染症でヒトにも伝播し、重篤な症状をもたらすのが、インフルエンザウイルスやE型肝炎ウイルスなどです。これらは胚移植、帝王切開術、ワクチン療法によって、感染をある程度抑止しうるものの万能ではありません。特にE型肝炎ウイルスの感染抑止は難しく、特に、ブタ内在性レトロウイルス(PERVs)は、臓器移植感染リスクとして最も注目されているウィルスです。 PERVsは、過去に感染したレトロウイルスがDNAコピーを作成し、ホストのゲノムの中に組み込まれ、そのまま潜み続けているものです。また、PERVsは、ウイルスを作成することができ、臓器移植時には、このウイルスがヒトに感染し、病気を起こす懸念があるのです。レトロウイルスの感染によって発症する疾患には、免役異常やがんも含まれ、PERVsの駆逐が、ブタ臓器移植術の成功の鍵となるのです。PERVsは、ブタのストレインにもよりますが、少ない場合3コピー、多いと140コピーがホストのゲノムに取り込まれています。2015年にヤング博士らは、CRISPR-CAS法を用いて、ブタの細胞株に対して、62個のPERVs全てを不活化することに成功しました(第45回の愛し野塾で解説)。今回は、PERVsを全て不活性化した、健康な子豚を作ることに成功し、異種臓器移植がいよいよ現実のものとなる可能性が大きく広がりましたので解説したいと思います(1)。NEJMの11月9日号にこの話題が取り上げられました(2)。
【研究】最初に初代胎児ブタ線維芽細胞を作成されました。次に、ゲノム PCRとゲノムシークエンス法によって、作成された細胞のゲノムに存在していた25個のPERVsを検出しました。その後、これら全てのPERVsをCRISPR-CAS法を用いて不活性化する方針としました。
PERVsのPOL遺伝子をターゲットとしたガイドRNAは2個用意しました。初代胎児ブタ線維芽細胞を、ガイドRNAとCRISPR―CASとで、12日間インキュベートしましたが、90%以上DNA編集が成功した細胞クローンを得ることはできませんでした。このことからDNA編集が成功したクローンは、アポトーシスを起こしやすいと推定し、抗アポトーシス、かつ細胞増殖に作用する薬剤(P53阻害剤、PFTアルファ、bFGF)を添加しインキュベートすることにしました。その結果、ゲノム編集される細胞クローン作成効率が有意に改善し、100%PERVsが不活性化された細胞クローン生成に成功しました。こうして作成された細胞の上澄み液には、レトロウイルスが検出されないことも確認されました。
次に、ターゲットシークエンス以外の部位の異常が生じていないか、すなわちCRISPR-CAS9で切断された部位が予定通り切断されていること、また同部位に、大きな遺伝子欠損が生じていないことを、シークエンスによって確認されました。
次に、「PERVsが不活性化された」細胞から核のみを取り出し、予め核をすでに取り除いたブタ卵細胞に移植しエンブリオを作成しました(体細胞核移植術)。作成されたエンブリオを代理母となる雌ブタで育てました。雌ブタ一匹あたり200-300個のエンブリオを植えつけたところ、17匹の雌豚から、37匹の子豚が生まれました。最終的に15匹の子豚が生き残り、論文発表時点で、最も長く生き延びた子豚は、生後4ヶ月に達していました。生まれて来た子豚のゲノムには、25個のPERVsがありましたが全て不活性化されていました。
今回の研究成果から、全てのPERVsが不活性化された子豚が得られましたが、未解決の問題点は多いと、NEJMのコメントにデンナー博士が述べています(2)。第1に、E型肝炎、サイトメガロウイルス、サーコウイルスなど、PERVs以外の感染症の抑止という課題です。E型肝炎は、致死的な肝炎を発症しますし、またサイトメガロウイルス感染は、移植臓器の寿命を短くするリスクが指摘されています。しかし、感染症に罹患していない子豚を実験室で作成することは、それほど難しいことでは無いと考えます。仮にゲノムに取り込まれているのなら同じ手法で取り除けるわけですし、外来感染は、高度に管理された無菌室内での操作によって管理可能でしょう。ただしドナー動物では発症しながった未知のウイルスへの監視は重要なポイントとなるでしょう。
2番目の問題点として、異種臓器移植で問題になる超急性期拒絶反応です。特定の抗原に対するヒト免疫寛容の達成のために、HLA抗原を改変したブタを作る必要があります。これには今しばらく時間がかかりそうです。
いずれにしろ研究者の不断の努力によって、テクニカルな問題解決は、もはや時間の問題でしょう。一方で忘れてはならないことは、倫理的な問題です。臓器が足りないという現実から、命ある動物を遺伝子操作し、ヒトの受注に応じた臓器提供動物という役割を与えて良いものか、異種間臓器移植の現状を広く認知させ、十分な議論を重ねるべきでしょう。また、ブタの臓器を持った人間は、ハイブリッドとしてカテゴライズするべきなのか・・・。議論なしに臓器移植が進めば体のほとんどの臓器がブタから提供されることもありうるのです。「ヒト」として、どの程度までブタ臓器の代替が可能なのか。異種間移植が新種の病を発症させはしないか。フランケンシュタイン実験とどこが違うのか。
今やゲノム編集という新技術を使用すれば「個体レベル」での正確な遺伝子操作が可能となりました。従来考えもしなかった生命の可能性が爆発的に広がる一方で、新たな問題が同時に生まれているのです。私たち人類にとって、「ヒトとして」病気を克服し、幸せに生きる最良の方法は何でしょう。高度化する技術に遅れないよう、想像力を働かせ、生命倫理の下に高度医療開発の使命を共有してゆくべきではないでしょうか。それとも、高度医療技術の進歩によって「いのちの倫理」というものは変容してしまうものなのでしょうか。

文献1
Niu, D., Wei, H. J., Lin, L., George, H., Wang, T., Lee, I. H., ... & Lesha, E. (2017). Inactivation of porcine endogenous retrovirus in pigs using CRISPR-Cas9. Science, 357(6357), 1303-1307.

文献2
Denner, J. (2017). Paving the Path toward Porcine Organs for Transplantation. New England Journal of Medicine, 377(19), 1891-1893.

2017/11/15

第144回 愛し野塾 経皮冠動脈インターベンションのターニングポイント


心臓をとりまく冠動脈は、酸素や栄養素を心筋へ供給する動脈です。動脈硬化による冠動脈の変性は、心筋への血液供給を著しく減少させる「狭窄」や「閉塞」の原因となり、「狭心症」を引き起こします。さらに冠動脈の血管が完全に詰まり心筋虚血状態となる「心筋梗塞」では、心筋細胞に壊死が生じ、心臓の機能低下によって死亡リスクが一気に跳ね上がります。
「狭心症」は、臨床症状によって二つに分類されます。労作時に狭心症発作が生じるものの増悪傾向がなく容体が安定している「安定狭心症」、狭心症発作が頻繁、かつ持続時間が長くなったり、安静時にも生じ、心筋梗塞に移行する可能性が高まる「不安定狭心症」です。
さて、「安定狭心症」についても、緊急処置を要する不安定狭心症と同様に、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を早急に行い、狭窄部位を広げることは、生命予後改善に非常に有効である、という概念が優勢でした。ところが、昨今、症状の安定した安定狭心症にPCIを施行することの有効性を疑問視する報告が相次ぎ、専門家の間では、盛んに議論されています。PCIをしても、肝心の心筋梗塞の発症を減らす効果や、死亡率を低下させる効果がないことが、無作為試験やメタ解析から次々明らかにされてきました。しかしそうは言っても、PCIが、狭心症の痛みを抑える、という効果から、PCIをしないという選択肢は、取りづらいのが現状、というところでしょうか。事実、臨床の現場では、PCI治療は、増え続けています。冠動脈インターベンションの件数を競い、ランキングまで発表される風潮にのせられて、「実績数」で患者の信頼を得よう、とする医療機関もあるくらいです。留置する冠動脈ステントが1本約50万円、さらに施行数に応じて利益が見込まれる背景があることも黙視できません。PCIはルーチン、かつ当たり前のこと、と受け止めている医師も少なくありません。某メディカルセンターのホームページによると、PCIの費用は、患者の3割負担で40-60万円との記載があります(2017年11月閲覧)。すなわち総額で、133万円から200万円もかかることになります。
高額な医療でかつ、死亡率や心筋梗塞率を下げないカテーテル治療の適応について、米国心臓学会では、「ガイドラインに則った厳格な経口剤による治療によっても狭心痛がコントロールできない場合に限り、 PCIを認める」と厳しい条件を課しています。ところが、PCIの半数は、この条件を満たしていない、という見解もあります。裏を返せば、無駄に高額なPCIが、多数行われている可能性があるのです。さらに合併症として、死亡(0.65%)、心筋梗塞(15%)、腎障害(16%)、脳卒中(0.2%)、血管合併症(2-6%)という報告もあるように(1)PCIには、危険性も存在し、当然、厳密な条件での適応が求められるべきものなのです。
さて、「痛みが軽減する」などの狭心症コントロールとしてのPCIの効果は、実は「心臓カテーテルをしたという侵襲的な施術そのもの」によるのではないか、「ステントの留置など血管再建術をすることには、意味がないのではないか」、という驚くべき考えが出てきました。ただし、この斬新な考えの検証には、比較検討するためには、「重症の冠動脈疾患がある」プラセボ群を設け、「カテーテル施術は行う」が、「狭窄部位にステントは入れない」という勇気ある方法を取らなければなりません。このようなプラゼボ行為は、非倫理的行為とされ、1977年に冠動脈インターベンションが開発されて以来、過去40年一度もなされてきませんでした。
さて、今回取り上げます「ORBITA」研究は、この重大な課題を克服した最初の研究となりました。ワシントン大学のブラウン博士らは、ランセットの「コメント」で「この挑戦は賞賛に値する」と高く評価(1)し、加えて「安定狭心症における PCIはとどめを刺された」とまで述べています。論文は、英国インペリアルカレッジのアラミー博士らによって11月2日、オンライン版のランセットに発表されました(2)。
【研究】
冠動脈血管1本のみが重度の狭窄(70%以上)を認めた症例を対象に研究は行われました。試験登録後6週間、最適であると評価された経口剤の投与が行われました。同期間は、週に1-3回、抗血小板薬を3剤服用するように電話指導が行われ、6週間で、最適な治療が施行されました。実際、この期間に狭心症の症状の消失を認めた39人の参加者のうち、17人は、試験参加を中止しました。
試験参加者は、運動耐用能測定・症状に関する質問・ドブタミンストレス下のエコー検査の後、PCI群、プラセボ群の2群に無作為盲検法を用いて、1:1で割り付けられました。治療6週間後、施術前と同じ検査が行われ、一次評価項目として、トレッドミル歩行検査によって、運動時間が比較検討されました。運動時間は、低血圧、心室性の危険な不整脈、3mm以上のST低下、胸痛が生じた場合にトレッドミルを中止するまでの時間と定義されました。
対象となった200人は、PCI群に105人、プラセボ群に95人の2群に無作為に割り付けられました。平均年齢は66歳、男性の比率は73%、BMIは28.7、糖尿病罹患率は18%、高血圧罹患率は69%、高脂血症が72%、喫煙者が13%、陳旧性心筋梗塞が6%、PCIを既に施行されているのが13%、左室収縮機能は92%が正常、カナダ心血管協会の狭心症の重症度分類で、中程度から弱強度の運動で生じる狭心症が98%で、狭心症の罹病期間は平均で9ヶ月、いずれも2群間に差を認めませんでした。
施術時間は、プラセボ群は61分、PCI群では90分と有意に長く、両者共に、3本ある冠動脈のうち前下降枝に病変がある症例が69%を占めました。平均閉塞率は、84%と極めて高率でした。FFRは0.69、iFRは0.76でした。ステントは、すべてDESが用いられ、ステントの平均長は24mmで、術後のFFRは0.90、iFRは0.95と有意な改善を認めました(いずれもP<0.001)。
一次評価項目である運動時間の改善率、(P=0.20)、二次評価項目である1mmのST低下に要する時間変化(P=0.164)、最大酸素摂取量(P=0.741)に2群間の差を認めませんでした。
総じて、狭心症の改善を認めたのは PCI群で40%、プラセボ群で38%、2群間に統計的有意差は、認められませんでした(P=0.916)。
有害事象としては、プラセボ群で、2人が胃からの出血を起こしました。2人ともにステントを留置し、PPIが処方され、出血は止まりました。4人のプラセボ患者で、狭窄部位にワイアーを通す時に、内膜を損傷したため、ステント留置されました。これら6人については、その後の経過に問題はありませんでした。
さて、「少なくとも1本の冠動脈に狭窄がある症例については、安定狭心症の場合、ステント挿入は不要」との結論が得られたことは、多くの医療研究者を驚嘆させました。論文内容は、心臓専門医らの「信じられない結論である」といったコメントとともに、アメリカ・ニューヨークタイムズ11月2日号に掲載されました(3)。記事のタイトルは、”’Unbelievable’: Heart Stents Fail to Ease Chest Pain”と掲載され、専門家間の相当な反響があったことは明らかです。
今回の試験で、複数の冠動脈の病変があるものは対象外とされました。今後はさらに進行した狭心症の場合でも、同じ結果が得られるのかどうか、興味が持たれるところです。今回は、施術後6週間という短期間の分析結果であり、死亡率、心筋梗塞発症率の検討について、今後、長期的視野に立った研究成果が待たれます。
さて、PCIによる血流改善効果は、施術後、極めて早く現れるとされます。過去の30日、37日、6週間で効果を判定した研究のいずれについても、有意な効果を認めており、「当研究で用いられた6週間後のPCIの効果判定」は、妥当であると考えられます。しかし、経口剤の効果は、より時間がかかることから、6週間後の観察では効果を評価するには、短いのではないか、と指摘されています。つまり、施術後の時間経過とともに、プラセボ群がPCI群を上回る可能性も否めないということでしょう。
さて、「冠動脈が狭くなっているから、狭心症を発症するだろうという概念」に対して、疑問を呈した本論文の中でも、特筆すべき点は、「ステントを置かない、本当の意味でのプラセボ施術が、これほどまでに重症(狭窄率が平均で84%)とされる冠動脈狭窄症の患者の痛みを取る効果があったこと」、「あらゆる検査パラメーターについて、PCIと同等の効果を認めたこと」でしょう。研究を遂行した勇気あるインペリアルカレッジの面々に拍手を送ると共に、今後、再現性があるのかについての検証は重要なポイントとなるでしょう。「飲み薬と同等の効果しかないにもかかわらず施行されている、高額、かつ有害事象の多いPCI」という結論の是非をめぐって、PCIは、重大な岐路に立たされているのかもしれません。
結論に至るまで、私たちは、心筋梗塞予防を意識的に実行することが肝要でしょう。適度な運動、健康的な食事、禁煙、休養、また社交的活動など、健康な日常生活を心がけることが副作用の最も低い、しかし簡単ではない修行のようなものかもしれません。しかし、PCI=万能だ、と盲信するのではなく、きちんとしたプラゼボを設けた対照試験の結果を見た上で、効果判定するべきだったのではないだろうか、そうした思いを強くもたせられた検証報告でした。

(1)Brown, D. L., & Redberg, R. F. (2017). Last nail in the coffin for PCI in stable angina?. The Lancet. Lancet. 2017 Nov 1. pii: S0140-6736(17)32757-5. doi: 10.1016/S0140-6736(17)32757-5. [Epub ahead of print] No abstract available.
 (2)Al-Lamee, R., Thompson, D., Dehbi, H. M., Sen, S., Tang, K., Davies, J., ... & Nijjer, S. S. (2017). Percutaneous coronary intervention in stable angina (ORBITA): a double-blind, randomised controlled trial. The Lancet. pii: S0140-6736(17)32714-9. doi: 10.1016/S0140-6736(17)32714-9. [Epub ahead of print]
 (3) ‘Unbelievable’: Heart Stents Fail to Ease Chest Pain, Leer en español By Gina Kolata NOV. 2, 2017, 
https://www.nytimes.com/2017/11/02/health/heart-disease-stents.html

2017/11/08

第143回 愛し野塾 非侵襲的な脳深部刺激療法の開発


非侵襲的な脳深部刺激療法の開発

「脳神経疾患の治療を、人為的かつ精密な脳機能の操作によって行う」、というコンセプトのもと、研究者らによって様々な試みが行われています。脳は、知覚、運動、認知、行動など高次機能の司令塔です。しかし正常に機能するためには、安定した多数の神経回路の制御が、整然と維持されていなければなりません。特定部位の機能低下、及び亢進によって、神経回路が破綻すると、脳機能異常が生じ、結果として脳神経疾患の発症につながるのです。
病気の本体となる特定部位の同定によって、機能回復にとどまらず、完治を志すべく、脳科学の挑戦はまさにはじまったばかりです。従来、治療法の開発は、薬物療法を中心に施行されてきました。しかし、1,000億個もの神経細胞からなる脳です。薬物投与が行われれば、特定部位のみならず、病気の発症領域以外への影響が危惧され、副反応の観点から、未だ薬物治療には様々な意見があるところです。事実、パーキンソン病、てんかん、うつ病、本態性振戦、ジストニア、強迫神経障害などの病態は、薬物コントロールに難渋する症例が後を立たないのが現状です。
さて、欧米などで、薬物コントロールの困難な病態に、積極的に試行され始めたのが「脳深部刺激療法」です。発症に関わる脳深部の特定の部位に電極を挿入し、外部から刺激を与えることで、病気をコントロールするのです。その効果は絶大で、パーキンソン病の報告(1)では、病気の重症度を判定するスコア(UPDRS)を分析した結果、オフメディケーション時の運動機能は、治療後約5年で54%改善、日常生活の活動性は、48%改善、また要介護の方でも、自立して生活できるようになったという多数の症例が、すでに報告されています。ただし、深部脳に対する外科的処置があらかじめ必要なため、出血や、標的となる神経回路以外の回路への悪影響など、重篤な有害事象については未だ完全には回避できていない、というのが現状です。
このような背景から、非侵襲的な(外科術を要さない)方法で、刺激を脳に加える治療方法の開発が、各研究機関で競って施行されてきました。今回、驚くべき治療方法が開発され、NEJM9月号に取り上げられました(2)。オリジナル論文は、6月号の「CELL」に米国ボストンMITのグロスマン博士らによって発表されたものですので(3)、今回は、この論文について解説を加え検討をしようと思います。
[研究]
神経細胞には、活動電位が生じるごとに1msecの不応期が存在し、1kHz以上の非常に高い周波数で電気刺激をしても、神経細胞は、発火(活動電位を生み出す)しない、という特徴があります。この生理的特長を利用し、まず、理論的モデル化、及び物理的研究が展開されました。
「神経細胞が発火しない高周波刺激では、神経細胞は発火しない。しかし、2種類のわずかに異なる高周波で刺激すれば、その刺激の重なる部位では、高周波の刺激がキャンセルされ、周波数の差の刺激が神経細胞に伝わる」という仮説が立てられました。研究者らは、これを「時間干渉、Temporal Interference」と呼んでいます。理論的にも、基礎的データもまた、この仮説を支持するものでした。実験は、この仮説に則って遂行されました。
げっ歯類の脳に、高周波の電気刺激が与えられました。2.0kHzや2.01kHzの高周波の電気刺激を一箇所から与えただけでは、仮説通り、脳神経細胞の発火は観測されませんでした。次に、2箇所の別の部位から、それぞれ、2.0KHzと2.01KHzで電気刺激を与えると、電気刺激が交差する部位で神経細胞の発火が観測されました。2つのわずかに異なる高周波の電気刺激は、高い周波数(この場合2kHz)の刺激の効果は相殺され、周波数の差(0.01kHz)の刺激が伝達される、という、仮説を支持する結果が得られました。0.01kHzなら神経細胞の不応期よりも刺激間隔(100msec)が長くなります。
さて、この方法を用いて、脳深部にある「海馬」の刺激が試みられました。特定部位への刺激に成功し、かつ、海馬から脳の標的刺激部位までに存在する神経細胞(脳皮質)は活性化されず、脳深部のターゲットをピンポイントで刺激することが確認されました。
同じ2kHzの刺激を、2箇所、別の場所から加えても、神経細胞の発火は認められませんでした。また、「時間干渉法」を用いて、運動皮質を刺激したところ、対側の前足を人為的に動かすこともできました。
[安全性]
電気刺激を与えた脳に異常がないことが、免疫染色法によって確認されました(脳細胞の密度に変化がない、アポトーシスを起こした細胞が増えていない、シナプスの数に変化がない、グリア細胞の形態・数に変化がない)。脳の温度測定から、刺激による脳温度異常が生じないことも確認されました。
動物レベルではあるものの、安全性、効果共に問題ないことが明確に証明され、今後、実臨床への応用が強く期待されるものになりました。NEJMの中で、ロザノ博士(2)は、人体への臨床応用に向けて2つの克服しなければならないポイントを挙げています。一つ目に、げっ歯類の1400倍の容積となる人の脳では、時間干渉法の安全性は未だ疑問であること。二つ目に、時間干渉法には、特別な装置と人員を要し、これまでの電極植え込み法のような簡便性、利便性がない、ことです。しかし、これらはいずれも技術的な問題であり、検証が待たれます。
治療の難しい、パーキンソン病、てんかん、うつ病、本態性振戦、ジストニア、強迫神経障害を患う方々が、近い将来、時間干渉法によって、より安定したコントロールの下、豊かな日常生活を送ることができるようになればと、祈るばかりです。
 (1) Krack, P., Batir, A., Van Blercom, N., Chabardes, S., Fraix, V., Ardouin, C., ... & Benabid, A. L. (2003). Five-year follow-up of bilateral stimulation of the subthalamic nucleus in advanced Parkinson's disease. New England Journal of Medicine, 349(20), 1925-1934.
(2)Lozano, A. M. (2017). Waving Hello to Noninvasive Deep-Brain Stimulation. New England Journal of Medicine, 377(11), 1096-1098.
(3)Grossman, N., Bono, D., Dedic, N., Kodandaramaiah, S. B., Rudenko, A., Suk, H. J., ... & Pascual-Leone, A. (2017). Noninvasive Deep Brain Stimulation via Temporally Interfering Electric Fields. Cell, 169(6), 1029-1041.

2017/11/02

第142回 愛し野塾 アウトブレイクを抑止する感染症の診断革命


僻地や集落で発生した、生命を脅かす「毒性の高い感染症」への対応が、不十分な医療環境ゆえに、短期間に爆発的に広がる「アウトブレイク」は、さらに重大な世界的大流行である「パンデミック」に発展すれば、いうまでもなく人類の大きな脅威となるでしょう。
鮮明に記憶に残る、2014年の西アフリカエボラ出血熱のパンデミックでは、ギニア、シエラレオネ、リベリアでエボラ出血熱が出現しました。流行の初期の段階では、当地域の医療施設や医療関係者が少なかったこと、また地域独自の風習(死者に触れて哀悼するなど)からも窺い知れるように、医療関係者だけでなく、感染患者やその家族、地域住民への迅速、かつ適切な情報提供などができない環境であったことは、アウトブレイクに直結した重大な要因でしょう。同時に、PCRなどの検査機器の不備によって病因特定・鑑別診断が遅れたこともまた、急速な感染症の拡大、パンデミックの発生を許した、大きな反省点であることは明確です。
こうした背景から、エボラ出血熱など、生命を脅かす高い毒性を持つ感染症を、感染症発生圏内で、高精度で迅速に診断ができ、かつ安価な検査技術が設備されることが、求められてきました。しかし、「言うは易く、行うは難し」という言葉通り、その開発は行き詰っていたのです。
さて、ついに2017年春、この問題を解決に導くだろう、と高く評価された全く新しい技術が発表されました。10月26日号のNEJMに取り上げられたボストンのブロード研究所のグーテンブルグ博士らによって報告された「シャーロック」法です(1)。オリジナルの論文は、「サイエンス」4月28日号に報告されています(2)。
<方法>
CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)・Cas法によるゲノム編集技術の理論をベースに開発された方法が用いられました。これは、細菌が、ウイルスなどの外来の侵入物を排除する個体を守るための免疫システムです。ウイルスの構造に由来する配列が、細菌のゲノムには、「クリスパー(CRISPR)」として保存されています。外来ウイルスによる攻撃に対し、クリスパーに保存されている配列から、ウイルス特異的なRNA(CRISPR・RNAと呼びます)が合成され、即座に、ウイルスが認識されます。一旦、CRISPR・RNAが、ウイルスに相補的に取り付くと、酵素であるCasが活性化され、外来ウイルスのゲノムの特定部位が切断されます。こうして外来ウイルスは細菌に侵入することができません。CRISPR・RNAを人工的に作成した「ガイド RNA」を、Casと一緒に細胞に組み込むことによって、任意のゲノム上の特定部位を正確に切断できることもわかっています。
今回の研究では、多数あるCasの一つである、CAS13aが用いられました。試験管内で、人工的に作成したガイドRNAを用いて特定のウイルスの配列を認識したCAS13a が特定部位を切断します。これによって同じチューブに別途入れてあった、ガイドRNAに相補的なRNAフラグメント(フルオレッセンスでタグをつけたもの)が次々と切断されます。定量のために、ここに試験管内にあらかじめ加えていた核酸を増幅するシステムによって、切断されたRNAフラグメントからのフルオレッセンスの発光量が増え、RNAでもDNAでも、特異的な変異を、極めて微量なサンプルから特定できるという成果が得られました。
この方法を用いて、臨床的に問題となるジカウイルスとデングウイルスの判別に使えるかどうか、が試験されました。両者は、同じフラビウイルス科に属し、血清学的にも交差反応が起きることから、確定診断がしばしば問題になるウイルスです。
人工的に、それぞれのウイルスの配列を挿入したウイルスを作成し、「シャーロック」法を用いて、検査を試みたところ、2アトモル(10 -18 mol)の超低濃度でも、ジカウイルスが同定され、しかも、デングウイルスとの差異が識別されました。アトモルレベルでの同定は、実臨床での使用に耐える感度とされます。
次に、シャーロック法で使われる試料を凍結乾燥させ、紙の上で、スポット状に再度水和させる(紙面シャーロック法)方法で、感染症の発生地域で、簡便かつ正確に検査可能かどうかが検討されました。残念ながら、「紙面シャーロック法」では、感度は10倍低下してしまいました。しかし、20アトモルと高濃度ではありましたが、ジカウイルスとデングウイルスの判別には成功しました。
さらに、臨床応用の可能性を求め、4人のジカウイルス感染者の血清と尿を用いて、シャーロック法を用いた結果、4人全員の診断を達成し、汎用性を認めました。
次に、「シャーロック法」が、ウイルスだけではなく、細菌についても同定可能かどうか調査されました。単離コロニーを用い、大腸菌、緑膿菌について、黄色ブドウ球菌、結核菌、クレブシエラの3種から判別を試みた結果、正確な判別に成功しました。
シャーロック法の判別精度の分析によって、わずか1塩基の違いも判別可能であることが証明され、ジカウイルスのアフリカ株とアメリカ株の差異も同定されました。またヒト唾液のサンプルから、5個の健康に関係する遺伝子のSNPも同定しました。
最終的に、ヒト血液中の核酸から、がん細胞由来の遺伝子の同定を試みました。血液中には、正常な遺伝子が大量に存在するため、微量なガン遺伝子を検出することは極めて困難であるにもかかわらず、全体の0.1%しか存在しないガン遺伝子(EGFR L858RとBRAF V600E)の同定に成功したのです。今後は血液サンプルからの精度の高いがん診断の可能性も広がることでしょう。
コスト及び、汎用性については、「紙面シャーロック法」では、デザイン、ガイド RNAの合成など試験試料の作成に2-3日、病原菌の同定に1-2時間要すると推算され、感染症の発生地域での迅速な対応が可能なることが期待されます。コストは、一回のテストあたり、わずか0.61ドルと試算され、実現の可能性は高まります。
紙面シャーロック法では、20アトモルという高濃度のターゲットを含むサンプルが必要になることが、唯一、ハードルとなるかもしれません。しかし、効率的な核酸の増幅を可能とする技術開発は、高いハードルとは思えず、実現するのは、時間の問題でしょう。
シャーロック法は、感染症発生のあらゆる地域で用いられるようになると思います。この方法の高い精度、そして汎用性から、ガンの特定、人の遺伝子の特定にも役立つでしょう。まさしくPCR出現時の驚きと賞賛に匹敵する、大きなインパクトをもたらした研究成果だ、と、私は、しみじみ感じているところです。

(1)A CRISPR way to diagnose infectious diseases Caliendo et al. N Engl J Med 2017; 377:1685-1687October 26, 2017DOI: 10.1056/NEJMcibr1704902 
(2)Gootenberg, J. S., Abudayyeh, O. O., Lee, J. W., Essletzbichler, P., Dy, A. J., Joung, J., ... & Myhrvold, C. (2017). Nucleic acid detection with CRISPR-Cas13a/C2c2. Science, eaam9321.