2017/11/25

第146回 愛し野塾 急性虚血性脳卒中治療の進歩


脳梗塞の後遺症は、軽い症状から重い症状まで様々ですが、中でも、片麻痺、言語障害は、多く認められる後遺症です。その結果として、歩行などの動作やコミュニケーションの困難が生じ、日常生活の不自由さを強いられます。超高齢化が進む私たちの社会では、脳梗塞を原因とした後遺症による日常生活動作能力の低下から、介護の現場でも要介護者が急増しています。
我が国の脳梗塞の主な原因は、アテローム血栓、ラクナ梗塞、心原性血栓によるもので、その比率はほぼ等分といわれています(1)。脳梗塞発症後4.5時間以内であれば、血栓溶解療法(アルテプラーゼ(rt-PA)による静脈注射)によって治療(いわゆる内科治療)が可能です。しかし、内頚動脈と中大脳動脈起始部といった脳主幹動脈に大きな血栓が生じた症例では、rt-PAで血栓を溶解することは難しく、後遺症を残してしまう症例が後を絶ちませんでした。しかし、2年前、大きな転機がおとずれました。「脳血栓除去療法」とよばれる、血管内にカテーテルを通し、特殊なデバイスを用いて機械的に血栓を除去する治療方法が試みた結果、脳梗塞発症後6時間以内であれば、大きな血栓ですら綺麗に除去可能であること、また、劇的な症状の改善をもたらすこと、が明らかにされたのです(2)。この「脳血栓除去療法」の問題点は、発症時間の定義です。そもそも脳梗塞は、発症時間の推定が難しく、例えば、起床時に脳梗塞となった場合、発症時刻は、発見時ではなく、最後に普通通りに生活していた時間と定義されていることから、「発症後6時間以内の治療が可能であること」という条件に合わない、といった症例が多数存在するのです。実際、rt-APによる治療可能な4.5時間以内、あるいは脳血栓除去療法が施行可能な6時間以内で、治療のできる脳卒中専門施設へ円滑に救急搬送できる体制が、すべての自治体で必ずしも十分に整備されているわけではなく、未だ理想的な治療を施せる症例実績が増えているとはいえません。
過去のデータを元に、前述の二つの治療を受けることができなかった、発症後6時間から24時間の極めて限定された時間に病院に搬送された症例は、全脳主幹動脈の閉塞症例の33%、すなわち約3分の1であるということがわかりました。現場の医師、患者、そして患者家族からすれば、最善の治療をしたい、最適の治療を受けさせたい、という切実な思いがあり、発症から、6時間以上の経過によって、一律に治療はできない、適用対象にすらなれない、というのは、受け入れ難い現実です。
今回、米国ピッツバーグ大学のノグエイラ博士らは、脳主幹動脈が閉塞した脳卒中患者で、発症後6時間から24時間経過しているものの、「症状が重症であるにも関わらず、画像診断では脳梗塞の大きさが小さい、つまり、脳梗塞になりかかっている危機的な病変が、脳梗塞病変の周りに広がっており、血管の再還流によるベネフィットがある可能性が高い」、と考えられる患者に脳血栓除去療法を試み、成功を収めましたので解説します。データは、NEJMに発表になりました(3)。
[対象]
調査対象は脳主幹動脈(脳内内頚動脈か中大脳動脈起始部、あるいは、両方)に閉塞があることが、造影CTあるいは、MRIで確認された方としました。臨床症状は重症である一方で、脳梗塞部位が小さく、症状と画像診断にミスマッチがある症例が対象となりました。条件の詳細は、
(1)80歳以上の場合、NIHSSスコア(0-42点の範囲;点数が上がると重症、前方循環の場合、8点以下で予後良好、後方循環では、5点以下で予後良好とされており、10点以上は症状重いとされる) 10以上、梗塞体積 21cc以下
(2)80歳以下で、NIHSSスコア 10以上、梗塞体積 31cc以下
(3)80歳以下で、NIHSSスコア 20以上の重症、梗塞体積 31ccから51cc
としました。梗塞体積は、DW-MRIあるいは、造影CTを用いて、RAPIDソフトを用いて自動的に算出しました。また発症後の経過時間は「最後に健康であった」と明確な時間から6時間から24時間経過までを対象としました。発症後の時間の問題で、rtPAが受けられなかった患者、あるいは、rtPAを受けた後でも、血栓が溶解できなかった患者、も登録可能としました。
[治療]
対象患者は、通常ケア(コントロール群)と、通常ケアに血栓除去術を加える治療をする群に無作為に割り付けられました。血栓除去施術には、少なくとも年間40例以上の症例経験のある、米国、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリアなど、26の医療センターで行われました。ストライカー社製の「トレボ」と呼ばれるデバイスが使用されました。
[評価項目]
術後90日のモディファイド・ランキンスケール(0から6まで、0:全く障害がない、6:死亡 の6段階評価で、数字が上がるごとに状態が悪い)をもとに、効用値で重み付けし、0-6点に対して、それぞれ、10、7.6、6.5、3.3、0、0を課しました(10点が障害なし、0点が死亡)。
[結果]
2017年2月までの3年間で登録された206人のうち、107人が血栓除去群、99人がコントロール群として無作為に割り付けられました。NIHSSスコアの中央値は17、梗塞体積の中央値は、血栓除去群:7.6cc、コントロール群:8.9ccでした。健康状態が確認されてからの経過時間の中央値は、血栓除去群:12.2時間、コントロール群:13.3時間でした。年齢は、血栓除去群:69.4歳、コントロール群:70.7歳、高血圧は血栓除去群:78%、コントロール群:76%、中大脳動脈の起始部の閉塞は両群ともに78%、主なプロフィールに差を認めませんでした。一方、心房細動は、血栓除去群:40%、に対しコントロール群:24%で、血栓除去群に多く、rtPA治療を受けた方は、血栓除去群:5%に比較してコントロール群:13%で多く、起床時の発症は、血栓除去群:63%でコントロール群:47%よりも多い傾向を認めました。血栓除去群107人のうち105人が血栓除去術を受け、102人はトレボデバイスのみで治療を受けました。トレボデバイスでエラーとなった3人は、プロトコルでは認められていない別のデバイスで治療を受けました。
「効用値による重み付けされたモディファイド・ランキンスケール値」は、術後90日で、血栓除去群:5.5、コントロール群:3.3で、血栓除去群が有意に優れている(P=0.999以上)と推算されました。
術後90日のモディファイド・ランキンスケールで0,1,2点と評価された、「機能的自立」と判定された患者は、血栓除去療法群が49%で、コントロール群の13%に比較し、有意に優れている可能性(P=0.999以上)があると推算されました。両群は、ベースラインの特徴が異なっていると判断された因子による補正されましたが、血栓除去療法の優位性は揺るぎませんでした。24時間後の血流の再疎通率は、 血栓除去療法群が77%で、コントロール群の36%に対し優れた成績でした。
90日後の脳卒中に関連する死亡、および全死亡について、血栓除去術群とコントロール群で「有害事象」に有意差を認めませんでした。神経学的な悪化率は、血栓除去術群:14%で、コントロール群の26%に比較して有意に低くなることが明らかになりました(P=0.04)。
[議論]
脳卒中発症後6時間以内の治療成績を対象とした、過去5論文のメタ解析では、「血栓除去術をしない通常治療のコントロール群の機能的自立」と評価されたのは、26%でした。本研究では、コントロール群について、機能的自立症例は、13%で、成績には、2倍の開きがあることになりました。しかし、過去の調査と比較すると、今回は、発症からの経過時間などの厳格な条件によって、rt-PA療法は、6分の1の方にしか施行されていなかったこと、また対象者がより高齢でNHISSスコアが高かったことが、コントロール群の成績が悪かった原因ではないか、と推定されています。しかし、そうしたネガティブな条件にもかかわらず、血栓除去術群における機能的自立が術後90日の時点で、49%に認められたことは高く評価されました。この成績は、脳卒中発症後6時間以内で施行された血栓除去術の成績に匹敵するものです(46%)。治療対象を適切に限定することで、発症後6時間以上経過している脳卒中でも、脳血栓除去術は十分に有効であると考えていいでしょう。
課題は、何よりもこうした症例に適切に迅速に対処できる各自治体における医療機関の整備でしょう。発症後できるだけ早く、極力4.5時間以内に、できれば6時間以内に、さらに24時間以内までは条件次第で可能性がある、という認識のもと、専門病院へ搬送できるように、政府が主導者となって、地域の機関病院を中心としたきめ細やかな医療連携の整備に尽力を注いでいただきたいと望むところです。

(1)脳卒中の治療UPDATE2017 大槻俊輔 近畿大医誌
(2)Berkhemer OA, Fransen PSS, Beumer D, et al. A randomized trial of intraarterial treatment for acute ischemic stroke. N Engl J Med 2015;372:11-20
(3)Nogueira RG, Jadhav AP, Haussen DC, et al. Thrombectomy 6 to 24 hours after stroke with a mismatch between deficit and infarct. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa1706442