2018/11/19

愛し野塾 第195回 「社会からの孤立」は、痛みのリスク因子

<はじめに>
近年、「孤独」がもたらす健康や寿命への影響が注目されています。社会的から隔絶された孤独状態となると、自宅に、もしくは、自室にひきこもり、体をダイナミックに動かす機会を失います。身体活動量が減ることで筋肉量は減るにもかかわらず、体重増加、ひいては動脈硬化が促進し、さらに悪化すれば、冠動脈疾患を誘発する危険性が高まります。また、孤独なひとは、孤独でないひとよりも推定55%も死亡率が上昇することも報告されています。「孤独」が生命へのリスクを高めることが次々報告される昨今、「痛みなどの身体症状」に対する悪影響についての研究も盛んになってきています。

線維筋痛症、多発性硬化症、そしてがんサバイバーの研究から、「痛み」は、「うつ症状、疲労症状」とともに、併存しやすい症状群の一つであることがすでに分かっています。また成人の46%は慢性疼痛を訴え、13-27%にうつ症状を認め、30%は疲労感を経験していると算出されています。こうした「痛み、うつ、疲労症状群」の存在は、QOLを著しく低下させることからも、この症状群の引き金となるリスク因子を特定し、治療につなげようという動きもあり、リスクファクターとしての「孤独」が注目されています。孤独度の高い人は、痛みの増強を認めること、また別な調査では、うつ症状や疲労度が上昇することが、報告されていますが、これら3つの症状群を同じ条件下で、経時的に観察された研究はありませんでした。2014年、オハイオ州立大学のJaremka博士らがこの問題に2つのコホートを用いて取り組みました(文献1)。1つめのコホートは、「がんサバイバー」(N=115で2年間経過観察)が対象に、2つめのコホートは「認知症の配偶者をケアする介護者」(N=229で4年間経過観察)が対象に、一年ごとに、「痛み、うつ、疲労」症状群のチェックを受けました。その結果、孤独度の高いひとは低い人に比べて、「痛み、うつ、疲労」症状群のレベルが高いこと、年次を追って悪化することが明らかにされました。また睡眠の質は、介在因子としては機能していないことがわかりました。

2015年には、アリゾナ州立大学のWolf博士らが、繊維筋痛症患者について、朝に生じる「孤独感情」が午後の「痛み」の増強に関与するかどうか検討されました(文献2)。220人の繊維筋痛症患者を対象に、電子日記によって1日4回、21日間、「孤独、ネガティブな痛みに対する認知、体の痛み、社交的な喜び」について記載を行わせ、多数レベル構造方程式モデルを用いて解析をしたところ、朝は、午後に比較すると、孤独感が強く、午後の「痛みに対する認知」もネガティブになり、結果として、午前の痛みよりも午後の痛みが強くなることがわかりました。このことから孤独によって生じる認知の歪みを是正することによって、痛みを軽減させる可能性が示唆されました。

さて、今回、スタンフォード大のグループが、孤独につながるメジャーな因子である「社会からの孤立」をターゲットとして、痛みとの関係についての解析を大規模に行い、興味深い結果が発表されましたので、まとめたいと思います(文献3)。

<対象>
がんに起因しない筋骨格系の慢性的な痛みを患い、かつスタンフォード大学の痛みセンターに受診された方を対象に、痛みの治療が施されました。治療は、疼痛薬投与、心理療法(認知行動療法、アクセプタンス&コミットメント療法、バイオフィードバックトレイニングなど)、物理療法(ヨガ、タイチーなど)、介入療法(神経ブロックなど)、補完療法(鍼灸など)、セルフケア(問題解決療法など)でした。
「社会からの孤立」、「痛みによる干渉」、「身体機能」、「うつ症状」、「痛みの強さ」の5項目について、「プロミス=PROMIS」(患者報告アウトカム計測情報システム)を用いて、試験開始当初のデータを蓄積し、コンピューターによる適応型テストを用いて、効果の反応性のよいアイテムが同定されました。
「プロミスの社会からの孤立」のアイテムは、個々人の受け止め方として「他者から排除されている、引き離されている、関係が切断される、他者に認知されていない、他者から避けられている」項目を含み、さらに、「他者との相互関係の質の程度、社会ネットワーク、ケアをされている感覚、評価されている感覚、所属している感覚、信頼の感覚」を包含していました。
「プロミスの痛みによる干渉」のアイテムは、「痛みが干渉する、物理的、認知的、情緒的、リクリエーション的活動、睡眠、人生の喜び」を含みました。
「プロミスの身体機能」のアイテムは「セルフケアから、社会活動に必要なスキルが要求される活動までを含む、あらゆる身体活動を遂行する能力」でした。

<結果>

2014年から2016年までに、慢性疼痛罹患患者が登録され、横断研究に4950人が採用され、うち、312人が90日間のうち、少なくとも2度治療を受け、縦断研究群としました。後者の観察回数は、全部で794回でした。女性比率は、69.2%、コケージャンが67.3%、ヒスパニックが14.2%、既婚が54.5%でした。プロミスの平均点数(米国人一般の平均点はすべての項目で50でした)は、社会からの孤立指数が48.41、痛みによる干渉指数が、67.47、身体機能指数が32.49、うつ病指数が56.82、痛みの強さが、6.39でした。

<社会からの孤立の身体健康にあたえる影響の解析> 
社会からの孤立指数の低い症例(1-49点)と孤立指数の高い症例(50-100点)を比べると、孤立指数の高い症例は、低い症例に比べて、痛みによる干渉指数は、4.47ポイント有意に高く(P<0.01)、身体機能指数は、4.33ポイント有意に低い結果でした(P<0.01)。社会からの孤立の程度が高いと、痛みの干渉程度が高まり、身体機能が低下することが示されました。

一方、縦断研究から、「社会からの孤立」は、将来の「痛みによる干渉の程度」を予測できる因子(β係数=0.214, P<0.01)であることがわかりましたが、将来の「身体機能」を予測できる因子ではないことがわかりました(β係数=-0.23)。一方、「痛みによる阻害の程度」は「身体機能」ともに、将来の「社会からの孤立」を予測できる因子ではありませんでした(β係数は、それぞれ、0009と-0.001)。この解析では、痛みの程度、年齢、性別、人種差、教育レベル、婚姻状態を交絡因子として補正され、信頼性の高い結果であることが示唆されました。

<コメント>
「社会からの孤立」が、「痛みの強さ」よりも、「将来の痛みによる干渉」の程度を予測する因子であることが判明しました。孤独をもたらす「社会からの孤立」に目を向けることが、「痛みのコントロール」に有効性を持つ可能性が示され、日常臨床上の生活指導として、新たな視点となるでしょう。医師は、慢性的な痛みに悩む方に、必要以上に社会活動を消極的にさせたり、また、社会からの隔絶につながるようなアドバイスを避け、社会の一員として、社会との、そして他者との繋がりを維持、強化できるモチベーションを高めるような指導をするべきではないでしょうか。

本研究で懸念される点として、縦断研究群として採用されたかたの人数が、全体の人数からするとかなり少なく、バイアスになった可能性は否定できません。この点を改善した研究が施行されることが望まれます。また、治療法についても、採用された多数の治療法の中でどの治療法が有効かは、不明でした。より大規模で精密な研究施行が望まれましょう。

孤独をもたらす社会からの孤立が、痛みによる活動干渉をもたらす最大の要因である可能性が示されました。もちろん、他の因子の関与もあることでしょう。これは今後の検討を待つとして、現時点で、慢性疼痛に悩むかたへの対応として、「社会とのつながりを、できるだけもたせることを主眼とする」考え方は、日常臨床上、重要ではないか、と感じる次第です。 

文献1Jaremka, L. M., Andridge, R. R., Fagundes, C. P., Alfano, C. M., Povoski, S. P., Lipari, A. M., ... & Carson III, W. E. (2014). Pain, depression, and fatigue: loneliness as a longitudinal risk factor. Health Psychology, 33(9), 948.

文献2Wolf, L. D., Davis, M. C., Yeung, E. W., & Tennen, H. A. (2015). The within-day relation between lonely episodes and subsequent clinical pain in individuals with fibromyalgia: Mediating role of pain cognitions. Journal of psychosomatic research, 79(3), 202-206.

文献3 Karayannis NV, Baumann I, Sturgeon JA, Melloh M, Mackey SC. The Impact of Social Isolation on Pain Interference: A Longitudinal Study. Ann Behav Med. 2018 Apr 12. doi: 10.1093/abm/kay017. [Epub ahead of print]


2018/11/17

愛し野塾 第194回 慢性疼痛と気分障害の兆候との関係性

うつ病や不安障害にかかると、慢性疼痛を誘発することが知られています。その反対に、慢性疼痛によって、うつ病や気分障害リスクとなることがわかっています。
2007年、世界18カ国(先進国から途上国までを含む、日本、レバノンなど)について、「慢性疼痛」の中でも、「背部と頚部の痛み」にフォーカスした研究が行われました(文献1)。欧米では、背部痛、頚部痛について、12ヶ月間での有病率は、15%から56%の人に存在する、と報告されていました。しかし、それ以外の国では、その有病率は未だ不明です。また、「女性」、「高齢者」、「低い教育レベル」などが、有病率に関与していると考えられていましたが、「メンタル疾患」の関与について、明確に示されたものはなく、せいぜい、慢性の身体の病態や、精神疾患が、並存疾患として挙げられている程度でした。
さて、887人が対象(女性53.7%、平均年齢51.4歳)となった国内調査では、「背部痛、頚部痛」の有病率は、16.0%でした。最も有病率の低い国は、コロンビアの9.7%、最も有病率が高いのは、ウクライナの42.1%で、日本の有病率は平均的なものと見なされました。
次に、「大うつ病」に鑑別される患者の「背部痛及び頚部痛の有病率」の試算から、背部痛、頚部痛のあるかたは、ないかたの約2倍も大うつ病の出現頻度が高いことがわかりました。諸外国の平均値は2.2倍で、ほぼ同じ割合を示しました。
一方、「不安障害」は、「背部痛及び頚部痛の保持者」で3.2倍も多く認め、諸外国の平均である2.7倍よりやや高値でした。
「アルコール乱用」は、「背部痛及び頚部痛の保持者」で3.0倍と多く認め、諸外国の平均である1.6倍よりも明らかに高値でした。これらの試算は、性別と年齢で補正され、適正に算出されたものと判断されました。この研究から「大うつ病、不安障害、アルコール乱用は、慢性疼痛患者に高い頻度で生じるリスク因子となる」ことが決定付けられました。
2015年に発表された、「痛みとうつ病、不安障害についての時間経過にともなう関係」(文献2)では、オランダの2676人(333人の試験開始時健康だったが、経過中うつ病、不安障害を発症したかた、548人のもともと、うつ病、不安障害があり寛解したかた、693人の慢性のうつ病、不安障害のかたで、女性66.3%、平均年齢42歳、抗鬱剤使用25%、ベンゾジアゼピンと痛み止め使用率10%未満、519人コントロール群)について、4年間観察した結果、「うつ病、不安障害」ともに、その症状の悪化、改善に伴い、痛みの程度はそれぞれ増強、改善することがわかりました。痛みによる、「うつ病、不安障害の誘発、及び悪化」も示されました。また「痛みと情動障害」との関係から、さらにそのメカニズムが注目されはじめています。
ひとつの仮説として、「痛みに対してマイナスな感情を持ち合わせ、痛みへの適応能力が欠如していると、痛みの破局化や、恐怖、不安を誘発する」と提唱されています。さらにこうした仮説を土台に、痛みの程度と情動障害の関係を説明する、心理過程の詳細を明らかにすることができれば、痛み対策につながるかもしれない、と期待が膨らんでいます。
今回、オーストラリアのグループによって、ネットワーク解析を用いて、この詳細の一部が明らかにされました。論文は、平成30年10月30日、Thompsonにより発表されました(文献3)。本日は、この論文を紐解いてみたいと思います。
<情動障害と痛みを結ぶ経路>
慢性疼痛は、痛み刺激に対する幅広い「考え方」に影響をうけることがわかっています。この「考え方」に関与する因子として、「セルフ・エフィカシー」「破局化」「痛みの予知」「障害の認知」「恐怖回避」があげられています。例えば、「障害の認知レベル」が高い場合、「痛み」に対処するために、積極的に休みを取るなどの行動療法よりも、薬物を服用したり、アルコールを摂取したりして、問題を避ける行動に出てしまう傾向が強く、「恐怖回避」レベルが高いと、小さな痛みでも大きく感じたり、痛みにとらわれてしまいがちで、痛みを慢性化させる温床となります。また、うつ病発症時に認める「自己、外界、将来」へのネガティブな評価を伴う認知のゆがみに似た思考パタンの介在についても示されてきましたが、「うつ病」「不安障害」などの情動障害が、「痛みの程度」に影響を与えている中間因子として、それぞれ、どれだけ寄与しているのかについては、議論のあるところでした。
紹介するこの研究では、情動障害、そして上述のそれぞれの因子と、慢性疼痛との関係性が検討されました。
<方法>
「情動障害」「セルフ・エフィカシー」「恐怖回避」「コントロールの認知」「痛み障害の認知」「痛みの強度」の測定方法について
「情動障害」
21項目うつ病、不安、ストレススケール(DASS-21)を施行しました。(文献4)。「くつろぐことができない」「口が渇く」「前向きになれない」「息苦しい」「率先して物事ができない」「ものごとに大げさに反応する」「痙攣がある」「神経エネルギーを沢山使う」「パニックになるのではいかと恐れる」「これからのことで期待できるものがなにもない」「他人に翻弄されやすい」「リラックスできない」「気持ちが落ち込みブルーになる」「今やっていることを阻害することがあると耐えられない」「パニックになりそうな感覚がある」「なにごとにも熱狂的になれない」「人として価値がないと思う」「短気だと思う」「動悸や結滞がある」「理由もなく恐怖を感じる」「人生には意味がないと思う」の21項目について、それぞれ4ポイントスケールで、評価されました。
「セルフ・エフィカシー」
PSEQを用いて評価されました。「痛みがあっても物事を楽しめる」、「痛みがあっても家事がほとんどできる」「痛みがあっても友人とこれまでどおりつきあえる、」「痛みがあっても仕事もできる」「痛みがあっても趣味もできる」「痛みがあって薬がなくとも対処できる。」「痛みがあっても人生の目標を達成でき、普通に生活できる」「痛みがあっても、徐々に活動的になれる」の項目について7ポイントスケール点数化し、評価されました。
「恐怖回避」
2つのメインの項目から観察されました。一つ目の「活動回避」は、身体的な活動と関連した回避行動とし、二つ目の「ソマティックフォーカス」は、「痛みは有害性のあるからだのプロセス」と解釈されます。これらは、TSKを用いて評価されました。具体的な質問内容は、①「運動をすると体に障害が起きる可能性がある」,②「痛みの克服を試みると痛みが増強する」③「私の体はとてつもなく間違ったなにかを持っている」④「もしも運動ができたら痛みはたぶん和らぐだろう」⑤「他人は自分の医学状況のことについてきちんと話し合っていない」⑥「私の事故は、一生涯私の体を危険にさらし続けることになる」⑦「痛みはいつも私が体を傷つけていることを意味する」⑧「なにかが痛みを増強したとしても、危険であることを意味するものではない」⑨「偶発的に自分を傷つける可能性がある」⑩「不必要な動きをしないことに気をつけていることが唯一痛みの悪化を予防する手段だ」⑪「体になにか悪いことがおきていさえしなければこれほどの痛みがないはずだ」⑫「今の状況はつらいが、身体的に活動的であれば、もっと状況はよくなるはずだ」⑬「痛みは、体を傷つけないように運動をどのレベルでやめるべきかを教えてくれる」⑭「私のようなひとが運動をするのは危険だ」⑮「普通のひとができることができない、私はすぐに怪我をしてしまうから」⑯「なにかが強い痛みを生じさせているが、実際に危険なものではないと思う」⑰「痛みがあるときはけっして運動をしてはいけない」の16項目からなり、4段階のスケールから検討しました。(項目4,8、12,16は、スコアを逆転させます)
<コントロールの認知>
SOPA-Rを用いて測定され、慢性疼痛について、考え方や感情の長期にわたる影響について調査されました。「自分は疼痛をコントロールできているかどうか」、が調査されました。
<痛み障害の認知>
pain disability indexが用られ、「家族や家の責任」「リクリエーション」「社会活動」「仕事」「セックス」「食事、睡眠、呼吸など基本的な生命維持に必要な活動」ができているかできていないかについて10段階で調査されました。
<痛みの強度>
Numerical Rating Scaleによって、10段階で評価されました。
<結果>
疼痛外来を受診した743人のうち、同意を得た169人が試験の対象となりました。女性は、98人で、平均年齢は50.85歳、男性は、71人で、平均年齢48.39歳でした。66.9%がオーストラリア生まれ、56%が既婚、19.5%がシングル、11.3%が別居か離婚、4.7%が死別でした。痛みの種類は、87.9%が筋肉骨格系の痛み(主に背部痛、四肢痛)、8.3%が全身の痛み(主に線維筋痛症)、2.4%がむち打ち症、1.8%が頭痛でした。56.2%が3箇所以上の痛み、26.6%が2箇所の痛み、17.2%が一箇所の痛みでした。55%が過去0-5年の経過、21.3%が5-10年の経過、14.8%が10年以上の経過がありました。
<うつ症状と不安症状についての結果>
うつ症状の平均点数は、10.31ポイント、不安については、7.23ポイントで、重症度は中程度と判定されました。痛みの程度は、8.79ポイントで重症と判定されました。障害の認知とコントロールについては、それぞれ、43.79ポイントと1.58ポイントで、すでに報告のある研究結果よりはやや高く、セルフ・エフィカシーと恐怖回避については、20.30ポイントと45.71ポイントでした。対象者の重症度は、これまでの報告とほぼ同程度でした。
うつ症状と不安症状の間に強い相関を認めました(RR=0.75,P<0.01)。うつ症状は、「障害の認知(RR=0.42)、エフィカシー(RR=-0.48)、恐怖回避(RR=0.62)、コントロールの認知(RR=-0.48)」とも相関があり(いずれもP<0.01)、「痛みの強さ」(RR=0.28 )よりも高い相関関係を認め、不安症状についても同じ傾向を認めました。
<ネットワークアナリシス>
「痛みの強さ」と「うつ症状と不安症状」の間にはエッジがありませんでした。しかし、「うつ症状」は、「痛みの強さ」とエッジを持つ3つの中間因子(「恐怖回避」と「痛みのコントロール」「セルフ・エフィカシー」)と、エッジがありました。「不安症状」から「痛みの強さ」にいたる最短経路に「うつ症状」の介在も判明し、「不安症状」はいずれの中間因子ともエッジがないこともわかりました。「うつ症状と不安症状」「セルフ・エフィカシーと障害の認知」「恐怖回避とうつ症状」の間に、最も強力なエッジがありました。痛みの強さに最も影響を与える因子は、「うつ症状」であることが、判明しました。しかし、「うつ症状」は、「不安症状」とも強いエッジを有することから、解析へのバイアスの可能性もあることから、ネットワーク解析から「不安症状」を除外して再度解析が試みられました。その結果、「うつ症状」は、3番目に強い「痛みの強さ」に影響を与える因子に後退し、最も大きな影響をもつ因子は、「セルフ・エフィカシー」、2番目が「障害の認知」、4番目が「恐怖回避」と続きました。また「不安症状」を除外しても、「うつ症状」は「痛みの強さ」と直接のエッジがありませんでした。
<コメント>
今回の研究からは、「痛みの程度」に対する「不安症状」の関与は小さく、情動障害のうち「うつ症状」による強い影響が明確に示されました。この「うつ症状」による「痛みの程度」への関与は、「セルフ・エフィカシー」「障害の認知」「恐怖回避」を介した間接的なものである可能性が示唆されました。
痛みの制御能力が低ければ、痛みによる障害の認識の程度は、高まります。一方で、痛みの制御能力が高ければ、痛みを乗り越えて、自分の持つ能力を発揮できるのではないかという、強い感情がわいてくることでしょう。しかし、痛みを制御できるということは、かならずしも、痛みのコントロールと同じではありません。痛みをあるがままに受け入れ、過剰反応せず、痛みを誘発すると思われる状況であっても回避せず、自身をさらしていく方策が望まれることが示されたように思います。その意味で、認知行動療法よりも、マインドフルネスの考え方に則った「アクセプタンス&コミットメント療法、Acceptance and Commitment Therapy」のほうが、痛みを受け入れるために有効である可能性が認識されたのではないか、と著者は主張しており、私も同意するところです。
問題点は、本研究は横断的研究であることから、今回注目した因子以外の関与が否定できないことです。そこで縦断的研究法を用いた長期的な調査が期待されます。また、痛みの程度は自己申告のため、正確さに欠ける可能性が指摘されるでしょう。今後、客観的指標の採用が望まれます。また、外来当該患者の4分の1のかたしか研究参加の同意が得られず、サンプルサイズが小さくなりました。何かしらのバイアスの存在が疑われます。さらに信頼性の高い研究が求められます。
本研究によって、痛み対策には、認知のゆがみにフォーカスするよりは、「痛みを適切に受け入れ、うまくつきあうこと」、に重点を置いた生活指導が重要であることが示されました。日常臨床に大変有意義な示唆を与えてくれた、と実感するところです。
文献1 Demyttenaere, K., Bruffaerts, R., Lee, S., Posada-Villa, J., Kovess, V., Angermeyer, M. C., ... & Lara, C. (2007). Mental disorders among persons with chronic back or neck pain: results from the World Mental Health Surveys. Pain, 129(3), 332-342.
文献2 Gerrits, M. M., van Marwijk, H. W., van Oppen, P., van der Horst, H., & Penninx, B. W. (2015). Longitudinal association between pain, and depression and anxiety over four years. Journal of psychosomatic research, 78(1), 64-70.
文献3 A Network Analysis of the Links Between Chronic Pain Symptoms and Affective Disorder Symptoms.
Thompson EL, Broadbent J, Fuller-Tyszkiewicz M, Bertino MD, Staiger PK.
Int J Behav Med. 2018 Oct 30. doi: 10.1007/s12529-018-9754-8. [Epub ahead of print]

2018/11/15

愛し野塾 第193回 線維筋痛症女性に認める「破局視」とマインドフルネスの作用




線維筋痛症は、関節、筋肉、腱など 身体の広範な部位にわたって、長期間、かつ慢性的に、「痛み」や「こわばり」を訴える難治性の疾患です(文献1)。検査を試みても、異常所見に乏しく、治療に対する反応性が低い、といった特徴を持った、主に、中年以後の女性に見られる病気です。かつて「心因性リウマチ」とも呼ばれ、精神的要素との関連性も認められています。

疫学的には、日本の推定患者数は、200万人と推定されています。これは70万人いるとされる関節リウマチ患者の約3倍の多さで、珍しい疾患ではありません。また女性の有病率は、男性の5倍、患者の平均年齢は、51.5歳、また発症年齢の平均値は、43.8歳と報告されたいます。
原因は、未だ不明ですが、線維筋痛症の発症に関する遺伝的素因のある方に、相当の精神的ストレスが加わることで、痛み刺激の伝達路の過剰興奮が生じること、脳からの痛みを抑える経路の機能不全が生じることで、病気が発症すること、と考えられています。線維筋痛症の発症に関与する「ストレス」として、激しい運動、睡眠不足、情緒的ストレス、天候による刺激が、重要視されています。線維筋痛症の随伴症状として、疲労、倦怠感、微熱、喉の渇き、レイノー現象、寝汗、呼吸困難、抑うつ気分,不安、集中力の低下などを認め、4人に1人は、関節リウマチ、変形性関節症、などに続発することも知られています。

線維筋痛症を克服するには、まず、患者さんが、病気の特性を理解し、ありのまま受け入れること、そして適切な睡眠の確保や、患者さんの体力に見合った適度な有酸素運動をすること、生活全般に置いて、周囲のサポートを整えること、大切です。現在、薬物治療には、主に抗うつ薬、抗てんかん薬が用いられ、他にも、鍼灸、マッサージ、認知行動療法の有効性も示されてきました。

一方で、線維筋痛症の予後については、寛解が1.5%程度、ほとんどの方は、軽快しても悪化したり、またほとんど効果を認めないかたが多いことが知られています。悪化によって約3人に1人は、休職、休学を強いられ、休職、休学の平均期間は3.2年にも及んでいると報告されています。
さて、「痛み」への過剰な意識の集中の結果、痛みの程度を過大評価してしまうことを、「痛みを破局化する」といいます。痛みの破局化によって、無力感の助長、悲観的感情の誘発、痛みについてのルミネーション、痛みの訴えの頻度が増える、といったネガティブな効果をもたらすだけでなく、「破局化」は、運動など、病気の克服に有効な行動が、抑制され、症状を悪化させます。「破局化の回避」は、線維筋痛症を克服するために重要なポイントなのです。 

「破局化」が引き起こす痛みの増強効果に対して、「マインドフルネス」が一定の効果をあげることが知られています。マインドフルネスは、ネガティブな思考パターンにメスを入れるものではなく、逐一生じるこころの揺れ動きを監視する行動で「いま、ここ」にある自分の状態に気づくことを重要視します。(1)外的経験へ「注意」を向けること、(2)内的経験を言葉に「描写」すること、(3)いまに「意識」を向けること、(4)考えや感情をプラスやマイナスとして「判断しない」こと、(5)考えや感情が自由に自分のこころに入ったり、出ていくことをありのままに許容し「反応しない」こと、の5つの要素から構成されます。あらゆる研究から、歪んだ認知からマインドフルネス通して相応な認知に置き換えられ、痛みが軽減することが報告されています。その一方で、マインドフルネスが必ずしも有効ではない、という報告もあり、議論がわかれてきました。2018年10月、ハーバード大学のグループは、マインドフルネスの各構成要素における効果の違いを報告しましたので解説しようと思います(文献2)。

対象者の条件
本研究の対象者の条件は、(1)18-75歳、(2)女性、(3)痛みの程度は、10段階表示の4程度のかた、(4)2011年のWolfeの線維筋痛症の診断基準をみたしていること、でした。対象除外項目は、(1)急性の疼痛をきたす他の疾患を合併している、(2)刺激性の薬剤を使用中、睡眠時無呼吸があり倦怠感がある、夜間勤務があり倦怠感がある、(3)妊娠中あるいは授乳中、(4)統合失調症、人格障害などの、重症の精神疾患がある、(5)過去6ヶ月に精神科への入院歴がある、(6)麻薬使用がある、(7)マインドフルネス治療中、(8)自殺念慮がある、(9)下肢の血管障害があること、でした。

方法
試験開始時、及び7日間の痛みの程度と、痛みに伴うマイナスな状況(破局化)について、記載してもらいました。「線維筋痛症インパクト質問票」「ブリーフ痛みインベントリー」「破局化スケール」「5ファセット·マインドフルネス質問票(FFMQ)」(「観察·描写·注意·判断しないこと·反応しないこと」の、5つの尺度について評価する)についても同時に調査しました(文献3)。

結果
88人が対象となり、平均年齢は、46.24歳、既婚は36%、コーカシアンは79%、雇用者は60%、大学卒は、70.9%でした。試験開始時の未回答が回答が、1.7%、痛みの日記を記載しなかったのは、17.6%でした。
日々の痛みの程度は、破局化によって、有意に増悪することがわかりました(p<0.001)。破局化が引き起こす痛みの増強効果に対して、マインドフルネスの「観察」は、有意な改善効果がありました(P<0.05)。一方、マインドフルネスの「注意」と「判断しないこと」は、破局化が引き起こす痛みの増強効果を増悪させることがわかりました(P<0.05)。マインドフルネスの「描写」と「反応しないこと」は、破局化が引き起こす痛みの増強効果には、変化を与えないことがわかりました。

コメント
特筆すべきは、マインドフルネスの5つの要素のうち「観察」が、破局化による痛み増強効果を低減させた事実でしょう。しかし「注意」「判断しないこと」は、破局化の痛みの増強効果を増悪化させ、マインドフルネスの効果は、5つの個々の要素ごとに違いがあることがわかりました。この分析結果は臨床上、大変役立つインフォメーションだと感じます。外の経験に目を向ける「観察」の有効性は、閉鎖性の高い内的な痛みのプロセスを解き、痛みに向ける注意を解放させるところにあったのではないかと思います。一方で「注意」「判断しないこと」は、内的な痛みのプロセスに停滞させてしまうマイナス効果があったと考えられ、破局化による痛みの増強に加担してしまったのかもしれません。今後、線維筋痛症治療に、マインドフルネスを用いる場合には、破局化の有無によって、マインドフルネスの構成項目それぞれについての注意が必要であり、「観察」に重点を置いた、安全かつ効果的な実践を行うことが鍵となるでしょう。 本研究は、対象者数が少なく、観察期間が7日間という短期間であることから、信頼性、そして臨床上の汎用性を高めるためには、より長期かつ、より大規模な観察研究が必要です。今後さらにマインドフルネスの果たす要素ごとの意義について、詳細研究が求めらるでしょう。



文献1 リウマチ情報センター 「線維筋痛症」
http://www.rheuma-net.or.jp/rheuma/rm120/kouza/senikintsu.html

文献2Interactive effects of pain catastrophizing and mindfulness on pain intensity in women with fibromyalgia.
Dorado K, Schreiber KL, Koulouris A, Edwards RR, Napadow V, Lazaridou A.
Health Psychol Open. 2018 Oct 22;5(2):2055102918807406. doi: 10.1177/2055102918807406. eCollection 2018 Jul-Dec.

文献3 マインドフルネスの測定

https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/16258/019015020009.pdf

愛し野塾 第192回 座らない、ということの健康効果

多くの疫学研究から、セダンタリーな生活(静的な·座りがちな生活)が、2型糖尿病、心血管病、がんを含む慢性疾患の発症に影響していることが示されてきました。また、同じく生活習慣病発症のリスク因子である高BMI、運動量減少、メンタルヘルスの低下、そして生活の質の劣化とは、独立した因子であること、病気の発症だけでなく、死亡率の上昇にも寄与する負の連鎖を認めています。現代人にとってセダンタリー対策の確立は、喫緊の問題です。
最もセダンタリーな時間を長く過ごす職種として「オフィス職員」が挙げられています。彼(女)らは、労働時間の70-85%を座位に費やし、30分以上の連続座位機会も多く、こうした行動様式は、頸部や肩の痛み、糖尿病発症や死亡リスクを上昇させていると言われています。また、病気に罹患していても、仕事をせざるをえない、いわゆる「疾病出勤」も問題としてしばしば挙げられていますが、「セダンタリーな生活と、疾病出勤との関係」に関する調査研究は遅れています。イギリスの調査では、疾病出勤にかかわるコストは、390億ドル(4兆円)にも上ると推算され、これは欠勤コストの倍に達することからも、疾病出勤を減らす方策の確立が叫ばれています。疾病出勤対策として、圧倒的に占めていた職場での座位時間を、立位や、歩行する時間に変えた結果、血糖、インスリンレベル、血圧、疲労感、やる気などに良い影響があることが報告され、「座位時間の縮小は、疾病出勤を低減させる可能性がある」と提唱されています。
現在までに座位時間を短縮させる工夫が、各種職場で重ねられてきており、例えば、高さ調節可能デスクを導入し、立位でも仕事ができるようにしたり、トレッドミール付きデスクが開発されたり、ペダル装着ワークステーションが登場したりと、試みは様々です。特に、高さ調節可能デスクを使った研究から、健康への良好な効果が示唆され、注目されましたが、研究のサンプルサイズが小さく、観察期間が短いことから、エビデンスとしては、弱いものでした。またサンプルサイズも比較的大きく、長期間観察されたオーストラリアの「スタンダップビクトリア」研究による結果は、残念ながら、座位時間の短縮化による、血糖、及び心臓代謝リスクの改善効果は、わずかなものでした(文献1)。
今回、英国で、サンプルサイズも大きく、研究手法も質の高い「スタンドアップモア」研究が発表になり、良好な結果がえらえました。論文は、10月にBMJに発表になりましたので報告したいと思います(文献2)。

対象と方法

クラスター·ランダマイズ試験を用い、介入群、もしくは非介入群(対照群)の分類は、群間でのコンタミネーションを避ける対策としてオフィスグループごとに無作為化されました。
2015年から2016年の間に、ライカスター国民保険サービス(NHS)トラストの糖尿病センターによって研究は主催され、ライカスターNHSトラストの職員に対して、個人レベルでの直接のコンタクトや、イントラネット、ポスターを通じて、参加者をリクルートしました。参加の条件は、(1)18歳から70歳、(2)オフィスワーク従事者、(3)75%以上を座位で過ごす、(4)少なくともフルタイムの6割は労働している、(5)同じデスクで、少なくとも週3回働いている、でした。
質問表により、年齢、性別、人種、喫煙、仕事の役割、給料レベル、労働時間について回答を得ました。また、身長、体重、体脂肪、血圧は、個々に直接測定し、データを得ました。

評価項目

試験開始時、3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月後に評価しました。

一次評価項目

小型アクセロメーターを右大腿に装着し、座位、立位、ステッピング時間を正確に測定し、アクティブPAL(activPAL micro)によって、座位時間、立位時間、歩行時間が測定され、日常生活時間の80%以上の装着を有効と判断し、解析に共しました

二次評価項目

30分以上の座位時間、低、中、高強度のステッピングタイムが解析されました。立位、座位時間の占める割合が1日のうち95%以下、歩数が500歩/日以上、起床時間が10時間以上で、1日あたりの妥当なデータと定義しました。
アクティブPALと同時にアクティグラフも装着しました(装着部位は、非利き手の手首)。このアクセロメーターによって、労働時間中の中強度以上の運動量を別途計測されました。
<筋骨格の健康>首、肩、上肢、肘、手首、腰部、股関節、膝、足首について、標準化ノルディック質問表を用いて、筋骨格系に問題がないかどうか、尋ねました。<仕事関連指標>「ワークエンゲージメント」を、「高いエネルギーをもって仕事に取り組むこと」と定義し、仕事への「活気、情熱、やりがい、興味」について検討しました。ワークエンゲージメントは、9項目の、7ポイント·リッカートスケール用いて測定されました。この測定値は、生産性、労働者の幸せ度を表すと考えられています。<仕事への満足度、パーフォーマンス>は、1項目の、7ポイント·リッカートスケールを用いて測定されました。仕事による「疲労の検定」には、「リカバリー必要スケール」が使用されました。疾病があるにもかかわらず出勤する、いわゆる<疾病出勤>は、8項目職務制限質問票を用いて検定されました。また、疾病欠勤のアセスメントに、職務生産性·活動性阻害質問票が用いられました。<認知機能>「数字符号置換検査(Digit symbol substitution test)、ストループカラーワードテスト(Stroop color word test)ホプキンス言語学習試験」によって検定されました。<気分>多面的感情状態チェックリスト(Mood affect adjective check list)によって検定されました。<生活の質>WHOの「生活の質BREF」によって検定されました。

介入方法

<介入群>には、臨床試験に関する概説セミナーの受講後、高さが調節できるデスク(完全電化型か、デスクプラットフォームのいずれか)と2.5cmの厚さのクッションが配布され、30分座位が持続すると、バイブレーションによって参加者に通告されるように設定されました。また、専門スタッフによる、15分間の電話でのコーチングが、3ヶ月おきに施行されました。<非介入群>には、血圧、体重のデータ以外のフィードバックはなく、セミナーや電話によるコーチングもありませんでした。

結果

参加者は、37個のオフィスクラスターで146人、そのうちの19クラスター(76人)を介入群、18クラスター(69人)を対照群に割り付けました。試験中止率は、対照群33%、介入群17%でした。各オフィスクラスターの参加者は、1人から16人、平均4人でした。平均年齢41.2歳、78%が白人のヨーロパ人、80%が女性、BMI26.2、腹囲86cmでした。74%がフルタイムで働き、労働時間の72.6%を座位で過ごしていました。そのうちの47.1%が30分以上の比較的長時間の連続座位で過ごしていました。立位時間は全労働時間の20%、歩行時間は、7.5%でした。介入群、及び対照群間に有意な差がありません。ただし介入群は、対照群より南アジア人が多く(21%対13%)、男性が多い(27%対13%)ことがわかりました。介入群で使用されたデスクは、完全電化型が30人、デスクプラットフォームが46人でした。

一次評価項目

試験開始当初と12ヶ月目の状況を比較すると、労働時間中の座位時間に有意な差を認めました。介入群は、対照群に比べて、83.28分/労働日あたり短縮(P=0.001)していました。

二次評価項目

試験開始後3ヶ月目の段階で、介入群では、労働日あたり50.62時間、6ヶ月で、労働日あたり64.4時間の座位時間の短縮があり、対照群に比べて有意な短縮を認めました。42.5歳以上と、42.5歳以下を比較した結果、42.5歳以上で、45.11時間の座位時間の短縮を認めました。30分以上の連続座位時間は、介入群で35.31分の有意な短縮を認めました。介入群における立位時間は、12ヶ月で66分も有意に延長していましたが、歩行時間や中強度以上の運動量の変化は認められませんでした。 <骨格筋問題>正常の活動を妨げるレベルの腰部の痛みなどの問題が、介入群で減少することを認め、介入後12ヶ月で、頸部と上肢の痛みなどの問題についても、減少するを認めました。

職務関連アウトカム

<エンゲージメント>介入後6ヶ月と12ヶ月の「活気と全体のエンゲージメントスケール」は、介入群で対照群に比較して良好な結果を認め、介入12ヶ月で「仕事への専念と専心」について良好な結果を認めました。「満足度、パーフォーマンス、疲労度」は、介入後6ヶ月と12ヶ月で、パーフォックンスと疲労からの回復に対して、良好な効果を介入群で認めましたが、満足度への効果は、認めませんでした。「疾病勤務、疾病欠勤」は、介入後3ヶ月で、「疾病勤務」の項目で介入群で良好な結果を認めましたが、「疾病欠勤」の項目について、有意差を認めませんでした。「認知機能」は、すべてのタイムポイントで両群間に差を認めず、「気分障害」は、介入後6、12ヶ月で「不安について」、また12ヶ月で、「不快感について」、介入群でより良い結果を認めました。「生活の質」は、介入後6、12ヶ月で良い結果を認めました。

コメント

高さ調節可能デスクの導入によって、職務中の座位時間が減少、立位時間は増加、さらに「職務遂行能力、ワークエンゲージメント、職務疲労、疾病出勤、メンタルヘルス」への効果は、概ね介入6ヶ月で現れてくる傾向が示されました。「職務満足度、認知機能、疾病欠勤」の改善への効果は見出されませんでしたが、座位時間を減らし、立位時間を増やす重要性が多方面の評価によって明確に示されました。ただし、この研究は、NHSという一団体のみを対象に行われたため、一般化するには時期尚早かもしれません。さらに対象を拡大し、複数の団体を対象にした研究を施行する必要があると考えられます。また、本研究で取り上げられなかった「座業時間の縮小が死亡リスクや心血管リスクに対する効果」を解明するには、より長期的な研究の必要があるでしょう。
本研究のバイアスとして、アウトカムのほとんどが自己申告によるものだったこと、またativPALを装着され、勤務状況が記録されているという心理的効果によって、行動に変容を起こした可能性があることが挙げられます。今後は、座位時間を立位時間に置き換えることだけでなく、歩行時間への置き換えによっても、よりよい効果が得られるのか、疾病欠勤の予防につながるのかどうか、興味がわくところです。なぜなら、私自身、運動時間を有意義にするために、トレッドミル歩行をしながら文献を読んだり、読書を行うことを習慣として間もなく一年になりますが、心と体の健康状態にいささかの効果を感じているからです。いずれにせよ、オフィスワークのかたは、健康面のことを考慮するのであれば、できれば、1日あたり1時間半ほどは、少なくとも座位時間を立位時間に置き換えていく必要がある、ということは、間違いないところでしょう。

文献1. Healy, G. N., Goode, A., Schultz, D., Lee, D., Leahy, B., Dunstan, D. W., ... & Eakin, E. G. (2016). The BeUpstanding Program™: Scaling up the Stand Up Australia Workplace Intervention for Translation into Practice. AIMS public health, 3(2), 341.


文献2. Edwardson, C. L., Yates, T., Biddle, S. J., Davies, M. J., Dunstan, D. W., Esliger, D. W., ... & Munir, F. (2018). Effectiveness of the Stand More AT (SMArT) Work intervention: cluster randomised controlled trial. bmj, 363, k3870.