2016/04/21

第65回 愛し野塾 癌の新たな免疫療法


これまで、治療抵抗性を有する「がん」、とりわけ悪性黒色腫に代表される「固形がん」、血液の「悪性腫瘍性疾患」は、鑑別診断に至ったときにはすでに、治療法がない症例も少なからず存在し、患者、家族そして担当医も途方にくれてしまうことがしばしばありました。

しかし、昨今の癌治療法の目覚ましい進歩によって、この状況を打破する可能性がでてきました。特に、「免疫チェックポイント阻害剤」の登場によって、治療抵抗性癌にまで及ぶ抗がん効果が有意に改善され、生存率も数年単位で伸びる、という結果が得られ、一筋の光明が差し込んでまいりました。従来の癌治療は、無秩序な細胞増殖を惹起する癌遺伝子をターゲットとして開発されてきました。この方法論では、それぞれの癌で活動性を増しているがん遺伝子を標的とした特別な治療を要します。しかし、残念ながら、活動性を増しているがん遺伝子が複数存在する場合には、治療期間中に当該治療に対する抵抗性を有する遺伝子変異が生じる等、当初期待されていた治療効果を十分に得られない、という結果は理解可能で、「治療抵抗性を有するがん細胞」が臨床上重要な課題となっていました。
そこで、新しい考え方として、本来、自身の体が持っている免疫力を利用して、がんに対する「がん免疫」を高め、治療をする手法が用いられるようになりました。がん免疫療法による抗がん作用は、がん遺伝子の「種類」とは無関係に普遍性のある治療が可能となり、活動性を増している癌遺伝子が複数だろうが、遺伝子変異をきたそうが、有効に抗がん作用をもたらす可能性が高い点が特徴とされています。特にがん免疫療法の代表格である「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれる治療では、従来法で治療抵抗性を示していたがん治療に対して有意な治療効果を認めています。
今回、新しく開発された「がん免疫療法」と「免疫チェックポイント阻害剤」を組み合わせることで、さらに高い抗がん効果が認められた研究結果が雑誌「Cell」に報告されましたので、解説しましょう。
この免疫療法は、すでに血液の悪性疾患(骨髄異形成症候群)に使用されている、「エピジェネティック•モデュレーター」(薬剤名は、アザシチジン、商品名はビダーザ(VIDAZA))によるものです。「エピジェネティック•モデュレーター」は、「免疫チェックポイント阻害剤の作用を増強することができる」と考えられています。
本研究の実験によって、エピジェネティック•モデュレーターの作用機序は、大変ユニークで奥深いことがわかってきました。ハーバード大学のチアピネリ博士らは、「ウイルス感染が引き起こす細胞の反応」と「エピジェネティック•モデュレーターの抗癌作用」を結びつけたのです(Chiappinelli KB, Strissel PL, Desrichard A, et al. Inhibiting DNA methylation causes an interferon response in cancer via dsRNA including endogenous retroviruses. Cell 2015;162:974-986)。
すなわち、細胞がウイルス感染を起こした場合、細胞は、細胞自身が死滅しないよう、ウイルスに対抗するべく、生来そなわっている防御機構の活動性を増強させます。この防御機構の本態は、「ウイルス防御遺伝子の発現」を示し、ウイルスを除去しようとする免疫反応を高める作用をもっています。この防御機構を、実は、「エピジェネティック・モデュレーター」が、活性化し、がん免疫性を高めていることが分かったのです。
「癌ゲノムアトラス研究」に登録されていた、メラノーマ、卵巣がん、乳がん、大腸がん、肺がんの「ウイルス防御遺伝子」の発現量を調査した結果、これらの遺伝子の発現量が多いほど、治療効果が良い傾向にあることがわかりました。「免疫チェックポイント阻害剤(抗CTLA4治療)」の長期間にわたる持続的効果は、「ウイルス防御遺伝子」発現量に依存し、この発現量が多いほど、有効だったことも判明しました。
さらに「エピジェネティック・モデュレータ」である「アザシチジン」を、メラノーマのマウスモデルを用いて、「免疫チェックポイント阻害剤(抗CTLA4治療)」の効果を増強できるのかどうかについて評価しました。アザジシジンの前処理によって、抗CTLA−4治療の効果は有意に増強され、「メラノーマ細胞が、マウスから完全に除去される」という驚愕の結果が得られたのです。
腫瘍にウイルス防御遺伝子が高率に発現しているほど、免疫細胞のリンパ球が、腫瘍表面にでている、癌抗原(ネオアンティゲン)を標的として、攻撃を仕掛けやすくなるという仮説が証明された意義は、極めて大きいものといえるでしょう。
一方で、カナダのRouloisのグループは、「ヒト大腸がんの細胞」を使用し、メチルトランスフェラーゼ阻害剤が、ウイルス防御遺伝子群の発現を上げることで、抗腫瘍効果を上げているとの結論に至り、チアピネリ博士とほぼ同様の結果が得られました(Roulois D, Loo Yau H, Singhania R, et al. DNA-demethylating agents target colorectal cancer cells by inducing viral mimicry by endogenous transcripts. Cell 2015;162:961-973)。
このように革新的な考え方が、基礎医学の最高権威とされる「セル」誌に同時に発表され、その信憑性は揺るぎがないものと受け取られています。
さて今回の研究を受けて、米国では、早速、2015年10月から肺がん患者の登録を開始し、臨床研究に着手し始めています。肺がん患者を対象に、免疫チェックポイント阻害剤(薬剤名:ニボルマブ、日本の商品名:オプジーボ)とエピジェネティック・モデュレーター(アザシチジン)を組み合わせた治療法が効果をもたらすかについて検討をし始めました。
基礎研究の成果が、いよいよ実臨床で生かされ、多くの患者さんが、救われることを強く願っております。

2016/04/03

第64回 愛し野塾 日本で一番使用されている糖尿病薬の副作用についての考察


糖尿病の経口剤のうち、日本で最も汎用されている薬剤は、DPP-IV阻害剤です。血糖を速やかに低下させる一方で、低血糖を起こしにくいことが、臨床の現場で重宝されている理由でしょう。2009年に上梓された後、2014年には、2000億円市場、全体の60%超に到達するほどの需要でした。

ところが、この薬剤の安全性を揺るがす臨床報告が発表されました。2013年のニューイングランド ジャーナル オブメディシン誌にDPP-IV阻害剤の一種である「サキサグリプチン」の服用に相関して、心不全発症による入院患者数が顕著に増加することが報告されました(サキサグリプチンとプラセボで3.5% vs 2.8%、サキサグリプチンで27%の有意な増加、P=0.007NEJM2013: 369:1317-1326)。ランセットでは「アログリプチン」は、「心不全の既往のない患者」では、心不全による入院のリスク増大が有意であるものの、「心不全の既往のある患者」の場合、リスクは変わらないという、相反する結果が報告されました。「シタグリプチン」使用による、心不全による入院リスク増大傾向は認めませんでした。つまり、同じDPP-IV阻害剤であるにもかかわらず、3つの薬剤で異なる結論が得られただけでなく、1つの薬剤では、心不全のリスクは、患者の条件次第で増大する場合がある、という不安定な結果を得たのです。

一方で、本研究は、当初「心血管病の発症リスクに与える影響を調査すること」を目的として、行われた研究であったにもかかわらず、前述のごとく驚くべきことに、「DPP-IV阻害剤による心不全による入院のリスクが増大する」結果を導いたこと、かつ、「経口剤」による心不全による入院のリスク増大は、最大でも推定5%未満であり、決して高いわけではないことから、統計学的に信頼に足る十分な患者数を満たしてはいないことから、結論づけるには時期尚早でしょう。統計学的な信頼度、妥当性を満たすには、「2重盲見試験」が理想的な調査方法ですが、この研究も1.5万人規模の臨床試験とはいえ、適切とは見なされませんでした(サキサグリプチンの臨床試験の場合は、対象患者は16492人、アログリプチンは、5380人、シタグリプチンは1,4671人)。患者数の問題点克服のために、研究対象者を10万人規模に増やす必要がありますが、1万人規模の研究ですら300億円もの研究コストを要するのですから、別の方法を検討しなければなりません。
この命題を解決すべく、カナダのグループが研究着手の名乗りを上げその結果が発表されましたので、ここに報告したいと思います。

Filion, K. B., Azoulay, L., Platt, R. W., Dahl, M., Dormuth, C. R., Clemens, K. K., ... & Udell, J. A. (2016). A Multicenter Observational Study of Incretin-based Drugs and Heart Failure. New England Journal of Medicine374(12), 1145-1154.

観察研究によって行われた本研究は、対象患者数を150万人(342万・年で、心不全の既往のある患者は8万人)まで増やすことができました。これまでの報告と比較して対象者数で約100倍の規模に達し、「心不全による入院リスクが、DPP-IV阻害剤で増えるかどうか」について信頼度の高い分析によって検討することを可能にしました。カナダの4つの州、米国、英国の6つのコホートについて、「心不全の既往のあり・なし」と、「DPP-IV阻害剤の使用頻度」、「心不全による入院の頻度」について精査しました。

本研究の結果、1000人・年あたり9.2回の「心不全による入院」を認めました。さらに、「心不全の既往のない」場合で1000人・年あたり7.5回、「心不全の既往のある」場合は、1000人・年あたり43.5回という高リスクを認められました。

DPP-IV阻害剤を使用」と「心血管病の合併」に関する対象者の検討から、「心不全の既往のない」対象者では、DPP-IV阻害剤使用対象者ではDPP-IV阻害剤を使用しない対象者に比較して、冠動脈疾患で55%、心筋梗塞で90%のより高い既往率が見いだされました。DPP-IV阻害剤を処方した当初の医師の気持ちのなかに、当薬剤の心血管系のリスクは低いものであろう、という臨床的な確信があったことが推測されます。

本研究の結論として、心不全の既往の有る無しにかかわらず、DPP-IV阻害剤使用によって、「心不全による入院数」は、むしろ減少傾向にあることがわかりました。心不全の既往のない場合は、13%、心不全の既往のある場合は、16%という低下傾向を認めました(有意差はなし)。したがって「DPP-IV阻害剤には、心不全による入院リスクを上げる効果はない」と結論付けられました。

本研究で採用された6カ所のコホートのいずれにおいても、「心不全による入院は増えない、あるいは減る」という結果がみられたこと、かつ、この6カ所のコホート間の対象者の特性は多種多様であり、対象者バイアスの少ない条件下の研究結果は、信頼度及び妥当性の高いものであると評価されます。加えて交絡因子の適正化も行われ、DPP-IV阻害剤投与群と非投与群で、血糖値(HbA1c値)やBMIで調整し比較検討した結果についても、同様の結論に達していることも重要です。

本研究では、心不全を惹起することが知られている「チアゾリン系薬剤」の使用者も当初の解析で含まれていましたが、この薬剤の使用者を除いた場合でも、同様の結論を得ています。SU剤も心不全による入院リスクを上げる可能性がありますが、SU剤は、すでに汎用されていることから、研究対象者にSU剤使用者が入っていることは、むしろ、実臨床として意味があることでしょう。

DPP-IV阻害剤使用者の心血管系疾患の罹患率が高率であったにも関わらず、「心不全による入院リスク」は、対照薬処方患者に比較してむしろ低いという結果は、臨床的に有意義な情報であると実感いたします。

今回ご紹介したカナダのチームの大規模研究によって「DPP-IV阻害剤は、心不全の既往のあるなしにかかわらず、血糖降下剤として安全性の担保された薬」として位置づけを確立したと感じました。