2017/02/26

第111回 愛し野塾 バリアトリック術5年経過後の糖尿病評価


バリアトリック術の5年

2型糖尿病患者のなかでも「肥満」を伴う症例では、血糖管理、体重管理は、さらに難しくなることが国内外の研究で明らかにされてきました。長期間かけて身に付いてしまった生活習慣の改善、とりわけ食事療法や運動療法の実行は、「言うは易し、行なうは難し」で、数値変化をもたらすには、当然、継続的な努力が必要であることはいうまでもありません。「体重管理」だけを取り上げても、これまで施行されてきた研究では、いかなる介入をしても、一年に平均5%程度の体重減少という結果がせいぜい、というのが実情です。飽食時代のさなか、パーソナルスペースで楽しめる娯楽は豊富になる一方で、仕事に出ればストレスに晒される反動も加わり、つい身体活動が顕著に少ない「座り過ぎ」の生活、 言い換えれば「セダンタリーな生活」に陥りやすいといった世の中の傾向は、誰しも知るところです。こういった背景から、必然ともいえる、「糖尿病パンデミック時代」を迎え、その対処法について、医療現場でも試行錯誤しながら取り組んでいるところです。
今回、解説するのは、昨年、アメリカで、2型糖尿病の「標準治療」として認知された注目の「バリアトリック術」です。外科術によって消化管の栄養センシング機構に手を加えると、これまでに類のない良好な糖尿病管理、及び体重管理が可能となり、なかには「糖尿病の寛解レベル」に達する症例も認められる、という夢のような話が現実となりました。
この治療法の医学的重要性を世に知らしめたのが、2015年の医学誌ランセットに発表されたイギリス、キングスカレッジのミングローン博士らの研究です(文献1)。60例を対象にBMI44という「重症肥満者を対象」に、バリアトリック術である「ルーワイバイパス術」、あるいは「胆膵バイパス術」が施行されました。5年の経過観察の結果、手術を受けたかたの50%が「いわゆる寛解状態」、すなわち、投薬なしで1年以上「HbA1c6.5%未満」を達成したのです。平行して観察された従来療法による治療を受けていた患者のうち寛解状態に達成した人は一例もありませんでした。
さて、2017年2月16日に発表された、アメリカ、クリーブランドクリニックのシャウアー博士らの研究は、「より多くの糖尿病患者」を本治療法の対象とされることを目論んで、肥満程度のより少ないかた(BMI27-43)に対して、バリアトリック術が施行されました。前述の2015年に報告されたミングローン博士らの研究では採用されなかった「スリーブ状胃切除術」の群を新たに設け検討が行われました。この「スリーブ状胃切除術」は、現在、肥満手術として最も汎用されている術式です。さて、結果は、平成29216日号NEJMに掲載され、世界中の注目を集めているところです(文献2)。
対象者は、20-60歳で、HbA1c7.0%以上、BMI27-43のかたとしました。対象となる患者は、バリアトリック標準手術である「ルーワイバイパス法」を受ける群、「スリーブ状胃切除術」を受ける群、「治療薬のみ(治療薬群)」の群の3群に無作為に割り付けられました。一次評価項目は、「HbA1cが6%未満の達成率」としました。なお、バリアトリック術を受けたかたは、「治療薬のみ」群と同様、インスリンを含む標準治療を同時に受けました。
150人の患者が3群に割り付けられました。結果分析の対象とされたのは、死亡した1名(治療薬群)、経過観察できなかった6人、試験開始できなかった9名(治療薬群8名、スリーブ状胃切除群1名)の合計16人を除く、134名で、5年間のフォローアップが行なわれました。治療薬群の1名が、試験開始3年後にHbA1cが9%を超え、ルーワイ・バイパス術を受けました。スリーブ状胃切除群の一人が、術後4年目に、胃穿孔の合併症を起こし、ルーワイ・バイパス術を受けました。
対象患者の平均年齢は49歳、女性66%、平均HbA1cは、9.2%、平均BMI37でした。糖尿病罹病期間は、平均8.4年で、対象患者の44%がインスリン治療をしていました。治療薬群、ルーワイ・バイパス術群、スリーブ状胃切除群の3群間に年齢・性別・各種検査・投薬状況などの患者特性に有意差はありませんでした。
調査開始5年経過後、HbA1c6%未満に達した患者は、「治療薬群」で38人中2人(5%)でした。「外科術を施した2群」のHbA1cは、ともに有意に良好な成績を認め、それぞれ、ルーワイバイパス術群で49人中14人(29%)(治療薬群と有意差あり、P=0.01)、スリーブ状胃切除術群で、47人中11人(23%)(治療群と有意差あり、P=0.03 )でした。多変量解析によって、「5年後」のHbA1c6%未満を達成する因子は「糖尿病の罹病期間が8年未満であること」、及び「ルーワイ・バイパス術に割り付けられたこと」と算定されました。
寛解状態として定義された「治療薬なしでHbA1cが6%以下を達成できた」人は、「ルーワイ・バイパス術」で11人(22.4%)、「スリーブ状胃切除術群」で7人(14.9%)でした。治療薬のみ群には、寛解状態のかたは一人もいませんでした。ガイドラインで治療の目標とされるHbA1c7%以下を達成できたひとは「治療薬のみの群」では、8人(21.1%)で、「ルーワイ・バイパス術」で25人(51%)(治療薬のみの群と有意差あり、P=0.012)、「スリーブ状胃切除」で23人(49%)(治療薬のみの群と有意差あり、P0.016)でした。
バリアトリック術を受けた群は、治療薬のみの群と比較して、より早く、より大きく、より持続的に、「HbA1c、空腹時血糖、BMI」が低下していました。
BMI35を超えていても、超えていなくても、バリアトリック術を受けた患者の、HbA1c及びBMIの低下率に、有意な差を認めませんでした。
HbA1cの低下率について、バリアトリック術を受けた群で、2.1%、治療薬のみの群で0.3%と、バリアトリック術を行うことでHbA1cの低下が顕著であることが明らかとなりました (P0.003)。5年経過後のBMIの低下率は、ルーワイ・バイパス群で23%、スリーブ状胃切除群で19%、治療薬群で5%でした。中性脂肪の低下は、それぞれ40%29%8%(ルーワイ・バイパス群、スリーブ状胃切除群、治療薬群)、HDL-Cの増加の程度は、それぞれ32%、30%7%(ルーワイ・バイパス群、スリーブ状胃切除群、治療薬群)で、インスリン使用率は、それぞれ35-34%、13%(ルーワイ・バイパス群、スリーブ状胃切除群、治療薬群)、減少していました。生活の質指標(RAND-36健康指標)は、3群それぞれの試験開始時の指数と比較し、17点、16点、0.3点(ルーワイ・バイパス群、スリーブ状胃切除群、治療薬群)の増加を認め、バリアトリック術による顕著な生活の質の向上が認められました (P<0.05)。
バリアトリック術を受けた群では、インスリンを含む治療薬全般の減薬を認め、血糖降下剤処方が中止された患者は、ルーワイ・バイパス術群で45%、スリーブ状胃切除術群で25%に及び、ルーワイ・バイパス術群の予後の良さが明確に示されました(P<0.05)。
本試験終了時、バリアトリック術が行われた方は、インスリン治療が89%が不要となり、HbA1cは平均7.0%を推移していました。治療薬群のみでは、61%のかたがインスリン治療は不要で、平均HbA1c8.5%でした。
報告された有害事象は、手術処置の2群のうち、術後一年以内に、4例が再手術を要しました。スリーブ状胃切除術を受けたかた1人に脳卒中を認めました。治療薬群に比較して、手術群でより多くの貧血を認めました。
今回の報告では、著者らは、 2つほど大きな問題点を挙げています。まず、心血管病イベント、網膜症、腎症、神経症などの合併症発症率、及び死亡率の比較検証をするには、対象者数が不十分であり、経過観察期間が短いことです。また「治療薬群の服薬アドヒアランス」が、試験開始後3年以降「低下傾向」を示し、成績の低迷に影響したのではないか、ということが示唆されています。
さて、本研究、また過去の研究も含めて顧みると、危惧される事象は他にもありそうです。バリアトリック術には「再手術」が少なくないこと、頻発する貧血症状から類推される「消化・吸収に及ぼす影響」、また本研究では報告はありませんでしたが、胆石の手術と同頻度で「術死のリスク」があることも議論すべき課題であると私は考えています 。
困難にもかかわらず、理想的な体重管理そして血糖管理に臨む肥満糖尿病患者の、本当の願いは、治療薬から開放され、生活の質を上げることでしょう。今後バリアトリック術の「安全性が確立」し、軽度な肥満のかたも含む肥満糖尿病患者の少なくとも5分の1から4分の1程度に糖尿病寛解状態をもたらし、もちろん体重も20-25%程度減少させることが現実的になれば、多くの方が薬から開放され、生活の質の改善も期待されます。「バリアトリック術」という選択肢は、様々な悩みを抱える糖尿病患者に差し込んだ一筋の光明ともいえる治療法になるのではないかと期待するところです。

参考文献1 
Mingrone, G., Panunzi, S., De Gaetano, A., Guidone, C., Iaconelli, A., Nanni, G., Castagneto, M., Bornstein, S. and Rubino, F., 2015. Bariatric–metabolic surgery versus conventional medical treatment in obese patients with type 2 diabetes: 5 year follow-up of an open-label, single-centre, randomised controlled trial. The Lancet, 386(9997), pp.964-973.
参考文献2

Schauer, P.R., Bhatt, D.L., Kirwan, J.P., Wolski, K., Aminian, A., Brethauer, S.A., Navaneethan, S.D., Singh, R.P., Pothier, C.E., Nissen, S.E. and Kashyap, S.R., 2017. Bariatric Surgery versus Intensive Medical Therapy for Diabetes—5-Year Outcomes. New England Journal of Medicine, 376(7), pp.641-651.

2017/02/22

第110回 愛し野塾 血圧管理の敷居を下げる処方プロトコール


我が国の高血圧患者数は、4,000万人、そのうち外来受診・治療を受けている患者は、1,000万人を超え、高血圧関連疾患に費やされている医療費は、2兆円弱といわれています。
さて、血圧を4mmHg降下させると、脳卒中による死亡者数は、1万人、心筋梗塞では5,000人経ると推定され、血圧を適切な値に保つことは、心血管病予防の観点から重要であることはいうまでもありません(文献1)。米国NHANES(米国国民健康栄養調査)の調査によると、2008年の血圧管理不良が原因と考えられる心血管病死の割合は、10万人あたり、男性で260人、女性で290人と算出され、血圧管理の重要性は国内外で確立されています。「塩分制限」「適度な運動習慣」「地中海食の摂取」「ストレスの適切な管理」「睡眠時無呼吸症候群の治療」「アルコール飲酒量の制限」などは、血圧コントロールに効果的です。それでもなお血圧が高い場合は、薬を使用します。「利尿剤」「カルシウムチャンネルブロッカー」「アンギオテンシ受容体阻害剤」「ベーター阻害剤」の4種が主たる降圧剤で、いずれかを少量から処方開始し、コントロール不良であれば、徐々に増量をするか、他の薬と組み合わせを考えることになります。
こうした血圧の常識が世界中で確立される中、2013年、血圧管理の現状について、驚きのデータが報告されました(文献2)17カ国、142,042人を対象に調査が行われ、調査対象者の「40.8%に高血圧」が認められましたが、調査以前に高血圧との認識があった人は、そのうちわずか46.5%でした。既に高血圧診断された対象者の87.5%が、薬物療法を受けていましたが、「良好な」血圧コントロールと認定されたのは、7,634人で、これは、高血圧と鑑別診断された対象者の11.5%に過ぎませんでした。多くの臨床研究や大規模調査から、「血圧管理の重要性」が叫ばれ、血圧を下げる方法もすでに確立していると考えられている中で、お粗末なコントロールの現状が詳らかにされ、世界中の医療関係者が唖然としたのでした。「血圧管理」の目標と現実の悍ましいギャップは何故もたらされるのでしょうか。
幾つかの要因が考えられています。とりわけ「生活習慣を改善することの困難さ」は、残念ながら共感しやすいところでしょう。わかっていても、塩分制限、食事制限、運動の推進、アルコール制限を持続的に守ることは簡単なことではありません。治療へのモチベーションの低下も大きな理由でしょう。処方された降圧剤の服薬が遵守できていない方は少なくないことが調査によってわかってきました。その背景には、医師との脆弱な信頼関係があるかもしれません。降圧剤は一種類では効果に限界があることが多く、良好な降圧が得られない症例では、徐々に処方量が増量してゆくことがあります。そのため、処方された側には、「血圧が下がるどころか、悪くなっているのではないか」と、医師に対する懐疑心や副作用の懸念が生じ、心理的な抵抗感に見舞われるのです。最近の大規模試験では、「血圧は低めに下げたほうが、心血管イベントも減らせる」ことが発表され、「血圧管理の抜本的対策の見直しの必要性」がまことしやかに叫ばれるようになったことも積極的な処方の背景にあることは確かでしょう。
最近医学誌ランセットで 「ごく少量の降圧剤の組み合わせ療法の効果」についての研究論文(文献3)について発表されました。「極」少量の降圧剤であれば、副作用は極めて少なく、また違う作用機序を持つ薬剤の組み合わせは、単剤投与に比べて、より良好な降圧効果が、得られる可能性がある、との仮説に基づいて検証されました。その結果、「通常容量のわずか25%の薬剤量の、4種類の降圧剤(利尿剤、カルシウムチャンネル阻害剤、アンギオテンシン受容体阻害剤、ベータブロッカー)」を同時に服薬する(Quadpill試験)ことで、血圧を「安全に」かつ、「適切に」降圧させることを明らかにしました。

方法
オーストラリアのシドニーの4つのメディカルセンターで調査は行われました。対象者の条件は、(1)18歳以上、(2)降圧剤の服薬がなく、外来の、収縮期血圧が140mmHg以上あるいは拡張期血圧が90mmHg以上、(3)降圧剤の服薬がなく、24時間血圧が130mmHg/85mmHg以上、の症例とし、また対象除外項目として(1)Quadpillに含まれる薬剤に対する禁忌項目がある、(2)妊婦、(3)生存期間が3ヶ月未満と推定される、(4)同意がえられない、(5)現状の治療を変更する事による危険が予測される、といった症例、としました。試験は、シドニー大学の倫理委員会の承認を得た上で行われました。
対象者は、Quadpill処方の時期を変えた2つのグループに無作為に分けられました。「最初にquadpill4週間、ウオッシュアウトに2週間、プラセボを4週間」投与群、「最初にプラセボを4週間、ウオッシュアウトを2週間、quadpill4週間」投与群として割り付けられました。Quadpillは、37.5mgのイルベサルタン、1.25mgのアムロジピン、6.25mgのヒドロクロルサイアザイド、12.5mgのアテノロールからなり、一つのカプセルに入っています。一次評価項目は、「4週段階での24時間収縮期血圧」、二次評価項目は、「夜間と昼間に分類した上ので、収縮期血圧と拡張期血圧」でした。
最終的に対象者数は18人となり、年齢平均は、58歳、男女比はほぼ同数で、外来血圧は154/9024時間血圧は、140/87でした。
結果
24時間の収縮期血圧は、プラセボに比較して、Quadpill 処方では18.7mmHg有意に低下(P<0.0001)、拡張期血圧は、14.2mmHg低下(P<0.0001)しました。外来血圧は、収縮期血圧は22.4mmHg、拡張期血圧は13.1mmHg低下しました。18人全対象者が、外来血圧140/90以下を達成したのに比較して、プラセボ投与群は140/90以下を達成したのはわずか6人で、有意にQuadpill処方群で良好な血圧達成率を示しました(P=0.0013)。年齢、性別、BMIと血圧降下度には相関はありませんでした。一週間当たりの飲み忘れは、Quadpill0.2カプセル、プラゼボで0.3カプセルで、服薬コンプライアンスは良好と判断されました。問診では、Quadpillは飲みやすく、今後継続の意向が参加者全員によって示さレました。
副作用について
「めまい」を訴えた1名について、一旦服薬中止を余儀なくされましたが、その後、継続可能でした。「尿量が増えた」と訴えた1名についても継続は可能でした。「心拍数」は、Quadpill処方によってプラゼボより6.5低く、クレアチニン値は0.05の有意な上昇を認め(P=0.02)、尿酸値上昇(0.5mg/dlP=0.003)、血糖値上昇(3.6mg/dl上昇、P=0.04)を認めました。いずれも前値に比較して12%以下の範囲でした。
Quadpillによる降圧降下の副作用のプロフィールについて、単剤、2剤、3剤治療による処方プロトコールよりも優れているのかどうか、今後の無作為比較試験を要するでしょう。試験参加症例数が少ないため、十分な信頼性を満たすためには、より多くの参加者による試験結果が期待されます。副作用の点から、クレアチニン値がわずかながらも「有意に上昇」したことは懸念されます。処方が長期化した場合の腎機能の悪化の可能性は重要な検討課題になるでしょう。尿酸上昇は、利尿剤によるもの、血糖上昇は、アテノロールによるものと考えられますが、今後、より多くの症例数によって、さらに長期間の精査が求められます。
これまで「少量の4剤の組み合わせ」を試みた研究によって、それぞれのフルドース(標準容量)の単剤使用に比べて、3割程度も有意な血圧低下を認めたことが報告されています (文献4)。容量が4分の1になった薬を4種類を組み合わせるという、理論的、かつ画期的な方法で、長期処方でも副作用が少なく、血圧管理が良好、かつ、心血管病イベントリスクも減少されるのであれば、患者の利益の観点から、今後、有用な処方の選択肢として、汎用されることを期待するところです。
文献1
文献2
Chow, C. K., Teo, K. K., Rangarajan, S., Islam, S., Gupta, R., Avezum, A., ... & Kazmi, K. (2013). Prevalence, awareness, treatment, and control of hypertension in rural and urban communities in high-, middle-, and low-income countries. Jama, 310(9), 959-968. 
文献3
Chow, C. K., Thakkar, J., Bennett, A., Hillis, G., Burke, M., Usherwood, T., ... & Chou, M. (2017). Quarter-dose quadruple combination therapy for initial treatment of hypertension: placebo-controlled, crossover, randomised trial and systematic review. The Lancet.
文献4

Mahmud, A., & Feely, J. (2007). Low-dose quadruple antihypertensive combination. Hypertension, 49(2), 272-275.