2017/02/03

第107回 愛し野塾 再認識すべき思春期のココロのケア


ライフサイクルの視点から、うつ病発症リスクに大きく関わることになるのが「思春期」です。アイデンティティを確立するうえで重要な時期であるこの急速な心の成長期に、実は「うつ病」は爆発的に増え、一旦発症してしまうと、その後長きに渡り精神健康上の問題を抱え続ける可能性が高まることが知られています。

学校では、成績が思うように伸びなかったり、不登校になったり、社会に出ても、仕事がうまく続けられなかったり、思うようにパーフォーマンスが発揮できない、など、生き辛さを経験し、引きもこりなどへとつながりかねない懸念が各方面から指摘されています。
平成28年9月7日、内閣府は、国内で遂行された大規模調査の結果として「引きこもり」の主たる原因には「不登校」もしくは「職場になじめなかった」ことがあると発表しました。国内で54万人と推計される「引きこもり」の状況は、個人の人権を尊重する上でも、また甚大な社会的損失であるという社会経済学的視点からも、看過すべきではなく、国策としての支援が必要であることはいうまでもありません(文献1)。
平成20年、鬱病性疾患にともなう医学的社会的費用損失は、3兆円を超えると推算されています(文献2)。また、オーストラリアでおこなわれた14年間の長期観察研究によって「思春期の精神疾患は長引けば長引くほど、成人でのメンタル疾患発症率が増大すること、またそのリスクは、最大3倍程度に見込まれる」と報告されました(文献3)。こういった調査からも、「思春期に認められるメンタル疾患の代表ともいえるうつ病の早期発見を促し、治療介入することは、将来の精神疾患発症の予防にもつながる」ことが期待されます。しかし、現状では、効率よくこの病態を発見することも、また治療にも非常に難渋することがしばしばです。
国際調査では、思春期の子の12−25%が精神疾患を患っているにもかかわらず、そのうちのわずか34−56%しか精神衛生のサービスを受けていないことが分かっています。今回、14歳の子どもを対象に、「精神衛生サービスを受けたかどうか」を確認する、というシンプルな手法で、「精神衛生サービス受診によって、3年後のうつ症状の発症が有意に低下した」、という報告がランセットに掲載されました(文献4)。これまでの研究では、交絡因子による補正など、手法上、調査研究としての妥当性を十分に満たしているとかいえず、ポジティブな結果が得られていませんでした。

さて、今回報告された臨床研究「ルーツ長期精神衛生コホート研究」では、2005年から2010年の間に、イギリスのケンブリッジにある27の高校に在学する1,238人の思春期の男女を対象として開始されました。対象者の内、92%が、生みの親が第一養育者でした。14.5歳、16歳、17.5歳の時点で、個別に問診が行なわれました。K-SADS-PLを用いてDSM-IVの精神疾患の確定診断を得ました。精神衛生サービス受診は、一般臨床医あるいは、精神衛生問題の専門家の診察、治療を受けること、と定義されました。
交絡因子として「社会地理的、環境因子、個人因子、精神疾患、診断」について考慮しました。具体的には、家族構成、日常機能、精神健康上の問題、同僚からのサポート、性別、過去の精神疾患での受診歴、現在の診断、重症度、合併症、が検討されました。 

結果
1,238人のうち、1,190人分の14.5歳時の「診断名」「精神衛生サービス受診」のデータを得ることが出来ました。交絡因子を含めたすべてのデータが得られたのは、14.5歳時で84%、16歳時で65%、17.5歳時で68%でした。11%(126人)に精神疾患を認め、5%(64人)が精神衛生サービスを受けていました。

精神疾患を認めた子どもの38%(48人)が、過去に精神サービス受診をしており、96%が14.5歳時に受診していました。5回以上の受診をしていたのが84%でした。精神疾患を認めた48人は、「感情障害」(16人)、「不安障害」(10人)、「行動障害」(25人)、その他(5人)と診断され、そのうち14人が複数の診断名を持っていました。

「青少年と子供の抑うつ気分」の正確なアセスメントとして汎用されている標準テストの「気分と感情質問票(MFQ)」(22点でカットオフすると、センシティビティー95%、特異度79%))によって評価が行なわれました。「精神疾患と診断がついたが、精神衛生サービスを受けなかったこども」(MFQスコア:~26点)、及び、「診断がついて、かつ精神衛生サービスも受診したこども」(MFQスコア:~23点)の両群ともに、「精神疾患がないと診断されたこども」(MFQスコア:~14点)に比べて、「抑うつ気分」のスコアは、有意に高いことが明らかになりました(P<0.0001)。時間経過とともに、「精神疾患と診断がついたが、精神衛生サービスを受けなかったこども」、及び、「精神疾患と診断がついて、かつ精神衛生サービスも受診したこども」の両者共にMFQスコアは低下していきましたが、スコアの改善率は精神衛生サービスを受診したこどもの群で有意に高い結果を得ました。17歳の時点で「診断がついて、かつ精神衛生サービスも受診したこども」は、「精神疾患に罹患していないこども」のMFQスコアレベルとほぼ同程度に達しました。

試験開始時の9つの交絡因子を考慮した、傾向スコア・一般線形モデルによって試算した結果、精神疾患を持つ14.5歳のこどもは、精神医療サービスを受けた群が、受けない群よりも、17.5歳時点で、うつ症状の発症率が約4倍低下することを認めました(OR=3.70, p=0.0086).

これらの結果から、14歳時に精神疾患を発症している場合、「精神衛生サービスの受診」は、その後17歳時点でのうつ症状発症を予防する有効な手段である事が明らかになりました。

さて、いくつかの問題点が指摘されています。第1に、「精神衛生サービスの利用状況」の調査は、自己申告でした。このため正確性に疑問が残ること、第2に、調査では「精神衛生サービスへアプローチしたかどうか」の調査解析であり、治療内容の詳細は不明であり、サービスの質・量などの観点から、それぞれのケースで、どのようなサービスがうつ症状発症抑制効果に寄与したのかは不明であること、第3に、対象者が少なく、メンタル疾患に罹患したかた全てを対象とせざるを得なかった理由で、鬱病の診断に特化した対象者を選ぶことができなかったこと。(ただし、不安障害、気分障害、行動障害、ADHDのいずれもが、鬱病の前駆症状であるともいわれ、ここで示された精神障害に罹患した子どもがうつ症状を発症したかどうかを検討することに、十分に意義があるとエディトリアルでは述べていますし、わたしも賛同するところです(文献5))。第4に、対象者が少なく、治療期間が及ぼすうつ症状抑制効果についての検討ができなかったこと。第5に、治療開始前の状態把握ができていないこと、が挙げられています。

これらの議論は、今後の研究によって克服されることでしょう。そして私は、この研究で明らかにされた「精神衛生サービスによるうつ症状予防効果」が、長期に持続するのか、そして、就労率向上や自殺予防にも効果をもたらすのか、について強い興味を持つところです。

今回の研究から、「メンタル疾患を煩いながらも精神衛生サービスを受けている子どもは、わずか38%であった」という現実がクローズアップされました。今後は、日本でも、思春期における精神疾患の早期発見、精神衛生サービスへの受診勧奨システムの構築を早急に行うことが必要でしょう。「思春期」という重要な成長過程への積極的なサポートが、将来のうつ病など精神疾患の発症を予防する可能性を強く示唆したこの研究結果について、あらゆる立場で議論していただきたいと、強く願うところです。

文献1 http://www.nikkei.com/article/DGXLZO07000830Y6A900C1CR8000/
文献2 http://www.mhlw.go.jp/…/…/cyousajigyou/dl/seikabutsu30-2.pdf
文献3
Patton, G. C., Coffey, C., Romaniuk, H., Mackinnon, A., Carlin, J. B., Degenhardt, L., ... & Moran, P. (2014). The prognosis of common mental disorders in adolescents: a 14-year prospective cohort study. The Lancet, 383(9926), 1404-1411.Lancet. 2014
文献4
Sharon A S Neufeld, Valerie J Dunn, Peter B Jones, Tim J Croudace, Ian M Goodyer., Reduction in adolescent depression after contact with mental health services: a longitudinal cohort study in the UK. Lancet Psychiatry. 2017 Jan 10. 
文献5
Rice, F., Eyre, O., Riglin, L., & Potter, R. (2017). Adolescent depression and the treatment gap. The Lancet Psychiatry.