2018/11/17

愛し野塾 第194回 慢性疼痛と気分障害の兆候との関係性

うつ病や不安障害にかかると、慢性疼痛を誘発することが知られています。その反対に、慢性疼痛によって、うつ病や気分障害リスクとなることがわかっています。
2007年、世界18カ国(先進国から途上国までを含む、日本、レバノンなど)について、「慢性疼痛」の中でも、「背部と頚部の痛み」にフォーカスした研究が行われました(文献1)。欧米では、背部痛、頚部痛について、12ヶ月間での有病率は、15%から56%の人に存在する、と報告されていました。しかし、それ以外の国では、その有病率は未だ不明です。また、「女性」、「高齢者」、「低い教育レベル」などが、有病率に関与していると考えられていましたが、「メンタル疾患」の関与について、明確に示されたものはなく、せいぜい、慢性の身体の病態や、精神疾患が、並存疾患として挙げられている程度でした。
さて、887人が対象(女性53.7%、平均年齢51.4歳)となった国内調査では、「背部痛、頚部痛」の有病率は、16.0%でした。最も有病率の低い国は、コロンビアの9.7%、最も有病率が高いのは、ウクライナの42.1%で、日本の有病率は平均的なものと見なされました。
次に、「大うつ病」に鑑別される患者の「背部痛及び頚部痛の有病率」の試算から、背部痛、頚部痛のあるかたは、ないかたの約2倍も大うつ病の出現頻度が高いことがわかりました。諸外国の平均値は2.2倍で、ほぼ同じ割合を示しました。
一方、「不安障害」は、「背部痛及び頚部痛の保持者」で3.2倍も多く認め、諸外国の平均である2.7倍よりやや高値でした。
「アルコール乱用」は、「背部痛及び頚部痛の保持者」で3.0倍と多く認め、諸外国の平均である1.6倍よりも明らかに高値でした。これらの試算は、性別と年齢で補正され、適正に算出されたものと判断されました。この研究から「大うつ病、不安障害、アルコール乱用は、慢性疼痛患者に高い頻度で生じるリスク因子となる」ことが決定付けられました。
2015年に発表された、「痛みとうつ病、不安障害についての時間経過にともなう関係」(文献2)では、オランダの2676人(333人の試験開始時健康だったが、経過中うつ病、不安障害を発症したかた、548人のもともと、うつ病、不安障害があり寛解したかた、693人の慢性のうつ病、不安障害のかたで、女性66.3%、平均年齢42歳、抗鬱剤使用25%、ベンゾジアゼピンと痛み止め使用率10%未満、519人コントロール群)について、4年間観察した結果、「うつ病、不安障害」ともに、その症状の悪化、改善に伴い、痛みの程度はそれぞれ増強、改善することがわかりました。痛みによる、「うつ病、不安障害の誘発、及び悪化」も示されました。また「痛みと情動障害」との関係から、さらにそのメカニズムが注目されはじめています。
ひとつの仮説として、「痛みに対してマイナスな感情を持ち合わせ、痛みへの適応能力が欠如していると、痛みの破局化や、恐怖、不安を誘発する」と提唱されています。さらにこうした仮説を土台に、痛みの程度と情動障害の関係を説明する、心理過程の詳細を明らかにすることができれば、痛み対策につながるかもしれない、と期待が膨らんでいます。
今回、オーストラリアのグループによって、ネットワーク解析を用いて、この詳細の一部が明らかにされました。論文は、平成30年10月30日、Thompsonにより発表されました(文献3)。本日は、この論文を紐解いてみたいと思います。
<情動障害と痛みを結ぶ経路>
慢性疼痛は、痛み刺激に対する幅広い「考え方」に影響をうけることがわかっています。この「考え方」に関与する因子として、「セルフ・エフィカシー」「破局化」「痛みの予知」「障害の認知」「恐怖回避」があげられています。例えば、「障害の認知レベル」が高い場合、「痛み」に対処するために、積極的に休みを取るなどの行動療法よりも、薬物を服用したり、アルコールを摂取したりして、問題を避ける行動に出てしまう傾向が強く、「恐怖回避」レベルが高いと、小さな痛みでも大きく感じたり、痛みにとらわれてしまいがちで、痛みを慢性化させる温床となります。また、うつ病発症時に認める「自己、外界、将来」へのネガティブな評価を伴う認知のゆがみに似た思考パタンの介在についても示されてきましたが、「うつ病」「不安障害」などの情動障害が、「痛みの程度」に影響を与えている中間因子として、それぞれ、どれだけ寄与しているのかについては、議論のあるところでした。
紹介するこの研究では、情動障害、そして上述のそれぞれの因子と、慢性疼痛との関係性が検討されました。
<方法>
「情動障害」「セルフ・エフィカシー」「恐怖回避」「コントロールの認知」「痛み障害の認知」「痛みの強度」の測定方法について
「情動障害」
21項目うつ病、不安、ストレススケール(DASS-21)を施行しました。(文献4)。「くつろぐことができない」「口が渇く」「前向きになれない」「息苦しい」「率先して物事ができない」「ものごとに大げさに反応する」「痙攣がある」「神経エネルギーを沢山使う」「パニックになるのではいかと恐れる」「これからのことで期待できるものがなにもない」「他人に翻弄されやすい」「リラックスできない」「気持ちが落ち込みブルーになる」「今やっていることを阻害することがあると耐えられない」「パニックになりそうな感覚がある」「なにごとにも熱狂的になれない」「人として価値がないと思う」「短気だと思う」「動悸や結滞がある」「理由もなく恐怖を感じる」「人生には意味がないと思う」の21項目について、それぞれ4ポイントスケールで、評価されました。
「セルフ・エフィカシー」
PSEQを用いて評価されました。「痛みがあっても物事を楽しめる」、「痛みがあっても家事がほとんどできる」「痛みがあっても友人とこれまでどおりつきあえる、」「痛みがあっても仕事もできる」「痛みがあっても趣味もできる」「痛みがあって薬がなくとも対処できる。」「痛みがあっても人生の目標を達成でき、普通に生活できる」「痛みがあっても、徐々に活動的になれる」の項目について7ポイントスケール点数化し、評価されました。
「恐怖回避」
2つのメインの項目から観察されました。一つ目の「活動回避」は、身体的な活動と関連した回避行動とし、二つ目の「ソマティックフォーカス」は、「痛みは有害性のあるからだのプロセス」と解釈されます。これらは、TSKを用いて評価されました。具体的な質問内容は、①「運動をすると体に障害が起きる可能性がある」,②「痛みの克服を試みると痛みが増強する」③「私の体はとてつもなく間違ったなにかを持っている」④「もしも運動ができたら痛みはたぶん和らぐだろう」⑤「他人は自分の医学状況のことについてきちんと話し合っていない」⑥「私の事故は、一生涯私の体を危険にさらし続けることになる」⑦「痛みはいつも私が体を傷つけていることを意味する」⑧「なにかが痛みを増強したとしても、危険であることを意味するものではない」⑨「偶発的に自分を傷つける可能性がある」⑩「不必要な動きをしないことに気をつけていることが唯一痛みの悪化を予防する手段だ」⑪「体になにか悪いことがおきていさえしなければこれほどの痛みがないはずだ」⑫「今の状況はつらいが、身体的に活動的であれば、もっと状況はよくなるはずだ」⑬「痛みは、体を傷つけないように運動をどのレベルでやめるべきかを教えてくれる」⑭「私のようなひとが運動をするのは危険だ」⑮「普通のひとができることができない、私はすぐに怪我をしてしまうから」⑯「なにかが強い痛みを生じさせているが、実際に危険なものではないと思う」⑰「痛みがあるときはけっして運動をしてはいけない」の16項目からなり、4段階のスケールから検討しました。(項目4,8、12,16は、スコアを逆転させます)
<コントロールの認知>
SOPA-Rを用いて測定され、慢性疼痛について、考え方や感情の長期にわたる影響について調査されました。「自分は疼痛をコントロールできているかどうか」、が調査されました。
<痛み障害の認知>
pain disability indexが用られ、「家族や家の責任」「リクリエーション」「社会活動」「仕事」「セックス」「食事、睡眠、呼吸など基本的な生命維持に必要な活動」ができているかできていないかについて10段階で調査されました。
<痛みの強度>
Numerical Rating Scaleによって、10段階で評価されました。
<結果>
疼痛外来を受診した743人のうち、同意を得た169人が試験の対象となりました。女性は、98人で、平均年齢は50.85歳、男性は、71人で、平均年齢48.39歳でした。66.9%がオーストラリア生まれ、56%が既婚、19.5%がシングル、11.3%が別居か離婚、4.7%が死別でした。痛みの種類は、87.9%が筋肉骨格系の痛み(主に背部痛、四肢痛)、8.3%が全身の痛み(主に線維筋痛症)、2.4%がむち打ち症、1.8%が頭痛でした。56.2%が3箇所以上の痛み、26.6%が2箇所の痛み、17.2%が一箇所の痛みでした。55%が過去0-5年の経過、21.3%が5-10年の経過、14.8%が10年以上の経過がありました。
<うつ症状と不安症状についての結果>
うつ症状の平均点数は、10.31ポイント、不安については、7.23ポイントで、重症度は中程度と判定されました。痛みの程度は、8.79ポイントで重症と判定されました。障害の認知とコントロールについては、それぞれ、43.79ポイントと1.58ポイントで、すでに報告のある研究結果よりはやや高く、セルフ・エフィカシーと恐怖回避については、20.30ポイントと45.71ポイントでした。対象者の重症度は、これまでの報告とほぼ同程度でした。
うつ症状と不安症状の間に強い相関を認めました(RR=0.75,P<0.01)。うつ症状は、「障害の認知(RR=0.42)、エフィカシー(RR=-0.48)、恐怖回避(RR=0.62)、コントロールの認知(RR=-0.48)」とも相関があり(いずれもP<0.01)、「痛みの強さ」(RR=0.28 )よりも高い相関関係を認め、不安症状についても同じ傾向を認めました。
<ネットワークアナリシス>
「痛みの強さ」と「うつ症状と不安症状」の間にはエッジがありませんでした。しかし、「うつ症状」は、「痛みの強さ」とエッジを持つ3つの中間因子(「恐怖回避」と「痛みのコントロール」「セルフ・エフィカシー」)と、エッジがありました。「不安症状」から「痛みの強さ」にいたる最短経路に「うつ症状」の介在も判明し、「不安症状」はいずれの中間因子ともエッジがないこともわかりました。「うつ症状と不安症状」「セルフ・エフィカシーと障害の認知」「恐怖回避とうつ症状」の間に、最も強力なエッジがありました。痛みの強さに最も影響を与える因子は、「うつ症状」であることが、判明しました。しかし、「うつ症状」は、「不安症状」とも強いエッジを有することから、解析へのバイアスの可能性もあることから、ネットワーク解析から「不安症状」を除外して再度解析が試みられました。その結果、「うつ症状」は、3番目に強い「痛みの強さ」に影響を与える因子に後退し、最も大きな影響をもつ因子は、「セルフ・エフィカシー」、2番目が「障害の認知」、4番目が「恐怖回避」と続きました。また「不安症状」を除外しても、「うつ症状」は「痛みの強さ」と直接のエッジがありませんでした。
<コメント>
今回の研究からは、「痛みの程度」に対する「不安症状」の関与は小さく、情動障害のうち「うつ症状」による強い影響が明確に示されました。この「うつ症状」による「痛みの程度」への関与は、「セルフ・エフィカシー」「障害の認知」「恐怖回避」を介した間接的なものである可能性が示唆されました。
痛みの制御能力が低ければ、痛みによる障害の認識の程度は、高まります。一方で、痛みの制御能力が高ければ、痛みを乗り越えて、自分の持つ能力を発揮できるのではないかという、強い感情がわいてくることでしょう。しかし、痛みを制御できるということは、かならずしも、痛みのコントロールと同じではありません。痛みをあるがままに受け入れ、過剰反応せず、痛みを誘発すると思われる状況であっても回避せず、自身をさらしていく方策が望まれることが示されたように思います。その意味で、認知行動療法よりも、マインドフルネスの考え方に則った「アクセプタンス&コミットメント療法、Acceptance and Commitment Therapy」のほうが、痛みを受け入れるために有効である可能性が認識されたのではないか、と著者は主張しており、私も同意するところです。
問題点は、本研究は横断的研究であることから、今回注目した因子以外の関与が否定できないことです。そこで縦断的研究法を用いた長期的な調査が期待されます。また、痛みの程度は自己申告のため、正確さに欠ける可能性が指摘されるでしょう。今後、客観的指標の採用が望まれます。また、外来当該患者の4分の1のかたしか研究参加の同意が得られず、サンプルサイズが小さくなりました。何かしらのバイアスの存在が疑われます。さらに信頼性の高い研究が求められます。
本研究によって、痛み対策には、認知のゆがみにフォーカスするよりは、「痛みを適切に受け入れ、うまくつきあうこと」、に重点を置いた生活指導が重要であることが示されました。日常臨床に大変有意義な示唆を与えてくれた、と実感するところです。
文献1 Demyttenaere, K., Bruffaerts, R., Lee, S., Posada-Villa, J., Kovess, V., Angermeyer, M. C., ... & Lara, C. (2007). Mental disorders among persons with chronic back or neck pain: results from the World Mental Health Surveys. Pain, 129(3), 332-342.
文献2 Gerrits, M. M., van Marwijk, H. W., van Oppen, P., van der Horst, H., & Penninx, B. W. (2015). Longitudinal association between pain, and depression and anxiety over four years. Journal of psychosomatic research, 78(1), 64-70.
文献3 A Network Analysis of the Links Between Chronic Pain Symptoms and Affective Disorder Symptoms.
Thompson EL, Broadbent J, Fuller-Tyszkiewicz M, Bertino MD, Staiger PK.
Int J Behav Med. 2018 Oct 30. doi: 10.1007/s12529-018-9754-8. [Epub ahead of print]