2016/11/19

第98回 愛し野塾 死亡リスクを下げ得る最適な運動量とは


あらゆる調査から、適度な運動習慣が、総死亡率の低下を促すことがわかってきました。「虚血性心疾患」「高血圧」「糖尿病」「肥満」「骨粗鬆症」「結腸がん」などの疾病罹患率、それによる死亡率を低下させ、加えて、メンタルヘルスや生活の質の改善も実現可能であることなどが、これまでの調査研究から示されてきました。「運動」といっても、「健康年齢の延長」という観点から、適切な「強度」「時間」「頻度」については、いまだ議論のあるところです。現在、厚生労働省は、具体的に次のように推奨しています。
(1)日頃から「散歩」、「早く歩く」、「乗り物やエレベータを使わずに歩くようにする」など意識的に身体を動かす
(2)1日平均1万歩以上歩くことを目標とする
(3)週2回以上、130分以上の息が少しはずむ程度の運動を習慣にする
(4)最初の運動としては、まずウォーキングからする
目標10,000歩とすると、消費カロリーにして約300kcal相当、仮に時速4kmの速度で歩けば、1時間30分必要となります。さらにプラス60分の運動を加算する必要がある、と掲げていますが、それだけの時間を「運動」に費せる人は、多くはないでしょう。世界中で、「最適な運動量とは?」という疑問に答えるべく、あらゆる観点から研究が盛んに行われているのは、多くのひとが実行可能な「最適」かつ、「最短」で効果を上げられる「運動量」を求めているからでしょう。米国では、「中等度の運動」(時速約5km程度のウオーキング)を「1週間に150分行う」ことを推奨しています。これなら平均1日20分程度を運動のために当てればいいわけで、多くの市民に受け入れられる可能性が高いのではないでしょうか。しかし、推奨される運動量が日米でこれだけ差があるのは不思議です。信頼に値するエビデンスに根ざしたデータによって算定された数値目標なのか、疑問を持たざるをえません。これまで、「目標運動量」の設定・作成にあたっては、自己申告制のアンケートから得られたデータを使用しており、客観性が低く、調査の信頼性及び妥当性が高いとはいえません。今回、客観的指標となる、米国フロリダのアクチグラフ社製のアクセロメーター(加速度センサー)を用いた運動量測定と、自己申告による運動量測定を比較した、「運動量が死亡率に与える影響」が発表になり、話題を呼んでいます。米国ノースカロライナ大学のエベンソン博士らが報告しました。
客観的指標として使用された「加速度センサー」は、物体の速度の変化率である「加速度」を測定することで、「走行開始」かつ「走行中断」といった身体活動の識別が可能です。連続的な記録をもとに、運動量を客観的に予測可能であることが評価され、米国では、1990年代から使われています。時計と同じように体に装着可能で、アプリを使ってPCにデータをトランスファーできる簡便な装置です。

対象者は、NHANESコホートに登録された40歳以上の6,355人でした。NHANSNational Death Indexとをマッチングできなかった症例7例は除外されました。狭心症、心筋梗塞、脳卒中、心不全、冠動脈疾患の既往のある1,214人、登録開始後2年以内に死亡した128人も対象から除外されました。加えて、加速時センサーを装着しなかった600人、返却時に加速時計がキャリブレーションされていなかった208人、誤操作の86人、加速時計を1日8時間以上、週に3日以上装着していなかった225人、自己申告による運動量の記載がなかった方など78人が除外され、その結果、最終的に3,809人のデータが分析に供されました。
最終的に被験者のプロフィールは、平均年齢55.3歳、女性54.6%、ヒスパニック 8.3%、ヒスパニックではない黒人 9.9%、ヒスパニックではない白人 77.4%でした。平均BMI28.8で、34.7%は、BMI30を超えました。喫煙者は、20.76%、アルコール摂取者は71.8%、被雇用者は、64.1%、既婚者は、67.2%、教育歴・高卒以上は58.3%でした。高血圧患者は48.4%、糖尿病は、10.8%が罹患しており、担癌患者は8.1%でした。
すでに、これまでの研究結果から、加速度センサーでの1分あたりのカウントが「2,0205,998」が、すなわちトレッドミル走で算定される3METs~5METsの運動に相当すると類推され、「中等度」の運動量と定義されています。また「5,999~」は、6METs以上の「高い強度の運動」と判定され,2,019以下」は、「軽度な運動」と定義されています(文献1)。水泳、睡眠時は、加速度センサーは外されました。

(文献1)Troiano, R. P., Berrigan, D., Dodd, K. W., Masse, L. C., Tilert, T., & McDowell, M. (2008). Physical activity in the United States measured by accelerometer. Medicine and science in sports and exercise, 40(1), 181.

結果
平均観察期間の6.7年間に337人の死亡がありました。107人(31.8%)の死因は、心血管病でした。すべての対象者は、40歳以上で、平均年齢は、55.3歳でした(54.6%は、女性)。
加速度センサーによる計測の結果、1分あたり平均295.3カウントであり、「中等度の運動」は、1日あたり平均19.4分行われていました。「強度な運動」はわずか0.7分でした。すなわち「中等度以上の運動を行っていた時間の合計は、20.1分でした。「軽度の運動」は、平均332.9分で、「運動をしていない時間」は、平均505.9分と算出されました。
次に、自己申告の結果です。「中等度以上の運動」をしたかたは、全体の64.2%で、平均時間は、1週間あたり、2.9時間(24/日)でした。「日常の活動」の詳細は、52.6%のかたが、「ものを運んだり持ち上げたりすることのない、立位あるいは、歩行」、24.5%が「より加重負荷のある仕事」、22.9%が「座位での活動」でした。
「運動量と死亡率との関係」を解析する上で、バイアスについて詳細な検討が行われました。まず、加速度センサーの装着時間は解析に影響しないことが確認されました。その他、年齢、性別、人種、教育レベル、婚姻状況、喫煙の有無、雇用状態、歩行時に杖などの使用を要するかどうか、関節炎、癌の有無、BMI、糖尿病、高血圧がバイアスの是非の検討が行われ、家庭の総収入、CRP、総コレステロール値、アルコール摂取量は、死亡率への関連性への影響が10%未満であることが確認され、バイアスとして考慮されませんでした。
加速度センサーでの解析から、「軽度の運動」の群に、有意な全死亡率の低下はありませんでした。「中等度の運動」群では、1日あたり3.7分以下を基準値とした場合、 3.811/日の運動で、44%の死亡率の低下、11.124.4分の運動で58%の低下、24.5分以上の運動で54%の低下を認め、死亡率は、運動時間の増加に伴って低下していました(p0.0001)。「心血管病による死亡率」も、「中等度の運動」によって有意な低下を認め、運動時間3.7/日以下を基準値とすると、3.8分から11分で51%の低下、11.1分から24.4分で81%の低下、24.5分以上で42%の低下が認められました(p0.002)。運動をしない時間と死亡率と間に相関関係を認めませんでした。
自己申告法による運動量と死亡リスクの解析から、中等度の運動量が0時間/週の群を基準値とすると、0.1時間から2.2時間の中等度の運動をした群は、死亡率が45%有意に低下し、2.3時間以上の中等度運動群では、35%も有意に低下することがわかりました(p0.0002)。「心血管病による死亡リスク」は、中等度運動量が0時間/週だった群を基準値とすると、0.1時間から2.2時間の運動をしたかたは、死亡率が36%低下、2.3時間以上で49%の有意な低下が認められました(p0.03)。
「加速度センサーにより計測された運動量」と「自己申告された運動量」は、概ね同じような傾向を認め、死亡リスクについて、「13.8分から11分程度の短時間の中等度運動が、40%以上の死亡率低下を促す」という結果は、運動への意識を広め、またモチベーションが維持されやすい所以となるのではないでしょうか 。
今後の課題として、加速度センサーでは、自転車、ウエイトリフティングなど運動種目によっては負荷がかかっているにもかかわらずカウント数が少なくなること、立位でも不動の場合では計測されないこと、水中でのセンサー使用は難しいこと、測定時間が短くなるとデータの信頼度が低下する、など解決すべき問題点が挙げられます。また、加速度センサーで定義された「軽度」「中等度」「強度」といった運動量の閾線の是非について確認することが必要でしょう。
さて、課題は残されていますが、本研究で得られた「客観的手法での運動量測定調査」によっても、「 1週間あたり150分の中等度の運動は、死亡リスクを低下させ、なかでも心血管病関連性の死亡リスクを低下させる」ことが明らかになりました。毎日20分、1.6km程度を、早歩きで息をはずませながら、歩いてみましょう。ただし、運動習慣のない方は、短時間、ゆっくりのペースから始め、安全に、少しずつ体を適応させて、運動を習慣化させましょう。