2016/11/11

第97回 愛し野塾 「冠動脈」をターゲットにした動脈硬化症の治療選択


日本人の4人に1人は動脈硬化が原因で死亡する時代です。医療経済の視点から鑑みて、この心臓をとりまいている「冠動脈」が動脈硬化に侵された結果、つまったり、狭くなったりするいわゆる「心筋梗塞、狭心症」に代表される虚血性心疾患にかかる「医療費」は、年間7503億円に上っている現状です。
動脈硬化によって冒された冠動脈の狭小化した部位を、再び正常に開通させる手段として、カテーテルを用いた「ステント留置術(以下PCI)」と、外科術による「バイパス術(以下CABG)」が臨床現場で汎用されています。特に、その簡便性、開胸を要さないという理由で「ステント留置術」が席巻してきています。しかし、見過ごすことのできない、幾つかの問題点もあります。
冠動脈には、左右2本の血管があり、特に、「左冠動脈主幹部」が動脈硬化で冒された場合には、「PCI」では、術後の再狭窄が生じ易く、ステントを再度留置しなおさないといけない症例が少なくない、という懸念や、術後の心筋梗塞及び、脳卒中といった合併症の頻度が、外科術に比べて多いのではないか、という懸念が議論に上がってまいりました。
しかし、ガイドラインでは、「病変が複雑およびびまん性」でない限りは、PCIでもCABGでもどちらの治療を選択可能であることが示されています。その根拠としては、3つの臨床試験、すなわち「SYNTAX」(参加人数705人)、「LE MANS」(100人)、「PRECOMBAT」(600人)の結果から、いずれも、「どちらの治療が優れているのか、決定づけることはできなかった」という結論に基づいています。学者によっては、これら3つの試験は、登録人数が少ないため、優劣を付けられなかったのではないか、という批判もあり、今回新たに、「NOBLE試験」がとり行われました。その結果、「決定的に外科療法のほうが有用である」、と発表され、ガイドラインの書き換えも必要になる事態に発展する可能性が出てきました。まさに専門家の間では、驚きをもって受けとめられています(文献1)。

北ヨーロッパ方面の国々(ラトビア、エストニア、リトアニア、ドイツ、ノルウエイ、スエーデン、フィンランド、イギリス、デンマーク)の36箇所のセンターで臨床試験は行われました。被検者を前向き・無作為に割り付けるという信頼性の高い研究様式が用いられました。「安定狭心症」、「不安定狭心症」、「非ST上昇心筋梗塞」の症例かつ、血管の狭窄率は50%以上で、フラクショナルフローリザーブは80%以下の方を対象としました。発症後24時間以内のST上昇心筋梗塞の方で、PCICABGもリスクが高すぎると診断された症例、また、一年以上の生存が難しいと判断された症例、は対象から除外しました。ステントには「薬物溶出ステント」が用いられました。
一次評価項目は、心臓、脳血管の合併症(MACCE)で、「死亡、心筋梗塞、追加血行再建術、脳卒中」と定義しました。対象者の平均年齢は66.2歳で、女性の比率は、PCI群で20%、CABG群で24%でした。15%が糖尿病でした。安定狭心症と無症候性心筋虚血が8283%を占めました。ステント留置に要した本数は、1本が54%、2本が33%、3本が9%でした。CABGが施行された冠動脈の本数は、1本が4%、2本が52%、3本が39%、4本が4%でした。

結果
2008年から2015年の間に、1201人が試験登録されました。598人がPCI群、603人がCABG群に割り付けられました。
「心臓、脳血管の合併症(MACCE)」は、PCI群で29%、CABG19%に生じました。HR(ハザード比)は1.48で、CABGPCI群に対して有意に優れていました(p=0.0066)。
「5年死亡率」は、PCI12%、CABGが9%でp=0.77で有意差は認められませんでした。
心筋梗塞の発症率は、PCIで5%、CABGが2%で有意に低い結果が得られました(p=0.0040)。追加で再建術を要した症例では、PCI16%、CABG10%で有意に低い結果を認めました(p=0.032)。
脳卒中の発症率は、PCIで5%、CABGが2%でしたが、有意な差を認めませんでした(p=0.073) 。
最大狭心症スコアは、PCIが、CABG に比べ有意に高いことが分かりました。
SYNTAX試験とPRECOMBAT試験の両者によるメタアナリシスから、治療5年後を比較検討した結果、 PCI後の心臓・脳血管の合併症(MACCE)発生率は、CABGに比べて、有意に高い(HR1.23,P=0.045)ことが確認されていることもまた前述の結果とは齟齬がなく、信頼に足る研究として評価されているところです。
さて、外科術であるCABGの予後が評価されている一方で、幾つかの課題もまた浮き彫りとなってきました。CABG術後、3.9%の症例に「再手術」を要すること、0.5%に「胸骨感染」を認めること、27.5%の症例に、「輸血」を要すること、さらに平均入院期間が、PCIでは2日に対してCABGでは9日を要するといった、 ネガティブなポイントは見過ごすことのできない課題です。
本研究「NOBLE試験」の問題点としては、PCI群で、直径平均5.7mmの冠動脈管内に挿入されたのは、直径3.5mm 4mmBioMatrixステントでした。加圧による最大拡張時の直径は5.9mmであり、血管が必要十分に拡張されていないことが、追加の血行再建術を要する例が増えた理由ではないか、と指摘されています。特に左冠動脈主幹部は太く、有効なステント留置を成功させるために、冠動脈径を十分拡張させるデバイスの開発が望まれます。
平成281031日、NEJM(文献2)にも同様の試験(EXCEL試験)の結果が発表されました。心臓、脳血管の合併症(MACCE)を施術3年後にみたところ、PCIは、CABGと比較してHR1.2と算出され、リスクの増加傾向が認められましたが、有意差はありませんでした(p=0.10)。ただし、術後30日から3年に観察期間を絞り分析した結果、「心筋梗塞」、「脳梗塞」、「死亡」の評価項目は、PCIHR1.53CABGより有意に高いリスクを示しました(P=0.02)。エディトリアルのブラウンワールド博士(文献3)は、結論に至るには時期尚早、今後、より長期の観察が必要であるとコメントしています。
今回ご紹介にあげた「NOBLE試験」の結果から明らかになったことは、左冠動脈主幹部の狭窄が生じた症例では、「外科術に十分耐えられる方は、CABGを選択したほうがいい」ということではないか、という専門家の意見があります(文献4)。心筋梗塞の発症数、追加を要する血行再建術、狭心症の再発率が、ステント留置群で明らかにCABG群よりも多いことが明らかとなったことが大きな理由です。外科術適応外とされる症例では、術後のリスクについて、インフォームドコンセントを得た上で、ステント留置術を受けることになるでしょう。
今後は、安易にステント留置術を選択するのではなく、受ける側がそれぞれの治療法に伴うリスクとベネフィットをよく考えた上で、あらためて、外科術(CABG)かステント留置術(PCI) かを選択する時代になったといえるのではないでしょうか。

(文献3)Braunwald, E. (2016). Treatment of Left Main Coronary Artery Disease. New England Journal of Medicine.