2016/06/10

第73回 愛し野塾 ジカウイルスの退治のために



ジカウイルスの地理的な分布は、さらに拡大の一途をたどっています。世界カ国で、妊娠中のジカウイルス感染によって胎児に小頭症が生じる可能性が指摘され、周産期の大きな問題としてクローズアップされています。流行は、ブラジルを初めとする中南米圏や北米圏にとどまらず、アジア圏にも拡大しています。既にフィリピンとベトナムが妊婦の渡航自粛勧奨国となり、日本国内でもジカ熱の脅威が現実のものとなっています。
もうご存知の方も多いでしょう。「ネッタイシマカ」が、このウイルスの伝播を担います。したがってネッタイシマカを駆除すれば、ジカウイルスも同時に絶滅させられる、というアイデアのもと、その方法論の確立が模索されています。人間の介入によって自然環境を破壊することなく、ネッタイシマカを駆除するには、ネッタイシマカ以外の生命体に悪影響があってはなりません。従来の駆除剤を用いた方法では、ネッタイシマカ以外の生命体の多くも同時に死滅し、環境破壊がもたらされるため、ネッタイシマカのみを効率よく駆除する方法が待ち望まれてきました。昨今、ネッタイシマカを宿主とする細菌(内部共生菌)を用いた、モスキトメイト社のネッタイシマカ駆除法が注目を集めています。
米国環境保護庁は、モスキトメイト社が開発した駆除法の認可について検討し始めました。この駆除法は、「ボルバキア」と呼ばれる細菌を用います。ボルバキアを感染させたオスのネッタイシマカを、フィールドに放ち、メスの野生ネッタイシマカと交配する際、感染されたボルビキアにより、オスの染色体が正しく形成されず、受精卵は、ふ化することができません。理論的には大変エレガントな方法です。
このアイデアに基づいた研究の成果として、ヒトスジシマカの駆除を目的として、既にその結果が得られています。ヒトスジシマカは、黄熱病ウイルス感染の人への媒介能を有しています。米国では、過去3年に3州で、ヒトスジシマカにボルビキアを感染させ、ヒトスジシマカが70%減少したという成果が得られています。現在、同じ方法によって、フロリダ州とカリフォルニア州で、ネッタイシマカの駆除トライアルが行われています。中国広州市でも同法を用いて、ヒトスジシマカ駆除トライアルが開始されています。この3月には、1週間に、ボルビキア感染済みの150万のオスのヒトスジシマをフィールドに放出しましたが、8月末までには、500万匹まで増やす予定です。問題は、大量のボルビキア感染のオスの蚊を作成するためのコストです。そこで、非営利団体でもある国際協力機構の、「エリミネイトデング」は、特殊なボルビキアを感染させた少量の蚊を用いることで、すべての野生蚊にボルビキアを感染させる方法を開発しています。この方法では、ボルビキア感染が、ネッタイシマカの孵化を阻害せず、ボルビキア感染させたネッタイシマカの数が、徐々に増えていきます。ボルビキア感染によって、ネッタイシマカの免疫反応を促進させ、ジカウイルスが、ネッタイシマカの中で、繁殖できなくなる特徴を利用しています。この方法を用いて、インドネシア、ベトナム、オーストラリア、ブラジル、コロンビアで、ジカウイルスに感染抵抗性のネッタイシマカを増やすことで、ジカウイルス感染が減らせるかどうかを調べるトライアルが始まっています。この方法が採用されれば、コストも下がり、いずれは1人あたり1ドル程度の費用ですむと推算されています。
オス蚊へのボルビキア感染法の研究報告が、ブラジルのドトラ博士らによって発表されました。被ボルビキア感染の多数の細胞株の解析から、wMelと呼ばれる特殊な株が選択され、wMel株ボルビキアを感染させたネッタイシマカは、ジカウイルスに対して感染抵抗性を示し、感染効率が「野生のネッタイシマカの10%にまで低下」しました。驚いたことに、「wMel株ボルビキア感染ネッタイシマカ」は、ジカウイルスに感染しても、「その唾液には、感染力のあるジカウイルスが検出されない」という結果を得たのです。つまり、実験室条件下では、同法を用いれば、100%ジカウイルスの感染を食い止められることが証明されたのです。wMel株を感染させたネッタイシマカをフィールドに放てば、「感染性のあるジカウイルスを持たない」ネッタイシマカが徐々に増加し、最終的には、すべてのネッタイシマカが、ジカウイルスの感染能力を失うという仮説が立つのです。
Dutra, H. L. C., Rocha, M. N., Dias, F. B. S., Mansur, S. B., Caragata, E. P., & Moreira, L. A. (2016). Wolbachia Blocks Currently Circulating Zika Virus Isolates in Brazilian Aedes aegypti Mosquitoes. Cell host & microbe.
「ボルビキア」をネッタイシマカ駆除剤として用いる方法について、FDAのウエブサイトでは、たった一件の反対投稿があったのみで大衆受けも悪くなさそうです。一方で、「オキシテック社」の提案している「遺伝子改変した蚊」を用いる方法は、環境破壊を心配する声が2000投稿を超えており、多数のかたが懸念をいただいているようです。大衆の懸念を惹起しないwMel株ボルビキアを用いた方法が、当局から早々に認可を受け、大規模にフィールド研究が進むことが、ジカウイルス退治法として、好ましいといった印象です。一刻も早く承認されジカウイルス感染の対策をとって頂きたいと思う反面、生態系へ影響が及ばないよう注意深く観察しながら研究を進めることは、このプロジェクトに携わる全ての研究者の使命と考えます。