2019/05/07

愛し野塾 第200回 「動脈硬化」の視覚化が治療効果を促す


生活習慣の乱れが、積み重なって発症するあらゆる疾患の中で、心血管病の発症はその中心と言っても過言ではありません。医療経済学の視点から、心血管病の代表疾患である、脳血管障害に年間1兆7730億円、虚血性心疾患に年間7503億円が費やされています(平成25年度の統計)。健康的な自立した生活を継続するためにも、また国家予算を圧迫しないためにも、予防策を確立することは喫緊の課題です。

心血管病の予防策として、「禁煙、運動、スタチン服薬、降圧剤服薬を遵守すること」は長く掲げられて参りました。しかし、言うは易く行うは難し、現状では、「喫煙しているかたが禁煙に転じること」、「セダンタリーな生活を送っている方が、立位中心の動的な生活を行うこと」、「運動をしても高コレステロール血症が是正されないかたが、スタチン服薬をすること」、「運動、減塩をしても血圧が高いかたが、降圧剤を適切に服薬する」といった持続的な行動変容を実現するためには、患者さんだけでなく、それを促すべき医師の側にも、高い壁があり、治療開始にあたっては、高いモチベーションが必要であることが示されています。

欧米で行われている積極的な取り組みとして、コレステロール値や、血圧値,喫煙状況などの数値から簡便に算出可能なFRS(フラミンガム・リスク・スコア)やSCORE(European systematic coronary risk evaluation)があり、そうしたツールを用いて、将来の動脈硬化発症のリスクを正確に指摘し、患者自身の意識向上を図り、治療意欲を高めようとしてきました。

さて、一方で、FRSやSCOREが異常範囲に到達しても、予防策にまでは至らないという実態が報告されるようになりました。たとえ数値に異常があっても、たった今、実際に動脈硬化があるのか、それともないのか、が判然としないことが原因として指摘されています。そこで、医師、そして患者の双方のモチベーションを上げるには、動脈硬化の進行があるのかどうか、画像を用いて視覚的に認識してもらうことが有効かもしれないと提案されました。動脈硬化は、頸動脈のエコーで、簡便かつ安価に調べることができます。しかし、その後、動脈硬化を示す画像データの利用は、治療意欲をあげる、もしくは意欲をあげる効果はない、という両方の結果が報告され、混乱を来たしていました(文献1、2)。今回、この議論について、大規模、かつ精密に、無作為対照試験が行われ、良好な結果が得られましたので報告します。論文は、平成30年12月3日に、スエーデンのグループが「ランセット」に報告しました(文献3)。

<方法>
住民の心血管病スクリーニングと予防を目指し、1990年代に開始された「ヴァスターボッテン・介入プログラム(VIP)」の一部として、「最適な心血管病予防に必要な無症候性動脈硬化症可視化研究(VIPVIZA)」がスウェーデンで施行されました。まず、ヴァスターボッテンの住民全員に、封書で、40歳、50歳、60歳の段階で、心血管病リスク因子のスクリーニングデータの記載、健康的な生活を促進するための意欲を持たせる面接、ガイドラインに基づく薬物療法への参加を呼びかけました。一年に6500人から7000人の住人からのレスポンスがあり、2007年から2016年の間、参加率は全住民の68%におよび、対象者選択バイアスは小さいものと見積もられました。
VIPで行われる個人面談の際、VIPVIZAへの勧誘が行われ、承諾者は、スエーデンの3地区で専門技師による頚動脈超音波検査が施行されました。血管年齢を算出しグリーン(プラークなし、10歳若い)、レッド(プラークあり、10歳年寄り)などと、色分けされました。

<介入群> 介入群に割り付けられた患者には、エコー画像、血管年齢説明図、健康的生活や薬物療法による治療効果、心血管病予防についての概略が説明されました。医者にも同様の説明がありました。2-4週間後にさらに、患者には、試験参加ナースによるコンタクトがあり、結果内容について再確認しました。さらに6ヶ月後にも、試験参加ナースによる結果説明をしました。

<コントロール群> 対照群には、画像診断は施行はしたものの、医師、患者の双方へ説明hされませんでした。
VIPVIZA参加条件は、1)40歳の場合、60歳以下の一等親血縁者の心血管病の家族歴があること、2)50歳の場合、少なくともひとつの心血管病のリスク因子があること(喫煙、糖尿病、高血圧、LDL-Cが180mg/dl以上、男性腹囲102cm以上、女性腹囲88cm以上、60歳以下の一等親血縁者の心血管病の家族歴)、3)60歳であること、でした。

除外条件は、(1)頸動脈エコーで、50%以上の狭窄があること、(2)他の研究に参加中、あるいは研究のプロトコールを破った場合、としました。両群ともに、心血管病のガイドライン下で治療が施され、治療には、ヘルスケアセンターの医師とナース以外は、試験参加チームによる関与はありませんでした。

<結果>
2013年から2016年の間に登録された3532人が、コントロール群1783人、介入群1749人に、無作為に割り付けられました。3175人が、1年後のフォローアップ精査を受けました。
試験開始時のFRSの平均値は、介入群、コントロール群とも12.9%(FRSが20%を超える心血管病リスクがハイリスクと推定されるかたは、全体の18%を占めました)、SCOREは、1.27~1.29点(5点を超えるハイリスク以上ものは、2%)でした。44%~46%のかたにプラークを認め、IMTの平均は、0.77mmでした。IMTから計測された血管年齢のレッド群(実年齢よりも10歳以上血管年齢が高い群)は、全体の43%を占めました。糖尿病は5%、高血圧は、51%~53%、LDL―Cは、3.55~3.57mmol/Lでした。

介入群の1年後のFRSは、12.24%、コントロール群は13.31%で、介入による有意な低下を認めました(P=0.0017)。1年後のSCOREは、介入群1.42、コントロール群1.58で、介入による有意な低下を示しました(P=0.0010)。性別、教育歴の検討から、男女差を認めず、教育歴とは無関係に、同じ結果が得られることがわかりました。
介入によるFRSに及ぼす影響を検討した結果、ハイリスクグループにおける顕著なFRS低下を認め、FRSで20%以上を示した症例では、介入群で3.42低下、コントロール群で1.26低下しました。SCOREも同様の結果を認め、SCOREによって分類されたハイリスク群では、介入群で2.38低下、コントロール群で0.48上昇しました。
総コレステロール、及びLDL―Cは、介入群、コントロール群、ともに低下を認め、年齢、性別、教育歴による補正後の分析から、介入群の有意な低下を認めました。コントロール群に比較すると、介入群では、有意な脂質降下剤使用を認め、統計的有意差はないものの、収縮期血圧、HDL―C、体重、腹囲、喫煙のそれぞれの項目でも介入群は、コントロール群に対して良好な効果を示しました。

FRSとSCOPEに対して、最も介入の効果を認めたコントロール群は、エコー検査の結果、動脈硬化が最も進んだかたでした。 

<コメント>
今回、精度の高い条件下で「画像を用いた動脈硬化の説明が、患者・医師双方の行動変容につながり、治療に意欲的になる」という可能性が示され、日常臨床に大きなインパクトを与えました。血管が動脈硬化を起こし、血管年齢が実際の年齢よりも老化しつつあることを認識することで、医師も患者も、治療の実現に積極的になる、ということでしょう。この研究で判明した「FRSやSCOPEの値が比較的低くても、動脈硬化の比率が極めて高い方がいること」は特筆されるべき点です。高コレステロール血症、高血圧などを検出したら、即、頚動脈エコーをする意義が高まったと感じました。
さて、この研究の問題点は、試験期間は十分な長さとは言えないこと、エンドポイントがFRSやSCOPEに設定され、心筋梗塞や、脳卒中といったハードエンドポイントになっていなかったことです。より長期のハードエンドポイントも評価する研究の施行が期待されます。

CTやMRI検査が身近になり、動脈硬化の診断も急速に進歩しましたが、これらの検査は、高価で、検査受諾への説得も簡単ではない上、放射線被爆、造影剤アナフィラキシーなどのリスクが付きまといます。エコーは安全で安価、簡便な検査です。日常診療に汎用され、ますます、早期発見・早期治療の実現の味方となるのではないでしょうか。

文献1Impact of carotid plaque screening on smoking cessation and other cardiovascular risk factors: a randomized controlled trial.
Arch Intern Med. 2012; 172: 344-352

文献2Impact of carotid atherosclerosis detection on physician and patient behavior in the management of type 2 diabetes mellitus: a prospective, observational, multicenter study.
BMC Cardiovasc Disord. 2016; 16: 220

文献3Lancet. 2018 Dec 3. pii: S0140-6736(18)32818-6. doi: 10.1016/S0140-6736(18)32818-6. [Epub ahead of print]
Visualization of asymptomatic atherosclerotic disease for optimum cardiovascular prevention (VIPVIZA): a pragmatic, open-label, randomised controlled trial.