2019/05/07

愛し野塾 第213回 中年期の認知活動及び身体活動が認知症発症に与える影響


アルツハイマー病に代表される「認知症」はいまだに根本治療薬がなく、期待されている「特効薬の開発」には、まだ時間がかかりそうです。現状を鑑み、認知症発症を回避できる「実効性のある生活習慣への介入方法」が、検討されています。

さて、認知症発症する約20年前に、プレクリニカルAD(前臨床期アルツハイマー病)と呼ばれる時期が存在することが示唆され、プレクリニカルADから発症までの長期間における、認知症発症に寄与する因子の同定が、徐々に進んでいます。遅くとも中年期には、リスク因子に対する対策を講じる必要がある、との認識で一致しています。

特に、「身体活動」と「認知活動」が及ぼすアルツハイマー病発症の抑制効果について注目され、「身体活動を高く保つことは、認知症予防に良好な効果がもたらされる」ことが複数報告されましたが(文献1−4)、2017年には「身体活動の高低が認知症発症に影響する可能性は低く、前臨床期認知症のそのものが身体活動の低下に影響を及ぼしている」とした英国の調査報告によって、波紋が広がりました。しかし、この調査では、アルツハイマー病と血管性認知症の分類なしに認知症全般を対象とし、認知活動について交絡因子としてデータを補正していないことが、指摘され、議論は続いています。

今回、「身体活動」と「認知活動」の各因子が、「アルツハイマー病」「血管性認知症」がそれぞれの発症にどのように影響するのかについて、試験登録後22年以内に認知症となったケース、及び前臨床期認知症が身体活動、認知活動に与えるバイアスを除外し、厳格に44年の経過を追った前向きコホート研究の結果が発表されましたので、解説したいと思います(文献6)。

<対象>
ゴテンバーグH70コホート研究の一環として、認知症発症について、前向き研究を行いました。1968−1969年、「スエーデン人口登録台帳」を元に、母集団の特徴を示す小集団として、特定の誕生日を元に選別した、38歳、46歳、50歳、54歳(平均年齢47歳)の899人の女性を試験に勧誘し、800人を試験登録しました。参加への合意率は89%に達しました。年齢、社会経済的地位、仕事、メンタルヘルスの医療者との接触歴に、試験参加者と非参加者で違いはありませんでした。
その後のフォローアップで、1974年−75年では、85%のリスポンスがあり、1980年−81年は67%、2000−2001年は73%、2005−2006年は75%、2009−2010年は67%と高率でした。

<認知活動>
5つの活動として(1)知的、(2)芸術、(3)手作業、(4)クラブ、(5)宗教、について評価しました。スコアは、「活動」がない、あるいは少ないが0点,中程度の活動が1点、高程度の活動が2点としました。

1)「中程度の知的活動」は、過去6ヶ月に本1冊を読んだことがある、「高度な活動」は、もっと多くの本を読んだり、文章を著したケースとしました。
2)「中程度の芸術活動」は、コンサート、劇場、絵画展など、過去6ヶ月に1回いった場合としました。「高度な芸術活動」は、コンサートなどに過去6ヶ月の間に1回以上行った場合、あるいは、楽器を弾いたり、合唱した場合、絵画を描いている場合としました。
3)「中程度の手作業」は、針仕事を過去6ヶ月に行った、もしくは、ガーデニングを行った場合としました。「高度な手作業」は、これらの活動を、より沢山こなした場合としました。
4)「中程度クラブ活動」は、あるクラブのメンバーシップを持った場合で、「高度のクラブ活動」は、ボードメンバーになった場合としました。
5)「中程度の宗教活動」は、1年に、2−3回教会にいった場合とし、「高度な宗教活動」は、1年に12回以上いった場合としました。
総点数を、0−2点と3−10点に分類されました。

<身体活動>
身体活動は、心血管系リスク因子との関係で、心血管病発症の予測に有用とされているスケール「サルタン・グリムビー身体活動レベルスケール」を用いて、評価され、以下4群に分類されました。
1群:テレビばかり見ている、映画館にいく。
2群:ウオーキング、ガーデン二ング、ボーリング、サイクリングを1日30分、週に4時間以上する。
3群:ランニング、テニス、スイムを、週に2−3時間する。
4群:ランニング、スイミングを週に数回、あるいは競技会に出る。

<神経内科、精神科的診察>
1968−1969、1974−1975、1980−1981、1992−1993年は、精神科医が診察を施行しました。2000−2003、2005−2006、2009−2010年には、経験豊富な、精神医学研究ナースが診察を施行しました。面談は、半構造的なもので、多数の神経心理テストが行われました。加えて、精神科のナースが、1992−1993、2000−2003、2005−2006、2009−2010年に、行動、知的活動、精神疾患を思わせる症候、普段の生活について半構造的面談を行い、認知症が発症している場合には、発症年齢、病気の経過について質問しました。

<認知症の診断>
DSM―III―Rを用いました。経過中、コンタクトがとれなくなったかたについては、退院レジストリー1978−2102年を用いて、情報収拾し、認知症の診断確認をしました。「アルツハイマー病の診断」は、米国国立衛生研究所(NINCDS―ADRDA)の基準を用い、「血管性認知症の診断」は、NINDS―AIRENの基準を用いました。主な注意点として、片麻痺や失語などの神経障害が認められてから1年以内に生じた認知症を、血管性認知症としました。混合認知症は、アルツハイマー病と、血管性認知症の両方が寄与しているものとしました。脳血管障害認知症のカテゴリーも設けました。これは、時間経過を考慮することなく、脳卒中の所見と認知症を認めた場合としました。

<交絡因子について>
1968−1969年の間に認められた、教育(義務教育のみか、あるいはそれ以上の教育歴があるのか)、社会経済的状況(婚姻者は夫の職業で補正、単身者は本人の職業で補正し、上流階級、中流階級、労働者クラスに分類)、高血圧(160/95以上か、降圧剤使用)、喫煙(現喫煙者は1日あたりの喫煙本数)、糖尿病(空腹時血糖が126mg/dlを2回超えている)、狭心症(ROSE criteriaによる)、心的ストレス(緊張、ナーバス、不眠が1ヶ月以上継続、頻回に認める、無い、稀に認めるmに分類)、大うつ病(DSM―IIIR)について、補正しました。

<結果>
1968年の試験登録時の参加者は、全800人で、平均年齢47.2歳、義務教育以上の教育を受けていた方は、28.9%、高い社会経済的状況、60%、年収 約50万円(41スエーデンクロネ)、BMIは24.2、収縮期血圧は133、拡張期BPは85、高血圧の比率20%、喫煙は1日4.3本、糖尿病は0.5%、狭心症は0.5%、ストレススコアが3−5は18.6%、大うつ病は7.5%でした。認知活動度は、スコアが1−2の割合は、知的が50.2%、芸術が43.0%、手芸が82.4%、クラブが19.9%、宗教が18.6%でした。
認知活動のトータルスコアは、0点が5.8%、1点が17%、2点が21%、3点が19.4%、4点が、14.1%、5点が9.4%、6点が5.8%、7点が4.6%、8点が1.8%、9点が0.5%、10点が0.1%でした。身体活動は、1群が17.1%、2群が70.0%、3−4群が12.0%でした。

1968年から2012年までの、平均経過観察期間は44年で、認知症発症数は、194人(24.3%)でした。認知症のうち、アルツハイマー病が102人(52.6%)、血管性認知症が27人(13.9%)、混合が41人(21.1%)で、その他が14人(7.2%)でした。81人(41.8%)が脳血管病による認知症でした。1968年の試験開始から認知症発症までの平均時間は、31.5年でした。認知症発症の平均年齢は、79.8歳でした。試験期間中死亡は、596人(74.5%)でした。平均死亡年齢は、80歳でした。

ー中年期の活動と認知症の関係ー
3つのモデルを使用し、ハザード比を算出した結果、いずれも同様の結果が得られ、中年期の身体活動は、混合認知症(ハザード比0.43)、脳血管病認知症(ハザード比0.47)のいずれも、リスク低下作用がありました。中年期の認知活動は、全認知症(ハザード比0.66)、アルツハイマー病発症リスク(ハザード比0.54)を低下させました。

ー容量依存性の検討ー
直線的な相関関係を認めたのは、全認知症とアルツハイマー病リスクと、中年期の認知活動でした。混合認知症と中年期の身体活動にも直線的な相関を認めましたが、脳血管病認知症と中年期の身体活動には、容量依存性はありませんでした。

ー22年以内に発症したケースを除外した場合ー
認知症の21人が除外され、アルツハイマー病が93人、血管性認知症が25人、混合性が34人、脳血管性が72人となりました。結果は同様で、中年期の身体活動が、混合認知症(ハザード比0.35)、脳血管認知症(ハザード比0.44)を低下させ、中年期の認知活動が、全認知症(ハザード比0.72)とアルツハイマー病(ハザード比0.57)を低下させました。ただし、身体活動は、全認知症低下(ハザード比0.67)をもたらすことがわかりました。

<コメント>
アルツハイマー病と血管性認知症を別々に、そして、認知活動と身体活動を、別々に、検討した研究はこれまでになく、質の高い研究成果が得られました。アルツハイマー病の発症予防因子には「認知活動が重要である」、そして血管性認知症の発症予防には、「身体活動が重要である」ことを示す結論が得られたことは、日常臨床に大きな影響を及ぼすことでしょう。

最近では、身体活動が重要視される傾向にありましたが、これは、主に、血管性認知症を予防することに役立っていた可能性が高いと思われます。「アルツハイマー病の回避」には、本を読む、日記を書く、演劇をみにいく、演奏会にいく、絵画をみる、高齢者サロンに参加する、囲碁クラブにはいる、信心深くなる、ガーデニングをする、といった活動に取り組むことが、より有効であること今回示され、今後は、認知症予防の介入方法の再点検が必要でしょう。

今回の論文では、試験登録から22年以内の早期の認知症発症群が除外され、認知症の前段階でみられる、認知機能低下、身体活動低下の懸念を払拭している可能性が高いものと判断されます。「身体活動と認知活動」の両方が、全認知症発症を30%前後予防できたのは喜ばしいことでしょう。今後は、認知活動、身体活動を考慮した盲検試験が行われることを期待したいと思います。

一方で、身体活動、認知活動の問診は試験開始時のみであることから、今後、調査期間中のこれらの活動度の変化を精査し、試験の精度を上げることが期待されます。また、この試験では、女性のみが対象であったことから、男性にも同様の傾向を認めるのかについて検討を期待したいところです。
いずれにせよ、「認知症予防」には、セダンタリーな生活を避け、積極的に体を動かす、読書に勤しみ、芸術に触れる、クラブなどで社交的な活動をすることが、ポイントのようです。


文献1
Andel, R., Crowe, M., Pedersen, N. L., Fratiglioni, L., Johansson, B., & Gatz, M. (2008). Physical exercise at midlife and risk of dementia three decades later: a population-based study of Swedish twins. The Journals of Gerontology Series A: Biological Sciences and Medical Sciences, 63(1), 62-66.

文献2
Rovio, S., Kåreholt, I., Helkala, E. L., Viitanen, M., Winblad, B., Tuomilehto, J., ... & Kivipelto, M. (2005). Leisure-time physical activity at midlife and the risk of dementia and Alzheimer's disease. The Lancet Neurology, 4(11), 705-711.

文献3
Kishimoto, H., Ohara, T., Hata, J., Ninomiya, T., Yoshida, D., Mukai, N., ... & Kanba, S. (2016). The long-term association between physical activity and risk of dementia in the community: the Hisayama Study. European journal of epidemiology, 31(3), 267-274.

文献4
Tolppanen, A. M., Solomon, A., Kulmala, J., Kåreholt, I., Ngandu, T., Rusanen, M., ... & Kivipelto, M. (2015). Leisure-time physical activity from mid-to late life, body mass index, and risk of dementia. Alzheimer's & Dementia, 11(4), 434-443.

文献5
Sabia, S., Dugravot, A., Dartigues, J. F., Abell, J., Elbaz, A., Kivimäki, M., & Singh-Manoux, A. (2017). Physical activity, cognitive decline, and risk of dementia: 28 year follow-up of Whitehall II cohort study. bmj, 357, j2709.

文献6
Najar, J., Östling, S., Gudmundsson, P., Sundh, V., Johansson, L., Kern, S., ... & Skoog, I. (2019). Cognitive and physical activity and dementia: A 44-year longitudinal population study of women. Neurology, 92(12), e1322-e1330.