2019/05/07

愛し野塾 第207回 中年期の不安障害と将来の認知症


2019.2.24
わが国の認知症患者は、その数が300万人を超え、超高齢化社会を迎え、制御不能なレベルに迫っています。認知症が進むと、人間の尊厳が損なわれ、排泄、入浴、移動、食事、さらにはコミュニケーションなどの基本的な生活動作に支障をきたし、介護者による介入が必要なります。この超高齢化社会を予想し、試行錯誤を繰り返してきた認知症の根本治療の開発は、全世界の研究者が知恵を絞った、汗と涙の結晶とされるアミロイド β除去をターゲットにした治療開発が頓挫してしまい、根本治療開発は暗中模索状態となってしまっています。現実的には、病気のリスク因子を同定し、それを回避するための手段をとることを最善とするようになったのも、自然な流れといえましょう。現在までに、糖尿病、高血圧などの心血管病リスク因子が、認知症のリスク因子と重複することが判明し、生活習慣病の是正に力点がおかれています。

翻って、65歳以上のかたの占める人口が全国民の27.7%と、4人に1人を超え、認知症予防の有効策として、中年期での介入が模索されています。特に、2006年のメタ解析研究で、うつ病は、認知症のリスク因子となりうること、認知症発症率を2倍に上昇させる、という報告(文献1)は、大きな反響と議論を呼びました。2017年に発表された、「中年期のうつ病は認知症のリスク因子ではなく、前駆症状にすぎない」、あるいは、「うつ病と認知症は、それぞれ同一の原因から、発症するものである」との2方向の考え方が示され(文献2)、現在、論争が続いています。いずれにせよ、医療側は、中年期のうつ病の患者を診るときには、認知症発症の懸念にも留意し、うつ病治療を進めてゆくべきでしょう。

うつ病の約4割以上に併発するともいわれる「不安障害」は、認知症との関連では、あまり研究が進んでいませんでした。仮に中年期の不安障害が、認知症のリスク因子になっているのであれば、認知症予防の観点から新しい治療法の探索が必須でしょう。今回、この仮説のもと、メタ解析研究が施行され、良好な結果が得られ、BMJに発表になりました(文献3
)。

<方法>
軽度認知障害(以下、MCI)から認知症に進行する平均期間が5年であること、認知症の前駆症状は認知症発症の5年前から認められることから、「不安障害が、認知症の前駆症状ではなく、リスク因子となっているかどうか」を厳格に検討するため、少なくとも認知症発症の10年前から存在が確認された不安障害についてMedline, PsycINFO,Embaseをシステマティックにサーチしました。また、PSTDと強迫性障害の診断のあるかたは、対象から除外しました。DSMIII-IVあるいはICD−10を基準に認知症の診断を行い、65歳以上発症の遅発性の認知症を対象にしました。 

<結果>
3509本の研究論文を精査し、結果として、4本の研究(試験1、試験2、試験3、試験4)(文献4,5,6,7)をメタ解析の対象としました。不安障害の診断は、2本がICD-10,1本(試験2)がSTAI(State Trait Anxiety Inventory, 特性不安尺度)、1本(試験3)がSTPI(State Trait Personality Inventory, 特性人格尺度)に基づくものでした。

認知症の診断は、DMSIII―IV基づくものが2本(試験2、3)、ICD−10に基づくものが1本でした(試験4)。レビー小体を用いた診断基準を用いたものが残りの1本(試験1)でした。

不安障害を発症してから認知症発症と診断されるまでの観察期間は、少なくとも17.3年で、最大は、1生涯にわたるものでした。平均年齢は、56.1歳から78.7歳でした。教育歴は、3本で記載されており、教育歴9年以上が対象者の95%を占めました。対象人数は、試験1が23人(試験全体の人数は441人)、試験2が585人(試験全体の人数は1160人)、試験3が403人(試験全体の人数は1082人)、試験4が379人(試験全体の人数は27136人)でした。試験登録時にうつ病によるバイアス補正をしました。各試験の女性の比率は、0%から56.6%、前向き研究が2本(試験2,3)、後ろ向き研究が2本(試験1,4)でした。試験2、3は試験開始時に認知症の患者を除外していましたが、試験1、4は認知症患者の除外はなされていませんでした。ただし、試験1は、カルテを参照し、生涯記録を精査しており、試験4では、最終の平均年齢が78.7歳で、平均の振り返り期間が20年だったため、試験登録時に認知症患者が混入していたとするバイアスはほぼなかったのではないかと考えられました。

<不安障害と認知症発症との関係>
中年期に不安障害のある方の認知症発症のオッズ比は、試験1が7.4倍、試験2が1.62倍、試験3が1.48倍、試験4が1.61倍と、いずれも有意な上昇を認めました。試験1では、生涯にわたる不安障害を精査しており、オッズ比が上昇したと考えられています。試験3では、試験登録から5年以内の認知症発症者を除外した対象者でも、不安障害と認知症発症に相関を認めました。平均観察期間は14.7年と長期でした。いずれの結果も、「不安障害は、認知症の前駆症状ではなく、リスク因子である可能性を示している」と判断されました。

<研究の質の評価>
研究の質を、ニューキャッスルーオタワ法で評価した結果、1本が「8」、残り3本が「7」で、いずれも高評価の判定でした。全ての研究がうつ症状に関与する項目(地理的条件、血管病や精神疾患のリスク因子など)によるバイアスが補正されたため質の高い研究として評価されました。試験1では、不安障害単独のほうが、うつ病や、うつ病と不安障害並存よりも、認知症発症リスクを高めるという結果が得られました。試験2-4は、不安障害とうつ病の認知症発症に対するリスク比較はしていませんでした。

<コメント>
メタ解析の結果、「中年期の不安障害が認知症のリスクになる」ことが明確に示されました。「不安障害は、認知症の前段階であるMCI発症のリスク因子である」という報告と同様の結果となりました。「不安障害を、認知症の前駆症状ではなく、リスク因子として捉える」のは問題ないように感じます。
また、生涯にわたる不安障害と認知症発症を分析した結果、有意なオッズ比の上昇を認めたことから、中年期のみならず、青年期からの不安障害も、認知症発症の観点から注意を要するかもしれません。さらに、本研究から、「不安障害」は、うつ病よりも強い認知症リスク因子である可能性が示されたことも注目するべきでしょう。「うつ病が認知症のリスク因子か、前駆症状か」という論議は、不安障害とうつ病の並存性の高さから判断すると、「うつ病も認知症のリスク因子となっている可能性が高い」と論文では述べられている点は、共感できるものがあります。

それでは、現実的に、中年期の不安障害に対して、どのような対策をとればいいのでしょうか。ベンゾジアゼピン系薬剤が主たる治療薬ですが、統合失調症では死亡率をあげる可能性も示唆されていること、また薬物依存性が懸念され、薬物療法は避けたいところです。これについて、論文著者は認知行動療法、マインドフルネスを推奨しています。私としては、ラフターヨガに注目しています。今後、さらに、不安障害、うつ病に有効な、切れ味の良い、何より、患者さんに受け入れられやすい、精神療法の開発を期待するところです。

Ref 1.
Ownby, R. L., Crocco, E., Acevedo, A., John, V., & Loewenstein, D. (2006). Depression and risk for Alzheimer disease: systematic review, meta-analysis, and metaregression analysis. Archives of general psychiatry, 63(5), 530-538.

Ref 2.
Singh-Manoux, A., Dugravot, A., Fournier, A., Abell, J., Ebmeier, K., Kivimäki, M., & Sabia, S. (2017). Trajectories of depressive symptoms before diagnosis of dementia: a 28-year follow-up study. JAMA psychiatry, 74(7), 712-718.

Ref.3
Gimson, A., Schlosser, M., Huntley, J. D., & Marchant, N. L. (2018). Support for midlife anxiety diagnosis as an independent risk factor for dementia: a systematic review. BMJ open, 8(4), e019399.

Ref4

Boot, B. P., Orr, C. F., Ahlskog, J. E., Ferman, T. J., Roberts, R., Pankratz, V. S., ... & Knopman, D. S. (2013). Risk factors for dementia with Lewy bodies: a case-control study. Neurology, 81(9), 833-840.

Ref.5
Gallacher, J., Bayer, A., Fish, M., Pickering, J., Pedro, S., Dunstan, F., ... & Ben-Shlomo, Y. (2009). Does anxiety affect risk of dementia? Findings from the Caerphilly Prospective Study. Psychosomatic Medicine, 71(6), 659-666.

Ref.6
Petkus, A. J., Reynolds, C. A., Wetherell, J. L., Kremen, W. S., Pedersen, N. L., & Gatz, M. (2016). Anxiety is associated with increased risk of dementia in older Swedish twins. Alzheimer's & Dementia, 12(4), 399-406.

Ref.7
R Zilkens, R., G Bruce, D., Duke, J., Spilsbury, K., & B Semmens, J. (2014). Severe psychiatric disorders in mid-life and risk of dementia in late-life (age 65-84 years): a population based case-control study. Current Alzheimer Research, 11(7), 681-693.