2019/05/07

愛し野塾 第203回 CAR-Tで固形がんを制圧するために



本日のお話は、「キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)療法」についてです。このCAR-T療法は、患者さんをどうしても助けたいという、フィラデルフィア子供病院のCarl June博士を始めとする医師らの情熱、加えてノバルティス社のボランティア精神にあふれる資金援助により創生された「B細胞性リンパ球性白血病、B細胞性リンパ腫の特効薬」です。すでに、「キムリア」の名称を持ち、医薬品として認可され、米国での1回あたりの値段は、5400万円とされます。日本でも認可待ち、そして、同様の高額な医薬品となる予定です。

手の施しようがなかった再発性、あるいは治療抵抗性B細胞リンパ球性白血病をターゲットに、その奏功率を劇的に上げ、1回の投与で、少なくとも4年は効果が持続するため、値段に見合う価値があるものとして評価されています(文献1)。既存治療では、生存率の中央値はわずか3ヶ月、長くて7.5ヶ月、6ヶ月の生存率は、ほぼ0%に近い値でしたが、CAR-T療法では、なんと6ヶ月の生存率が90%に達します。

治療方法は単純明快です。患者さん自身から採取したT細胞に、がんを破壊する遺伝子を組み込み(CAR-Tと呼称)、このCAR-Tを患者に戻します。CAR-Tはがんを破壊するだけでなく、体内で増殖させることができるため、良好な効果が持続します。

血液がんに対して認められた目覚しい成果が突破口となり、あらゆる悪性疾患の治療に応用しようとする動きがあり、中でも、固形がんへのCAR-T療法の応用が模索されています。しかし、現有のCAR-T療法では、固形がんが持つ特有の微小環境(がんの周囲に存在する血管など)に行く手を阻まれてしまい、効力も、また持続力も不十分な状況でした(文献2)。

今回、この微小環境を逆手にとって、CAR-T療法の動物実験での成功が、医学誌NEJMに発表されました(文献3)。オリジナル論文は、昨年、Samaha博士らによって、Natureに発表されています(文献4)。一刻も早い治療法の確立が待ち望まれる、「ヒト固形がんを標的としたCAR-T療法の実現」に向け、大きな一歩を踏み出した本報告について解説を行いたいと思います。

<背景>

難病の多発性硬化症は、免疫系が自己の脳や脊髄などの中枢神経を攻撃し、神経細胞の軸索を覆っているミエリンが障害、すなわち「脱髄」され、様々な症状を起こす自己免疫疾患です。現在、特効薬であるナタリズマブは、血管内皮細胞に存在する接着分子VCAM-1と、免疫細胞表面にある「インテグリン」の結合をブロックし、異常な免疫細胞が中枢神経に入り込むのを阻止します。この時、多発性硬化症の血管内皮では、別の接着分子ALCMAが増えており、まず、異常免疫細胞がALCAMに結合し、その後、VCAM-1や、ICAM-1を介して、血管内から血管外に出て、中枢神経に到達することが判明しています。(文献5)。

<実験>

動物モデルとして、グリオブラストーマ脳腫瘍マウスを用いました。この脳腫瘍は、45ー65歳の男性に主に発症し、頭痛、痙攣、正確変化、認知症、運動麻痺が生じ、週単位で症状が進行することもあることが知られる悪性度の高い疾病です。治療には、手術、放射線療法、化学療法が試みられますが、効力は乏しく、生存期間の中央値はわずか1年です(文献6)。そのため、早期の抜本的治療法開発が望まれています。

さて、Samahaらは、第一に、中枢神経に生じる、極めて悪性度が高い固形がんの、腫瘍に栄養を供給している血管内皮細胞の詳細観察に注目し、本来あるべき免疫細胞の「インテグリン」と接着する分子である「VCAM-1の消失」と「ICAM-1の減少」を検出しました。すなわち、正常な免疫細胞が、がん血管に結合できず、固形がんに到達できないようになっているメカニズムを明らかにしたのです。

第二に、多発性硬化症で認める「ALCAMの増加」が生じているのか、検証した結果、がん血管内皮細胞におけるALCAMの著しい増加を検出しました。そこで、ALCAMに結合する分子(CD6)をCAR-Tに発現させ、がん血管特異的にCAR-Tを結合させました。CD6の細胞外領域にある3つのドメイン構造のうち、細胞膜にもっとも近いドメインがALCAM結合作用をもつことから、ALCAM結合を増大させるために、5個タンデムに持つ分子(5HS)を作成し、CAR-Tに発現させました。このCAR-Tは、予想通り、腫瘍血管に豊富にあるALCAMを目印として、腫瘍に結合、かつ腫瘍縮小効果が認められたのです。

もっとも重要なポイントである、「腫瘍細胞以外の正常細胞への障害性」について検討した結果、CAR-Tは、正常の中枢神経はもとより、腎臓、脾臓、肺にも検出されませんでした。つまり、このCAR-Tは、腫瘍細胞を特異的に攻撃し、正常の脳神経や、そのほかの臓器に障害を与えることはなかったのです。

このCD6の発現を採用した「新しい実験系」の成功の裏には、腫瘍血管細胞のALCAMとCAR-Tの結合によって生じるCD6の細胞内シグナル伝達によってCAR-Tの膜表面にLFA-1を増やす分子機構を用いたことがあるのです。LFA-1は、腫瘍血管細胞にあるICAM-1と結合することで、CAR-Tの変形を促し、血管内部から、血管外部への移動を可能にするのです。腫瘍血管のICAM-1は減少していましたが、 LFA-1の増加が、CAR-T細胞の中枢神経への到達を可能にしたと考えられました。

腫瘍血管特異的にCAR-Tを結合させる、つまりホーミング(帰巣する)システムの構築は、「腫瘍血管に目印になる分子を見つけること」が鍵です。今回、腫瘍血管に特異的に発現するALCAMを見出し、これを「目印」としました。同様にグリオブラストーマ以外の固形がんの腫瘍血管にある特異的な分子さえ同定できれば、それを目印に標的された固形がんの破壊を可能にするのではないでしょうか。

ただ、ヒトに安全に適用するためには、もうしばらくかかりそうです。特に、血液がんのCAR-T療法の際認められるサイトカイン放出症候群のような有害反応が、大規模に生じる可能性があることです。また、実際、グリオブラストーマ以外の腫瘍血管に目印となるような分子マーカーが同定できるかも判りません。グリオブラストーマにおけるALCAMを目印にしたCAR-T治療後、他臓器の障害が、長期的にも生じないのかどうか、さらに、固形がんについては、ヒトでは、効果が低いのではないか?との懸念もあります。

しかし、固形がんを標的にした、CAR-T治療の実現にむけ、いよいよ具体的に検証する段階に入ったのではないでしょうか。


文献1
Maude, S. L., Laetsch, T. W., Buechner, J., Rives, S., Boyer, M., Bittencourt, H., ... & Qayed, M. (2018). Tisagenlecleucel in children and young adults with B-cell lymphoblastic leukemia. New England Journal of Medicine, 378(5), 439-448.

文献2
Long, K. B., Young, R. M., Boesteanu, A. C., Davis, M. M., Melenhorst, J. J., Lacey, S. F., ... & Fraietta, J. A. (2018). CAR T cell therapy of non-hematopoietic malignancies-detours on the road to clinical success. Frontiers in immunology, 9, 2740.

文献3
Brown, M. H., & Dustin, M. L. (2019). Steering CAR T Cells into Solid Tumors. New England Journal of Medicine, 380(3), 289-291.

文献4
Samaha, H., Pignata, A., Fousek, K., Ren, J., Lam, F. W., Stossi, F., ... & Baker, M. L. (2018). A homing system targets therapeutic T cells to brain cancer. Nature, 561(7723), 331.

文献5
Major, E. O. (2009). Reemergence of PML in natalizumab-treated patients—new cases, same concerns. New England Journal of Medicine, 361(11), 1041-1043.