2019/05/07

愛し野塾 第197回 肥満とガン


2018.12.9
過体重や肥満として診断される人は、世界で19億人といると試算されています。肥満がもたらす健康への不利益は、もはや明白です。2型糖尿病や心血管病発症に関与し、最近では、がんや感染症のリスク因子でもあると指摘されています。例えば、「肥満」因子が発症原因に占める割合が49%に至るがんの存在も示されています(文献1)。一方、バリアトリック(胃の容積を縮小させる外科術)による減量に伴って、がんリスクも減少することが、報告されています(文献2)。このように「肥満とがん」の間には密接な関係があるにも関わらず、そのメカニズムは、免疫機能不全の観点から注目されてはいるものの、解明には至っていませんでした。例えば、肥満によって生じるナチュラルキラー(NK)細胞の機能低下によってがん及び、感染症発症抑制の効果が弱まる、という推測があります。がん細胞と接触し活性化したNK細胞では、そのエネルギー産生系は、酸化的リン酸化から解糖系へシフトし、がん細胞殺傷効果がもたらされます。

今回、ハーバード大のミシュレット博士らによって「肥満は、NK細胞での脂肪の取り込みを促進させ、解糖系へのシフトを抑制させる」という仮説が検証され、興味深い知見が得られました。論文は、Nature Immunologyに発表されました(文献3)。

<肥満マウスの遺伝子解析>
高脂質食を1週間、あるいは8週間連続的に投与されたマウスと、標準食を与えたマウスそれぞれのNK細胞を遺伝子解析をしました。高脂食摂取マウスでは、1週間後で107個、8週間後で3000個の遺伝子発現の増加を認めました。肥満マウスの脂質代謝に関与する遺伝子の増加を認め、特に、ldlr、Cd36、FABP、Cpt1bの増加が顕著でした。Prf1(パーフォリン)とグランザイム遺伝子は、有意に低下していました。遺伝子パスウエイ解析の結果、最もダウンレギュレーションを受けていたのは、細胞毒性を示す経路、また、mTOR経路の低下も認めました。アップレギュレーションされていたのは、PPARα/δシグナリングとグライセロリピッド代謝経路でした。すなわち、高脂食摂食マウスでは、血中FFAの増加によって、FFAをリガンドとするPPARα/δのシグナルが活性化し、がん殺傷に必要なNK細胞の細胞毒性惹起マシーナリーの機能不全が生じる可能性が示されました。

<肥満ヒトNK細胞>
マウスで認められた現象が、ヒトでも同様に生じるのか、フローサイトメトリーとELISAを用いた実験によって分析されました。肥満者及び、非肥満者からNK細胞を採取・精製し比較した結果、肥満者の循環血漿中NK細胞数は、より少ないこと、インターフェロンγの産生量も少ないこと、かつ腫瘍細胞の殺傷効果も小さいことが明らかになりました。肥満者のNK細胞膜表面のCD36発現量は多いことから、PPARα/δ経路の活性化が示唆され、マウス実験の結果と一致しました。また、グランザイム、パーフォリンの発現量は減少していました。肥満者NK細胞への脂肪滴の取り込みが証明され、脂肪の細胞内蓄積による細胞障害機能不全の可能性が示唆されました。

<ヒトでは、脂肪取り込みはNK細胞機能を抑止する>
肥満者では、マウス同様に循環血液中のFFAの増加を認め、特にパルミチン酸の増加が顕著でした。非肥満者のNK細胞を、FFA(パルミチン酸かオレイン酸)存在下に培養した結果、培養液中のFFAは、細胞内へ取り込まれました。細胞内に脂肪滴を認めたNK細胞では、パーフォリン粒子が欠失していました。脂肪滴の増大に伴いパーフォリン含有量は減り、脂肪滴の減少に伴い、パーフォリン含有量の増加を認めました。フローサイトメーターによる細胞分析から、あらかじめFFAを処理した結果、NK細胞でのグランザイムとパーフォリンの減少を認め、NK細胞への脂肪蓄積が、抗腫瘍効果を低減させることが判明しました。NK細胞を高濃度グルコース、及びインスリンで処理してもFFA処理時と同様の現象を認めず、脂肪滴の蓄積、パーフォリンやグランザイムの減少、抗腫瘍効果の減弱は、FFA処理によって認められる特異的な現象であることが示されました。

<mTOR経路の阻害>
mTORは、栄養や増殖因子に応答する代謝の要となる細胞内装置です。T細胞では、mTORの下流のグランザイム遺伝子発現によって解糖系を制御され、NK細胞では、インターフェロンγ制御にmTORは必須です。NK細胞では、その活性化におけるmTORの役割が重要であることから、肥満によるmTOR機能の阻害について検証されました。

ヒトNK細胞を、mTORの下流で働く、S6キナーゼの阻害剤であるSL0101-1に暴露した結果、抗腫瘍効果が減弱し、コンフォーカル顕微鏡によって、mTORが、パーフォリンやCD107aとライソゾームと存在位置が一致することが、観察されました。NK細胞のIL2やIL12による刺激下で、mTORによるリン酸化の増加、ライソゾーム関連オルガネラへの局在の増加を認めました。

NK細胞をFFA処理した結果、リン酸化mTORのライソゾーム関連オルガネラへの局在の有意な減少を認め、初代NK細胞株をがん細胞とともにインキュベーションした結果、mTOR下流のS6のリン酸化は、FFA処理によって有意に低下しました。すなわち、高脂質の環境下では、NK細胞におけるmTOR活性化の阻害によって機能異常が生じることが示されました。

<肥満でNK細胞の代謝は、負の影響を受ける>
好気的解糖に不可欠であるmTOR活性が、肥満によって抑制を受けることから、肥満が代謝に及ぼす影響を検討しました。肥満者から採取・調整されたNK細胞の2NDBG(蛍光色素でラベルしたグルコース)アップテイク量の減少を認めました。解糖系遺伝子群の発現量は、非肥満者のNK細胞に比べ、有意に減少していました。肥満者NK細胞の酸素消費率及び、細胞外酸化率を測定した結果、酸化的リン酸化、及び好気的解糖の減弱を認めました。すなわち、肥満は、細胞内代謝を麻痺状態にさせていることが示唆されました。

<PPARα/δ経路との関連について>
FFAをNK細胞に加えた結果認めたパーフォリン発現量の減少と同様に、PPARα/δのアゴニストを培養液中への添加によってパーフォリン発現量が減少しました。PPARα/δのアンタゴニストを添加し、FFAを加えるとパーフォリン発現減少は阻害され、また非肥満者から調整したNK細胞に、PPARα/δのアゴニストを添加すると解糖の減弱化を認めました。

<細胞障害作用減弱のメカニズム>
NK細胞が、がん細胞に障害を与えるメカニズムの解明するにあたり、がん細胞認識の最初のステップとなるNK細胞とがん細胞間のシナプス形成は、FFA前処理では阻害されませんでした。しかし、がん細胞を殺傷する働きを持つNK細胞内グラニュールのシナプスへ移動が阻害されることがわかりました。また、この細胞内輸送には、mTORの活性化が必要であることも示されました。

<コメント>
肥満が、がん発症のリスク因子であることが提唱されて以来、そのメカニズムの解明について注目されてきました。今回、肥満によるNK細胞内への脂肪滴の蓄積によって惹起された細胞内代謝傷害によって抗腫瘍効果が失われること、また重要な役割を担う分子として、mTORとPPARα/δが同定された意義は大きいのではないでしょうか。本研究から、NK細胞を介した抗腫瘍効果を高めるためには、mTORの活性化、PPARα/δの抑制が重要であることが示唆されました。今後の研究の展開が楽しみです。

臨床では、PPARα活性化剤が、中性脂肪低下作用がある薬剤として汎用されています。これらの性質を持つ薬剤が、肥満と同様に、NK細胞に脂肪滴を蓄積させ抗腫瘍効果を抑制していないかという点、さらに昨年PPAR活性化によりがんの誘発と再発が誘導されるとする論文がNature にでた点は、総じて、気がかりです(文献4)。臨床家としても、今後の検証、そして基礎研究の発展から、目が離せないところです。


文献1. Renehan, A. G., Tyson, M., Egger, M., Heller, R. F., & Zwahlen, M. (2008). Body-mass index and incidence of cancer: a systematic review and meta-analysis of prospective observational studies. The Lancet, 371(9612), 569-578. 

文献2. Sjöström, L., Gummesson, A., Sjöström, C. D., Narbro, K., Peltonen, M., Wedel, H., ... & Jacobson, P. (2009). Effects of bariatric surgery on cancer incidence in obese patients in Sweden (Swedish Obese Subjects Study): a prospective, controlled intervention trial. The lancet oncology, 10(7), 653-662.

文献3. Nat Immunol. 2018 Dec;19(12):1330-1340. doi: 10.1038/s41590-018-0251-7. Epub 2018 Nov 12.
Michelet, X., Dyck, L., Hogan, A., Loftus, R. M., Duquette, D., Wei, K., ... & O’Farrelly, C. (2018). Metabolic reprogramming of natural killer cells in obesity limits antitumor responses. Nature immunology, 1.

文献4Nature. 2017 Jan 5;541(7635):41-45. doi: 10.1038/nature20791. Epub 2016 Dec 7.
Targeting metastasis-initiating cells through the fatty acid receptor CD36.