2019/05/07

愛し野塾 第205回 新時代の健康食生活と食糧危機対策


日本で消費される食料、その食材の多くは諸外国から輸入されています。日本の食料自給率(食料自給率=自分の国で生産している食料÷自分の国で消費する食料)は、カロリーベースで減少傾向を示し、1965年の73%から、2017年の38%へと約50年で半減しています。一方、世界一といわれるオーストラリアの自給率は、238%、続いて、アメリカ:130%、フランス:127%、ドイツ:95%、イギリス:63%、と先進諸国の中でも、日本はもっとも低い自給率となっています。確かに、国土の4分の3が山地、かつ農地が少ないことを考えれば、この数値は受け入れざるを得ないのかもしれません。実際、もっとも低い自給率を示す東京都が1%、一方、北海道は、184%と高値を示しますが、自給率の低下の理由は土地の制限ばかりではないようです。嗜好の変化、とくに健康に良くないのでは?と疑問を持たざるを得ない食材の多用が大きく影響していることがわかってきました。 

さて、グローバルな視野から鑑みるに、世界の飢餓人口の増加は続いており「食糧難」で8億人以上のひとが飢えに苦しんでいることが、報告されています。専門家の試算では、今の食料生産・消費を続けていると、消費が生産を上回り、2050年には食料事情は立ち行かなくなると推定されます。2050年以降も、世界のひとびとすべてが健康的な生活を送ることができる「持続可能な食料システム」の構築は、世界中で取り組まなければならない重要な課題です。また、このシステムは、同時に環境破壊から地球を守ることが期待されます。なぜなら食料生産による土地活用が、とりもなおさず最大の土地破壊、汚染、温室効果の起爆剤になっているからです。不健康な食事が、死亡率、疾病率上昇に与える影響は、避妊なしのセックス、アルコール、ドラッグ、たばこよりも危険と言う人もいるくらいです!(4 Global Panel on Agriculture and Food Systems for Nutrition. Food systems and diets: facing the challenges of the 21st century. London: Global Panel, 2016.) 。さて、2050年以降も持続可能な食料システムを構築するため、健康的な食事の促進、環境破壊阻止を目論んだ計画が、ハーバード大学のウイレット博士らによって作成され、EAT-Lancet Commissionに掲載されました(文献1)。今回は、この論文を解説してみます。

第一に、博士らは、「すべての人の健康に資する参考となるダイエット(レファレンスダイエット)」の作成にとりかかりました。これまでの研究成果をもとに作成されたレファレンスダイエットは、「野菜、フルーツ、全粒穀物、マメ科植物、ナッツ、不飽和脂肪を主たる食材とし、一方、魚と鶏肉は少量から中等量、赤身肉、加工肉、砂糖、精製穀物、デンプン野菜は中止・あるいは少量摂取にとどめること」、を土台に作成されました。このダイエットを遵守することによって、「2050年に100億人の人口に到達しても、地球上のすべてのひとびとは生き延びることが可能となる。ただし、わずかでも赤身肉、乳製品の消費増大があれば、狂いが生じ、地球規模の食料危機、環境破壊が招来されることになるだろう」と主張、警告しています。

このレファレンスダイエットのポイントは、「動物性主体の食事から、植物性主体の食事への切り替え」です。「わずかな種類の作物が家畜のための飼料として大量に消費されている、という現状こそ、食料事情逼迫の最大因子である」という前提に則り、健康的、かつ生物学的多様性のある食物生産に移行させ、家畜飼育を縮小化が必要である、という主張です。BBCの2月4日電子版(文献2)では、牛の場合、与える飼料、水の量、使う土地の広さ、温室ガス排出量について、生産される食肉量の効率を算出した結果、鶏肉と比較すると3分の1から10分の1の低効率であり、また豚は牛よりも生産効率はよいが、鳥よりは劣ることを指摘しています。「牛肉と豚肉」の摂取を控え、「鶏肉」への切り替えを図ることが有効だ、いう主張はうなづけるところです。一方で、農業が、世界の土地の40%を使用し、温室ガス排出の30%が食料生産によるものであり、真水の70%を使用している事実も見過ごすことはできません。 
さて、「不健康な食事」には、高カロリー、かつ砂糖添加物、飽和脂肪酸が含まれる加工された食品や赤身肉などが挙げられます。不健康な食事習慣が積み重なると肥満、糖尿病などの生活習慣病や、いくつかの種類のがんの発症リスク、死亡率が上昇します。同時に環境破壊は促進し、「人間の体にも、環境にもネガティブな、ルーズルーズ」の食事、「持続不可能な食料事情」へと陥るのです。

では、人の体にもよく、環境にもよい、ウインウインの食事とは具体的にはどのようなものでしょうか。博士らが提案している、健康に資するダイエット「2303キロカロリー」に相当するものを以下に列挙しました。
(1) 全粒穀物(玄米、麦、コーンなど)、232グラム
(2) デンプン野菜 ポテト 50グラム
(3) 野菜 300グラム
(4) フルーツ 200グラム
(5) 乳製品 ミルク 250グラム
(6) タンパク質 牛肉 7グラム、豚肉 7グラム、鶏肉 29グラム、卵 13グラム、魚 28グラム、豆(ピーナッツ 25グラム、ドライビーン 50グラム、大豆食品 25グラム)、木の実 25グラム
(7) 脂質 パームオイル 6.8グラム、不飽和脂肪酸 40グラム、ラード 5グラム
(8) 砂糖 31グラム

<たんぱく質についての考察> 
たんぱく質の中でも、健康に懸念をもたらす食材として、「加工肉(例:ハムやソーセージ、ベーコンなど)」を挙げています。これは直腸・結腸癌の発症リスクとの関連性を示唆する科学的根拠に基づき、WHOは、塩分や保存剤で処理された加工肉を、第一群の発がん物質と認定し、未加工の赤身肉も、第二群の発がん物質に認定しています。前向きのコホート研究では、13.1万人の男女を対象に食事の内容に関する厳格な調査を32年間行なった結果、タンパク源を、加工肉から植物性へ代替することによって、全死亡は32%低下し、未加工肉を植物性へ代替すると、同じく12%低下することを報告しています(文献3)。この調査結果を根拠に、牛肉と豚肉をあわせた一日至適摂取量は、14グラムと制限され、加工肉は摂取量ゼロが推奨値とされました。あらゆる栄養学的調査から1日に摂取されるタンパク質は、Kg体重あたり0.8グラムが適切とされ、つまり、体重70Kgの人では、56グラムで、全体のカロリーの10%となります。これにより、この範囲内で、そのほかのタンパク源になるものの摂取量が決定されました。

まず牛乳です。WHOは、カルシウム摂取量は、1日あたり500mgを推奨しています。カルシウムの過剰摂取による前立腺癌の発症リスクも考慮し、牛乳の適切な摂取量は、1日あたり250ccとしました。

次に魚です。中枢神経系、心血管系が健全に機能するために「ω3脂肪酸」摂取の必要性を重視し、魚摂取量を1日あたり28グラムとしました。栄養価の高い卵は、1週間あたり1.5個としました。

ナッツは、不飽和脂肪酸、食物繊維、ビタミン、ミネラル、抗酸化物、フィトステロールなどの健康に良い栄養素を豊富に含んでいます。地中海食に加えて毎日30グラムのナッツを摂取すると、心血管病発症リスクが28%も低下したという報告(文献4)などからも、ピーナッツと木ノ実を合わせ、1日50グラム摂取を適切としました。また、マメ科植物のもつLDL―Cを低下させ、血圧を低下させる良好な作用や、大豆に含まれるフィトエストロゲンの乳がん予防効果も期待され、ドライビーンは、1日あたり50グラム、大豆は、25グラム摂取が推奨されました。

<炭水化物についての考察>
玄米などの「未精製穀物」の摂取は、冠動脈疾患、2型糖尿病、全死亡リスクを低下させ、一方で、芋類の過剰摂取は、2型糖尿病、血圧上昇、体重増加リスクを上昇させることから、全粒穀物1日あたり232グラム、デンプン植物50グラム摂取を妥当としました。

<フルーツと野菜>
フルーツと野菜の摂取が、心血管病発症予防に有効であること、また、がん予防にも有効である可能性が示唆されていることから、フルーツ1日あたり200グラム、野菜300グラム摂取を適切としました。

<脂質>
脂質の種類の観点から、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸摂取が、健康への負の影響と、その一方で、不飽和脂肪酸摂取による健康への効果は多数報告されてきました。最も消費されている脂質は、マーガリン、ショートニングなどに含まれてい「パームオイル」ですが、日本でのひとりあたりの消費量は、年間5kg、1日あたり13.7グラムといわれています。大豆油に比較して、パームオイルの不飽和脂肪酸含有量が低く、飽和脂肪酸が多く含まれています。パームオイルの摂取によって血中LDL-Cは上昇し、さらに心筋梗塞リスクを上げることが報告されてきました。パームオイルの適切な摂取量は、日本人の摂取量の約半量となる6.8グラム、不飽和脂肪酸は、40グラムと示されました。エクストラバージンオリーブオイルを地中海食に添加すると、心血管病予防効果が30%も増強されることが、スペインの研究で明らかにされたことが、この論拠となっています(文献5)。 

<砂糖>
砂糖で甘み付けした飲料の過剰摂取は、体重増加、2型糖尿病の発症、心血管病による死亡リスクをあげることが複数報告され、最大で1日31グラム、かつ、全カロリーの5%未満とすることが提案されました。

さて、上記、レファレンスダイエットを遵守すれば、2030年には年間あたりの死亡数を1110万人も減らすことができる、と推定しています。まさに驚くべき効果ではないでしょうか!しかし、問題は、実際に、その計画を遂行できるのかどうか、でしょう。各国・各地域の利害問題を受け止め、世界のリーダーが結束し、人類、そして地球を守れるのか、いままさにその瀬戸際に人類はたたされているのです。まずは、私たち一人一人がその意識を認識しなければなりません。次世代のために、サステイナブルな豊かな地球を残さなければならない、誰かがやる、のではなく、自分自身がはじめなければならない、のが今なのです。今晩のおかずから、赤身肉を減らし、加工肉をやめることができるでしょうか。決して簡単なことではありません。迫り来る食糧問題は、もはや人ごとではないのです。

文献1
Food in the Anthropocene: the EAT-Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems. Willett W, Rockström J, Loken B, Springmann M, Lang T, Vermeulen S, Garnett T, Tilman D, DeClerck F, Wood A, Jonell M, Clark M, Gordon LJ, Fanzo J, Hawkes C, Zurayk R, Rivera JA, De Vries W, Majele Sibanda L, Afshin A, Chaudhary A, Herrero M, Agustina R, Branca F, Lartey A, Fan S, Crona B, Fox E, Bignet V, Troell M, Lindahl T, Singh S, Cornell SE, Srinath Reddy K, Narain S, Nishtar S, Murray CJL.
Lancet. 2019 Feb 2;393(10170):447-492. doi: 10.1016/S0140-6736(18)31788-4. Epub 2019 Jan 16. Review. No abstract available.

文献2
BBC
Which country eat the most meat? Hannah Ritchie
https://www.bbc.com/news/health-47057341

文献3
Association of Animal and Plant Protein Intake With All-Cause and Cause-Specific Mortality. Song M, Fung TT, Hu FB, Willett WC, Longo VD, Chan AT, Giovannucci EL. JAMA Intern Med. 2016 Oct 1;176(10):1453-1463. doi: 10.1001/jamainternmed.2016.4182.

文献4
Association of nut consumption with total and cause-specific mortality. Bao Y, Han J, Hu FB, Giovannucci EL, Stampfer MJ, Willett WC, Fuchs CS. N Engl J Med. 2013 Nov 21;369(21):2001-11. doi: 10.1056/NEJMoa1307352.


文献5 Primary prevention of cardiovascular disease with a Mediterranean diet. Estruch R, Ros E, Salas-Salvadó J, Covas MI, Corella D, Arós F, Gómez-Gracia E, Ruiz-Gutiérrez V, Fiol M, Lapetra J, Lamuela-Raventos RM, Serra-Majem L, Pintó X, Basora J, Muñoz MA, Sorlí JV, Martínez JA, Martínez-González MA; PREDIMED Study Investigators.
N Engl J Med. 2013 Apr 4;368(14):1279-90. doi: 10.1056/NEJMoa1200303. Epub 2013 Feb 25. Erratum in: N Engl J Med. 2014 Feb 27;370(9):886. Retraction in: N Engl J Med. 2018 Jun 21;378(25):2441-2442. Corrected and republished in: N Engl J Med. 2018 Jun 21;378(25):e34.