2015/07/18

愛し野塾 第25回 食事、運動、認知トレーニング、血管病リスク管理で認知症予防

第25回 愛し野塾

食事、運動、認知トレーニング、血管病リスク管理で認知症予防

 
 
 
院長の業績一覧→こちらのページ
 
 
認知症の代表格「アルツハイマー病」には、疫学調査によって、病態を引き起こす「7つの危険因子」が知られています。7つの因子とは、1)教育レベルが低いこと、2)中年期の高血圧、3)肥満、4)糖尿病、5)運動をしないこと、6)喫煙、7)鬱病、とされています。いずれの因子も改善の可能性があることから、治療介入のよいきっかけになるといえるでしょう。
 
以前、愛し野塾でご紹介した「地中海食」は、糖尿病や高血圧に対する予防効果があることがわかっており、認知症予防に期待できるものでした。また、「運動や認知トレーニング」を組み合わせた小規模かつ短期の臨床研究等でも、「認知機能を維持させる」という良好な結果が示されています。
こうした過去の研究結果から、「7つの因子の是正」を包括的に試みれば、「認知症予防効果」が多いに期待され、「前向きの無作為臨床試験」が待ち望まれていました。今回、フィンランドのナガンド博士らが、7つの因子を多方面からのアプローチによって改善する事で、認知症予防に取り組んだ結果を報告し、注目されています(Lancet 2015:385:2255-63).
 
ナガンド博士らの報告によると、フィンランド国内のヘルシンキを含む6つの都市から、対象者は、60−70歳のかたがリクルートされました。年齢、性別、教育、血圧、体重、総コレステロール、運動量で、0-15点に振り分けられた認知症リスクスコアを用い、6点以上のかたが選抜されました。さらに認知レベルの検査であるCERADを用いて、10個の単語の記憶を3回試み、合計19単語以下か、75%以下の正答率だった場合、あるいは、MMSEが30点中26点以下だった条件に合致するかたに絞り込みました。すなわち、認知面では、「年齢に比して正常もしくはやや低下しているかた」を選ぶことになりました。すでに認知症を発症しているかたは、研究対象から除外されました。
 
さて、多方面からの改善プログラムによる治療介入対象者は、食事のカロリー分布としては、蛋白が10-20%、脂質は、25-35%、炭水化物は、45-55%、ファイバーが25-35グラム、を含有する食物を摂取し、食塩摂取は、1日に5グラム以下とし、アルコールからのカロリー摂取は、全体の5%以下とするように指導をうけました。
 
結果として、フルーツ、野菜の摂取が増え、穀物は無精白のものを食し、低脂肪牛乳を取り、魚を少なくとも週に2度食べることになりました。これらの食事は、脳機能に良好な作用を及ぼす不飽和脂肪酸の摂取を増やした献立となっています。いま巷で流行の「糖質制限食」や「高タンパク食」ではなく、「地中海食」に近いものでしたが、オリーブオイルやナッツ摂取が特段多く設定されたものではなく、純粋に地中海食といえるものではありませんでした。
 
運動は、週に1-3回、筋肉トレーニングを行い、週に2-5回、エアロビック・エクササイズをし、プログラムにはバランス運動も取り入れました。
 
認知トレーニングは、1)グループでするものと、2)個人で行うものに分けられました。1)のグループトレーニングでは、心理療法士が10回担当し、2)の個人トレーニングでは、個々のコンピュータ使用による、1日10-15分程度、週3回、合計72回行われました。これは、WEB上でできる個人レッスン用プログラムで、2008年の報告の研究によって、短期間で脳機能維持に有効であることが示されたプログラムでした(Science.  2008 Jun 13;320(5882):1510)。
 
さらに、血圧、体重、腹囲測定、診察が、看護師および医師によりそれぞれのグループにおいて3回ずつ行われました。
 
さて以下、研究結果です。
 
治療介入対象者は、591人、コントロール群は、599人でした。両群のプロフィールに差はなく、女性の割合は全体の45-47%で、平均年齢は、69.5―69.2歳でした。教育期間はいずれも10年で、全体の74-76%に配偶者がいました。高血圧がほぼ3分の2、糖尿病が8分の1、高コレステロール血症が7割ほどいました。MMSEは、おおよそ27点平均でした。88%のかたが24ヶ月の試験を終了することができました。
 
神経心理的検査(NTB)で認知機能を測定した結果、治療介入群で25%に有意な認知機能改善効果が認められました(P=0.03)。実行機能(思考や行動を規制したりコントロールする認知能力)は、83%有意な上昇(P=0.039)、認知処理のスピード(プロセッシング速度)は150%も有意な改善(P=0.03)効果を認めました。一方で記憶機能については、有意な改善を認めませんでした
 
BMI、食事習慣、運動量についても有意な改善を認めました。参加者の「治療遵守率」は、食事→100%、運動→90%、認知テスト→85%、さらに医療機関への計画的な受診が87%と高率であったことは、特筆されます。
 
これら4つのドメインすべての治療に取り組んだひとは72%、3つが21%、2つが6%で、1つは、わずか1%でした。治療にともなう有害事象は、運動により誘発された筋骨格系の痛みが5%に認められたのみでした。
 
以上の結果からは、食事、運動療法、認知トレーニング、血管病予防を多方面からアプローチすることで、有意に認知機能低下が予防できると結論付けられました。
 
さてこのFINGERと名づけられた試験、世界初の多方面アプローチが、長期にわたり、認知機能に良好に作用することが示された点、祝福されるべきものでしょう。また大規模かつ無作為前向き試験で行われ、信憑性が高い研究報告として受け入れられます。
 
この研究報告の疑問点を挙げるとすれば、プロセススピード、実行機能には改善が認められたものの、記憶試験については、改善が認められなかった点です。
 
ポストホック解析では、より高度な記憶試験では、良好な結果が得られたとしていますが、肝心な「記憶を良くする効果」が本試験で認められなかったのは残念といわざるをえません。
 
第2に、試験期間がこれまでの臨床試験に比べれば長期だったとはいえ、アルツハイマー病の発症抑制効果を検討するには、十分ではなかった点です。
 
ただし、本研究による多方面アプローチによる治療介入法が、認知症発症予防効果があるのかどうかについて引き続き、向こう7年間経過観察することになっており、結果が期待されるところです。
 
第3に、食事条件についてです。多くの研究報告によって地中海食の認知機能改善の効果が明らかになっているのですから、食事条件として、「地中海食」を採用するべきだったと考えられる点です。
 
こうした多くの疑問点もあり、本研究での介入方法が認知症予防に効果があるとは確定的にいえないにしても、「食事、運動療法、認知機能トレーニング、血管病予防」をすることで、認知機能維持に役立つ可能性が高いことは確かなようです。今後の研究結果を待つ一方で、普段からここで紹介された方法を実践していくことは大切ではないかと、感じられました。現代社会生活において、SNSに熱中するあまり、ひきこもりがちになります。また、ストレスに押しつぶされ、運動をおろそかにしたり、リアルなコミュニケーションが稀薄になることで独善的かつ偏った認知傾向になったり、ダイエットに関するバランスを欠いた情報収集から、流行の糖質制限にいそしんだりすることは、「脳の健康の観点からは、NG」と言えそうですね。
 
私たちの生活もこの7つのアプローチに注目して見直してみませんか?
 
 
 

愛し野塾 第24回 心不全を回避しかつ血糖を適切にさげる治療介入方法とは

いよいよ梅雨本番.梅雨のない北海道とはいえ、雨降りが多くなり、それなりに湿気も増す道東です.気圧の変化や天候は、体調に影響するものだなあ、と年齢を重ねるにつれ、感じるところです.それでも、もしかしたら鈍感になってしまうよりもよいかもしれません。敏感に体の変化や、ものごとを感じることは、時に自身の不安を募らせてしまう原因にもなるかもしれませんが、まさに、「感受性の窓を開いている」証拠です.せっかくですから、閉ざしてしまわないで、その「豊かで細やかな感受性」で花を愛でたり、絵画を楽しんだり、自然の移り変わりにゆったりと目をやったりしてみるのはどうでしょう。
 
さて、今回の院長の愛し野塾は、糖尿病と向き合ってゆく、医師と患者とが知っていなければならない、適切な(安全な)治療介入法を探る研究の紹介です.(R)
 

 

第24回 愛し野塾 

心不全を回避しつつ、血糖を適切に下げる治療方法とは

 
 
血糖を下げる場合、「その方法次第では心臓に悪影響がある」ことが知られるようになり話題を集めています。糖尿病患者数が、増加の一途をたどり、1000万人に迫ろうとしている現状では、この件は、もはやトリビアルな問題として片付けるわけにはいきません。カラダに優しい適切な血糖降下を実現するためにも、医師は「適正な治療方法」を提供する必要があり、一刻も早く解決するべき問題とされています。
 
特に、「心不全」の治療については、医療費・生活の質・予後の点からも重要視されています。「高血糖」は、心不全誘発因子であることが知られており、種々の治療介入試験を用いて、心不全の治療法の模索がなされてきました。一方で、治療法によっては、心不全が逆に誘発されることが知られるようになり、治療介入方法による心不全誘発の実態解明が求められるようになりました。
 
こうした試験は、厳格な手法である「前向き無作為」の方法を用いられているものの、「登録患者さんの数」は治療法を比較するのには足りず、「種々の治療介入法と心不全誘発因子との関係」は、明確に示されずにきました。
そこで、トロント大学のウンデル(Undell)博士らは、メタ解析法を、14本の論文に適用し、その回答を求めたのです(Lancet Diabetes Endocrinol 2015:3:356-66)。
 
対象患者数は、95,502人で、そのうち3,907人4%に心不全が生じていました。十分な対象者数からも、本研究より得られた結果は、信憑性が高いものと考えられます。治療介入により、HbA1cは0.5%低下し、体重は、1.7Kg増加していました。さらに、心不全のリスクは、14%増加(p=0.041)していました。この「心不全のリスク」は治療法によって異なり(p=0.0021)、TZDでは、42%増加、DPP-IV阻害剤では、25%増加、インスリン(ランタス)では、10%低下で、強化療法では、変化なし、ライフスタイルに加入することで体重を低下させると20%低下していました。体重が1Kg増加すると、心不全リスクは7.1%も増大(p=0.022)することが判明したのです。この結果から、「体重増加を回避する治療戦略」が、心不全リスクを低下させる意味で重要と判明したのでした。
 
この研究にはいくつかの問題点があります。
 
第一に、DPP-IV阻害剤に関しては、わずか2つの論文からの解析結果によって分析されていること、またそのうちの一つの論文では、サキサグリプチン使用の治療介入によって生じた「心不全による入院」が有意に上昇することが報告されているにすぎません(N Engl J Med 2013; 369:1317-1326)。先頃、3つめの論文が報告されましたが、ここでも、心不全による入院は増えていませんでした(June 8, 2015DOI: 10.1056/NEJMoa1501352)。このことからも、DPP-IV阻害剤のクラス効果というよりは、むしろ「サキサグリプチン」単独の影響と考えるのが妥当でしょう。
 
第二に、TZDの中で使用された薬は2種類で、うち一つのロシグリタゾンは、日本では使用成績がないものの、欧米では、有意に心筋梗塞を誘発することが知られています。別のアクトスは、逆に、心血管イベントを減らす効果が報告されました。日本では、アクトスは、心不全の患者さんには禁忌となっており、心臓に問題がないことを確認してから使用することが原則のため、心不全を増やすことは考えにくく、むしろ心臓には良好な効果をもたらすと考えられています。
 
第三に、アウトカムとして、治療戦略決定に一番重要とされる「全死亡」に注目すると、治療介入によって、増加することなく、非介入群と、変わらないデータが得られていることです。
 
第四に、ウンデル博士らの研究の対象となった14本の論文は、治療介入方法として、[薬]の場合もあれば、[ライフスタイル]に対する介入の場合もあり、治療介入方法は様々で、メタ解析の対象として不適切である可能性がある点もあげられます。
 
第五に、インスリンによる評価にはわずか1本の論文しか採択されておらず、しかもランタスのみの解析となっていることはお粗末と言わざるを得ません。
 
実に問題が多い論文ですが、しかし、学ぶところも多いと考えます。
 
まず、治療介入の戦略として、「体重が増加した場合には、心不全のリスク増加を考慮することが必要となった」と判断されることです。
 
これまでは、体重増加は、患者さんの食事療法、運動療法の行き詰まりの結果ととらえられがちでした。
 
また、この論文の別な解析によって面白い結果が得られています。それは、「一年治療期間が伸びるごとに、心不全のリスクが13.7%減少する(p<0.0001)」というのです。
 
できるだけ、外来での経過観察を長期に、怠たることなく継続することが心不全のリスク管理として重要であることが判明したのは、大きな成果だと思います。
 
外来治療を中断される、あるいは、最初から来院すらなさらない糖尿病患者さんが後をたたず、最近の疫学調査でも、治療を要する糖尿病の患者さんの外来受診率は多く見積もってもせいぜい60%と言われています。
 
より多くの患者さんに外来に受診していただけるようなストラテジーを医療提供者側が、考案しなければならない時期にきています。
 
来院されたら即、服薬を勧める医療ではなく、長期的な治療介入を視野にいれ、患者さんの要望・ライフスタイルを伺って、個々のクオリティ・オブ・ライフを考慮した「選択肢のある治療計画」を共に立ててゆくこと、また生活環境の変化に合わせて、適宜見直しをはかることは、医療者側の責務だと思うところです.
 
患者さん中心主義がいわれて久しい糖尿病治療ですが、負の効用が大きい、インスリンをまず勧めるような治療戦略だけは避けたいものですね。
 

愛し野塾 第23回  うつ病のお母さんへの治療介入が子どものメンタルヘルスに及ぼす影響

第22回 愛し野塾

 うつ病の母親への治療介入が子どものメンタルヘルスに及ぼす効果

 
 
 
妊娠中もしくは出産後、母親が鬱病にかかると、子供は、幼児期から青年期にかけて、メンタルヘルスにネガティブな影響を「強く」与えてしまうことが知られています。また、疫学調査の結果では、1035%の赤ちゃんが、出産後一年以内に、母親の鬱病に暴露されていることが報告されています。
 
こういった背景から、子供のメンタルヘルスを良好に保つために、母親の鬱病への治療的介入が有効かどうかを検証することは大変重要な課題です。
 
過去の研究から、高所得国においては、治療的介入(以下インターベンションと呼びます)の効果として、赤ちゃんのメンタルヘルスを「悪化させない」ことが報告され、さらにこの効果は、出産後1年間は有効であることが知られています。ただし残念ながらこのインターベンションの効果は、「5年は続かない」ことも同時に報告されています。一方で、低所得国の場合には、国からの出産後の経済的、精神的援助が十分でないため、鬱病に罹患した母親へのインターベンションが、サポートを受ける機会が比較的多い高所得国に比べて、より効果があがる可能性が期待され、今回の研究が行われるきっかけとなりました。また、この新しい研究では、アウトカムの指標として、「母親へのインターベンションが、その子どもが7歳に成長した時点での学業成績に及ぼす影響について」、検討がなされたことも興味深い点といえるでしょう。
 
さて、先行研究となった、2008年の「シンキング•ヘルシー•プログラム」は、パキスタンの田舎町でおこなわれた臨床試験で、周産期の母親の鬱病に認知行動療法の手法でインターベンションを行い、成功をおさめ、話題を集めました(Lancet 2008 Sep 13, 372:902-909)。
 
パキスタンの最小の行政区域であるユニオンカウンセルは、15,000人から20,000人程度の人口を有します。研究対象には、40のユニオンカウンセルの16歳から45歳の結婚している、妊娠第3期の女性を抽出しました。ユニオンカウンセルを単位として、インターベンション群 20と、非インターベンション群 20 に無作為に割り当てました。2005年4月から2006年3月の間に、対象者を登録し、登録もれがないかどうかを、一軒一軒訪問して確認しました。2人の精神科医が、DSM-IVの診断基準に則って、鬱病の判断をしました。最終的に、治療インターベンション群は 463人で、非インターベンション群は、440人でした。1年後のスクリーニングには、母親がほぼ90%、赤ちゃんは78%が参加しており、研究としては厳格に施行され、結果の信頼性も高いものと認められました。
 
妊娠3期からインターベンションを始め、出産後1年目の段階で、インターベンションを受けた母親の73%は鬱病から回復し、一方、インターベンションを受けなかった母親の場合、41%のみが、鬱病から回復していました。インターベンションにより、赤ちゃんの体重や身長といった身体的指標の改善はありませんでしたが、下痢の回数は統計的有意に少なくなり(25%減少、p=0.04)、ワクチン接種の完遂率も有意に上昇し(10%増加、p=0.001)、12ヶ月後の避妊用具使用率は有意に増加(17%増加、p=0.002)と、健康の指標はいずれも改善していました。さらに「両親がこどもと遊ぶ」などといった家族のふれあいのアクティビティに費やす時間も有意に多くなっていました(50%増し、p=0.001)。これらの結果から、周産期前後の母親の鬱病へのインターベンションは、赤ちゃんのメンタルの成長を良好に促進し、両親との良好な家族的な関わりを奨励するのにも有効であることがわかりました。
 
2005年に始まったこの試験は、2007年の段階でいったん終了となりましたが、長期的な効果を検証する目的で、2013年、再度、子供と母親にコンタクトをとり、子供のメンタル面での成長について検討が加えられました(Lancet Psychiatry 2015 June 3).今回ご紹介するのは、その結果です。
 
Lancet(2015)の研究報告では、289人の母親が、鬱病治療のためのインターベンションを受けた群としてえらばれ、295人はインターベンションを受けていない群として抽出されました。子供の平均年齢は、7.6歳でした。うつ病を発症していない母親の子供300人を対照群としました。「ウエックスラーの知能スケール」、「子供の強さと困難さアンケート」、「スペンス子供不安スケール」、「身体の発達」を指標として、検討されました。
 
母親が、インターベンションを受けた子供は、対照群に比べて、困難さを示す指標(p=0.03)と不安を示す指標(p=0,0013)が統計上有意に上昇していました。知能や、身体発達には有意差がありませんでした。インターベンションを受けた母親と受けない母親を持つ子供の間の比較検討では、こうした指標のいずれにも有意差がありませでした。これらの結果からは、鬱病の母親への治療介入は、生後1年までは、子供のメンタル面を良好に保つ効果はあるが、7年目となると、その効果はもはや認められないと結論づけられました。
 
この論文にはいくつかの問題点があります。まず、ユニオンカウンセル単位で、無作為抽出をしているため、ユニオンカウンセル間の違いにバイアスがある可能性は否定できないと思われる点です。第二に、使われた指標である、子供の強さと困難さのアンケート、スペンス子供不安スケールが、パキスタンの国情にあったものかどうかの検討がなされていない点です。困難さや不安のアセスメントに齟齬が存在した可能性は否定できません。第三に、家族に、祖父や祖母が同居していた場合には、母親との接触時間が短いことが推測され、7年という長い年月でみるとバイアスが生じる可能性があります。
 
有意差はないものの、インターベンションをした群では、しなかった群に比較して、不安の指標は、おおよそ10%高いポイントを得ており(p=0.01、インターベンションの意義がある可能性を残しています。今後指摘した問題点が見直されれば、不安の改善には、有意な差が得られる可能性も否定できません。
 
 
今回の二つの論文検証から、メンタル疾病の有病率是正のためにも、特に将来のメンタル障害の大きな要因となる「不安」を減じる可能性があるならば、鬱病罹患母への早期のインターベンションは、今後も精査されるべきだと思います.同時に、このような側面から、赤ちゃんを育てる母親の(もしくは赤ちゃんの世話をする保護者にまで及ぶ)健全なメンタルヘルスを保持するための方策など、公的サポート提供を積極的に検討していくべきではないでしょうか?
 

愛し野塾 第22回  血糖コントロールはどの値が適当か?

ひどく寒い日が続きました。
 
気温の較差に季節外れの風邪を引いてクリニックに来院される方もいらして、気になるところです.寒い日には暖かく、また暑い日には、熱中症予防として、のどの渇きを感じる前の水分補給が必要です。くれぐれも、多種多様なケースを想定してこの季節変化に賢明に適応していきましょう.
 
一方で、冬でも夏でも無理のない程度で、外での活動を心がけ、自分のカラダに備わっているホメオスタシスの潜在性を覚醒させるのは、大切な事です.移動はドアツードア!という人ほど実は、外気温変化に弱いものかもしれません.
 
 
 

第22回 愛し野塾 

血糖コントロールはどの値が適当か?

 
「2型糖尿病患者さんの血糖を正常化すると、死亡率が改善される」と誰しも思われることでしょう。しかし、こんな単純なことも科学的に正しいかどうか、証明することは難しいのが現実です。
 
2000年初頭、このことを明らかにする目的で、米国で、300億円をかけて、一万人規模の臨床試験が開始されたのでした。まさしく国家の威信をかけた大規模臨床試験でした。この試験、「アコード試験」と呼ばれています。
 
2008年になり、この試験の結果(N Engl J Med 2008; 358:2545-2559)が発表されると、全世界の糖尿病治療に携わる医療関係者は愕然としました。血糖を正常化しようとすると、標準治療に比較して、22%も有意に死亡率が上昇することがわかったからです(p=0.04)。
 
2型糖尿病患者さんの治療において、血糖を正常化することが最大の目標となっていた時代でしたから、その目標を達成すること、イコール、死亡率を高めることがわかったのですから、治療に携わる人間の落胆は容易に想像がつくことと思います。
 
この試験では、無作為前向きの手法がとられ、得られた結果は極めて信頼性の高いものと評価されています。血糖正常化群のHbA1cは、6.4%、標準治療群のHbA1cは、7.5%でした。5年間の経時的研究を予定していましたが、死亡率が強化療法群で高い状況が持続的に認められ、3年半で中段を余儀なくされるという散々な結果でした。
 
以来、「血糖コントロールはややゆるめがいい」、という考え方が広く受け入れられるようになりました。どうやら、強化療法をしようとすると、インスリンを使用する頻度が増え、複数の飲み薬を高容量で使用する機会も多くなり、治療による副作用が出やすくなり、死亡率を高めてしまったようです。特に、強化治療によりもたらされた低血糖が、主要な原因と指摘されています。
 
アコード試験の教訓は、「副作用の少ない治療をすることが大切で、特に低血糖にしない治療をするべきだ、そのために、緩めの血糖コントロールをしたほうがいい」、というものでした。
 
さて今回ご紹介する研究は、VADT試験と呼ばれるものです。アコード試験の結果をさらに後押ししています。
 
米国の1791人の在郷軍人の2型糖尿病患者さんを相手にし、血糖を6.9%にした強化療法群と、8.4%にした標準治療群のかたがたを、まず5.6年経過を見ました。その後、強化療法群については、標準治療に戻し、標準治療群はそのままの治療を継続して、さらに4.2年経過をみたのです(N Engl J Med 2015; 372:2197-2206)。
 
心血管イベントは、最初に強化療法をして、途中で標準療法に変えた群は、標準治療のみを施行していた群と比較して、17%の有意な低下(p=0.04)がありましたが、全死亡率は、有意差がないものの、5%上昇を認めました(p=0.54)。強化療法をしていた群で、心血管イベントの低減効果があったものの、その効果はそれほど大きいものではなかったと評価されています。
 
そして、一番の問題点は、強化療法をしても、全死亡率を改善できなかった点です。強化療法では、アコード試験と同様、インスリン使用も増え、飲み薬も多種類を高用量で使用していました。心血管イベントは減るものの、その程度はわずかで、死亡率を減らすことはない、
 
つまり、強化療法で得られる利益がわずかしかないと見積もられる中で、この治療に伴う負担が患者さんの不利益を増大する可能性、そして、長期的な安全性の懸念についても考慮の必要があるとされました。 
 
特に、体重増加、低血糖などの副作用についても、対応しなくてはならないことは由々しきことです。VADT研究の主催者らが、「ガイドラインにある、HbA1cを7%未満とする厳格な血糖管理を推奨するものではない」、と述べているのは、慧眼に値すると考えます。アコード試験とVADT試験の結果から得られた教訓は、「血糖管理値は、どうやら7-7.5%程度がよいらしい」というものでした。標準治療と比べて、アコード試験では、死亡率が増え、VADTでは変わらなかったのは、前者のHbA1cが6.4%、後者が6.9%と、後者のほうが、ややゆるめの血糖管理だったからだと考えられます。
 
さて、この議論をさらに深めるためには、ミシガン大学のビジャン博士らの論説が血糖の理想の管理値を考える上で重要と考えられます(JAMA Intern Med. 2014 Aug;174(8):1227-34)。
 
ビジャン博士らは、HbA1cを1%下げた場合、患者さんの得られる利益と、被る不利益の観点から、理想の管理値を割り出そうとしています。既存の研究成果から、HbA1cが1%低下すると、心血管イベントは15%減少するという仮定をまず設定しています。その仮定の上で、解析を試みると、米国での初期投与薬であるメトフォルミンを服薬し、HbA1cが8.5%まで低下した場合、それ以上血糖を下げるべきかどうかは、利益と不利益の観点から判定されるべきだとしています。
 
特に、55歳以上の患者さんの場合は、その患者さんの治療に対する考え方が果たす役割が、きわめて重要であることがわかりました。ここでアウトカムとして用いられたのは、質調整生存率でした。これは、対象となる臨床試験から得られた結果の経済的評価の指標となるものです。生活の質に相当する効用値で、重み付けされており、生活の質と生存期間の両方を評価できる点で優れているとされます。効用値は、完全な健康が1、死亡を0とし、健康の状態がその間の値として表されます。
 
インスリンを使った場合、治療にともなう負担のとらえかたが患者さんの側で大きく、たとえHbA1cが、8.5%から7.5%に下がったとしても、0.653から0.818質調整生存率の低下があるというのです。飲み薬では、患者さんの負担のとらえかたは小さいが、インスリンはかなり大きく、一年間あたり18日のハイクオリティライフが損失するとされ(負の効用値が0.05と見積もられます)、血糖を無理に下げようとしてインスリンを使おうとすると、質調整生存率は増加するどころか、低下してしまうことがわかりました。
 
強化療法では、無理矢理血糖を下げるため、インスリンを用いることが多く、患者さんにとって利益がないばかりか、損益を生じる可能性が指摘されたのでした。
 
この議論をふまえると、理想のHbA1cは、もっぱら患者さんの治療にたいする受け取り方に影響されるため、設定は困難ですが、大雑把には、 飲みぐすりであれば、7%から7.5%、インスリンを使う場合では、8%から8.5%というラインが見えてくるように考えます。
 
低血糖にしない、できるだけインスリンを使わない治療をめざすことが、糖尿病治療の柱となることが、今回の研究成果で明らかになったように思います。
 
たとえインスリンを使ったとしても、できるだけ、血糖を高めに保つことが、低血糖のリスクを低減することから、肝要と考えられました。    
 

愛し野塾 第21回 地中海食と認知機能

暑い日が増えてきました。毎年、地域の方の育てている苗を購入させて頂き、咲かせている小さな鉢植えたちがクリニックにもありますが、目を留めてくださる方もいらして嬉しく思います。植物や花から感じる気持ちは誰でも共通の喜び。緑豊かな当地のコミュニケーションは自然が媒体であることが多いように思います。
 
昨今は、職場内、ご近所や家族内でのコミュニケーションがとれず大きなトラブルにまで発展するような悲しいニュースが多いように思います。一方、コミュニケーションツールでもある携帯(ネット)依存症も若い世代から中年世代まで広がってきていますね。この依存は、誰しも、誰かと、または社会と、つながっていたいと思っているから生じる現象なのでしょうが、そのコミュニケーションは、どうも「自身の存在価値を自己暗示させる安易なツール」として使用されているケースが少なくないように思います。もちろん、その利益も否定出来ませんが、SNSコミュニケーションの不利益を知らない若い世代が、FACE TO FACEの複雑なコミュニケーションを味わわずに、画面に向かって一喜一憂する姿を見ると、違和感を感ぜずにいられません。
 
人の感情は、「行間」にもずいぶんあるものです。言葉でのコミュニケーションは、かなり制限されていることもよく知られている事実です。非言語的コミュニケーションによって相手を思い量るという人間らしい認知機能に今一度目を向けてみませんか?
 
先ずは、傍らにいる誰かの「存在」を認めてはどうでしょうか。『存在を肯定化すること』コミュニケーションはそこからはじまるのです。そして、それと同時に必要な事は、「自分自身の存在に重力を感じる事」です。「ここにいる自分」を頭の先から足先まで静かにスキャンしてみてください。
 
今日はちょっと重い前段になってしまいました。地下鉄で目の前に座る6人全員がしきりに携帯操作をし続け、弱者もいる周囲に一切目もくれずにいたのがなんだか残酷に感じたのでした.
 
さて、院長の愛し野塾は、認知機能に好影響を及ぼす地中海食についての新たな研究について考察を交えてのお話です.
 
 
 

第21回 愛し野塾

地中海食で認知機能改善

 

2013年にスペインのグループが、エクストラバージンオリーブオイルたっぷりの地中海食とナッツたっぷりの地中海食を接種する事で、心血管病のリスクが、30%低下することを発表して以来、「地中海食」に潜在する「予防的特性」について、目がはなせない状況です(N Engl J Med. 2013 Apr 4;368(14):1279-90)。
 
この研究では、7447人の糖尿病などを含む、心血管病の危険因子が高い方を対象として、無作為に「地中海食」と「低脂肪食」に割当て、4.8年の経過観察をしています。研究手法には、最も信頼性のおける方法論が採用され、加えて、得られた知見に抜群の新規性がありました。経口薬として採用されている「アスピリン」ですら、心血管病の1次予防効果は、「10%程度」とされていますので、地中海食の「30%リスク低下」という予防効果は絶大ともいえるものでした。世界中の研究者たちは、驚きと賞賛の声をあげました。論文が発表されてからわずか2年半で、引用回数は100回を既に超えていることからも、この研究が与えたインパクトの大きさがわかります。
 
この研究発表以来、炭水化物、脂質、タンパク質といった栄養素に注目した従来型のダイエットへの注目度は減少し、「食事のパターン」を工夫することで、健康の増進を図ることが世界的な流れとなってきています。
 
その後、この食事療法では、糖尿病発症予防効果もあることが報告され、ますます注目を集めていました(Ann Intern Med. 2014 Jul 15;161(2):157-8)。
今回発表になったのは、この食事療法が認知機能に与える影響を検討したものでした(JAMA Intern Med. 2015 May 11. doi: 10.1001)。
既存の研究からも、「認知面に良い影響を与える」地中海食の潜在性について、大規模な観察研究から示唆されてきました。実際、アルツハイマー型認知症に対しても予防効果があると示唆されてきました。しかし、観察研究という特性からくする様々な問題点があり、その結論は問題視されていました。
 
問題点を記述いたしますと、まず、食事内容のアセスメントが研究期間中、わずか1回しかなされていないため、食事内容が正確に評価されていない可能性があること。第二に、地中海食といっても統一されたものではなく、ばらつきがあること。第三に、認知機能判定の評価方法が統一されておらず、得られた結果の正当性・信頼性が十分に得られない点。第四に、地中海食を習慣的に摂取するひとは比較的健康的な生活(適切な運動習慣や食生活など)を送っているが多い、というバイアスが含まれること、があげられます。
 
こうした中、より正確で信憑性の高いデータが待ち望まれていました。
今回の研究(JAMA Intern Med. 2015 May 11. doi: 10.1001)は、無作為前向き試験の手法をとっており、結果の信頼性は格段に高く、それに加えて、得られた結果は、時代にマッチした妥当性の高いものでした。
研究に参加したのは、バルセロナの住人で、認知機能が正常な447人が選ばれました。52%が女性で、平均年齢は、66.9歳でした。糖尿病などの心血管系のリスク因子を持つ方で、研究観察期間は、2003年10月1日から2009年末までの約6年でした。
 
認知機能試験は、試験開始時と試験終了時の2回全員に行われました。
オリーブオイルを1週間に1リットル飲用する群と、ナッツを一日30グラム食する群、低脂肪食を摂食する3群に無作為に割り当てられました。
平均4.1年の観察期間を経て、334人の参加者の認知テストが得られています。短期記憶障害の試験である、レイRey15語 聴覚性言語学習検査で、地中海食で、有意に良好な結果(P=0.049)が得られました。同様にカラートレイル試験でも、有意な改善(P=0.04)を認めました。前頭葉に注目した試験を組み合わせた結果では、オリーブオイル入り地中海食で、ベースラインから0.23ポイントの有意な上昇があり(P=0.003)、ナッツ入りの場合、0.03ポイントの上昇で、一方、低脂肪食群では、0.33ポイント低下していました。
 
この結果は、教育レベル、性別、年齢、配偶者の有無、BMI,摂取カロリー、運動量、アポE4遺伝子型、2型糖尿病、脂質異常、スタチン治療、抗コリン剤服用の有無、観察期間で補正されていました。これらの結果から、いずれの地中海食も認知機能改善効果があることが示されたのでした。
 
現在日本では、予備軍を入れると800万人のかたが認知症と診断される時代です。ましてや、未だ特効薬もない認知症に対応するには、「予防」が一番とされています。動脈硬化が認知症の原因のひとつとして上げられ、メタボにならないようなライフスタイルが推奨されるようになりました。そうした中、オリーブオイルたっぷり、ナッツたっぷりの地中海食が認知面でよい効果をあげることが分かった意義は大きいと思います。
さて、それでは、どのような作用で、これらの食事療法は、認知機能を改善することができるのでしょうか。
 
研究エントリーの段階で、尿中ポリフェノールの排出量が、認知機能と相関していることが示されており、地中海食に豊富に含まれるポリフェノールが良好な認知機能をもたらす原因の一つと考えられています。また、地中海食は、心血管系に良好な効果があり、実際、脳卒中予防効果があることも報告されており、脳血管系に良い効果を表すことで、認知機能を改善することも十分に考えられます。
 
問題点は、いくつかあげられます。ひとつめは、今回紹介された試験は、大規模試験から抽出された小さなグループのポストホック解析であって、もともとは、認知機能に着目してデザインされた研究ではなかったという点です。また、サンプルサイズ(対象者数)がかなり小さい。ふたつめに、この観察期間において実際認知症を発症した率は、各群で変わらなかったということ、3つめに、脱落例が多かったという点です。4つめに、認知機能テストで、地中海食でも対照の食事と比較して、認知を良くする結果が得られないものがあったということです。
 
これら問題点の多くは、認知機能にのみ注目した、より大規模な研究を行うことで解決できると考えられます。今後の研究発展を期待したいところです。
 
地中海食の認知面に与える効能がより明確になった今、認知症を予防し、頭がすっきりした状態を保つため、毎日の食生活を見直すきっかけにしたいものです。
 

愛し野塾 第20回 メンタルヘルス決定因子、過去の虐待・いじめとの関係

第20回 愛し野塾


成人メンタルヘルスの決定因子とは。

---いじめか?それとも親の虐待か?

 
幼児・児童虐待は、社会経済レベルの高い国々では特に、公衆衛生上、大きな問題となっています。大人による肉体的・精神的虐待、性的いやがらせ、ニグレクト等が、子供の健康・生命・成長・尊厳に強く影響し、時に障害に至らしめることが明白だからです。
 
英国では、11歳以下の子供の5−9%に、米国では、18歳までの12.5%の子供に、虐待経験がある事が報告されています。「虐待」は、うつ病や不安障害を引き起こし、薬物依存・自殺・学業不振・就労不能とも深く関係する事が報告されてきました。脳科学や神経心理学の基礎研究によって、「虐待」は、ストレス反応系に悪影響を及ぼし、行動制御系に異常を来すことがわかっています。
 
さて、子供は成長するにつれ、同世代の仲間たちと過ごす時間が長くなりその重要性が増すものです。ソーシャライゼーション(社会化)の発達にはこういった経験は重要ですが、一方で、不適切な人間関係によって、ストレスが増えることも否めません。不適切な言葉や身体的な暴力、仲間はずれは、「仲間による虐待」ともいうべきもので、「いじめ」、「子供による虐待」とよばれています。いじめの定義は、犠牲者よりも力を持った個人あるいはグループによる繰りかえされる攻撃行動とされています。
 
世界的にみても3人に1人がいじめの犠牲となっており、大人による虐待と同じく、不安症、うつ病の発症に関与し、自傷行為・自殺企図などの生命を脅かすほどの危険行動を誘発します。さらにその影響は、成人になっても続くことが知られています。
 
「大人による虐待」も「子供同士のいじめ」もそれらによって受けた傷は、長い期間完治せず、虐待やいじめを受けた子どもの将来の精神状態に悪影響を及ぼすという点で大変似ています。
 
両者のケースについて、成人になってからのメンタルヘルスに与える影響を比較検討することで、その病態の理解が促進され、新しい治療戦略が生み出される可能性が高まると考えられます。今回興味深い結果が発表になりましたので、ご紹介します(Lancet Psychiatry 2015 Apr 28 S2215-0366(15))。
対象としたのは、2つのコホート研究で、ひとつは、ALSPAC、もうひとつは、GSMSと呼ばれる研究です。
 
ALSPAC研究は、出生時点からのコホート研究で、1991年4月1日から1992年12月31日の間に、出産予定のイギリスのアボンに住む妊婦を対象としました。子供は、1歳の時点で、14701人の調査登録者がありました。7歳の時点から、毎年、面談・診察・検査をし、「いじめ」について、8、10、13歳の時点で面談による調査がなされ、18歳まで調査が継続されました。母親に対しては、出産前後から、その後の子供に対する身体的、精神的、性的虐待の有無などの詳細を郵送調査が実施されました。
 
GSMS研究は、9、11、13歳児についてのデータを集めた3つのコホート研究で、米国ノースカロライナ州で1993年に開始されました。行動障害の子供を持つ親をスクリーニングし、重症度が高い子供のトップ25%と、無作為に選んだ10%の子供から構成されています。合計1420人の調査対象者は、26歳まで調査がなされ、いじめはレポート形式で、虐待調査は、親子の面接方式で実施されました。
 
メンタル評価は、両研究ともに、面談法で行われました。これまでの研究から、家族内の葛藤・両親のストレスレベル・両親の精神疾患の有無が、「虐待・いじめのリスク増加因子」として知られていることから、こどもの性別、家族の困窮の程度及び母親の精神疾患を交絡因子ととらえ、データは補正されました。
 
ALSPAC研究結果では、18歳児の検診で、4566人が、メンタル評価を受け、4026人(56%が女)分のデータが解析に用いられました。GSMSでは、1420人(49%が女)のうち、1273人のデータが解析に用いられました。
ALSPAC研究では、19%にメンタル疾患が認められました。その内訳は、10%が不安障害、8%がうつ病、9%が自傷行為という結果でした。GSMS研究では、18%にメンタル疾患が認められました。12%が不安障害、6%がうつ病、7%が自傷行為という結果でした。
 
ALSPAC研究では、8%が虐待のみ、30%がいじめのみ、虐待といじめの両方を受けていた子どもは7%でした。虐待を受けた経験のある子供は、受けていない子供に比べて、いじめを受ける率が高いことがわかりました。GSMS研究では、15%が虐待を受け、16%がいじめを受け、いじめと虐待の両方を受けていた子どもは10%という結果でした。
 
ALSPAC研究では、虐待もいじめも受けていない子供に比べて、虐待だけを受けた子は、精神疾患発症の統計学上有意な増加は認められませんでした。一方、GSMS研究では、虐待だけを受けていたこどもにうつ病が多いことがわかりました。いじめだけを受けた子供は、すべての精神疾患の罹患率が上昇することがわかりました。
 
一方、いじめと虐待の両方を受けた子供は、「不安障害」と「うつ病」の罹患率が顕著に増加することが判明しています。ALSPAC研究では、自傷や自殺も増えていました。ほかの交絡因子を取り除いた後での解析では、いじめのみは、虐待のみよりも、精神疾患リスクを有意に上げることがわかりました(ALSPACで1.6倍、GSMS研究で3.8倍)。疾患別でみると、GSMS研究では、不安障害が4.9倍上昇、ALSPAC研究では、うつ病と自傷が1.7倍に上昇していました。
 
これらの結果から、いじめは、虐待よりも、将来精神疾患をきたすリスクとしては大きいという可能性がはじめて示されたのでした。
 
この論文に必要なさらなる論点として2つ考えられます。
 
まず、ALSPAC・GSMSの両調査研究の結果では、虐待に対する精神疾患発症リスクが異なる点です。GSMS研究では、虐待によってメンタル疾患のリスクがあがるが、ALSPAC研究では、虐待ではメンタル疾患リスクが上がらないという結果でした。一方、124本の研究のメタ解析による、虐待と精神疾患との相関を明らかにした研究成果では(PLoS Med. 2012;9(11):e1001349.)、うつ病リスクについて検討した結果、肉体的虐待によって1.54倍、精神的虐待によって3倍、また、ニグレクトによって1.3倍に増加させることが示されています。この結果の矛盾を引き起こした要因には、ALSPAC研究において、虐待といじめの調査が行われた時期が10年以上ずれていたことが考えられます。一方GSMS研究では同時に調査が行われていました。こうした違いが、虐待で、ALSPACでは、精神疾患発症と関係なしとなった可能性があると考えられます。
 
ふたつめに、「いじめ」の詳細について考察が十分でないと思います。前述の調査ではインターネットを介したいじめが取り入れられていませんでした。いまや、SNSは中傷、無視の温床となっていますので、この「ネットいじめ/サイバーブーリング」については脳科学・心理学の両面から早急に検討すべき問題でしょう。
 
今回の研究からは、虐待とメンタルの関係では、齟齬(そご)が認められる点はいくつかあり、研究手法に問題があるにしても、いじめが引き起こす、将来的な精神疾患の重大さは、明確になったととらえるべきでしょう。とりわけ、いじめが虐待よりむしろ「重い精神障害リスク」を及ぼす、ということはどうやら確からしいので、私は、いじめを極力減らす試作が政府レベルで必要だと思います。
 
加えて研究結果を少し発展して考えるとき、過去の虐待経験による将来の精神疾患リスクは、「いじめ」のない健全なソーシャライゼーションによって低下する可能性もあるといえるかもしれません。精神障害に至らずとも虐待経験から身を守るために強化された「自己否定感」や「欠如したセルフコンフィデンス(自信)」という不健全な適応機制は、いじめの経験如何で改善または悪化するかもしれない、という専門家の意見もあり、私もこれに同意するものです。
 
いじめを、「成長過程で必然的なことがら」ととらえる風潮もいまだある中、こうした誤った考えを是正し、いじめによって将来的にメンタル疾患を発症させることがない社会をつくっていくことが肝要と考えます。虐待といえば大騒ぎをする一方で、いじめは、社会的取り扱いはまだまだ小さいと考えられます。
 
さて、日本では、子供たちによるアンケート調査が、いじめの発見のきっかけとなったケースは、2011年には、わずか28%でしたが、2012年には53%と急激に増加しました。これは、2012年大津の中学生がいじめにより自殺したことから文部科学大臣の命令でいじめをすみやかに公表する通達があったからとされています。
 
学校においては、少なくともアンケート調査を定期的に行い、それをすみやかに公表することで、いじめのあぶり出しを早急にしていくことが必要と考えられます。
 
自殺予防はもちろんのこと、将来のメンタル不調を予防することにもつながるとすれば、こういった教育政策は最重要項目であると思うばかりです。
 

愛し野塾 第19回 母乳育児とIQそして年収との関係

いよいよ道東の気温も上がって参りました。今週末には20度を超える予想もでておりますね。
さて、暖かくなれば薄着になる.薄着になるとカラダも動きやすくなる。
動きやすくなれば!さあ、運動をしてみませんか?
 
いえいえ、体育館に行こう、とか、すぐさま、特別な計画をたてようなんて思わなくてもいいのですよ!わたしたちは、常日頃から運動をしています。カラダのどこかしら動かしています。わたしたちがそれぞれに行っている「動き」を少し、継続的なものにしたり、速度を変えたりするところから運動は始まります。
 
バスに乗って歩いてクリニックにいらっしゃる方も、「運動」を提案すると、いやいや、足が悪いとか、腰が痛いとか、その言葉によってむしろ躊躇してしまうこともあります。でも、運動は今あなたがなさっている生活から「自然に」延長するものである方が、長続きするもののように思うのです。
 
サンダルから運動靴に履き替えれば、引きずるように歩いていたものがなんだか颯爽としてくる。早起きして育つ植物や作物を見に行く前に、カラダを「自分が気持ちいいように」リラックスして、そして、伸ばしてみる。運動を実行するとき、どうか、「遊び」の要素を心のどこかに感じてください。「なんか気持ちいい」、とか「なんか、面白い感じがする」というような感覚です。
 
近い将来に登山やハイキング等を計画して、それに見合ったカラダ作りをしてみるのもいいでしょう。プラスアルファの体力作りは、それはそれは、老化防止にも、心肺機能維持にも、はたまた減量にもいいかもしれませんが、それぞれの日常生活を少し楽しくするために、とても大きな効果をもたらしてくれるのです。
 
ちなみに院長は、早朝の庭の水やり・犬の散歩が日課です。まさに植物や犬が運動をさせてくれている、そんな感じですね!
 
さて、本日は、母乳期間が赤ちゃんのその後の人生にどのような影響をもたらすのか、というテーマについて医学誌ランセットで掲載された研究報告の解説です。「ソーシャルパターニング」という専門用語が少し分かりづらいかもしれませんが、それぞれソシオエコノミックステートのことなる複数の国の比較検討も含め、「母乳」による授乳がもたらす、子どもの知能指数や将来の年収についてなかなか興味深い考察がなされております。
 
 
 

愛し野塾 第19回 

母乳育児とIQそして年収との関係

 
母乳には、子供の成長を支える様々な短期的かつ長期的な利点があることが知られています。
 
短期的には、母乳に含まれる免疫グロブリンは、赤ちゃんの感染症への罹患を防止し、乳児死亡率を低下させてくれます。長期的な効果としては、知能指数を良くすることが知られています。
 
さて、14本の観察研究のメタ解析から、幼児期から青春期のIQを3.5ポイントあげることが報告されました。
 
デンマークの研究では、27歳まで、英国の研究では、53歳までを対象としたもので、母乳による授乳期間が長いほど、知能指数が高いことが報告されました。しかし、こうした先進国主導の研究では、母乳のソーシャルパターニングの影響が問題視されているのも事実です。つまり、社会-経済的地位の高い母親のほうが、低い母親に比べて、母乳による授乳期間が有意に長く、母乳の知能指数に与える影響が過大評価されているのではないか、と批判を浴びているのです。
 
そこで、社会構造の異なる国を選んで、母乳が知能指数に及ぼす影響が研究されるようになりました。具体的には、ブラジルとイギリスのコホート研究です(Int J Epidemiol. 2011 Jun;40(3):670-80)。ブラジルのペロタス・コホートでは、「家庭の収入」と「母乳による授乳」とは正の相関はなく、イギリスのALSPACコホートでは、正の相関がありました。ペロタスは、ブラジル南部にある町で、人口34万人(2006年時点)で、大学は2つあり、桃の産地として知られています。農業中心の町といっていいでしょう。選ばれた町としては、適切だったと考えられます。社会経済的階層の異なる両方のコホートにおいても、母乳期間の長さが、高い知能指数と相関があるという結果が得られました.
 
特記すべきは、授乳期間と血圧・BMIレベルの関係について両研究間に差異があることです。ALSPACコホートでは、母乳期間の長さは、血圧・BMIの低下とも相関ありましたが、ブラジルのコホートでは、血圧・BMIとは相関がありませんでした。
 
上記の研究報告から、母乳の効果は、血圧やBMIに対してはソーシャルパターニングの影響を受けるが、知能指数に対しては、ソーシャルパターニングの影響を受けることなく、良くする効果があることが知られるようになったのです。
 
さて、一方で母乳の知能指数への効果は、実生活に好影響を与えているのかどうかは、いまだ議論のあるところですが、教育レベルと関係について検討が続行されております。
 
1946年のイギリスコホートで得られた、「7ヶ月以上母乳を与えられると、母乳を与えられなかった人に比較して、高等教育レベルに達したひとは、58%増加する」という結果の一方で、ペロタス研究を含む、低所得から中所得の国々の年を対象とした23年の経過を観察した研究では、「母乳と学歴には相関関係はない」とも報告されています。
 
議論のまっただ中、この疑問に答えるべく「母乳期間とIQ」,「母乳期間と教育レベル」、「母乳期間と30歳時の収入」との関係について解析を試みた研究(Lancet Glob Health. 2015 Apr;3(4):e199-205)が発表され、興味を引きましたので、ご紹介したいと思います。
 
この論文の内容は各種メディアでも大きく取り上げられました。
研究が開始された1982年、研究者らは、ブラジルのペロタスの5つの産科病院を毎日訪れ、すべての出産記録を精査し、都市に住む家族の子供、5914人の新生児の身体検査をし、母親と出産直後に面談による調査をしました。
面接拒否率は1%以下、その後も数回経過を観察され、1984年になり、母乳期間について問診調査されました。ウエクスラー成人知能検査は、30.2歳時に施行されています。教育レベルの調査は、最終学歴としました。2012年から2013年の面談によって、前月の収入について調査されています。(ブラジルでは、年収ではなく、月収が普段収入の指標として使われているとのことです)
 
知能・収入に影響を与えうる因子として、家族の月収、父母の学歴、妊娠中の喫煙、母の年齢、母の出産前のBMI、自然分娩か帝王切開かの違い、妊娠期間、出産時体重、持ち家かどうかなどの財産関係、遺伝的祖先の調査が解析されました。
 
母親の教育期間が、4年以下のかたが全体の32%も占めていたのは驚きです。2012-2013年に面接できたのは、3701人で、そのうち325人が死亡していました。経過を観察できたのは、初期に登録されたかたの68%でした。母乳期間は、20%が1ヶ月未満で、4ヶ月以上主に母乳をあげていたひとは、わずか、12%でした。30歳時点で、平均IQは、98で、平均教育期間は、11.4年でした。IQと教育期間には相関がありました(P<0.0001)。
 
月収は、平均30万円でした。収入と教育、収入とIQにも相関がありました(P<0.0001)。研究の解釈として重要なことになりますが、「家庭収入と母乳期間」との間には相関がないことでした。
 
また、母乳期間が、12ヶ月以上と1ヶ月以下と比較すると、30歳時点での収入に与える影響としては、月額で、7万円の差となっており、母乳期間が収入増加につながることがわかっています。
 
また、IQは、3.76増加、教育期間は0.9年延びることがわかりました。母乳が、収入に与える因子を解析すると、72%は、IQによる寄与であることもわかりました。
 
この論文のハイライトは、母親の学歴、家族の収入、財産などのほかの影響を及ぼしうる因子による影響を取り除くと、むしろ、母乳期間と30歳時点における収入との関係が、より一層明瞭となった点で、結論の信憑性を高めています。また、12ヶ月以上母乳を与えた母親の家庭は、貧しく、教育レベルも低く、アフリカ由来の先祖を持つ方が多かったと記載があり、ソーシャルパターニングとして、社会的地位の高い母親が、母乳を長期間与えていたわけではないことが良く分かります。
 
問題点は2点あるものと考えられます。
 
まず一点は、この論文では、母親の知能指数を測定しておらず、母乳の収入に対する解析が、母親の知能指数で、補正が行われなかった点です。これまでの論文では、母親の知能指数が、子供の認知面での成長に影響を与えることが示唆されてきました。
 
もう一点は、母乳授与期間が収入に与える影響に寄与した因子として、IQが挙げられていますが、教育がここに介入している可能性について考察されていないことです。教育レベルが職業を決め、結果として収入に影響を及ぼすことも予測され、この点での解析がなかったことは残念といえましょう。
 
いずれにせよ、30年の長きにわたり、整然と記録をつけ、研究開始時の5914人のうち、研究終了時には3493人を解析しえた結果は立派というほかありません。
 
この権威のある医学雑誌ランセットにおいて、母乳期間が延びることで、IQが上がり、教育レベルも上昇し、将来の収入も増加することを裏付けるような研究結果によって、母乳を赤ちゃんにあげないではいられない、ますますそうしたソーシャルパターンニングが進みそうです。