2019/05/07
愛し野塾 第201回 EPA摂取の心血管病予防効果の検証
<はじめに>
1978年、グリーンランドに居住するエスキモー最大の民族であるイヌイットの研究から、「オメガ3不飽和脂肪酸(EPAとDHA)が豊富に含まれる食物を摂取することで、心血管病予防効果が期待できる」ことが報告され、脂肪酸の健康に果たす役割の重要性が初めて認識されました(文献1)。約30年後の2009年には、日本のJELIS研究で、EPAを毎日1.8グラム摂取すると、心血管病が19%抑制されることが示され(文献2)、EPA摂取の重要性が確立しました。2010年の順天堂大学の研究で、世代ごとの血中赤血球のEPA、およびDHA濃度の調査から、高齢者に比較して若年者では、EPA・DHA濃度が有意に低く、さらにEPA・DHA濃度とインスリン抵抗性が逆相関することもわかり、若年者のEPA・DHAの摂取不足が、日本人の今後の寿命を短くするのではないか、と議論され、EPA・DHA摂取が強く推奨されるようになりました(文献3)。
ところが、2018年、EPA補充療法には、心血管病予防効果がない、との欧米の主張が相次ぎ(文献4、5)、EPAを補った場合の効用について、是か非かの論争がまきおこっていました。
これまでの各研究成果間に齟齬が生じた原因として、EPAの補充量が、論文ごとに違うことによるバイアス、また、魚摂取量の多い日本人は、EPAの血中濃度93μg/ml(文献2)と高値を示す一方で、魚摂取量の少ない欧米人では、EPA血中濃度はわずか26.1μg/ml(文献6)と、72%も低く、人種の違いによるEPA摂取量の違いが、バイアスになっている可能性が指摘されていました。
今回、その論争に終止符を打つ、インパクトのある論文がNEJMに2本発表(文献6、7)になりましたので、まとめたいと思います。REDUCE-IT研究とVITAL研究と呼ばれる大規模研究で、前者は、「EPA投与が心血管病予防に効果あり」との結論、後者は、「EPAが心血管病予防に効果なし」との結論です。
<対象と方法>
REDUCE―IT研究(文献6)
対象は、心血管病がすでにあるか、糖尿病をもつ人で、心血管病発症リスクが高いかたです。TGが135-499mg/dlの値を示し、LDL-Cは41-100mg/dlにスタチンでコントロールされていることを条件としました。心血管病の既往があるかたが70%含まれることから、いわゆる2次予防の研究と位置付けられました。米国、カナダ、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ人が、参加者の71%を占めました。対象者は、EPA1日4グラム投与群とプラセボ投与群(ミネラルオイル投与)に無作為に割り付けられました。
VITAL研究(文献7)
対象を、米国の男性50歳以上、女性55歳以上としました。ビタミンD摂取との関係も含めて精査をした研究です。高血圧治療中は、49.8%でした。心血管病既往のないかたの心血管病発症予防、1次予防と位置付けられました。
対象者は、EPA460mg,DHA380mg投与群とコントロール群(オリーブオイル投与)に無作為に割り付けました。
<結果>
[サイズ:2]REDUCE-IT、VITAL研究についての対象者、方法、結果の概要を表にまとめてました。
REDUCE-ITは、心血管病ハイリスクの方を対象としていること、VITALに比較してEPA投与量が多いことが特徴です。JELISについても、表に併記しましたが、JELISでもEPA投与量は、VITALよりも多く設定されていました。残念ながら、VITALでは、試験終了後のEPA濃度が不明ですが、REDUCE-ITでは、試験開始時EPA血中濃度が26.1μg/mlから試験終了時144μg/mlまで上昇していました。JELISでは、試験開始時96μg/ml→試験終了時169μg/mlとやはり上昇が見られました。
<心血管病リスクに対する効果>
REDUCE―ITでは、EPA投与群は、対照群に比較して、心血管病の発症が有意に25%低下していました。心血管病による死亡にも、EPA投与群は、対照群に比較して、20%有意に低下していました。EPAの心血管病リスク低下効果は、中性脂肪の初期値、EPA投与後の中性脂肪の値のいかんにかかわらず、同様に認められました。
一方、VITALでは、EPA投与群は、対照群に比較して、心血管病発症率低下は8%にとどまり、有意差はありませんでした。心血管病による死亡にも差はありませんでしたが、心筋梗塞発症、心筋梗塞による死亡では、EPA群で有意に良好な結果が得られました。
<コメント>
[サイズ:2]REDUCE―IT研究は、すでにスタチン投与により、LDL―Cが70台に低下させた患者を対象とした場合、EPA4グラム投与によって心血管イベントを25%も低下させたことは、大きな成果と評価されるでしょう。中性脂肪の初期の値、試験終了後の値の如何にかかわらず、EPA摂取効果を認めたことから、EPAの心血管病への良好な効果は、中性脂肪低下作用以外の要因による効果と考えられ、今後の研究による発症抑制効果のメカニズムの解明に期待がかかります。
VITAL研究は、EPA+DHA0.84グラム投与による心血管病予防効果が見られませんでした。しかし、心筋梗塞予防、心筋梗塞による死亡率の低減効果が示唆されました。
REDUCE―IT研究とVITAL研究の結果の差は、なぜ生じたのでしょう。
JELIS研究では、1.8グラムのEPA投与により、1次予防も2次予防も18−19%の心臓血管病リスク低下効果がありました。このデータをもとにして考察すると、VITAL研究がネガティブスタディーになった理由は、1次予防を主に対象にしたことが問題なのではなく、EPAの投与量が少なすぎたことが問題であった可能性が強く示唆されます。現在行われている米国、日本、ノルウエーの3つの臨床試験(文献8)により、この点の問題解決が図られることを期待します。また、REDUCE―IT研究で報告された有害事象の不整脈については、詳細な原因究明が必要でしょう。
今回の結果からは、高容量のEPA摂取効果が明らかにされました。EPAプラスDHAではどうなのか、米国、ノルウエーの研究での検証を期待したいと思います(文献8)。今回得られた研究成果から、心血管予防を目的にするには、EPAあるいは、EPAプラスDHAで1グラムの摂取では不十分で、「約2グラムの摂取を目指すことが必要」であることがわかりました。青魚摂取への意識を高め、料理方法を工夫して、毎日食べることを習慣づけることが大切と考えられますね。
文献1
Dyerberg, J., Bang, H. O., Stoffersen, E., Moncada, S., & Vane, J. R. (1978). Eicosapentaenoic acid and prevention of thrombosis and atherosclerosis?. The Lancet, 312(8081), 117-119.
文献2
Yokoyama, M., Origasa, H., Matsuzaki, M., Matsuzawa, Y., Saito, Y., Ishikawa, Y., ... & Kita, T. (2007). Effects of eicosapentaenoic acid on major coronary events in hypercholesterolaemic patients (JELIS): a randomised open-label, blinded endpoint analysis. The Lancet, 369(9567), 1090-1098.
文献3
Yanagisawa, N., Shimada, K., Miyazaki, T., Kume, A., Kitamura, Y., Ichikawa, R., ... & Sumiyoshi, K. (2010). Polyunsaturated fatty acid levels of serum and red blood cells in apparently healthy Japanese subjects living in an urban area. Journal of Atherosclerosis and Thrombosis, 17(3), 285-294.
文献4
Aung, T., Halsey, J., Kromhout, D., Gerstein, H. C., Marchioli, R., Tavazzi, L., ... & Chew, E. Y. (2018). Associations of omega-3 fatty acid supplement use with cardiovascular disease risks: meta-analysis of 10 trials involving 77 917 individuals. JAMA cardiology, 3(3), 225-234.
文献5
ASCEND Study Collaborative Group. (2018). Effects of n− 3 fatty acid supplements in diabetes mellitus. New England Journal of Medicine, 379(16), 1540-1550.
文献6
Bhatt, D. L., Steg, P. G., Miller, M., Brinton, E. A., Jacobson, T. A., Ketchum, S. B., ... & Tardif, J. C. (2019). Cardiovascular risk reduction with icosapent ethyl for hypertriglyceridemia. New England Journal of Medicine, 380(1), 11-22.
文献7
Manson, J. E., Cook, N. R., Lee, I. M., Christen, W., Bassuk, S. S., Mora, S., ... & D’Agostino, D. (2019). Marine n− 3 fatty acids and prevention of cardiovascular disease and cancer. New England Journal of Medicine, 380, 23-32.
文献8
Ganda, O. P., Bhatt, D. L., Mason, R. P., Miller, M., & Boden, W. E. (2018). Unmet need for adjunctive dyslipidemia therapy in hypertriglyceridemia management. Journal of the American College of Cardiology. Jul 17;72(3):330-343.