2019/05/07

愛し野塾 第209回 糖質制限食を3年継続すると運動能力が落ちる


ダイエットとして隆盛している糖質制限食、その効用については、さまざまに議論されています。私は、この食事療法に対して反対の立場であり、「本当は怖い糖質制限」を上梓するとともに(文献1)、愛し野塾でも、最新論文を踏まえながら、糖質制限食は、死亡率を上げる懸念が強まっていること(184回 愛し野塾)、血中脂質にも悪影響があることを(188回愛し野塾)紹介してきました。今回、新たな視点として、「運動能力」に与える影響について、糖質制限食が危険である可能性が指摘されましたので、議論したいと思います。

これまで、糖質制限食などを含む食事療法による介入効果を評価するアウトプットとして、体重・糖尿病などの慢性疾患のコントロール、全死亡率・がん発症・心血管病発症に対する効果が、よく用いられてきました。「健康に資する食事療法」とは、死亡率改善・がん・心血管病発症予防・血糖値・血圧・脂質改善に、有意な効果があることが重要である、と考えられているからです。

一方で、特に既往症もなく健康なかたもまた「食事療法」にあらゆる期待を寄せています。予防医学的な理由や審美的な理由から、ダイエット効果を期待したり、また、運動パフォーマンスの効率的な向上や、トレーニング効果を最大限に引き上げるために、食事は大変重要な役割を果たしていることは、言うまでもありません。スポーツ栄養学に基づく研究では、「パフォーマンス」をアウトプットとして、もっとも効率的な食事の摂取方法が問われてきました。すでに短期間の糖質制限食摂取のパフォーマンスへの効果を検証した報告があるものの、その効果の有無については、未だ議論があるところです(文献2,3)。

今回、「中年期の健康なかた」を対象として、糖質制限食の良し悪しを、運動能力の観点から検討した論文が、発表されました(文献4)。糖質制限研究は、そのアドヒアランスの低さから、前向き研究に向かないことが知られ、研究の質としては高いとはいえない「後ろ向き研究」が採用されてきました。ご紹介する研究は、中年期の健康なかたが、糖質制限食を3年以上続け、運動能力に与える影響について世界で初めて検証され、高く評価された研究報告となりましたので、解説したいと思います。

<方法>
本研究は、後ろ向きの観察研究です。「糖質制限食を少なくとも3年施行した」と自己申告した40歳から60歳、BMI20−29.9、体重50−90kg、収縮期血圧は100−140mmHg、拡張期血圧は60−90 mmHgの条件を満たす、慢性疾患に罹患していない健康な男性15人を対象としました。除外条件は、薬物を使用、アルコールと喫煙、高血圧、運動負荷試験を最後まで遂行できなかったかたとしました。運動負荷試験によって、激しい運動をすると医学的に危険と判定された3人のかたが除外されました。全対象者は、中強度から高強度の運動を定期的に行なっていない、セダンタリーな生活を送るかたでした。最終的に、糖質制限期間は、最低3年、最長で6.5年、平均期間4.58年の12人の男性が選ばれました。また対照群として、年齢、体重、身長をマッチさせた12人の男性が選ばれました。

試験のデザイン:運動試験の会場に、朝8時から9時半の間に集合し、サイクロエルゴメーターを施行しました。最大運動量に達した後、3分後に、HR(心拍数)、VO2、VCO、RER(呼吸商)を測定しました。採血検査は運動前後に施行されました。

<結果>
糖質制限食群、対照群、各12人でした。それぞれの平均年齢は順に、50.75歳と50.17歳、平均身長は、172cmと170cm、体重はいずれも70Kg、体脂肪はいずれも20%、BMIはいずれも24.0と、全指標で両群間に差はありませんでした。

エネルギー摂取量は、糖質制限食:2075kcal、対照群:1870Kcalで、糖質制限食で多い傾向にありましたが、統計的有意差を認めませんでした。全摂取カロリーに占める脂質摂取の割合は、対照群:36%に対し、糖質制限食:65%と有意に高く(P<0.001)、炭水化物摂取の全摂取カロリーに占める割合については、対照群:49%、糖質制限食:22.5%と、糖質制限食で有意な低下を示しました(P<0.001)。驚くべきことに、タンパク摂取には有意差がありませんでした(対照群が14%、糖質制限が12%)。糖質制限食群は、低減した糖質摂取量を脂質摂取で補填していることが判明し、これまで指摘されてきたタンパク摂取過多ではないことがわかりました。

血液データの解析から、安静時のβヒドロキシ酪酸は、対照群:0.10mmol/Lに対し、糖質制限食群:0.51 mmol/Lで有意に高値を示しました(P<0.001)。最大運動後も同じ傾向を示しました。糖質制限食群は、自己申告どおり糖質制限を遵守していることが証明されました。安静時の血中遊離脂肪酸(FFA)も、対照群(0.676mmol/L)に対して、糖質制限食群(0.764mmol/L)で有意に高く(P<0.05)、最大運動後、その差(0.675mmol/L vs 0.995mmol/L)は、増大しました(P<0.05)。安静時の血中LDLコレステロールは、対照群:136mg/dlに対して、糖質制限食群:172mg/dlで有意に高値を示しました。運動後の血中LDLコレステロールは、対照群:122mg/dlに対して、糖質制限食群で189mg/dlと有意に高い値でした(P<0.001)。これらの結果は、「糖質制限食の継続によって脂質プロファイルに異常を来たす」としたこれまでの報告と一致するものでした。血中尿酸レベルは対照群(5.34 mmol/l)、糖質制限食群(5.85 mmol/l)と差を認めず、またタンパク摂取量が両群で変わらないことも裏付けられました。血中乳酸は、糖質制限食群で有意な低下を認め(糖質制限食群1.43mmol/l、対照群1.79mmol/l)、筋肉と肝臓のグリコーゲン減少に相応した反応であることが示唆されました。

最大ワークロードは、対照群:175Wに対し、糖質制限食群:145Wで、有意に低い値を示しました。同様に、総ワーク量は、対照群:112.2KJに対し、糖質制限食で:78.3KJと有意に低い値を示しました。糖質制限食を守った結果、運動能力が低下する可能性が示唆されました。運動負荷前後の心拍数は、対照群で72→161、糖質制限食群で85→161で、安静時心拍数は、糖質制限食群で有意に高く(P<0.005)、一方で、最大心拍数は同値でした。運動負荷前後の酸素摂取量(VO)
は、対照群:357(安静時)→2547ml/min(最大負荷時)に対し、糖質制限食群:399(安静時)→2429 ml/min(最大負荷時)で、VO2MAXは、糖質制限食群で有意な低下を認めました(P<0.001)。
呼吸商(RER)は、対照群で0.82→1.16に対し、糖質制限食群で0.75→1.01で、最大負荷時の呼吸商は、糖質制限食群で有意な低下を認めました。

<コメント>

糖質制限食を3年続けた平均年齢50歳男性では、運動能力の有意な低下を認め、その原因として肝臓と筋肉のグリコーゲンの減少が示唆されました。肝臓並びに筋肉のグリコーゲンの減少によって、グリコーゲン分解(glycogenolysis)の抑制と、脂質酸化の促進が生じて、糖質がATP産生に利用されにくくなることが考察されています。

今回解説した研究は、後ろ向き研究、かつ対象者数男性のみ12人ときわめて少ない印象です。今後、前向きの研究を検討し、男女を対象に、また対象者数を増やし、より厳密な研究に発展することを期待するところです。そのための、アドヒアランスを高める工夫も必要でしょう。

糖質制限食を3年遵守することは、並大抵ではありません。1年以上の前向きの研究を行った場合、糖質制限食を遵守できるのは半分程度とされ、研究のバイアスとなります。このため、今回のような糖質制限食を遵守したひとのみを対象にした後ろ向き研究には意味があると考えます。実際この研究に参加した糖質制限食群では、満足度が高いこと、気分の改善がみられたこと、この食事療法を達成する熱意があることが記されています。高いモチベーションを有した男性が、3年も続けた糖質制限食が、結果的に運動能力を悪化させた可能性が示唆されたことは、研究バイアスを払拭した条件であるようにも思われます。残念なのは、糖質制限開始時の運動能力、血中脂質についてのデータが十分とはいえず、データが出揃った論文の発表が待たれます。


文献1 本当は怖い「糖質制限」(祥伝社新書319) 岡本 卓 (2013/6/3)

文献2 Burke, L. M., Ross, M. L., Garvican‐Lewis, L. A., Welvaert, M., Heikura, I. A., Forbes, S. G., ... & Hawley, J. A. (2017). Low carbohydrate, high fat diet impairs exercise economy and negates the performance benefit from intensified training in elite race walkers. The Journal of physiology, 595(9), 2785-2807.

文献3
Havemann, L., West, S. J., Goedecke, J. H., Macdonald, I. A., Gibson, A. S. C., Noakes, T. D., & Lambert, E. V. (2006). Fat adaptation followed by carbohydrate-loading compromises high-intensity sprint performance. Journal of Applied Physiology.

文献4 
Pilis, K., Pilis, A., Stec, K., Pilis, W., Langfort, J., Letkiewicz, S., ... & Chalimoniuk, M. (2018). Three-Year Chronic Consumption of Low-Carbohydrate Diet Impairs Exercise Performance and Has a Small Unfavorable Effect on Lipid Profile in Middle-Aged Men. Nutrients, 10(12), 1914.