パーキンソン病は、手の震えなどの「振戦を認めること」、「動作が緩慢になること」、他動的に四肢の筋肉を動かしたときに抵抗を認める「筋強剛が存在すること」、転びやすくなるなど「姿勢保持に障害をきたすこと」の4大特徴を有する、「難治性の運動疾患」です。1000人に1人~1.5人の頻度で発症し、高齢者では、その頻度は10倍に増すことが知られています。2040年の患者数は、地球規模で1400万人に達すると推定されています。
さて、「根本治療薬」の開発は、鋭意進められているものの、未だ「症状緩和」にのみ効果を認める薬剤しかありません。また症状緩和剤は、一定期間をこえると薬効の低下を認めることから、薬剤開発は、「薬効を持続させること」に集中してきました。2019年2月号のLancetでは、症状緩和剤のひとつであるレボドパの新規剤型である吸入剤の臨床第3相試験の良好な結果が報告(文献1)されましたが、1月24日号のNEJMでは、「レボドパには、根治作用を認めない」と結論づけた論文が掲載され(文献2)、同じく同号で、「パーキンソン病の薬剤開発は、症状緩和薬ではなく、今や、根本治療薬の開発に注力することを期待する」とエディトリアルで論説されています(文献3)。
パーキンソン病脳病理の特徴には、神経細胞内に認めるαシヌクレインの凝集塊、中脳の黒質ドパミン神経細胞の減少が挙げられます。αシヌクレイン凝集塊による神経細胞死のプロセス、及び、ひとつの細胞から別の細胞へ拡散するメカニズムの解明が、根本治療薬開発の鍵として期待されてきましたが、未だ満足のいく研究の成果が得られていないのが実情です。
1月31日NEJMに、αシヌクレインにより誘導される細胞死、細胞間拡散メカニズムの解明において、治療に直結する「ブレークスルー」があったとする論説が掲載されました(文献4)。これは、ジョンスホプキンス大学のグループが発表した昨年のKam博士らのサイエンスの報告内容(文献5)に基づく論説で、非常に興味深いものでした。
まず、Kam博士らは、動物実験によって、「αシヌクレインの作用」を検討しました。マウス脳に、あらかじめ試験管内で凝集塊形成させたαシヌクレインを注入したところ、一酸化窒素(NO)が誘導され、DNA障害が生じること、次に、DNA障害がポリADPリボースポリメラーゼ活性を上げることで、ポリADPリボース(PAR)形成が促され、翻って、PARが、αシヌクレインに結合することで、αシヌクレイン凝集を促進し、神経毒性を発揮すること、を明らかにしました。マウス脳では、αシヌクレインの細胞死、細胞間拡散が「PAR形成」を要として遂行されていることから、「パーキンソン病患者におけるPAR形成の促進の可能性」の仮説を立て、これを検証するために、パーキンソン病患者の脳脊髄液中のPARを測定しました。その結果、「パーキンソン病患者におけるPARの増加」を認め、動物実験の結果との整合性が得られました。まさに「PARがパーキンソン病の診断、病勢のマーカーになる可能性」が、にわかに生じたわけです。
さらに、 Kam博士らは、実臨床で汎用されているPAR形成を抑止させる「PARポリメラーゼ阻害剤(PARP阻害剤)」をマウスに用いた結果、αシヌクレインの凝集塊形成の抑制、さらに細胞間拡散、及び細胞死の阻害を認めました。つまり、PARP阻害剤がパーキンソン病治療薬となる可能性が見出されたのです。
さて、PARP阻害剤のひとつである「オラパリブ」は、卵巣がん治療薬として2018年、日本で保険適用とされています。既存の薬剤を別の疾患治療に用いる「別目的利用:薬剤リパーパシング(repurposing)」によって、今後、仮にパーキンソン病患者へ応用するならば、長期使用が予想され、何より、有害事象の発生に十分注意をしながら薬効評価をしてゆくことになるでしょう。また、パーキンソン病患者の脳脊髄液中のPARが、診断、病勢のマーカーとして検査適用されれば、早期診断や、治療効果を、随時検証できるツールとなる可能性が広がります。そのためにもパーキンソン病患者の脳脊髄液のPAR濃度測定の意義については、大規模な検証を経て、今回の結果が確認されることを期待するところです。
さて、「αシヌクレイン」は、レビー小体型認知症の原因ともされます。認知症の3大疾患の一角を担うこの認知症は、認知症全体の20%を占めます。もしも、PARP阻害剤が、レビー小体型認知症の治療に有効ともなれば、素晴らしいことです。この方向での研究の発展も期待したいと思います。今後、αシヌクレインを巡って、パーキンソン病、そして認知症の臨床の立場からも、PAR、PARP阻害剤の効果の検証について、目が離せません!
文献1
Safety and efficacy of CVT-301 (levodopa inhalation powder) on motor function during off periods in patients with Parkinson's disease: a randomised, double-blind, placebo-controlled phase 3 trial.
LeWitt PA, Hauser RA, Pahwa R, Isaacson SH, Fernandez HH, Lew M, Saint-Hilaire M, Pourcher E, Lopez-Manzanares L, Waters C, Rudzínska M, Sedkov A, Batycky R, Oh C; SPAN-PD Study Investigators.
Lancet Neurol. 2019 Feb;18(2):145-154. doi: 10.1016/S1474-4422(18)30405-8
文献2
Randomized Delayed-Start Trial of Levodopa in Parkinson's Disease.
Verschuur CVM, Suwijn SR, Boel JA, Post B, Bloem BR, van Hilten JJ, van Laar T, Tissingh G, Munts AG, Deuschl G, Lang AE, Dijkgraaf MGW, de Haan RJ, de Bie RMA; LEAP Study Group.
N Engl J Med. 2019 Jan 24;380(4):315-324. doi: 10.1056/NEJMoa1809983.
文献3
When to Start Levodopa Therapy for Parkinson's Disease.
Bressman S, Saunders-Pullman R.
N Engl J Med. 2019 Jan 24;380(4):389-390. doi: 10.1056/NEJMe1814611
文献4
PARP Inhibitors and Parkinson's Disease.
Olsen AL, Feany MB.
N Engl J Med. 2019 Jan 31;380(5):492-494. doi: 10.1056/NEJMcibr1814680
文献5
Poly(ADP-ribose) drives pathologic α-synuclein neurodegeneration in Parkinson's disease.
Kam TI, Mao X, Park H, Chou SC, Karuppagounder SS, Umanah GE, Yun SP, Brahmachari S, Panicker N, Chen R, Andrabi SA, Qi C, Poirier GG, Pletnikova O, Troncoso JC, Bekris LM, Leverenz JB, Pantelyat A, Ko HS, Rosenthal LS, Dawson TM, Dawson VL.
Science. 2018 Nov 2;362(6414). pii: eaat8407. doi: 10.1126/science.aat8407.