2019/05/07

愛し野塾 第212回 「慢性疼痛と不安」の相互関係を解明する



継続的な痛みである「慢性疼痛」は、日常生活、そして仕事にも支障を来たす大変煩わしいものです。また、この問題は、世界中の人間の抱える重要な臨床課題でもあるのです。

さて、昨今、慢性疼痛の原因の一つとして注目されているのが、「痛みの程度や持続性に及ぼすこころの関与」です。いくつかの研究のうち、健常者を対象にした臨床研究では、「特に、不安やうつ症状などのマイナスの感情が、痛みの閾値を下げる」ということが示され、弱い刺激ですら痛みを感じやすくなることが、判明しています。逆に、腰部など骨格筋に生じる慢性の疼痛は、不安やうつ症状を悪化させる作用を及ぼすことが、示されています。また、関節の痛みを特徴とする「変形性関節症」の患者では、不安やうつ症状を高頻度に認め、反対に、既に不安やうつ症状のある患者については、変形性関節症によって生じる痛みの増強に影響を及ぼし、少なくとも1週間ほど、悪影響が持続する、といった報告も認められます。

一方、治療については、変形性関節症による慢性疼痛患者について、不安、うつ症状が並存する症例では、オピオイド使用が増えることや、関節手術の結果が悪くなること、が知られています。このため、「変形性関節症患者に併発している不安障害は、痛みの長期化や、罹患している関節部位以外への痛みの拡散に、影響を及ぼすのか」といった観点から、エビデンスを元にした解析が求められています。

脳画像解析によって、不安時には、中脳水道周囲灰白質(PAG)、前帯状皮質(ACC)が、活性化されることが示されています。興味深いことに、これらの部位は、変形性関節症による痛みの発生時にも活性化を認め(文献1)、「不安」も「痛み」も、同部位の活性化によって、増強の連鎖が生じている可能性が高いことは、実証されつつあるのです(文献2)。また、痛みを予期するときにも、ACCの活性化を認め、不安と痛みの相互関連レベルの上昇が示唆され、密接な相互関係を支持するものとなりました。

今回、変形性関節症患者を対象に、「不安障害のスコアが高いと、痛みのスコアが悪化する可能性」、さらに「病変を認める関節部位以外の身体部分に、痛みが波及する可能性」の2つが検討され、興味深い結果が示されましたので、報告します。

<対象>

英国東ミッドランド在住の40歳以上の方を対象に「膝の痛みと関連する疾病のコホート研究」が遂行されました。4730人を対象に、膝の痛み・不安・うつ症状について、質問票(病院不安・うつスケール=HADS)によって分析されました。そのうちの3274人は膝の痛みの所見はなく、12ヶ月後にも、再度、HADS質問表を施行し、縦断研究に供しました。

圧痛み感知閾値測定の研究の対象となったのは、230人でした。そのうち130人に膝の痛みを認め、XPで関節症のスコアが2以上、痛みが3ヶ月以上続くといった条件を満たしていました。残りの100人は、痛みも、変形性膝関節症も認めませんでした(XP画像で異常所見なし)。

圧痛み感知閾値は、スエーデンのソメディックセンスラボ社のセメディック・センスボックスを用いて、痛みの最も顕著な脛大腿関節部位、痛みのない場合は、右膝関節部位で測定しました。痛み部位から離れた部位として、前脛骨部位と胸骨部位の圧痛み感知閾値測定を行いました。

痛みの評価には、0-10点に点数化した痛みスコア(NRS)と、間欠的、持続的関節症痛みスケール(ICOAP)を用いました。

<結果>

変形性膝関節症130人、対照群100人が対象になりました。平均年齢は、変形性関節症患者群が63歳、対照群が60歳で、有意差を認め(P=0.02)、BMIも変形性膝関節症群で30、対照群で27で、有意差を認めました(P<0.01)。女性の比率は、前者で59%、後者で61%と、男女比の差を認めませんでした(P= 0.67)。変形性膝関節症群は、対照群に比較してやや高齢、かつ体重は重いグループとなりました。痛みのスコアは、変形性膝関節症群で4.74、対照群で0.43と、前者で有意に高いことがわかりました(P<0.01 )。

不安とうつ症状は、変形性膝関節症患者に有意に多いことが示されました。不安のHADSスコアは、変形性膝関節症群で7.73、対照群で5.65(P<0.01)、中程度以上の不安障害の比率は、変形性膝関節症群で25.4%、対照群で10%で(P<0.01)いずれも統計的有意差を認めました。うつ症状のHADSスコアは、変形性膝関節症群で5.72、対照群で3.34でした(P<0.01)。中程度以上のうつ症状は、変形性膝関節症群で10%、対照群で4%と、有意差を認めませんでした(P=0.095)。
鎮痛剤の使用は、変形性膝関節症群が41.5%で、対照群の21.0%に対し、有意に多く(P<0.01 )、同様に、NSAID使用も、前者で26.2%、後者で12.0%と、変形性膝関節症群で有意に多く、麻薬の使用は、前者で20.8%、後者で5.0%でした。

ー不安症状と痛みー

変形性膝関節症患者では、不安症状と、痛みスコア、間欠的痛み、持続的痛みスケールとの間に、強い相関関係を認めました(βがそれぞれ、1.308、0.965、1.301で、P値は、それぞれ0.011、0.0011、0.0001)。圧痛み感知閾値測定では、前脛骨、膝(外側)、膝(正中)、胸骨で、それぞれ不安障害との相関のβ値は、-0.162、-0.12、-0.166、-0.4で、P値は、0.0038、0.0524、0.0037、0.0115でした。

不安障害のある症例では、痛み刺激に対する脆弱性を示すことが、判明しました。また「不安障害は、膝関節ばかりでなく、膝から遠く離れた胸骨にも及ぶほどの、痛み刺激を増強させる作用がある」ことが示されたことは、臨床的に大変重要な知見となりました。一方、変形性膝関節症の痛みを認めない場合、不安症状との間に相関はありませんでした。

ーうつ症状と痛みー

変形性膝関節症患者に、うつ症状と痛みスコアの間の相関(P=0.021)を認めたものの、うつ症状と間欠的痛み、持続的痛み、圧痛み感知閾値測定のいずれとも相関はありませんでした。不安症状に比較すると、うつ症状による痛みの増幅作用は小さく見積もられるものと考えられました。変形性膝関節症ではなく、かつ、関節に痛みのないかたでは、うつ症状と痛みの相関はありませんでした。

ー縦断的研究ー
痛みが認められなかった3274人について、12ヵ月後の痛みの発症に与える不安症状の影響を検討したところ、有意に高いオッズ比:1.96(P<0.01)を示し、不安症状があると慢性疼痛を発症するリスクが高いことが示されました。

うつ症状が痛み発症に与える影響は、オッズ比が1.71(P<0.01)とやはり高値でした。試験登録時の不安症状に並び、うつ症状も、痛み発症のリスク因子であることがわかりました。一方、試験登録時の痛みは、不安症状を発症させるリスク因子でないことがわかりました。

<コメント>

変形性膝関節症をモデルとして検討した結果、不安・うつ症状が、痛みに及ぼす影響が示唆され、うつ症状よりも、不安が、痛みを発症・増強させる、強いリスク因子であることが明らかになりました。痛みを抱えている患者さんを診た場合に、不安が並存する症例であれば、「不安」を考慮に入れた治療体制の提供が、痛みの軽減に繋がると期待されます。痛みが顕著ではない変形性膝関節症でも、不安傾向の強い患者さんについては、痛みの発症リスクの潜在性があることを念頭に定期的な診察を行なってゆくことが重要だと思います。また、膝にとどまらず、患部から離れた遠位の痛みにも「不安」が影響を及ぼすことや、痛みをコントロールしているのはローカルな因子ではなく、むしろ中枢の因子である可能性が示されたことは、今後の治療法探索へのヒントになるものと考えられます。

同じ論文の中で、不安レベルの高いWKYラットを用いた動物実験では、(1)痛みを誘発した下肢側だけでなく、反対側の下肢にも、痛み刺激閾値の低下を認めること、(2)脳病理の検討から、痛みを誘発する部位のアストログリアの増殖が認められること、が示されました。不安によって増強した痛みは、中枢の指令で誘発されていることを支持する結果となりました。

今回の試験で設置された対照群には、痛みがなく、XPで変形性膝関節症を認めない方が対象となっています。対照群の条件をより厳格にするためには、痛みはないが、XPで変形性膝関節症を認めるかたが、適切だったと判断されます。将来、対照群の条件を改善し、不安と痛みの関係について精度の高い結果が示されることが期待されます。

一方、動物実験では、オスのみを対象としていました。不安の訴えは女性に多い傾向があることから、性差と痛みのメカニズムについても、興味があるところです。さらに、今回、モデルとして取り上げられた「変形性膝関節症」以外の慢性疼痛を来たすほかの疾患群でも、同様の結果を示すのかどうかも是非とも知りたいところです。

いずれにせよ、不安がもたらす慢性の痛みの増幅作用、惹起作用が徐々に明らかになってきています。もはや「痛み」を「気持ちの問題」として片付けられる時代ではありません。日常臨床では、医療者は、常に患者さんの不安を取り除くような手当てを心がけ、また患者さんを取り巻く生活環境の改善も含め、臨床の基本姿勢を見直す時代の到来だと、強く思わされた研究報告でした。


ref.1
Damsa, C., Kosel, M., & Moussally, J. (2009). Current status of brain imaging in anxiety disorders. Current opinion in psychiatry, 22(1), 96-110.

ref.2
Gwilym, S. E., Keltner, J. R., Warnaby, C. E., Carr, A. J., Chizh, B., Chessell, I., & Tracey, I. (2009). Psychophysical and functional imaging evidence supporting the presence of central sensitization in a cohort of osteoarthritis patients. Arthritis Care & Research, 61(9), 1226-1234.

ref.3
Burston, J. J., Valdes, A. M., Woodhams, S. G., Mapp, P. I., Stocks, J., Watson, D. J., ... & Frowd, N. (2019). The impact of anxiety on chronic musculoskeletal pain and the role of astrocyte activation. Pain, 160(3), 658-669.