2019/05/07

愛し野塾 第208回 乳がん術後の痛みと「こころ」


乳がんは、日本人女性のがん罹患率の第1位、また、その死亡率は、第5位であることが報告されています(文献1)。一方で、乳がん摘出後の10年生存率は、83%にまで達しました。いまや、医療技術の進歩によって、早期発見率の上昇、また外科術による治療効果が期待され、発症しても寿命を全うできる高い可能性を持つがんである、という認識が広がっています。

一方で、術後、患者さんの25-60%が、3-6ヶ月以上に渡る、術創、およびその近傍に広がる痛みに悩んでいることは、あまり知られていないかもしれません。術後継続する想定外の痛みを抱え、日常生活が思うように過ごせない、体がいうことを利かない、出来ていた事が出来ない、といった悩みを抱えるかたが、かなりいらっしゃるのです。乳がんは、乳房以外の手術後に比較して、慢性疼痛の生じる頻度が高いことを踏まえ、「乳がん患者に特異的なリスク因子が、乳がんの術後疼痛に関与する」と仮説を立て、これを検証するために、2016年調査が行われました(文献2)。

さて、この調査は、1万9813人を対象とした大規模なメタ解析で、信頼性も高く、77個の候補因子の中から、5つの重要因子抽出に成功しました。すなわち、1)年齢が若い、2)放射線療法の併用、3)腋下リンパ節切除をしている、4)術後急性期に強い痛みを認める、5)術前にも痛みを認める、でした。これら5因子のひとつである「腋下リンパ節切除」は、慢性疼痛に寄与する最大の因子で、特異的に乳がん外科術に認めることが、注目されています。

通常、鎮痛に有効な麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類のオピオイドは、乳がんの痛みに対しては、顕著な鎮痛効果があるとはいえず、それどころか、重篤な有害事象も散見され、オピオイドは使いづらいことが知られています。加えて、「乳がん術後に生じる慢性疼痛が、不安障害やうつ病などの精神的苦痛をもたらす」ことも昨今の調査によって浮き彫りになってきました。一般的には、慢性疼痛に続く、精神的苦痛をもたらす介在因子には、「痛みの破局化」があることは良く知られています。「破局化」とは、「痛みを必要以上に大きく見積もり、自分なりに評価してしまうこと。痛みによって茫然自失し、無気力になってしまうこと。痛みを何度も反芻してしまうこと。」と定義されています。また、痛みの破局化は、痛みの慢性化を引き起こす因子であることも知られています。世界では、毎年3億人のかたが乳がん外科術を受けられています。慢性疼痛をいかに緩和するか、具体的な対策の確立が早急に求められているのです。

2019年2月12日、乳がん術後に疼痛持続を訴える患者を対象に、痛みの破局化、がん再発への恐れの感情、精神的苦痛との関係性、について検討され(文献3)、「痛みの理解」のために、多くのヒントが得られました。ここで解説を試みようと思います。

<対象>
転移を認めない乳がん患者のうち、乳房温存術の施行後、術後経過観察目的に最初にマンモグラフィー検査を受けた女性を対象としました(サバイバーグループと呼称)。対照群には、乳がん、あるいはそのほかのがんを認めず、スクリーニング目的にマンモグラフィー検査を受けた女性を選び、非がんグループとしました。「サーバイバーグループ」は、417人で、平均年齢は、59.4歳でした。88.7%が白人、50.4%が大学卒業の学歴、69.3%が結婚しているあるいはパートナーがいる、82.7%が閉経後でした。「非がんグループ」は、平均年齢が57、4歳、白人が78.7%、大学卒業が58.9%、結婚あるいはパートナーがいるかたが63.9%、閉経後が72.7%でした。非がんグループに対して、サーバイバーグループは、有意に年齢が高く(p<0.05)、有意差は認めないものの、BMIが高い、黒人の比率が少ない、教育レベルが低い、閉経後の女性が多い、といった傾向を認めました。そのため、統計的手法によって有意差検定をする際、人種、年齢、BMI、教育、閉経をバイアスとして、補正に用いました。また、乳房と無関係な部位の痛みについても、バイアスとして考慮し、補正に用いました。構造方程式モデルでは、「慢性乳房痛、破局化、痛みががんを示す心配、乳がんリスクの認知、精神的苦痛」の5つの因子についてSobelテストを用いて、間接的な関係について検討を加え、RMSEA、CFIを用いて結果の妥当性が検証されました。

<方法>
診断、及び治療経過の情報取得は、電子カルテから、それ以外は、質問票記入法で自己申告で情報を得ました。乳房の痛み、痛みの位置、痛みの破局化、マンモグラフィー検査施行中の乳房圧迫にともなう痛み(痛みの破局化スケール)、マンモグラフィー検査に伴う精神的苦痛(スタンフォード急性ストレス反応質問票)、乳がんのリスク因子の認知、乳がん発症に対する心配、不安、そして、鬱的、不安症状(病院不安うつ病スケール)について評価しました。

<結果>
慢性乳房痛は、サバイバーグループで、非がんグループに比較して、有意に多くの方に発生していました(50.6%対17.5%、p<0.001)。痛みの程度を考慮したサブ解析から、サバイバーグループでは、非がんグループに比べて、「高いレベルの痛み」が高率に発生していることがわかりました(21.8%対4.8%、P<0.001)
サバイバーグループ内では、慢性乳房痛を認めるかたの方が、「不安、うつ症状、マンモグラフィー時の精神的苦痛、破局化、痛みががんを示す心配」が、慢性乳房痛を認めないかたに比較して、有意に高い割合で認められました。また、驚くべきことに非がんグループでも同じ傾向が観察されました。

<構造方程式モデル>
慢性乳房痛の存在と、破局化(P=0.03)及び、痛みががんを示す心配(P<0.001)との間に、直接的な関連性があることが示されました。また、慢性乳房痛は、精神的苦痛を直接惹起するものではなく、仲介する因子の存在、すなわち、破局化(P=0.008)及び、痛みががんを示す心配(P<0.001)が、見出されました。
これらのことから、「慢性乳房痛」が、「破局化」ならびに「痛みががんを示す心配」をそれぞれ独立因子として、引き起こすこと。その結果として、精神的苦痛をきたすこと、が示唆されました。この精神的苦痛は、うつ病、不安障害を引き起こす可能性が示されました。また、この結果は、サバイバーグループでも非がんグループでも認められました。

<コメント>
乳がん術後に慢性疼痛を訴える患者さんには、鎮痛を促す処方、また丁寧に話を聞く姿勢がこれまで同様求められます。また、外科術を受けている、受けていないに関わらず、慢性乳房痛を診る際には、不安障害、うつ症状の出現を、事前に予測すること、そして、そこに介在する因子として、「破局化」、並びに「痛みががんをしめす心配があること」に十分注意を払うこと、が明確に示されました。破局化、がんを示す心配については、これまでの調査報告から、認知行動療法、マインドフルネス、アクト療法の有効性が示されています。今後、慢性乳房疼痛がある患者さんに積極的に適用されるべきでしょう。また、今回の研究は横断研究であり、今後は、縦断研究、無作為対照試験の手法を用いた、さらに厳密な検討を要するでしょう。医療者だけでなく家庭や職場でも、慢性乳房疼痛に悩む方への理解を深め、また寄り添って差し上げられるよう、痛みのコントロール、こころの管理について、私たちは、丁寧に、学びを深めてゆかなければなりません。 


文献1
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html

文献2
Wang, L., Guyatt, G. H., Kennedy, S. A., Romerosa, B., Kwon, H. Y., Kaushal, A., ... & Parascandalo, S. R. (2016). Predictors of persistent pain after breast cancer surgery: a systematic review and meta-analysis of observational studies. Cmaj, 188(14), E352-E361.

文献3
Bovbjerg, D. H., Keefe, F. J., Soo, M. S., Manculich, J., Van Denburg, A., Zuley, M. L., ... & Shelby, R. A. (2019). Persistent breast pain in post-surgery breast cancer survivors and women with no history of breast surgery or cancer: associations with pain catastrophizing, perceived breast cancer risk, breast cancer worry, and emotional distress. Acta Oncologica, 1-6.