2019/05/07

愛し野塾 第196回 中年期における生活習慣とアルツハイマー病の関係



日本国内で診断される人は、460万人に上る、ともいわれる認知症の患者さん、その主な原因となる「アルツハイマー病」の世界の患者数は、実に3400万人に達するといわれています。この数は、2050年には、さらに3倍にまで増えるだろう、と予想されています。一方で、未だ有効な治療法は確立しておらず、予防効果が期待されることには、いますぐ着手することが、求められています。

健康的な生活習慣を送り、血管病リスクを回避するための国家的な取り組みが、各方面の研究をもとに求められています。疫学調査として、これまで生活習慣と心血管病リスク因子と認知機能低下や認知症発症の関係を検討した調査結果から「中年期の高血圧、肥満、糖尿病、生活習慣の是正によって、アルツハイマー病の3人に1人は予防可能ではないか」と提唱しています。また、縦断的研究によって、認知症の発症には、20年を超えるほどの時間がかかること、発症段階の開始時期は中年期にあたることが、解明されました(文献1、2)。つまり、この中年期にターゲットを絞った対策を採らなければならない、ことが判明したということになります。予防という観点からは、高齢になってからの対策では、効果的な予防をするには、遅すぎるのではないか、と議論されるようになったのです。

高齢者の場合、知的活動と身体的活動を高いレベルで維持した場合、MCIの有無がアルツハイマー病発症の抑止に影響を与えるかどうかについては、議論がわかれてきました。その原因には、知的・身体的活動以外のバイアスの関与があげられ、病期発症時期である中年期ではなく、すでに病期の進んだ高齢者を対象としたことや、認知症発症と密接な関係があると考えはじめられてきた食事性の影響を考慮していないことなどが、指摘されています。

正常な認知機能を持つ中年期の方を対象にした研究では、加齢に伴って変化する脳のバイオマーカーの検査結果から、身体的活動の有効性が示されました。脳のバイオマーカーには、脳の代謝低下・萎縮・アミロイド沈着・血流低下・インスリン抵抗性などが、認知症発症リスクの予測する変数として用いられています。インスリン抵抗性を改善する食事療法である「地中海食」は、知的活動、運動、血管リスク因子で補正しても、MRIで測定した脳皮質の厚さを増やす効果が示されています。

今回、コーネル大学のウオルタース博士らによって行われた、中年期を対象に、生活様式、及び血管リスク因子と、ADバイオマーカーの関連について3年間調査された結果が発表になりましたのでまとめてみます。論文は、11月25日BMJに報告されました(文献3)。

<対象>
ニューヨーク大学とコーネル大学が主催する、2010年から2016年に行われた縦断的脳イメージング研究の参加者から、対象者がリクルートされました。研究登録時に、MRI,FDG-PET(脳細胞のグルコースの取り込みを評価することで代謝を精査)、PiB-PET(アミロイド沈着を評価)を施行し、少なくとも2年をあけて、検査が同様に施行されました。登録条件は、(1)30-60歳、(2)教育期間12年以上、(3)臨床認知スケール=0点、全般的悪化スケール=2点以下、ミニメンタルステート検査27点以上、ハミルトンうつ病スケール16点未満、除外条件は、(4)脳血管障害、糖尿病、脳外傷、神経変性疾患、うつ病、水頭症、脳腫瘍、MRIで脳梗塞あるかた、(5)メンタルの薬物療法を受けているかた、としました。家族歴を聴取し、APOE4のゲノタイプを決定しました。

・全般的認知機能測定について
記憶機能、実行機能と言語について、WAIS法などで2回評価されました。

・血管リスク因子の評価について
BMI、血圧、血中コレステロール、ホモシステイン測定、インスリン抵抗性(QUICKIスコアを用いました)、空腹時血糖について測定されました。

・生活習慣因子
ハーバード・ウイレット・準定量食事質問表によって、前年の食事内容について検討されました。30の食事グループに分類され、各摂取量が推量されました。地中海食スコアは、乳製品、肉、魚、フルーツ、マメ科植物、穀類、野菜について、各カロリーが算出され、健康に良好な食事とされるフルーツ、野菜、マメ科植物、穀類、魚について、性別特異的な平均摂取量よりも多い場合には、1点、健康に害のある食事として、肉と乳製品を平均摂取量よりも少ない場合には、1点、飽和脂肪酸と単負飽和脂肪酸の比率が平均よりも上の場合には、1点、少量から中等量のアルコールの場合には、1点と加算し、総計点数が高いほど、地中海食へのアドヒアランスが高いと判定されました。身体活動については、ミネソタ・余暇時間身体活動質問表から評価されました。
知的活動の評価には、25アイテム面接が施行され、本、新聞を読む、手紙、メールを書く、図書館にいく、ゲームをするなどについて、年齢別に評価しました。

・ADバイオマーカー
MRI,PiB―PET、FDG―PETを少なくとも2年の期間をあけて施行されました。縦断的MRI検査によって、嗅内皮質、後帯状皮質の厚さが測定されました。PETでは、楔前部・後帯状皮質をアルツハイマー病関連部位として評価され、前頭皮質を加齢関連部位として評価されました。

<結果>
対象として登録された86人中、70人が分析対象とになりました。平均年齢49歳、69%が女性、認知症と診断される人はいませんでしたが、全般的悪化スケールで、記憶障害を訴えたのが、69%、またアルツハイマー病の家族歴がある方が67%でした。少なくともひとつのAPOE4遺伝子を認めたのは39%でした。平均BMI:25、高血圧罹患率:14%、QUICKIスコア:0.32、血中ホモシステイン:7・9umol/Lでした。教育期間は平均16年でした。

MMSEは29点、即時文節記憶は7.2、遅延文節記憶は9.8、即時対連合記憶6.4点、遅延文節記憶は7.3点、対象物の名前づけ55点、デザインテスト8.1点、デジタルシンボル置き換えテスト66点、WAIS言語テスト68点でした。

地中海食スコアは4点(1-9点の幅)、身体活動スコアは9点(1-37点の幅)、知的活動スコアは4点(2-5年の幅)でした。

・認知低下の予測
登録時に高い血中ホモシステイン濃度を示した症例で、認知レベルの低下速度が速い傾向が見出されました(P=0.048)。登録時の知的活動レベルと登録時の認知機能との間に正の相関を認めましたが、認知レベル低下の速度との相関はありませんでした。

・アミロイドの沈着
いずれの因子も統計的有意な変化を認めませんでしたが、APOE4が検出された場合、前頭葉のアミロイド沈着の促進傾向が示されました(P=0.084)。運動量が多い症例に、後帯状皮質アミロイド沈着の軽減される傾向が見出されました(P=0.106)。また高い地中海食アドヒアランスによって、高前頭葉のアミロイド沈着の軽減する可能性も見出されました(P=0.104)。

・FDG変化
FDG-PETの結果から、登録時の前頭葉のFDGアップテイクと知的活動との間に有意な相関を認めました(P=0.042)。縦断的検討では、地中海食アドヒアランスが低いと、後帯状皮質のFDGアップテイクの有意な低下が示されました(P=0.048)が、前頭葉のFDGアップテイクは低下する傾向はあるものの有意差を認めませんでした(P=0.106)。また、加齢は、前頭葉のFDGアップテイク低下をもたらす傾向が示され(P=0.091)、一方で後帯状皮質への影響は認められませんでした。

・MRI変化
すべての因子相互の有意な相関は認められませんでしたが、APOE4が嗅内皮質の厚さの低下に関与する可能性が示されました(P=0.149)。

<コメント>
正常な認知機能を有する平均年齢49歳の男女を対象に調査を行った結果、3年と言う短期間で、地中海食アドヒアランスと、後帯状皮質のFDGアップテイクとの間に相関を認め、大変なインパクトをもたらした研究となりました。すでに知られているホモシステインの効果が、認知機能の観点から再確認されたことも重要なポイントです。後帯状皮質機能低下は、ADの初期病変に認められることがすでに知られており、得られた所見の意義は大きいと考えられます。今後、地中海食アドヒアランスとAD発症抑制との関係についての、より大規模、かつ長期的な調査が期待されます。一方で、本研究の対象者の教育期間は16年と高学歴だったことが、この結果に関与した可能性は否定できません。今後、教育歴を拡大して検討を行うことは必要でしょう。

アミロイドの沈着は、後帯状皮質機能低下をもたらす要因ともみなされるにもかかわらず、地中海食アドヒアランスと相関が認められなかったことについては、今後検討を要するでしょう。
認知機能に対するプラスの効果が認められている身体活動、とくに運動との相関が認められなかった点については、生活パタンや運動強度などの精査が必要ですし、長期的な研究の必要があるでしょう。対象者は、身体活動が比較的低いかたを対象としており、それがバイアスになったことも考えられます。

すでに明らかにされている地中海食の糖尿病予防効果(文献4)から、インスリン作用の適正化が、アルツハイマー病を予防する可能性も考えられます。

さあ、すくなくとも40代から、もっと言えば30代から、「食」への興味、関心を寄せてください。野菜中心に献立を考える。おやつにはフルーツを、そして青魚に親しみ、料理法にも関心を寄せ、オリーブオイルを使った料理を中心にしましょう、そして、セダンタリーな生活をやめ、まめまめしく動く生活を「今」まさにはじめましょう!

文献1
Sperling, R. A., Karlawish, J., & Johnson, K. A. (2013). Preclinical Alzheimer disease—the challenges ahead. Nature Reviews Neurology, 9(1), 54.

文献2
Dubois, B., Hampel, H., Feldman, H. H., Scheltens, P., Aisen, P., Andrieu, S., ... & Broich, K. (2016). Preclinical Alzheimer's disease: definition, natural history, and diagnostic criteria. Alzheimer's & Dementia, 12(3), 292-323.

文献3BMJ Open. 2018 Nov 25;8(11):e023664. doi: 10.1136/bmjopen-2018-023664.
Associations of lifestyle and vascular risk factors with Alzheimer's brain biomarker changes during middle age: a 3-year longitudinal study in the broader New York City area

文献4 Salas-Salvadó, J., Bulló, M., Estruch, R., Ros, E., Covas, M. I., Ibarrola-Jurado, N., ... & Romaguera, D. (2014). Prevention of diabetes with Mediterranean diets: a subgroup analysis of a randomized trial. Annals of internal medicine, 160(1), 1-10.