2019/05/07
愛し野塾 第206回 心不全治療・薬剤開発最前線
2015年国内統計では、心不全患者数は100万人を超え、さらに2020年には、120万人に達することが推定されました。急性もしくは慢性の心不全の分類については、それぞれ半数を占めると考えられています。心不全になると、心臓機能の低下から、身体能力の低下、自立した生活の困難、また生活の質の低下が懸念されます。
米国のメディケア保険加入者を対象にした調査では、急性心不全で一旦入院すると、退院後一年以内に、70%のかたが、死亡あるいは再入院の憂き目にあうと報告されています。心不全の薬物療法とは別の新たな対策として、「心臓リハビリ」が治療のオプションとして登場しました。2009年、HF―ACTION研究によって(文献1)、心臓リハビリが慢性心不全患者の死亡率、入院率を減少させることが示されました。しかし、現実的に心臓リハビリが大規模に始まると、リハビリを継続できるかたが多くないことが、わかりました。実際、HF―ACTION研究でも、リハビリの実行率は60%しかないことが問題とされていました。これについて、REHAB―HF研究で検証され(文献2)、リハビリが敬遠される理由として、心臓以外の疾患要素が多いこと、例えば、臨床的診断に至らなかったうつ病、認知機能の低下、フレイル、関節炎や神経疾患などの高頻度の発症などが、浮き彫りにされ、リハビリを継続できない共存疾患の存在が明らかにされました。例えば、心不全患者に多く併発を認める糖尿病の患者の場合、自己血糖の管理、治療費などの医療費、通院時間に関わる負担は重く、心不全の治療や予防にまで至らないことは想像に固くありません。うつ病を併発しているかたは、従来のうつ病薬に対する薬剤抵抗性を示す傾向が示唆されています。薬剤治療が困難なうつ病患者に対して別の治療法の選択肢の一つに認知行動療法があるのですが、同じ医療機関内で、心臓リハビリと認知行動療法ができる場所は、非常に限られています。また認知機能の低下は、78%のかたに認められ、これもまた心臓リハビリを積極的に行うことが難しい理由の一つでしょう。
こうした事情を鑑み、心不全患者には、身体のリハビリだけでなく、治療薬の問題、こころの問題、社会的な問題も同時に注目し、視野を広げた上で、解決強化をはかることが重要である、といった認識が広まりました。「ポリファーマシー」が、これら諸問題解説の鍵となる可能性も指摘されています。薬を減らし、医療者ー患者を結ぶアドヒアランスが高く維持され、また受け入れられやすいリハビリを開発すること、そして、何より、心不全の根本的治療薬の開発が待ち望まれる状況となっていました。
さて、2014年に登場した慢性心不全の画期的特効薬とされるサクビトリルーバルサルタン(文献3)は、既存薬からの切り替えが難しいこともあり、実臨床に浸透するにはいたりませんでした。今回、同薬の急性心不全治療の有効性が検証され、良好な結果が報告されました(文献4)。論文は、2月7日号NEJMにイエール大学らのグループが報告しました。
<対象>
イジェクションフラクション(EF)が40%未満、NTproBNPが1600以上、BNPが400以上の条件を満たし、米国の129の医療機関で、急性心不全で入院し、入院後24時間から10日以内の症例のうち、いまだ入院中で、循環動態が安定しているかたを対象としました。また、登録前6時間以内に、血圧が100mmHg以上であること、静脈注射の利尿剤の量が増えていないこと、血管拡張剤は使用していないこと、登録前24時間以内に、イオノトロピックスを使用していないことを条件としました。サクビトリルーバルサルタン投与(目標値は、サクビトリル97mg,バルサルタン103mg)か、エナラプリル投与(10mg)かを無作為に割付けました。
<結果>
881人が抽出され、440人がサクビトリルーバルサルタン群、441人がエナラプリル群に無作為に割り付けられました。年齢は61−63歳、女性は25.7%−30.2%、BMIは30.5−30.0、心不全の既往は67.7%―63.0%、収縮期血圧はいずれも118、EFは24−25、NTproBNPは4821−4710、で、両群間で患者プロフィールに差はありせんでした。無作為割付前に、93%のかたが、フロセミドの静脈注射を受け、11%のかたが、ICUで管理され、7,7%のかたがイオノトロプ治療を受けました。入院期間は5.2日でした。
サクビトリルーバルサルタン投与群は、エナラプリル群に比較して、NTproBNPの低下を認め(29%低下、P<0.001)。この有効性は、投与後1週目から認められました。腎機能悪化、高カリウム、症状のある低血圧、血管浮腫は、両群間に差を認めませんでした。
<コメント>
入院を要した重症の急性心不全患者の治療薬として、従来の薬に比して、新規薬剤サクビトリルーバルサルタンに統計的有意かつ、有効な作用があることが証明され、心不全治療に大きな前進をもたらすことになりました。これまで、治療薬として、値段が高いこともあり、なかなか実臨床では浸透していませんでしたが、今回の研究で、急性期の入院患者に処方が可能となり、退院後も使用継続される可能性が高まりました。これまでの標準治療薬と比較して、副作用の発現頻度が変わらなかった点も確認され、実臨床での使用頻度が増えるのではないか、とエディトリアルで議論されているのは、もっともなことです(文献5)。
一方で、心不全の経過を、血液マーカーのみでしか評価していないことはこの研究の弱みでしょう。退院後の再入院の頻度や退院後の死亡率についても今後の検証を待たなければなりません。
2015年に米国FDAの承認を受けているサクビトリルーバルサルタンが、今後、日本でも、治療選択薬の一つとして、適用される日は近いのではないでしょうか。
文献1
O’Connor, C. M., Whellan, D. J., Lee, K. L., Keteyian, S. J., Cooper, L. S., Ellis, S. J., ... & Rendall, D. S. (2009). Efficacy and safety of exercise training in patients with chronic heart failure: HF-ACTION randomized controlled trial. Jama, 301(14), 1439-1450.
文献2
Flint, K. M., & Forman, D. E. (2018). Lessons From the First 202 REHAB-HF Participants: Will Adherence be the Achilles’ Heel of Exercise Rehabilitation Among Older Adults Hospitalized for Heart Failure?.
文献3
McMurray, J. J., Packer, M., Desai, A. S., Gong, J., Lefkowitz, M. P., Rizkala, A. R., ... & Zile, M. R. (2014). Angiotensin–neprilysin inhibition versus enalapril in heart failure. New England Journal of Medicine, 371(11), 993-1004.
文献4
Velazquez, E. J., Morrow, D. A., DeVore, A. D., Duffy, C. I., Ambrosy, A. P., McCague, K., ... & Braunwald, E. (2019). Angiotensin–neprilysin inhibition in acute decompensated heart failure. New England Journal of Medicine, 380(6), 539-548.
文献5
PIONEERing the In-Hospital Initiation of Sacubitril-Valsartan.
Jarcho J. N Engl J Med. 2019 Feb 7;380(6):590-591. doi: 10.1056/NEJMe1900139. No abstract available.